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第120話

 決戦当日。

 七星たちは、約束の10分前に会場入りした。すると会場内には照明こそ付いていたものの、誰の姿も見当たらなかった。


「弟君たち、まだ来てへんみたいやな」


 幸はキョロキョロと回りを見回した。


「放っとけ。ど-せキモオタのことだから、時間ギリギリに来て、かっこつけるつもりなんだろ。これみよがしにマントでもひるがえして「待たせたね、諸君」とか言ってな」


 七星が興味なげに言った。


 かくして常盤は、七星の予想通り開始時間ギリギリに入場した。そして、


「待たせたね、諸君。では、真の決勝戦を始めるとしようか」


 常盤は厳かにのたまうと、右手でマントを跳ね上げた。が、このとき十六夜たちの注意は、すでに常盤にはなかった。


「……咲、ちゃん?」


 十六夜は人違いだと思いたかった。しかし、常盤とともに現れたサポート役の1人は、間違いなく予選で戦った花宮咲だった。


「ビックリしたみたいだね、姉さん」


 サプライズが成功し、九十九はほくそ笑んだ。


「九十九、あなた……」


 十六夜は弟を睨みつけた。


「な、なに怒ってるのさ、姉さん? ボクは姉さんが咲ちゃんとした約束を守ってあげたんじゃないか」


 九十九はふてくされた。彼としては、目の見えるようになった花宮を連れてくれば、姉が喜ぶと思っていたのだった。


「ほら、見てよ。咲ちゃん、目が見えるようになったんだよ。ホント凄いよね。ノスフェラトゥの力ってさ」


 九十九は無邪気に声を弾ませた。


「九十九……」


 十六夜は青ざめた顔で唇を噛み締めた。


「……ここに連れてきたってことは、そいつらも勝負に参加するってことか?」


 七星は花宮たちを指さした。


「そうですけど、何か? もしかして1人で戦うと思っていたボクが、サポ-トを連れて来るなんて卑怯だって、また難癖でもつける気ですか?」


 九十九は皮肉った。


「つけね-よ。ただ確認しただけだ。誰が出てこよ-が、勝てばいいだけの話だからな」

「甘く見ないほうがいいですよ。ここにいる皆さんは、この大会に出場したなかで、常盤さんが、これはと見込んだ強者ばかりなんですから」

「そういうことだ、七星君。彼らは皆、本当であれば優勝できるだけの力を持ちながら、なんらかのアクシデントで敗退を余儀なくされた者たちなのだ。侮ってかかると、痛い目を見るぞ。心してかかることだ」

「……その変な自信。やっぱそいつらも、またまた変な力を持ってるってオチか」


 七星は、うんざりした顔で九十九のサポ-ト役を見やった。


「よくぞ見抜いた。誉めてやるぞ、七星君」


 常盤は笑みを漏らした。実は言いたくて、うずうずしていたのだった。


「よろしい。説明してあげよう。君たちだけが一方的に、彼らのことを知らないのは不公平だからね。いいかね、九十九君?」

「はい、確かに不公平ですからね。また後から誰かさんに難癖つけられたら、たまりませんし」


 九十九は七星を横目に見やった。


「よく言った、九十九君。それでこそ、私の見込んだ男だ」


 常盤は九十九の肩を叩いた。


「では、九十九君の了承も得たところで、紹介を兼ねて教えてあげよう。まず1番右にいる少年が九重真司君。彼は長年使われた物に宿るといわれている「付喪神」の声を聞き、その力を借りることができるのだ」


 付喪神という言葉に、沙門の眉がピクリと反応した。


「そして、その隣にいる少女が六堂輪廻君。彼女は一言で言えば、ラックイ-タ-。対戦相手の運を食らい不運をもたらす、幸君にとっては天敵のような存在だ」


 常盤にそう紹介された六堂は、落ち込んだ顔で恨めしそうに常盤を見返した。


「そ、そして、その隣が新海進君。彼は本選に出場していたので、七星君以外は覚えていると思うが、その能力は他人の心の声を聞く読心術だ」


 常盤にそう紹介されても、新海は目を閉じたまま微動だにしなかった。


「そして、その隣にいるのが本間君。彼は」


 常盤が巨漢の青年を紹介しようとしたとき、中央ドアの向こうで音がした。


「誰だね、一体? ここには誰も近づくなと、厳命しておいたろうに」


 興を削がれた常盤は、不快感に眉をひそめた。しかし、その直後、


「ま、まさか……」


 ある可能性が脳裏を過り、蒼白となった。その額からは汗が滴り落ち、今まであった余裕は音を立てて崩れ落ちていった。


「あ…あ……」


 動揺する常盤の目の前で、中央のドアがゆっくりと開かれていく。そして、


「ああああああ!」


 扉の向こうから現れたのは、思った通り常盤家のメイド長だった。


 そして会場入りした静火は、無言のまま、まっすぐ常盤へと近づいて行く。


「おい、ちっと待て」


 その静火の前に、紹介が途中になっていた本間が立ちはだかった。


「だいけだか知らなかが、ここは今関係者以外立ち入り禁止なんじゃっど。わかったら、とっとと出ていけや」


 本間は居丈高に脅しつけた。


「そいにしてもベッピンだな。実にうまそなかざだ」


 本間は鼻をひくつかせた。


「だ、だめだ! やめたまえ、本間君!」


 常盤の制止も、血に飢えた吸血鬼の耳には届かなかった。


「恨むんなら、こげなとこいにノコノコやって来た、わやのマヌケさを恨むんだな!」


 本間は牙を剥き出した。そして、


「ぎゃあああああ!」


 試合会場に悲痛な叫びが上がった。

 しかし、それは静火ではなかった。

 本間が静火の首に牙を突き立てるより早く、静火の掃除機が火を吹いたのだった。

 そして静火は火ダルマとなった本間を蹴り倒すと、スカートの中から取り出した木の杭を本間の胸に突き立てた。


「ぎゃああああ!」


 本間は断末魔の叫びを上げると、塵となって消え失せた。結果、人の身を捨ててまで永遠の美味を求めた大食漢は、飽食どころか自身が天に召されることになってしまったのだった。


 そして邪魔者を排除した静火は、何事もなかったかのように歩みを再開した。


「旦那様」


 常盤の前で立ち止まった静火の目は、これ以上なく凍てついていた。


「大会はとうに終了したというのに、なかなかお戻りになられないので様子を見に来てみれば、こんなところで油を売っていらっしゃたのですね」

「し、静火君、こ、これには深い訳があるのだよ。ていうか、君こそ何してるの? 今のは、いくらなんでもやり過ぎでしょ。彼にだって、生きる権利はあるんだよ? いきなり丸焼けにして、とどめまで刺すなんて、いくらなんでもあんまりじゃないか」


 静火の過剰防衛を非難する常盤にも、


「わたくしは彼の不当な暴力行為に対して、正当な防衛措置を取ったまでです」


 静火は微動だにしなかった。


「高崎君のことだって、あそこまでするなんて聞いてなかったよ? あれから連絡も取れなくなっちゃうし。ま、まさかとは思うけど、こ、殺しちゃったりなんか、してないよね?」

「はい。彼の親御さんが「そんな奴は知らない。関係ない」というので、今は屋敷に置いています。わたくしがここに来るときには、とりあえず、まだ生きておりました」

「とりあえず? とりあえずって何? 君、彼に何したの? ねえ?」

「そんなことより、この乱痴気騒ぎの説明をしていただきたいのですが。その説明が、もし納得のいくものでなかった場合、旦那様の大事なコレクションは、すべて灰塵と帰すことになりますので、そのおつもりで」

「イ、イエッサ-!」


 常盤は背筋を正すと、夕食会以後のことを静火に説明した。


「……なるほど、つまり十六夜さんの吸血鬼化を賭けて、ここにいるメンバ-で決勝戦をやり直すことになった。そういうことですね」

「そ、そういうことだ。けど、君が本間君を燃やしちゃったせいで、人数が合わなくなっちゃったよ。せっかく、7対7のガチンコ勝負になるよう、考えて人選したのに」


 常盤は、ふてくされ気味に言った。


「では、代わりに旦那様が出場なさればよろしいでしょう」

「ええ!?」

「元はといえば、旦那様の軽挙が、この状況を招いたのです。ならば諸悪の根源として、その責任とリスクを負うのは当然のことでしょう。少なくとも、この場で踏ん反り返って、高みの見物を決め込んでいられる立場ではないと思いますが」

「け、けど、そうすると審判役が……」

「それは、わたくしが行ないます。元々、ゲ-ムの勝敗はCPが決定するのですし、審判と言っても、要は反則を取り締まるだけでしょう。ならば、わたくしのほうが適任でしょう」


 そう静火に理路整然と詰め寄られ、逃げ場のなくなった常盤は渋々審判の座から退いた。彼としては、できればこの試合が終わるまでは、悪の黒幕を演じていたかったのだった。


 そして役者が出揃ったところで、十六夜姉弟の最終決戦が始まった。


「懐かしいね、姉さん。昔はよく、こうして一緒に遊んだよね」


 初手、九十九は中央のポ-ンを上げた。


「そうね。でも、これは遊びじゃないわ」


 十六夜も中央のポ-ンを上げ、弟と真向から張り合う姿勢を見せた。姉弟の意地がぶつかり合うなか、先に仕掛けたのは九十九だった。


 九十九が初戦に選んだゲ-ムはポ-カ-であり、九十九チ-ムからは六堂が、十六夜チ-ムからは幸が、それぞれギャンブル専用の対戦機へと進み出た。


 幸は六堂の様子を伺いながら、対戦席に腰を下ろした。


 旦那様は、この娘のこと、ラックイ-タ-とか言うとったけど、うちの運を奪って自分が勝つっちゅうことなんか? でも、どうやって奪うんや? ラックイ-タ-ちゅうぐらいやから、噛みついたりしてくんのか?


 幸は身震いした。ラックイ-タ-というだけでも無気味だというのに、やせ細った六堂の陰気な外見が、その無気味さに拍車をかけていた。


 なんの! うちは幸運の女神に愛されたラッキ-ガ-ルなんや! ラックイ-タ-かなんか知らんけど、あんな陰気臭い娘に食い尽くせるほど、うちの強運はしょぼないっちゅうねん!


 幸は怖じ気づく心を奮い立たせた。


 そして始まったポ-カ-戦、幸は初手からエ-スのスリ-カ-ドだった。


 よっしゃ、ええ感じや。


 幸はエ-ス以外の2枚をチェンジした。すると、さらにスペ-ドのエ-スが手に入り、エ-スのフォ-カ-ドが完成した。


 これに対し、六堂の手札は役なしのブタだった。


 な、な-んや、天敵とか言うとったけど、たいしたことないやん。いや、うちの運がそれだけ凄いっちゅうことやな。


 幸は意気揚々とサポ-ト席に引き上げ、対戦は再び十六夜姉弟に戻った。そして次の十六夜の手番、彼女はお返しとばかりに連珠戦を仕掛けた。


 連珠は陽の担当であり、彼女は対戦席に移るべく腰を上げた。そのとき、


「待ってほしいのです!」


 沙門が勢い良く立ち上がった。


「陽さん、この勝負、マリ-にやらせてほしいのです!」

「え?」


 陽は困惑した。セットゲ-ムの担当は、事前に七星が決定したもので、陽の一存で勝手に交代できるものではなかったからだった。


「え-と、どういうことかな?」


 陽は頬をかいた。


「あっちを見てほしいのです」


 沙門は九十九チ-ムを指さした。


「あっちは、どうやら付喪神使いが出るようなのです」

「うん、そうみたいだね」

「同じ霊が見える者として、あの付喪神使いとはマリ-が戦いたいのです」

「え-と」


 陽は七星を見た。


「だから、そ-ゆ-ことは十六夜に聞けって言ってるだろ-が」


 七星は十六夜に振った。


「お願いするのです、十六夜さん」


 沙門は十六夜に詰め寄った。


「え? え-と、その、うん、マリ-ちゃんが、そうしたいなら」

「ありがとうなのです!」


 沙門は深々と頭を下げると、対戦席へと飛んでいった。


「い、いいのかい、七星君?」


 天草は七星にささやいた。彼女としては、七星が沙門をうまく説得すると思っていたのだった。


「十六夜が、それでいいって言う以上、オレが言うことは何もね-よ」

「けど、君がボクにこのゲ-ムを任せたのは、ボクなら勝てると予知したからなんだろ?」

「そんなわけね-だろ。セットゲ-ムの担当は、あくまでも勝率高そ-な奴を選んだだけだ。そもそも誰と誰が当たるかもわからね-うちに、勝ち負けなんてわかるわけね-だろ」

「けど、君の予知能力なら」

「だ-か-ら-、オレのは、そんなんじゃね-って言ってるだろ-が」


 七星は不本意そうに突っぱねた。そんな七星を見て、


「七星君」


 静火が声をかけた。


「さっきから聞いていると、あなたはまだ自分の能力を、正確には認識していないようですね。力が覚醒したと報告を受けていたので、てっきり力の正体も認識済みだと思っていたのですが」

「してね-よ。て-か、その覚醒とか、テメ-までキモオタみたいなノリ止めろ。ついに、テメ-までキモオタの同類に成り下がったか?」


 七星に皮肉られ、静火の眉がかすかに揺れた。


「……本来、内に秘めた力とは、自ら研鑽を重ねて認識に至るもの。それを第三者が暴露するのは無粋と思い、今まで黙っていましたが」


 静火は常盤を一瞥した。


「ここにいる者の力が、すでに公表されている以上、あなたの力も明らかにしなければフェアな勝負とは言えません」

「いや、だから、ね-から、そんなもん」


 七星は変わらず全否定の構えだったが、静火は取り合わなかった。


「どうやら、あなたたちは七星君の力を、漠然とした未来予知だと思っているようですが、正確には違うのです」

「え? 違うん?」

「はい、七星君の能力は、一言で言うなら「ダメ感知能力」なのです」

「ダメ感知能力!?」


 一同の声が重なった。


「聞いてるだけで、ダメそ-な能力ですの」


 龍華は眉をひそめた。


「未来がわかるという意味では、確かに予知能力と言えなくもありませんが、七星君がわかる未来は、あくまでもダメな未来だけなのです」

「ダメやん、それ」

「でも、七星君は十六夜さんの居場所を突き止めたり、幸さんとの勝負でも的確なアドバイスをしたって聞きましたけど?」


 陽が疑問を呈した。


「それは、ダメな未来がわかるということは、ダメでない未来がわかるということでもあるからです」

「もうちょっと、わかるように言うて-な」


 幸は頭を抱えた。


「そうですね。たとえば普通の予知能力者が、千枚の宝くじのなかから1枚の当たりくじを引き当てられるとしましょう。これに対し、七星君は自分が引く宝くじが当たりでないことがわかるだけなのです。そのため、もし運が悪ければ最悪千回くじを引かなければ、当たりを引き当てることができないのです」

「あ-、そういうことか」


 幸も、ようやく納得した。


「て、ダメやん、それ」

「はい、実際この能力は効率が悪いだけでなく、ダメなことがわかるだけなので、必ずしも正解にたどり着けるという保証もないのです」

「なるほど、正解にまっすぐ進んでるわけじゃなく、進んだ道がダメなことを確認してから、引き返して別の道を探してるようなものだから、普通に進むより余計に疲れるんだね。七星君が2試合しか本気を出せないのも、そのためか」


 陽も納得した。


「そういうことです。そのうえ元々ダメ人間である七星君は、自分からは何もしようとしません。つまり、そもそも道を歩こうとしないので、力そのものに発動チャンスがないのです。七星君の力は、彼が行動を起こして、初めてその真価を発揮するものですから」

「まさに宝の持ち腐れですの」


 龍華が一刀両断し、幸もうなずいた。


「ほんまにな。しかも七星君の場合、自分の進む道が間違っとるってわかっとっても、平気で「それがどうした」て突き進みかねへんし。てか、突き進んでるし」


 散々な言われようの七星だったが、本人は完全スル-を決め込んでいた。


 ともあれ、説明を終えた静火は再び審判席に戻り、試合再開の運びとなった。


「魔法少女が相手か」


 九重は鼻で笑い飛ばした。


「人霊が見えるだけの分際で、オレ様に勝てると思ってんのか?」

「それは、こっちのセリフなのです。予選落ちしたくせに、偉そうなのです」


 沙門に痛いところを突かれ、九重の口がへの字に曲がる。


「上等だぜ! だったらオレ様とおまえ、どっちが上か、この勝負でハッキリわからせてやるぜ!」

「望むところなのです!」


 沙門は九重の挑戦を受けて立つと、召喚魔法で連珠の名人を呼び出した。


 一方の九重は、ズボンから黒の碁石を取り出すと、


「行くぜ、相棒」


 碁石に憑いている付喪神を呼び出した。


 両者ともに戦闘準備が整ったところで、沙門対九重の連珠戦が始まった。


「わかったのです」

「ここでいいんだな」


 魔法少女と付喪神使いの戦いは、召喚した持ち霊の力が勝敗を分ける霊能力勝負となった。しかし本人たちの必死さをよそに、七星の目には「独言を言い合いながら、ゲ-ムに興じるヤバいガキども」としか映っていなかった。


 そして自称霊能力者同士による連珠戦は、


「これで終わりだぜ!」


 九重の手によって終止符が打たれたのだった。


「どうだ! これがオレ様の実力だぜ!」


 九重は勝ち誇った。


「言っとくが、オレ様が予選で負けたのは、チェスと将棋と碁の付喪神しかいなかっただけなんだよ。付喪神は、古い道具じゃないと憑かないからな。そんな古いゲ-ムは、チェスと将棋と碁しかなかったんだよ」


 九重はネットや古道具屋を探し歩いたのだが、結局その3ゲ-ムしか見つからなかったのだった。


「これでわかったろ、魔法少女。付喪神を使役できるオレ様に、人霊ごときの力しか借りられないおまえが勝てるわけがないんだよ」

「く、悔しいのです」


 沙門は唇を噛み締めながら、サポ-ト席へと引き返した。


 戦績がイ-ブンに戻ったところで、次に十六夜が選んだのは1度勝っているポ-カ-だった。


「安心せえ、マリーちゃん。あんたの仇は、うちが取ってきたるさかいに」


 幸は自信満々でポ-カ-勝負に臨んだ。すでに六堂には1勝しているだけに、その心には余裕があった。しかし、


「え?」


 九十九サイドから出てきたのは、六堂ではなく常盤だった。


「勝負すんの、あの子ちゃうん?」


 幸は六堂を見た。しかし六堂は奥に引っ込んだまま、動く気配はなかった。


「どういうつもりや、旦那様? ノコノコ出てきて、まさかうちに勝てるつもりでおんの?」

「見くびってもらっては困るね、幸君。こう見えても、私は常盤グル-プのトップなのだよ。持って生まれた強運は、君に勝るとも劣らぬと自負しているのだがね」


 てか、むしろ運だけで、ここまできたって感じやし。


 幸は常盤の言葉の正しさを認めつつ、それでも自分の勝利を確信していた。しかし、


「な!?」


 結果は、常盤のフルハウスに対し、幸は無役という惨敗だった。


「んな、アホな……」

「驚いているようだね、幸君」


 狙い通りの展開に、常盤は得意満面だった。


「自分が、なぜ負けたか不思議かね? では、わたしがその答えを教えてあげよう」


 常盤は六堂を見た。


「私は、さっき六堂君のことを、ラックイ-タ-だと紹介したはずだ。そして君は、その六堂君と対戦したことで、その持っている強運を六堂君に食われたのだよ。そして強運を失った君は、そうとは気づかぬまま私と勝負し、敗れてしまったというわけだ」

「け、けど、そんな食われた気配なんて、いっこもなかったで?」

「それは、食うというのはあくまでも比喩表現だからね。実際のところ、六堂君は対戦するだけで他人の運を吸い取れるのだよ」

「そ、そんな……」

「まあ、そう落ち込むことはない。どの道、まともに勝負していたとしても、私の勝ちは揺るぎなかったのだからね」


 常盤は鼻高々だった。


「いいから、さっさと引っ込め、キモオタ」


 七星が言い捨てた。


「ドS女といい、その六堂って奴といい、他人におんぶに抱っこで生きてるだけの寄生虫の分際で、これ以上場を汚すんじゃね-よ」

「なんとでも言いたまえ。負け犬の遠吠えほど、耳に心地よいものはないからね」


 常盤は、ほくそ笑んだ。


「旦那様」


 静火は冷ややかに呼びかけた。


「そろそろ、お下がりを」


 静火に射すくめられ、


「……はい」


 常盤はすごすごとサポ-ト席へと引き上げていった。


 そして次の九十九の手番、彼は左ビショップを動かし、ガイスタ-戦を仕掛けた。


「ここは、わたくしがまいりますの」


 龍華が立ち上がった。


「この劣勢を挽回できるのは、このわたくしをおいて他におりませんの。そうですわね、十六夜さん」


 龍華に凄まれた十六夜は、


「は、はい」


 ぎこちなくうなずいた。


「そりゃい-けど、お嬢様このゲ-ムできんのか?」


 七星は眉をひそめた。本当ならガイスタ-戦の担当は陽であり、七星が見たところ、龍華はこのゲ-ムにさほど精通している感じではなかった。


「わたくしを誰だと思ってるんですの? 弘法筆を選ばず。わたくしに不得手なゲ-ムなど存在しませんの」


 龍華は高らかに言い放つと、優美な足取りで対戦席へと向かった。だが、その後ろ姿に、七星は負けフラグがハッキリと見えていた。


 そして案の定、勝負は龍華の惨敗に終わった。


 龍華は格の違いを見せつけようと、新海に真向勝負を挑んだ結果、逆に手玉に取られてしまったのだった。


「このわたくしが、こんな冴えない小市民に……」


 屈辱に肩を震わせる龍華に、新海は無言で背を向けると対戦席へと戻っていった。

 そして2連勝して勢いに乗る九十九は、次の手番で十六夜がもっとも得意とするオセロで挑んできた。だが、その対戦席に着いたのは、姉の手の内を1番知っている九十九ではなく花宮だった。


「咲ちゃん」


 十六夜は、花宮を痛ましげに見た。対する花宮は、表情を動かすことなく、開かれた両目で、まっすぐ十六夜を見返していた。


「どうして、こんなことに? 九十九に無理矢理、吸血鬼にされたの?」

「違います。わたしが望んでなったんです」


 花宮は迷わず答えた。


「どうして?」

「目が見えるようになりたかったから」

「そんな」


 ことのために? と言いかけて、十六夜は、その言葉を飲み込んだ。しかし、花宮には十六夜の言わんとするところが伝わっていた。


「一美お姉さんにはわかりません。目が見えることが、当たり前のあなたには」


 すべて承知の上で、花宮は人間を捨てたのだった。その花宮の覚悟を前に、十六夜に言えることは何もなかった。

 そして、この時点で、すでにオセロ戦の勝敗は決していた。己の願いを叶えるために、人の身さえ捨てた花宮に、十六夜は完全に飲まれてしまっていたのだった。


 結果、オセロ戦は花宮の勝利に終わり、負けた十六夜には対戦席を去る花宮を見送ることしかできなかった。

 

 十六夜は無力感に苛まれつつ、それでも勝利の先にある希望を信じて、次の1手を打ち進めた。そして劣勢のなか、次に十六夜が選んだのは中将棋だった。


「え-と」


 中将棋担当の陽は、とりあえず回りの様子を伺ったが、さすがに今回は名乗りを上げる者はいないようだった。

 もっとも、それは陽に気を遣ったというよりも、今回の対戦者が目当ての相手ではなかったからに過ぎなかった。今やメンバ-それぞれに標的が存在しており、もはやその相手以外は眼中にないのだった。


 とりあえず誰からも異論が出ないことに安心し、陽は対戦席に着いた。


 対する九十九チ-ムの出場者は、長谷だった。


「あなたほどの人でも、人間を捨ててでも不老不死が欲しかったんですか?」


 陽は何気なく尋ねた。司書であり、本から数多の知識を得てきた長谷が、こんな軽率な判断をしたことを、陽は不思議に思っていたのだった。


「それが何か?」

「いえ、ただなんとなく、不可解だったもので。気に触ったのなら謝ります」

「……あてはどんな形であれ、本が読み続けられたら、それでええんどす」


 長谷は淡々と答えた。


「そのために、悪魔に魂を売った、と言われてもですか?」

「偉そに上から物言うてはるけど、あんさんも同じ穴のムジナどすやろ」

「え?」

「あんさん、前に大層な大義掲げてはりましたけど、結局のとこ、それも聖霊かなんか知りまへんけど、自分以外の得体の知れんもんの力を当てにしてのことなんでっしゃろ? 己の目的を叶えるために、他力本願しとるいう点では、あてとなんも変わりおへん。それでも、なんぞ物が言いたいんどしたら、あてに勝ってからにしなはれ」

「……そうですね。失礼しました」


 陽は苦笑したが、目は笑っていなかった。


 そして始まった中将棋戦、陽は今までにない真剣さで長谷を打ち負かしにいった。その結果、


「王手どす」


 勝利したのは長谷だった。


「これが他力本願で生きてきたお人形さんと、自力で生きてきたあての差どす。格の違いがわかったら、今後は口を慎みなはれ」


 長谷は容赦なく切り捨てると、サポ-ト席へと引き上げていった。


 陽も席を立ったところで、後ろにいた十六夜と目が合った。


「ごめんね、十六夜さん。自分で助っ人をかって出たのに、完敗しちゃってさ」


 陽は苦笑った。しかし、その細められた目の奥では、屈辱の炎が燃え上がっていた。


 陽と交代した十六夜は、次の自分の手番で右ル-クでポ-ンを奪いにいった。


 右ル-クのセットゲ-ムはバカラであり、幸が不調の今、本来ここで動かすべき駒ではなかった。それを承知で、あえて今動かしたのは、リベンジの機会をくれるよう、幸に頼まれたからだった。


 そして幸は、ラッキ-ガ-ルとしての意地とプライドを賭け、常盤とのリベンジマッチに臨んだ。


「やれやれ、君も懲りない娘だね」


 常盤は肩をすくめた。


「1回勝ったぐらいで、何調子に乗っとんねん。さっきのはまぐれや。それを、この勝負で証明したる」


 幸は鼻息を荒げた。自分から強運を取ったら何も残らない。それだけに幸としては、簡単に強運の喪失を認めるわけにはいかないのだった。


「勝負や!」


 幸は気合いとともに勝負に臨んだ。しかし勝ったのは、やはり常盤だった。


「そんな……」


 常盤に2度の敗北を喫した幸は、生気を失った顔で肩を落とした。


「どうやら、勝負あったようですね」


 うなだれる幸を横目に九十九が言った。


「そ-ゆ-セリフは、チェックメイトしてから言え」


 答えたのは七星だったが、サポ-ト席にいる者は全員同じ気持ちだった。


「まだやると?」

「当たり前だ」

「そういうことなら……」


 九十九は盤面に手を伸ばすと、


「次は、この人に消えてもらうことにしましょうか」


 九十九はポ-ンを動かし、再び中将棋戦を仕掛けてきた。


「十六夜さん」


 陽は、まだサポ-ト席にいた十六夜の前に歩み出た。


「さっき負けたボクが、こんなこと言えた義理じゃないんだけど、このゲ-ムもう1度ボクが出ていいかな?」

「え? ええ、も、元から中将棋の担当は、あなたですし」

「ありがとう、十六夜さん」


 陽は、失意の幸に代わり対戦席に着いた。


「あんさんも、懲りんお人どすな。なんべんやっても、あてには勝てん言うことが、まだわかりまへんか?」


 長谷は憐憫の眼差しを陽に向けた。


「こう見えて、負けず嫌いなんです。それに、勝負はやってみなければわからないものですよ」

「……相変わらず、口だけは達者どすな」

「口だけではないことを、今から証明してみせますよ」


 陽は笑顔で断言した。そして彼女は大言通り、見事リベンジを果たしたのだった。


「ボクの勝ちですね」

「1勝しただけで、何得意げに言うてはりますの? これで戦績は1勝1敗のイ-ブン。まだ、あてが負けたわけやおへん」

「いえ、ボクの勝ちです。なぜなら、ボクはもうあなたには負ける気がしないからです」

「は? だから1勝したぐらいで」

「長谷さん、本て、なんのためにあるんですか?」

「は? いきなり、なんどすのん?」


 長谷は眉をひそめた。


「この質問の答えが、ボクがあなたに負けない理由だからです」

「答え、て。本がなんのためて、そりゃいろいろどすやろ。知識を得たり、興奮したり、感動したり。本は、読み手にそういう満足感を与えるためにあるんどす」

「つまり本は、書き手が自分の思いを、自分の側にはいない誰かに伝えたい、残したいという思いから描かれたものなんですよね。いわば、本は書いた作者の強い思いの結晶だ」

「……そない言うたら、そうかもしれまへんけど、それがどないした言うんどす?」

「つまり、あなたは本を愛しながら、その本の1番の目的である人から人への、過去から未来へのバトンタッチを拒否したんです」


 陽に指摘に、長谷は鼻白んだ。


「あなたは人を捨てた、いや不老不死となったことで、本の1番の存在価値を自ら否定したんです。そんな人に2度も負けるほど、ボクはバカじゃない。そういうことです」


 陽は席を立った。


「それと、さっきの話ですけど、確かにボクは聖霊の声が聞こえますけど、その考えを受け入れるかどうか、決めているのはボク自身です。決して、精霊の操り人形なんかじゃありませんので」


 陽は長谷に一礼すると、サポ-ト席に戻った。


 小娘に好き放題言われ、しかしとっさに反論できなかった長谷は敗北感に打ち震えていた。


「気にすることないですよ、長谷さん」


 九十九は長谷に笑いかけた。


「あの人の言ってることなんて、結局ただの揚げ足取りなんですから。なにしろ、あの七星さんが選んだメンバ-なんです。しょせんは同じ穴のムジナ、類は友を呼ぶってやつです」

「気になんてしとりまへん。なんであれ、あては本が読めればそれでええんどす」


 長谷は投げやりに言うと、足早にサポ-ト席へと戻っていった。


 そして十六夜は一気に流れを引き寄せるべく、次の手番でチェス戦を仕掛けた。


「ようやくと、わたくしの真の実力を見せるときがやってきましたの」


 龍華は長髪をなびかせながら、颯爽と対戦席に着いた。


 さっきは得手不得手なんてね-って言ってたくせに。


 七星はそう思ったが、面倒臭いのでスル-した。


「チェスなら、オレ様の出番だぜ」


 立ち上がった九重の肩を、新海が押さえた。


「ここは俺が行く」

「え-、なんでだよ? チェスと将棋と碁は、オレ様が戦るって決めたじゃんか」

「あの女が、それを望んでいるからだ」


 新海は龍華を一瞥した。


「それに、おまえにはおまえの相手がいるだろ。おまえの力は、そいつとの戦いに備えておけ」

「オレ様の相手?」

「あの娘だ」


 新海は沙門を指差した。


「あいつ? あいつには、さっき勝ったじゃん。もう1回戦っても一緒だよ」

「相手は、そうは思っていないようだぞ」

「え?」


 九重は改めて沙門を見た。すると沙門は、噛みつかんばかりの勢いで九重を睨み付けていた。


「生意気-。弱いくせに」

「わかったら、ここは任せろ」

「……わかったよ」


 九重は渋々サポ-ト席に座り直した。


「今度は、さっきのようにはいきませんの。わたくしのチェス日本王者の肩書きがダテではないことを、あなたに教えて差し上げますの」


 最高の形で雪辱戦を迎えられ、龍華は上機嫌だった。


「くだらん」


 新海は言い捨てた。


「金持ちの子供が、金に飽かして英才教育を受ければ、どんな凡才でもそこそこ強くなって当たり前だ。そんなことにも気づかずに、凡人が自分を特別だと勘違いしている姿は、滑稽を通り越して哀れでしかないな」

「人の心が読める自分こそが、特別な存在だとでも言いたいんですの? ですが、お生憎様ですの。たとえ、あなたが本当にわたくしの心を読めるとしても無駄ですの。なぜならば、わたくしの力は、あなたをはるかに凌駕しているからですの」

「わかったから、もう黙れ。それ以上負けフラグを立てられると、戦う気自体が失せる」

「世間一般の常識など、わたくしには関係ありませんの。なんならこれから先、わたくしの戦術を教えながら指して差し上げますの。その上で、わたくしはあなたに勝って、格の違いというものを教えて差し上げますの」

「勝手にしろ」

「では、参りますの」


 龍華は初手を指すと、公言した通り、


「わたくしの狙いは、ルイ・ロペス(チェスにおける序盤の定石)ですの」


 と、自分の意図を新海に饒舌に語って聞かせた。そして龍華の解説は2手目以降も続き、それは次第に新海の指し方にまで拡大していった。


 勝手にしろと言った手前、新海としても今さらやめろとも言えず、彼の調子は龍華の一声ごとに崩れていった。そして、


「チェックメイトですの」


 チェス戦を制したのは、負けフラグが立っていたはずの龍華だった。


「これですの! これが、わたくしの実力ですの! 庶民が言う負けフラグなど、わたくしの前ではなんの意味もないことが、これで証明されましたの!」


 最高の形でリベンジを果たし、龍華は得意満面だった。


 新海は反論しなかった。敗者に語る資格なし、ということもあったが、もはや話す気力も残っていないというのが本当のところだった。

 まさに口は禍の門であり、この試合は新海に「二度と無駄口は叩くまい」と、改めて誓わせることになったのだった。






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