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第124話

「マリーちゃん?」


 開け放たれた扉の向こうから現れたのは、間違いなく母親の手で日本に連れ帰られたはずの沙門だった。


「それ以上の非道は、たとえ神が許しても、この魔法少女マリーが許さないのです!」


 沙門は太陽神にステッキを突きつけた。


「マリーちゃん、日本に帰ったんじゃ?」

「帰ってきた魔法少女なのです。魔法少女は悪の陰謀になど、決して屈しないのです!」


 沙門は鼻息を荒げた。


「話は全部聞いたのです。人の弱みに付け込んだうえ、参謀長まで亡き者にするとは。そんな神は、もはや神ではないのです。汚れた邪神は、この手で成敗するのです!」


 沙門は颯爽とステッキを身構えた。


「邪神ね。勇ましいのは結構だが、君に私が倒せるのかな? この前の勝負でも、君は盤ゲームでは結局1勝もできなかったんじゃなかったかな?」

「確かに、その通りなのです。しかし、人は進化するのです。それに、今のマリーには心強い味方がいるのです。あのときとは違うのです」

「ほう。誰だい?」

「決まっているのです。参謀長なのです」


 沙門は敢然と言い放った。


「参謀長が戦死してしまったのは残念ですが、だったらマリーの力で呼び出せばいいだけなのです。参謀長なら、きっとあなたのことを倒してくれるはずなのです」

「面白い。やってみるといい。私も彼とは、ぜひもう1度戦ってみたいと思っていたんだ」

「言われなくても、今やるのです」


 沙門は召喚の儀式に取り掛かった。


「オン、アボギャ、ベイロシャナウ……」


 そして沙門の全身全霊をかけた呪文が完成し、


「い出よ! 七星終夜の霊!」


 魔法陣の上に、七星の霊は……現れなかった。


「お、おかしいのです。参謀長の霊が現れないのです」


 沙門は、もう1度呪文を唱えてみた。しかし、やはり結果は同じだった。


「やれやれ、とんだ茶番だな」


 太陽神は肩をすくめた。


「さては、あなたの仕業ですね!」


 沙門は太陽神を睨んだ。


「参謀長の力に恐れをなして、マリーが参謀長を呼び出せないように、霊界と人間界の間に結界を張ったのです!」

「おやおや、これはとんだ言いがかりだ」


 太陽神は肩をすくめた。


「私は、そんなことはしていないよ」

「嘘なのです!」

「嘘じゃないさ。それに嘘というなら、君のほうがよっぽど嘘じゃないのかい? ねえ、嘘つきマリー君」


 太陽神の言葉に、沙門は顔を強ばらせた。


「そもそも、ここにいる誰も、本当のところ君に幽霊が見えるとも、ましてや呼び出せるとも思ってないのさ。いや、それどころか、今までだって君の言うことを信じた者など1人もいなかったじゃないか。それこそ、君を生み育てた実の親でさえね」

「ち、違うのです。マリーは嘘などついていないのです!」


 沙門は震える足で後ずさった。


「いいや、違わないね。君は、ずっと嘘をつき続けてきたんだ。見えもしない霊を見えると言い、呼び出せもしない霊を呼び出したフリをして、周囲の人間を欺き続けてきたんだよ。嘘つきマリー。それが君のあだ名だろう。そんな君が何を言おうと、誰も耳を傾けなどしない。君に向けられるのは、これまでも、そしてこれからも嘲笑と侮蔑の眼差しだけなんだよ。嘘つきマリー君」

「ち、違うのです! マリーは嘘つきなどではないのです!」


 沙門は再び召喚の儀式を行った。しかし、やはり七星の霊が現れることはなかった。


「マリーは、マリーは本当に霊が見えるのです」


 マリーの目から、大粒の涙が零れ落ちた。


「うん、信じるわ、マリーちゃん」


 うつむく沙門の体を、十六夜が優しく抱きしめた。


「他の誰が信じなくても、わたしは、わたしだけは、あなたのことを信じるわ。だから元気を出して。それに、あなたは正義を守る魔法少女なんでしょ。そのあなたが、悪者の言うことなんかに惑わされちゃダメじゃない。あなたが悪に屈しちゃったら、誰が世界の平和を守るっていうの?」


 十六夜は沙門の頭をなでた。


「そ、そうだったのです」


 沙門は涙をぬぐった。


「ありがとうなのです。マリーは、もう少しで悪の策略にはまるところだったのです」


 沙門は毅然と太陽神を睨み付けた。


「お礼を言うのは、わたしのほうだわ、マリーちゃん」


 十六夜は微笑んだ。その顔からは、さっきまでの迷いが消えていた。


「それに……」


 十六夜は、ポンと沙門の頭に手を置いた。


「おまえの召喚術は、失敗なんかしてねーし」

「え?」

「ちゃんと、ここに呼び出した」


 十六夜は不敵に笑った。その顔と口調は、明らかに今までの彼女とは異なるものだった。


「後はオレに任せとけ」


 十六夜、いや七星はそう言うと、対戦席へと戻っていった。


「よお、待たせたな、太陽神様」


 七星は対戦席に腰を下ろした。


「随分と、もったいぶった登場だね、七星君」

「仕方ねーよ。オレがいたら、十六夜が公平な審判を下せねーからな」

「ほう」

「ドS女も言ってただろ。オレ1人の存在で、全人類の存在価値を判断するのは、それはそれで問題だと」


 七星は静火を一瞥した。


「ほう。では君は、十六夜君に公平な審判をさせるために、あえて今までは手を出さずにいたというわけかい?」

「ま、そーゆーこった」

「しかし、その場合、十六夜君は人類の滅亡を選択したかもしれない。もし、そうなっていたら、どうするつもりだったのかな?」

「別に、どーもしねーよ。そのときはそのときだ」

「滅びてもよかったと?」

「それが十六夜の選択ならな」


 七星の目は本気だった。


「前にも言ったろーが。オレの目的は、十六夜の完全無欠のハッピーエンドだけだってよ。その十六夜が人類を滅ぼして満足だってんなら、それはそれでハッピーエンドだからな」


 七星は小指で耳をほじった。


「だいたい、十六夜が人類を滅ぼさねーよー、テメーらの悪意から十六夜を守る。そーいや、聞こえはいーけどな。それじゃー方向性が違うだけで、結局のところ、テメーらのやってることと同じになっちまうからな」

「ほう?」

「十六夜を悪意から守るってことは、別の言い方をすれば、十六夜に現実を直視させず、ただお綺麗な世界だけを見せて人類は善良だと思い込ませるってことだろ。けどそれだと、悪意だけを見せて人類に存在価値がないと思い込まそーとしてるテメーらと、根っこの部分じゃ何も変わらねーんだよ。それじゃ、どっちにしろ、本当の意味での公平な審判じゃねー。善も悪も、人間のすべてを十六夜自身が知った上で、それでも人類に存在価値があるかどーかを自分の意志で判断する。それでこそ、本当の意味での十六夜の判断だ。そして十六夜は、オレ抜きでも人類の存続を選択した。テメーらの負けだ」

「ほう、おもしろいことを言うね」


 太陽神の目が細まった。


「できれば、その根拠を伺いたいものだ。このままいけば、どのみち魑魅魍魎が復活して、人類は絶滅するというのに。一体何をもって、君は我々の負けと断言するのかな?」

「そもそも、それが嘘クセーんだよ。化物の復活イコール人類の破滅、みたいな図式になってるけどよ。その化物どもは、元々封印される前から地上で好き勝手してたんだろ?」


 それで滅びるなら、とっくの昔に人類は滅びているはずだった。


「……昔、封印したときとは状況が違うんだよ。魑魅魍魎は、封印されている間に確実に力を増し、今やその力は我らに迫るところまできているんだ。邪悪な気を世界にまき散らし続けてきた、君たち人類のせいでね」

「なるほど、と言いてーとこだが、それも少しおかしーだろ」

「どこがかな?」

「このまま放っときゃ人類が滅ぶってーんならよ。テメーらは、どーしてそこまでして十六夜に人類を滅ぼすことを容認させよーと必死こいてんだ? このまま放っといても人類が滅ぶんなら、それこそ十六夜のことも放っといて、化物が復活するのを待ってればいーだけの話だろーが」

「……それは前にも言ったはずだ。このまま魑魅魍魎たちが復活すれば、我々は月の女神を騙したことになると」

「それならそれで、テメーらにしてみれば「化物は思ったより早く復活する。それでも、この賭けを続けるか?」って、月の女神に再確認すれば済んだ話だろーが」


 それでも賭けを続行するか否かは、それこそ月の女神次第。こんな茶番を仕組んでまで、十六夜に人類に愛想を尽かさせる必要など、そもそも太陽神にはないはずなのだった。


「なのに、こんな茶番を仕組んだってことは、このまま賭けを続行されちゃマズい理由が、テメーらにはあるってことだ。じゃあ、それは何か? 確か、テメーらが交わした約束はこーだったな。月の女神が人に転生し、その天寿を全うした後に、人類に存在価値があるかどーか改めて判断させる、と」

「そうだが、だったら、どうだというのかな?」

「だが、この取り決めは、裏を返せば、こーとも言える。月の女神が人としての天寿を全うするまでは、たとえ何が起ころうと、他の神は地上に介入することは許されない、とな」


 七星の指摘に、太陽神は鼻白んだ。


「そーでねーと、賭けが成立しねーからだ。つまりテメーは化物の復活が早まったことが、さも月の女神にとってのマイナス材料みたいなことぬかしてやがったが、実のところ、化物の復活が早まって困ってんのは、テメーらのほーだったってわけだ」

「ほう、またおかしなことを言う。魔物の復活が早まって、どうして我々が困るというのかな? 魔物が復活して困るのは、真っ先に襲われる君たち人類だろうに」

「まーな。けど、それで人類が全滅するとは限らねー」

「…………」

「化物が復活して人類が滅びるなら、それでいー。けど、もし万が一にでも全滅を免れ、しかも化物に対抗する術まで手に入れちまったら、この先も胸糞悪い人類を見守り続けなきゃならなくなる」


 七星はフンと鼻を鳴らした。


「テメーらは、それが嫌だったんだろ? だからこそ、化物が復活するときに「復活した化物を掃討する」って名目で、自分たちの手で確実に人類を絶滅させておきたかったんだ。そして、そのためには化物が復活する前に、どーしても十六夜に、この賭けを無効にしてもらわなきゃなんなかったんだ。だから、テメーはこの勝負を仕掛けた。違うか?」

「…………」

「だが、それも十六夜が人類の存続を選んだことで失敗に終わった。こーなった以上、テメーらにできることは、ただバカ面さらして、これから地上で起きることを黙って見てるしかねーんだよ。たとえ、それがどんなにムカつく展開だろーがな」

「……なるほど、確かに君の言うとおりだ。だが、勝ち誇るのは早いんじゃないかな」


 太陽神の顔に余裕が戻った。


「君の言うとおり、十六夜君が死なない限り、我々は地上に手を出せない。それは認めよう。だが、魑魅魍魎が復活することは間違いのない事実だし、それで人類が滅亡しないという保証もない。いや、仮に人類が運よく滅亡を免れたとしても、確実に億単位の人間が命を落とすことになるだろう。これでもまだ、君は自分たちの勝利だと、胸を張って言えるのかな?」

「言えるけど?」


 七星はあっさり言った。


「確かに化物どもが復活したら、何億人も死ぬかもしれねーけどな。そりゃー、人類の自業自得だろ? テメーがしでかしたことの責任は、テメーが取る。そんなことは当たり前のことであって、悲劇でもなんでもねーよ」

「…………」

「むしろ、いー機会だろ。散々好き放題してきた人類が、初めて自分たちより力の強い存在に直面して、テメーらが何様でもないことを思い知ったら、人もちったあマシになるかもしれねー」


 七星は、うんうんと1人納得してうなずいた。


「ま、1つだけ言えることは、テメーの好きにはゼッテーさせねーってことだ」


 七星の目は確信に満ちていた。


「本気で勝てると思っているのか? 人間ごときが、この私に」

「人間ごとき、ね。まー確かにその通りだけどよ。それをゆーなら、そんな人間ごときしか創れなかった神も、その程度の存在だってことなんじゃねーの?」

「何?」

「よーするに、テメーが言ってんのはな、人間で言えば、親が自分の子供をバカと言ってるよーなもんなんだよ。けどな、そんなもんハタから見たら、そりゃーおまえの育て方が悪かっただけだろって話でしかねーんだよ」

「…………」

「そんなことにも気づかねーバカが、何度世界を作り直そーが、まともなもんなんて創れるわけねーだろーが。創り手がバカのままなんだからよ」


 七星はフンと鼻を鳴らした。


「けど、まー、バカにバカにされっぱなしってーのもあれだから、少しだけ反論しとくと、核廃棄物に関しては、処分するのに何百万年もいらねーから。それこそ、後千年も人類が今の文明を維持できたら、解決するから問題ねー」

「ほう? どうやって無害化すると? まさか、その頃になれば、放射能除去装置が開発されているとでも言うのかな?」


 太陽神は嘲笑した。


「そんな非現実的な話じゃねーよ」

「では、どうするのかな?」

「軌道エレベータを造るんだよ」

「軌道エレベーター?」

「よく、SFなんかに出てくるだろ。地球から大気圏外まで伸びてる、バカでかいタワーが。あれを現実に造るんだよ」

「ほう?」

「で、それを使って放射能廃棄物を宇宙に上げて、太陽にブチ込む」

「太陽に、だと?」


 太陽神は不快そうに眉をしかめた。


「そーだ。太陽は元々、巨大なエネルギーの塊だからな。放射能廃棄物を少しぐらいブチ込んだところで、なんてことねーだろ。よーするに、太陽を巨大な焼却炉として使うんだよ。核廃棄物をロケットで宇宙に運ぶのは、コストとリスクが高くつき過ぎるが、軌道エレベーターを使えば安全確実に大気圏外まで運べるからな」

「…………」

「でなけりゃ、それこそ宇宙のゴミ捨て場であるブラックホールにブチ込むって方法もある。軌道の計算さえ間違えなきゃ、地球からでも時間はかかるが、確実にブチ込めるはずだし、最近の研究では自力でワームホールを作り出すことが可能らしーからな」

「……どちらも夢物語だな。特に軌道エレベーターは、技術面はともかく、今そんなものを造っても、テロリストの格好の的になるのがオチだろう」

「まーな。倒壊するリスクもあるしな。まー、日本じゃ造れねーだろーよ。元々赤道付近じゃねーと建てられねーみてーだし、もし建てられたとしても、それこそ地域住民が目の色変えて反対するだろーよ。そんなもん建てて、もし地震でも起きて倒れたらどうするんだ! てな」

「そうだ。人間は、そういう生き物なのだ。自分たちで生み出しておきながら、その処理にリスクは負いたくない。それで済むと思っている。どこまでも愚かで身勝手な存在なんだ。ここにいる人間が、そのいい例だ」


 太陽神は立石たちに視線を走らせた。


「まー、恩をアダで返したって言やー、そーかもしんねーけど、それは裏を返せば、それ以上に大事なもんが、そいつらにはあったってことだろ」


 七星は軽く受け流した。


「それとも何か? テメーは、大事なモンを何ひとつ持たずに生きてる人間のほーが、素晴らしーとでもゆーわけか? そーゆー奴がいたらいたで、今度は「なんの生きがいを持たず、ただその日その日をダラダラと生きてるだけのゴミ」とか、ゆーんじゃねーのか? 誰かさんみてーによ」


 七星は皮肉を込めて、静火を一瞥した。


「よーするに、テメーは人間が嫌いなだけだろ? だから人が何しよーがしまいが、どっちにしろ気に入らねーんだよ。そんな奴の御託なんざ、聞くだけ時間の無駄でしかねー」


 七星は言い捨てた。


「そもそも、テメー自分じゃ気づいてねーみてーだけど、人の弱みに付け込んで、自分の思い通りに操る。それって完全に悪魔の手口だろ。人の存在価値を問う以前に、テメーに神を名乗る資格があるかどーかが疑わしーレベルだってことに、そろそろ気づいたほーがいーぞ」

「愚かな。人間ごときが、自らの尺度で神の深慮を理解できると考えること自体が間違いなのだ」

「何が深慮だ。ただ単に、自分の思い通りにならねーから、ダダこねてるだけのガキが」


 七星は言い捨てた。


「これ以上、テメーの騙りに付き合ってやるほど、こっちゃー気が長くねーんだ。さっさと勝って終わりにしてやるから、かかってこい」


 七星は左のポーンを打ち進めた。


「その減らず口を、いつまで叩いていられるか、試してやろう」


 対する太陽神もポーンを前進させ、七星に中将棋戦を仕掛けた。

 これを七星も受けて立ち、2人の中将棋戦が始まった。そして、


「王手」


 盤上で、王の逃げ場を奪ったのは七星だった。しかし、これも太陽神の筋書きのうちだった。


 十六夜にとって、七星が心の支えとなっている。それならば七星を屈服させることが、十六夜の心を折る1番の近道。そう考えたのだった。


「……随分と調子に乗っているようだが、君は自分がしていることがどういうことか、本当にわかっているのかな?」


 太陽神は、七星に憐憫の眼差しを向けた。


「今君がしていることは、神への反逆なのだよ? 仮に、もし君がこの勝負に勝てたとしても、そのとき君は神に刃向った反逆者として地獄に落ち、その魂は未来永劫、地獄の業火で焼かれ続けることになるのだよ」

「わー、それはタイヘンだー」


 七星は、緊張感の欠片もない顔で棒読みした。


「……私は、君のためを思って忠告してあげてるんだよ。そもそも君には、自分の身を犠牲にしてまで、十六夜君を助ける理由など、どこにもないはずだろう?」

「それは、さっきも話したろーが。十六夜にハッピーエンドを迎えさせるためだ」

「しかし君は、1度は彼女との関係を断っている。もしかしたら、その後も十六夜君が、なんらかの不幸に見舞われないとも限らないのに、だ。それはつまり、君にとって十六夜君の存在が、その程度のものでしかなかったということじゃないのかい?」


 太陽神は沈黙した七星を見て、ここぞとばかりに畳み掛けた。


「そして、もし君が私の忠告を聞き入れ、ここで試合を中止にするというのであれば、太陽神の名の下に、君のこれまでの行為は不問に付し、天界での安息を約束しようじゃないか」


 太陽神は七星に微笑みかけた。


「そもそも、その十六夜君にしても、我々は彼女を苦しめたいわけじゃない。同じ神として、我々の気持ちをわかってほしいだけなのだよ。それに、君たちは人類の滅亡がすべての終わりのように思っているようだが、そうじゃない。たとえ人類という種が滅びようとも、魂までもが滅びるわけではない。人の魂は死して後も存在し続け、いずれまた新たなる器を得て、この地上に甦ることになるのだ。そして今より優れた理の下で、今度こそ、その魂を汚すことなく暮らしていくことになるんだ。素晴らしいと思わないかい?」


 誰にとっても損のない提案であり、小賢しく面倒臭がり屋の七星であれば、この提案に必ず飛びついてくる。

 太陽神は、そう確信していた。しかし、


「いや、まったく思わねーし」


 七星の答えは太陽神の予想と真逆のものだった。


「断るというのか? なぜだ? 君は、ここにいる2人の手引きがあればこそ、今こうしてここにいるが、そうでなければ今も十六夜君のことなど思い出すこともなく、新天地でのうのうと暮らしていたはずだ」


 太陽神は常盤と静火を見た。


「つまり君にとって、彼女はその程度の存在であり、ましてや、こうして再会してからも面倒事に巻き込まれ、あまつさえ命を落とす原因となった、いわば疫病神だろう? それどころか、このままでは君は死んだ後まで、未来永劫地獄の業火で焼かれることになるんだぞ。ただ偶然出会っただけの1同級生を、そこまでして守ることに一体なんの意味があるというんだ?」

「おまえらムカつくから」


 七星はあっさり答えた。


「な、に?」

「だから、テメーのいう理由だよ」


 七星は小指で耳をほじった。


「太陽神だか最高神だか知らねーが、ただのストーカーの分際で、好き放題しやがって。こっちのリミッターは、とっくの昔に超えてんだよ。地獄? 安息? 知るか、ボケ。たとえ、オレがこの先どーなろーが、誰がテメーらの思い通りになんかさせるかってんだ、ドアホが」

「……なるほど、よくわかった。どうやら君は私が思っていたより、ずっとバカだったようだな」

「テメーに言われちゃ、おしまいだ」

「いいだろう。ならば望み通り、地獄に叩き落としてやろう」


 太陽神は、右のビショップを前線へと送り出した。七星との交渉が決裂した以上、もはや手加減する理由はない。早々に決着をつけるだけだった。

 これに対して七星は右ルークを動かすと、さらに左ルークも前進させた。


 これは……。


 その駒の配置に、太陽神は見覚えがあった。それは、十六夜が龍華戦で使っていたのと同じ布陣だった。


「一点突破戦法か。地力では私に勝てないと見て、イチかバチかの賭けに出たというわけだな」

「は? オレが、いつそんなこと言ったよ? オレはただ、さっさとこの勝負を終わらせてーだけだ。テメーみたいなバカに、これ以上付き合ってられねーんでな」


 準備が整ったところで、七星はクイーンをキングめがけて突撃させた。


「面白い。できるものならやってみろ」


 太陽神には、まだ余裕があった。どんなに強がっていようと、しょせん18歳の子供。絶対の自信を持って挑んだ勝負で惨敗を続け、もし本当に地獄行きが間近に迫ってくれば、恐怖で考えも変わるに違いない。そこでもう1度誘いをかければ、今度こそ必ず応じてくる。


 太陽神は、そう高を括っていた。


 しかし七星はオセロと将棋でも太陽神を退けると、次の囲碁戦に勝てばチェックメイトというところまで、逆に太陽神を追いつめたのだった。


 バカな、なぜこの私が人間ごときに……。


 太陽神は七星を睨みつけた。しかし、どんなに睨んだところで現実が覆るはずもなく、


「チェックメイト」


 太陽神は最後の砦だった囲碁戦でも敗北を喫し、試合は十六夜チームの勝利で幕を閉じたのだった。




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