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第122話

「わたしの勝ちね、九十九」


 十六夜は九十九の前に立った。


「……うん」


 九十九は小さくうなずいた。


「でも、よくがんばったわ、九十九」


 十六夜は九十九の頭を撫でた。


「姉さん」


 九十九は姉に抱きついた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ボク」

「もういい、もういいのよ、九十九」


 十六夜は優しく弟を抱きしめた。


「で? どう、十六夜の望み通りにしてくれるんだ、キモオタ?」


 七星は常盤に迫った。


「テメ-の力で、ここにいる全員を人間に戻しでもすんのか?」


 七星は九十九チ-ムを見回した。


「その話をする前に、私は十六夜君たちに謝らなくてはならないことがある」


 常盤は神妙な面持ちで切り出した。


「実を言うと、九十九君は白血病などではなかったのだよ」

「え?」

「白血病というのは、私が若井君に頼んだ嘘の診断だったのだ」

「どうして、そんな嘘を?」


 十六夜は本気で怒っていた。いたずらにしても、酷過ぎる話だった。


「本当にすまないと思っている。しかし、これには深い訳があるのだよ」


 その常盤の言い回しに、かつての忌まわしい記憶が蘇り、七星は眉をひそめた。


「確かに九十九君が白血病というのは嘘だったが、あのとき九十九君の命が危うかったことは、紛れもない事実なのだよ」

「どういうことですか?」

「信じられないかもしれないが、あのとき九十九君は、ある者たちに命を狙われていたのだ」

「え?」

「驚くのも無理はないが、これは本当のことなのだよ。さらに言えば、君のご両親の事故も、その者たちによって引き起こされたものだったのだ」

「誰が? どうして、そんなことを?」


 十六夜には、そんな恨みを買う覚えなどなかった。


「それは君が、君の選択が、この世界の、人類の命運を握っているからなのだよ」

「ど、どういうことですか? どうして、わたしが、そんな……」

「それは、君が月の女神の生まれ変わりだからなのだよ」

「え!?」


 突拍子のない話の連続で、十六夜の頭は混乱しきりだった。


「そこからは、わたくしが説明いたしましょう」


 十六夜の様子を見かねて、静火が口を開いた。


「ええ!? ここからが、いいところなのに」


 常盤が不平を漏らした。


「旦那様の説明は、サプライズを意識し過ぎて、まったく要領を得ていません。これでは十六夜さんをいたずらに混乱させるばかりで、一向に話が進みませんので」


 静火に正論を突きつけられ、常盤は渋々引き下がった。


「では、わたくしから改めて説明させていただきます」


 静火は十六夜たちに向き直った。


「まず前提として、あなたがたに認識しておいていただかなければならないことは、この時代においては伝承のみの存在とされている神や魑魅魍魎の類が、この世界には本当に存在するということです」


 静羽は、そう切り出した。


「それが、今の時代に姿を見せないのは、中世において地球人が地球規模の結界を張り、それらの魑魅魍魎が地上に出てこられないようにしたからです。そしてこの結界は、本来であれば未来永劫その効力を維持し続けるはずでした。しかし、人類の生み出した負の力が、その効力を徐々に弱めていったのです」

「いわゆる、闇の力が光の力を凌駕した、というやつだね」


 常盤が補足した。これだけは、どうしても言いたかったのだった。


「このままでは、そう遠くない未来、結界は完全に消滅し、この地上に再び魑魅魍魎が復活してしまう。それを阻止するには、同等の結界を張り直す必要がありますが、ここで異論が出たのです。結界など、いくら張り直したところで無駄なこと。どうせ、また近いうちに人類によって台無しにされるのがオチだ。であれば成り行きに任せ、魑魅魍魎が復活したところで根絶やしにしてしまえばいい。それが反対派の意見でした。しかし、それに月の女神が異を唱えたのです」


 静火は十六夜を見た。


「確かに、神々の力をもってすれば、魑魅魍魎を退治できるでしょう。しかしその場合、地上が神と魔の戦場と化すこととなり、その戦いに巻き込まれた地球の生物は絶滅することになりかねない。それが、月の女神の反対理由でした。ですが反対派は、それすらも織り込み済みでした。いえ、むしろ魔の討伐を口実に、失敗作である人類を処分してしまおうと考えていたのです。そして大多数の神々も、その意見を是としたのです」

「何、勝手なこと言うとんねん!」


 幸が怒りの声を上げた。


「そう思わせるほどに、今の人類は神々にとって見るに堪えない汚物だということです」


 静火は一刀の下に切り捨てた。


「それに他の神々にとって、月の女神はしょせんヨソ者。自分たちが地上を管理している間も、ただそれを月から眺めているだけの、お気楽な存在でしかない。そんな女神に、自分たちの気持ちなどわかるはずもない。部外者は引っ込んでいろ。そう主張して、反対派の神々は聞く耳を持ちませんでした」


 静火の眼の奥で、炎が揺らめいた。


「しかし、それでも頑として首を縦に振らない月の女神に、業を煮やした反対派は、ある賭けを持ちかけました。それは、月の女神が人間として地上に転生することでした。そうして、自分自身が人間として地上で暮らし、自分の目で直に人類を見定めた上で、なお人類に生きる価値があると判断するのであれば、自分たちはその意見に従う、と。そして、その賭けを月の女神は受け入れたのです」

「で、その月の女神の生まれ変わりが、十六夜ってわけか?」


 七星は胡散臭そうに確認した。


「そういうことです」

「まー、テメーの話が本当かどーかは置いといて、もしその話が本当だとして、ひとつ腑に落ちねーことがあるな」

「なんです?」

「なんでそのことを、今このタイミングで十六夜に教えたかってことだ。テメーの言うことが本当だとしたら、そのことは十六夜には黙っとかなきゃなんねーんじゃねーのか? でなきゃ、厳正な判断が下せなくなるだろ」

「その通り。これは明らかなルール違反だよ、レディー」


 おもむろに陽が口を開き、その場に居合わせた全員の視線が彼女に集中した。


「いきなり、何言うとんのや、陽さん?」

「今の彼女は、陽さんではありません」


 静火は冷ややかな目を陽に向けた。


「今の彼女は、意識を乗っ取られているのです。おそらくは、今言った反対派の神に」

「初めまして、と言うべきかな? 私が、今君たちが話していた反対派の取りまとめ役だ。世間一般では太陽神という名称で認識されているが、君たちには陽君にアドバイスをしていた聖霊と言ったほうが、わかりやすいかな」

「太陽神?」


 七星は眉をひそめた。太陽神といえば、神々の中でも最上位に位置する最高神だった。


「君たちと直接話がしたくてね。少し、彼女の体を借りているんだよ。元々、彼女とは切っても切れない関係だしね」

「で? その太陽神様が、嫌っている下界に、嫌っている人間の体を借りてまで、なんの御用で?」

「本当は静観しているつもりだったんだが、さすがにこれ以上のルール違反は看過できなくてね」


 太陽神は静火を見た。


「それを言うのであれば、先にルールを破ったのは、あなたがたのほうでしょう」


 静火は動じることなく、冷ややかに切り返した。


「あなたがた反対派は、十六夜さんの物心が付くと、周囲の人間が彼女に嫌がらせをするように仕向けた。これは、明らかなルール違反です」

「人の本質を、1番わかりやすい形で、彼女に教えてあげようとしただけだよ」


 静火の非難を、太陽神は微笑で受け流した。


「そうですね。だからこそ、わたくしたちも、あなたがたが七星君の父親を転勤させたときも、あえて余計な手出しはしませんでした。たった1人の人間によって、すべてが覆されたのでは、それはそれで公平なジャッジになりませんから」

「その通りさ。だからこそ、我々は」

「ですが、その後のあなたがたの行動は、明らかに度を越していました。それこそ、それまでのうっぷんを晴らすかのように、十六夜さんの両親を殺し、あまつさえ残った弟さんまでをも亡き者にしようとした」

「それは誤解だよ、レディー。私たちは、彼らに何もしていない」

「直接的には、そうでしょう。ですが、あなたがたは十六夜さんの情報を悪魔崇拝者たちにリークすることで、彼らが十六夜さんの家族を亡き者とするように仕向けたのです。悪魔を崇拝する彼らにとっても、十六夜さんが人類を見捨ててくれれば、崇拝する悪魔たちが地上に復活することになるため、互いに利害が一致したのです。つまり、あなたがたは神でありながら、敵対する悪魔と手を組んだのです」

「だが、ルール違反じゃない」


 太陽神は、しれっと答えた。


「それに、手を組んだわけじゃない。うかつな者が、ついうっかり口を滑らせてしまっただけさ。彼らが聞いているとは気づかずにね」

「そんな詭弁が、本気で通用すると思っているのですか?」


 静火の目が冷気を増した。


「我々も、悪いとは思っているのだよ。だからこそ、あれから十六夜君には手出しせず、この大会を開くことも黙認した。だが、まさか君たちが十六夜君のバックアップだけでなく、ネタバレまでしてしまうとはね」

「ルール違反を犯した者には、それなりのペナルティーがあって当然です」

「そう思うからこそ、彼が覚醒する手助けもしたんじゃないか」


 太陽神は七星を見た。


「だから、してねーから、覚醒なんて」


 七星は不本意そうに否定した。


「いや、君の力は、すでに覚醒している。なんの手がかりもないところから、十六夜君を探し出せたことが何よりの証拠だ」

「だから、あれは勘」

「勘なんかじゃない。あれは、れっきとした格醒力だ」


 太陽神は断言した。


「かくせいりょく?」

「格醒力とは、人類が言うところの神通力のことさ。この力は、本来すべての魂が持っている力で、霊格が高まると覚醒するようになっているんだよ。それが現在オカルト扱いされているのは、かつて魔を封じるときに、人類の格醒力まで封じてしまったからに過ぎないのさ」

「随分と親切じゃねーか、太陽神様。オレには、散々邪魔された恨みがあるはずだろーに。一体、何を企んでんだ?」

「言っただろう、これも謝罪の一環だよ。たとえ、そのつもりはなかったとはいえ、私たちの不注意から、結果的に十六夜君のご両親を死に至らしめることになってしまったのは事実だからね」

「…………」

「納得していないという顔だね。では、地球棋で白黒をつけるというのはどうだい?」

「どういうことだ?」

「私と君たちとで地球棋で勝負をして、もし君たちが勝った場合、月の女神の結論を待たず、我々は人類から手を引くし、なんなら我々の力で地球への結界を張り直してもいい。だが、もし私が勝った場合には、君たちの、この場での記憶を消させてもらう」

「……本気で言ってんのか?」

「神の名に懸けてね」


 太陽神は十六夜を見た。


「どうやら結界の崩壊が、我々の予想以上に早まっているようでね。このままでは、十六夜君が生を全うするまで持ちそうにないんだよ。だが、その場合、我々は月の女神を騙したことになってしまう。それは、我々としても本意じゃないのでね。それに……」


 太陽神は七星たちを見回した。


「君たちには、1度負けているからね。あのときは、七星君を覚醒させることが目的だったから仕方がなかったとはいえ、いつかリベンジしたいと思っていたんだよ」


 太陽神は口元を曲げた。


「どうする? 受けるかい? 私は、どちらでもかまわないよ。このまま月の女神による審判を続けたところで、こちらにはなんの不都合もないのだからね」

「十六夜」


 七星は隣に座る十六夜を見た。


「おまえが決めろ」

「え?」

「え? じゃねーよ。元々これは、おまえが始めた勝負なんだ。それに、おまえが月の女神だっていう話はともかく、おまえの親が事故死したのは事実だし、それがもし本当にこいつらの仕業だとしたら、こいつらを1番許せねーのは、被害者のおまえらなんだからな」

「それは……」


 十六夜は戸惑いつつ太陽神を見た。そして太陽神が浮かべる薄ら笑いを見た瞬間、彼女は心を決めた。


「その勝負、受けて立ちます」

「その、いざというときの気の強さは、人に転生しても変わらないようだね」


 毅然と自分を睨む十六夜を見て、太陽神は目を細めた。


「では、審判はわたくしどもが務めましょう」


 静火が言った。


「それとルールですが、予選形式でよろしいですね? なんでもありの本選形式だと、それこそ人である七星君たちでは、あなたと勝負になりませんから」

「ああ、それでかまわないよ」

「あと勝負の日程ですが、勝負は3日後の午前9時開始とし、セットゲームの提出は明日中ということで、いかがですか?」

「承知した」

「こちらも依存ありません」

「では、3日後に」


 太陽神は席を立つと、レストランを出て行った。


「て、どうすんねん! あないな勝負、受けてもうて!」


 太陽神が消えたところで、例によって幸が七星に詰め寄った。


「別に、どーもしねーよ。そもそもこの勝負は、オレたちが負けたところで、なんの損もねー勝負なんだし」

「あるやろ! 負けたら、うちら記憶を消されてまうんやで!」

「それは勝負を受けなくても同じことだろ」

「消されるのは、今日1日のことだけだろ。ぶっちゃけ、たいした問題じゃねーよ」

「たいした問題やろ! 十六夜さんの判断に、世界の命運がかかっとんのに、それを忘れてまうんやで!」

「まー、そーだが、ぶっちゃけ、それはオレの責任じゃねーし」


 七星は小指で耳の穴をほじった。


「まー、やるからには勝つ気でやるけど、負けたとしてもそのときはそのときってこった。別にオレたちが封印された化物を復活させるわけでなし。化物どもが復活するのは全人類の身から出た錆なんだから、全人類が平等に責任取りゃいーんだよ。なんでオレたちだけが、全人類の命運しょい込まなきゃなんねーんだ? アホクセー」

「何を言っているのです!」


 沙門が怒りの声を上げた。


「これは、世界の命運を賭けた最終決戦なのです! そしてマリーたちは、その決戦で人類を守るために選ばれた戦士なのです! 魔法少女の名にかけて、今度の戦いは絶対に負けるわけにはいかないのです! たとえ、相手が神であろうと!」


 沙門の目は使命感に燃えていた。


「てーことは、魔法少女は戦る気なんだな?」

「当然なのです!」


 沙門は鼻息を荒げた。


「おまえらは?」


 七星は残る2名を見た。


「そりゃ、このままやったら化物だらけの世界になってまうっちゅうなら、やるしかないやろ」


 幸は渋々OKし、


「当然戦りますの。龍華家の次期当主として、挑まれた勝負を受けないという選択肢はありませんの」


 龍華は迷わず言い切った。


「ボ、ボクも戦う!」


 九十九は姉を見た。


「いいよね、お姉ちゃん? ボク、この大会の優勝者だし、きっとお姉ちゃんの役に立ってみせるから」

「ええ、ありがとう、九十九」


 十六夜は弟の申し出を、笑顔で受け入れた。


「仕方ねえ。オレ様も力を貸してやるぜ」


 九重も名乗り出たが、


「マリーより弱い、あなたの力などいらないのです」


 沙門に素気なくあしらわれてしまった。


「なんだと、この野郎!」

「本当のことなのです!」


 言い争う沙門と九重の横で、十六夜は暗く沈んでいた。


「まーたおまえは考えても無駄なことを、無駄に思い悩んでやがるな」


 七星が十六夜の頬をつまんだ。


「い、痛い、痛いよ、七星君」

「どーせ、おまえのことだから、両親が死んだのは自分のせいだとか思ってんだろ」


 七星の指摘に、十六夜の表情が一層沈んだ。


「図星か。ホント、無駄なことを思い悩むのが好きな奴だな、おまえは」

「だって……」

「だってじゃねーよ。もし今の話が本当だとしても、殺したのはあいつらであって、おまえにはなんの責任もねーだろーが」

「でも、わたしがいなければ、お父さんたちが死ぬことも……」

「そーゆー考えが、バカどもを付け上がらせるだけだって、何度言えばわかるんだ、おまえは」

「だけど……」

「それに、今の話が本当だとしたら、おまえが生まれてなきゃ、近い将来、人類は絶滅してたかもしれねーんだ。別に、両親だけの犠牲で済んでよかったと思えとは言わねーが、今おまえがそんなことウダウダ考えたところで、誰の得にもなりゃしねーんだよ。それこそ、おまえの両親は、ただの犬死ってことになるんだ。それでいーのか?」

「……よく、ないけど」

「だったら、その死を無駄にしないためにも、今おまえにできることを考えろ。それでも気が済まなきゃ、それこそ死んだ後で謝りにでも行け。いくら悩んだところで、おまえにできることなんて、それぐらいしかねーんだからよ」

「そう、だね」

「わかったら、部屋に戻るぞ。今日はもう疲れた」


 七星の気力は、もはや尽き果てていた。なにしろ、これで試合終了と思っていたところで、いきなり延長戦に突入されてしまったのだ。復活には、とにかく休養が必要だった。


「う、うん」


 十六夜も七星を追い、各々部屋に引き上げた一同は、ひとまずベッドで戦いの疲れを癒やしたのだった。


 そして一夜明けた昼下がり、七星は十六夜たちの部屋で対太陽神用のセットゲームを発表した。


 七星が対太陽神用に選んだセットゲームは「チェス」「将棋」「オセロ」「囲碁」「はさみ将棋」「中将棋」「イグニス」「トスカーナ」「連珠」「クアルト」「戦争」「バカラ」「格闘ゲーム」「シューティングゲーム」×2だった。


 セットゲームの選別に、たいして時間がかからなかったのは、相手の力が未知数である以上、こちらとしては各々の得意ゲームで挑むしかないからだった。


 この判断に誰からも異論は出ず、後は決戦の時を待つのみとなった。


 しかし、その決戦前日、十六夜チームに予想外の事態が起きた。

 沙門の母親が、日本から娘を迎えに来たのだった。


「見つけたわよ、真理!」


 突然部屋に現れた母親を見て、


「は、母上!?」


 沙門の目は驚きに見開かれることになった。


「ど、どうして、ここにいるのです!?」

「それは、こっちのセリフよ! あなたこそ、こんなところで何やってるの!」


 母親は目を吊り上げた。


「黙っていなくなったと思ったら、インドネシアって! 母さんたちが、どれだけ心配したと思ってるの!」

「だ、黙っていなくなってなどいないのです。ちゃんと出かける前に、メールしたのです」

「ええ、これから悪の組織を倒しに行くってね」

「そーなのです。だから、黙っていなくなったわけではないのです。訂正を要求するのです」 

「いい加減になさい!」


 母親は娘を一喝した。


「もういいわ。とにかく、すぐに帰るわよ。お説教は、後でたっぷりしてあげるから覚悟してなさい」

「待つのです! マリーには、まだ大切な使命があるのです!」

「何が使命よ。バカバカしい」

「バカバカしくなどないのです! この戦いには、地球の未来がかかっているのです!」

「まったく、おじいちゃんが、くだらないものを見せるから」


 母親は嘆息した。真理の祖父は重度のオタクで、1980年代から現在までのアニメ番組を残らず録画し、それを孫娘にも見せていたのだった。


「くだらないものではないのです! アニメは人類の進化の証なのです! 訂正を要求するのです!」


 沙門は猛然と抗議した。


「特に再放送すらされていないものは、人類の至宝なのです! あの中には、もはや再販すらされてない」

「いい加減になさい!」


 母親は、もう1度一喝した。


「あなたも、もう中学生なんだから、いい加減、漫画と現実の区別ぐらい、つけなさい!」

「漫画ではないのです! 今は、アニメの話をしているのです!」


 沙門は奮然と抗議した。


「わかったから、帰るわよ。続きは帰ってから、ゆっくり聞いてあげるから。いい子だから、これ以上母さんを困らせないで」


 母親は娘の荷物をバッグに詰めると、


「待つのです! 本当に世界の命運がかかっているのです!」


 抵抗する娘を強引にホテルから連れ出してしまったのだった。

 そして、このことを夕食の席で知った七星は、


「まー、帰っちまったもんはしょーがねー。今から連れ戻しに行くわけにもいかねーし」


 沙門が抜けた穴は九重で埋めることにした。しかし沙門を欠いた夕食は、どこか空虚で、龍華や幸も口数が少なかった。


「さてと、じゃー飯も食ったし、明日に備えて、今日は早めに寝るとするか」


 夕食を終えた七星たちはレストランを出た。その直後、


 バン!


 ホテルに銃声が鳴り響いた。そして銃口から発射された弾丸は、狙い違わず七星の体にめり込まれていった。


 発砲したのは、1回戦で戦った高崎だった。しかし、その顔は別人のようにやつれ果てていた。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 高崎は弾が切れるまで引き金を引き続けると、


「やった! やった! これで自由だあ!」


 走り去っていった。


 十六夜には、最初何が起きたのかわからなかった。しかし倒れた七星の体から流れ出る血と、それに伴い薄れゆく七星の生気が、十六夜に否応のない現実を突き付けていた。


「いやああああ!」


 十六夜は、動かぬ七星の体を抱きしめながら絶望の悲鳴を上げた。


 そして七星の心臓は、その十六夜の腕のなかで動きを停止したのだった。






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