第12話
冬を間近に控えた10月半ば。
天国は順調にレベルを上げ、ヒーラーの第3段階である「バイタルセーバー」へとクラスアップを果たしていた。
そして10月最後の日曜日も終わりに近づいたところで、
「あ、あのね、永遠長君」
天国は恥ずかしそうに切り出した。
「なんだ?」
「その、今日は、私の誕生日なんだけど……」
うつむきがちに両手をもじもじさせる天国に、
「そうか。それはよかったな」
永遠長は素っ気なく言った。
「うん。それでね、誕生日祝いってわけじゃないんだけど、その永遠長君からプレゼントっていうか、叶えてほしいお願いがあるんだけど」
「いいだろう。言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
あくまでも尊大な永遠長に、
「あ、あのね、その、永遠長君のこと、流輝君て呼ばせて欲しいなって、こと、なんだけど」
天国は遠慮がちにおねだりした。
「何かと思えば、そんなことか。別にかまわん。おまえの好きに呼べばいい」
「ホ、ホント?」
天国の顔に笑顔が戻る。
「ああ、おまえが俺をどう呼ぼうと、それで俺という人間の本質が変わるわけじゃないからな」
永遠長は淡々と答えた。
「じゃ、じゃあ、私のことも、調って呼んでくれる?」
「おまえが、それがいいならそう呼んでやる。4文字より3文字のほうが短いしな」
「うん。呼んでほしい。あ、後、流輝君にもプレゼントあげたいから、誕生日を教えてほしいんだけど」
「俺か? 俺は1月23日だ」
「あ、じゃあ、私のほうがお姉さんなんだ」
「同年代で、お姉さんもクソもあるか」
永遠長は不貞腐れ気味に言い捨て、天国の微笑を誘った。
だが冬に入り、永遠長の誕生日である1月が近づくにつれ、天国の表情は徐々に暗くなっていった。
そして迎えた永遠長の誕生日に、
「あのね、私、今度、転校することになったの」
天国は落ち込んでいた理由を永遠長に打ち明けた。
「転校?」
「うん。お父さんの仕事の関係で」
「それで、このところ無駄に落ち込んでいたのか。くだらん」
「くだらんて、転校したら、もう会えなくなるのに」
「会えないことはないだろう。こっちに来れば、会おうと思えば、いつでも会えるんだからな」
「そ、それは、そうだけど……」
天国は拗ねた感じで、足元の小石を蹴った。天国としては、自分が転校すると聞いた永遠長には、もっと残念がって欲しかったのだった。
「そもそも学校が違うんだから、あっちで一緒にいた時間など、たかが知れてるだろうが」
転校しても、さして変わらん。と一蹴する永遠長に、
「流輝君、冷たい」
天国は頬を膨らませた。
「自分の力じゃどうにもならないことは、ハナから思い悩まないようにしてるだけだ。時間の無駄だからな」
そのことを、この12年間で、永遠長は嫌というほど思い知っているのだった。
「それとも、おまえにできるのか? 父親だけ転勤させて、自分だけ残ることが」
「そ、そんなこと」
「無理だろう。なら、やはり考えるだけ時間の無駄だ」
「そ、それは、そうなんだけど」
天国としては、永遠長にも離れ離れになる寂しさを、もっと共有して欲しかったのだった。
「それに、どうせ転校するなら、中学に上がる今のほうがマシだろ。学期の初めからなら、3年のときのように、わけもわからないまま無駄なトラブルに巻き込まれることもないだろうからな」
「そうだけど」
「もっとも、今のおまえなら相手が男子でも余裕でぶっ飛ばせるだろうがな」
「そうだけど」
天国は何気なく答えてから、
「し、しないから、そんなこと!」
あわてて否定した。
「何をあわててるんだ? 文句を言うべきときに言って、戦うべきときに戦うのは、生物として当然のことだろうが」
「生物って」
「でなければ、自己中どもに、いいように食い物にされるだけだ。小3のときの、俺のようにな」
「……そういえば聞いてなかったけど、流輝君、あの子たちの友達を、本当にボコボコにしたの?」
天国は今さらながら尋ねた。
「したぞ」
永遠長は悪びれずに答えると、一連の経緯を説明した。
小2のときに、クラスメイトの女子がイジめられていたこと。
それを自分が助けたこと。
すると、今度は永遠長がイジメの対象となったこと。
そして、そのイジメグループを今度こそ完膚なきまでに叩き潰したことを。
「あきれた。じゃあ悪いのは、その子たちのほうなんじゃない」
事情を聞いた天国は義憤に駆られたが、
「怒るだけ無駄だ。ああいう類は、何をしても自分中心にしか考えないからな」
永遠長はどこ吹く風だった。
「自分が相手を殴るのは遊びや冗談だが、殴り返されたら暴力。真顔でそう言うし、本気でそう信じてるからな」
永遠長は淡々と言った。
「でも本当のことを言ったら、あの子たちもわかってくれたんじゃ?」
そうすれば、あの日の惨劇も防げたかもしれないのだった。
「一応言ったぞ。だが信じなかっただけだ。俺が嘘をついていると決めつけてな」
「そ、そうなんだ」
「ああ。だから言ったろう。言うだけ無駄だと。ああいう類への対処法は、放っとくか叩き潰すか。2つに1つしかないんだ」
「それも、どうかと思うけど……」
天国は眉をひそめた。
「じゃあ、あのときお咎めなしだったのは? 私、あのときは流輝君、あのまま警察に捕まっちゃうんじゃないかと、本気で心配したんだけど」
「なんで俺が警察に捕まらなきゃならんのだ。あいつらをぶっ飛ばしたのは正当防衛だし、あいつの腕が折れたのだって、あくまでも、もつれ合って倒れた際に起きた不慮の事故だ。それだって、あいつが殴りかかって来なかったら起きなかったことだ。あの女を蹴り飛ばしたのも、スマホを盗もうとしたからで、悪いのはあいつのほうだろうが」
「それは」
流輝君が裸の動画をネットに流すって脅したから。
天国は、そう言いかけて止めた。どうせ言うだけ時間の無駄だろうから。
「じゃあ、先生を椅子で殴り倒したのは?」
「あのときスマホを見せただろ。あれには、あいつが体育の時間にコッソリ教室に忍び込んで、女子の笛を舐めたり、服の匂いを嗅いでるところが写ってたんだ」
「ええ!? じゃあ、もしかして流輝君がお咎めなしだったのって……」
「自分の破滅フラグを回避するために、すべてを事故で終わらせたんだ」
「あきれた」
天国は、ため息をついた。そんな教師ばかりとは思いたくないが、天国の教師への信頼度が目減りしたのは確かだった。
そして別れ際、
「あ、そうだ。流輝君」
天国は永遠長に呼び止めると、
「なんだ?」
振り返った永遠長の唇に自分の唇を重ねた。
「お誕生日おめでとう。今のは、私からの誕生日プレゼント」
天国はハニカミながらそう言うと、永遠長の前から姿を消したのだった。
そして小学校卒業と同時に、天国は転校していった。
とはいえ、異世界での生活は今まで通り継続し、中学に上がっても2人の関係に変わりはなかった。
そんな2人の関係に変化が起きたのは、中学生になって最初の夏のことだった。
夏休みを目前にした7月初旬。
ついに天国のポイントが、1億を突破したのだった。
「これで、ようやく流輝君への借金は完全返済ね」
異世界ナビに表示されているポイント数を見ながら、天国は嬉しそうに言った。
「そういうことになるな」
永遠長は特に感激した様子もなく、軽く受け流した。
「ということは、これでもうディサースに縛られる必要もなくなって、これからはのんびり、いろんな世界を見て回れるってことね。流輝君は行きたいところとかある?」
天国は永遠長を見た。
「俺はモスに行くつもりだ」
「モス?」
「そうだ。この2年で、ハーリオンとサクサルリスが連発で閉鎖されてしまったからな。この調子じゃ、いつまたどの世界に行けなくなるか、わかったもんじゃない。他の世界は、とりあえずどんな世界か知ってるが、モスだけは魔具の世界という以外、ほとんど何も知らんからな」
「そう言えばそうね」
言われてみれば、天国もモスには1度も行ったことがなかった。
「じゃあ、次の冒険はモスで決定ね」
天国は笑顔で言った。
「……まさかとは思うが、おまえもついてくるつもりなのか?」
「もちろん」
「なぜだ?」
「なぜって」
「おまえが俺と行動を共にしていたのは、それが俺への借金を返す1番の近道だったからだろう? だが、その借金を返し終えた以上、おまえには俺と行動を共にする理由はないはずだ」
「理由って。私たちは2人で「ウィズ」なんだから、一緒に行動するのは当たり前でしょ」
天国は、あっけらかんと言った。
「それに、どうせ冒険するなら、1人より2人のほうが楽しいし」
天国は永遠長の顔を覗き込むと、
「でしょ?」
無邪気に微笑んだ。
「それとも流輝君は、私と一緒じゃ嫌?」
「嫌とか嫌じゃないという問題じゃない」
「じゃあ、何?」
「俺は、おまえが一緒にいようといまいと、好きなようにやるってことだ。そのせいで、おまえにどんな迷惑がかかろうと、そんなことは一切おかまいなくだ」
「……1年以上一緒にいるんだから、少しは気にしてくれてもいいと思うんだけど」
天国は、ふてくされ気味に言った。
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。トラブルがあったら、すぐ首を突っ込んでおいて、どの口でほざいている」
「嬉しいでしょ? それだけ流輝君を信頼してるってことなんだから。たとえ、どんなトラブルに巻き込まれても、私たち2人なら絶対解決できるって」
「嬉しくない」
憮然と答える永遠長に、
「つまり、似た者夫婦ってことね」
天国は楽しそうに言った。
「まあいい」
永遠長は嘆息した。
「それって、婚姻成立ってこと?」
「誰が、そんなことを言った?」
ムキになる永遠長を見て、
「照れちゃって、かわいい」
天国は含み笑った。
「照れてない」
永遠長はもう1度ため息をついてから、
「異世界で好きにしろと言ったのが俺だ。人は、自分の言ったことには、責任を持たなきゃならないからな。おまえが、どうしてもそうしたいと言うなら、俺にそれを止める権利はない」
渋々、本当に渋々、天国の同行を認めたのだった。
「偉い、偉い。さすが、私の流輝君」
天国は永遠長の頭を撫でた。
「おまえの物になった覚えはない」
永遠長は不本意そうに言った。
「そうよね。私たちは一心同体。2人で「ウィズ」なんだから」
天国は笑顔でそう言うと、
「というわけで、これからもよろしくね、流輝君」
いつも通り地球へと帰還した。
そして翌日、先に異世界に転移した永遠長は、天国が現れるのを、いつも通り待っていた。
しかし1時間待っても、天国が永遠長の前に現れることはなかった。
「……これ以上は時間の無駄だな」
永遠長はそううそぶくと、モスへと転移していった。
そして、それ以後も天国が永遠長の前に現れることはなく、月日だけが2人の間に降り積もっていったのだった。




