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第117話

 周囲を岩で囲まれた薄闇の中、絶え間ない波音と潮の香りが、十六夜に現在地を漠然と認識させていた。

 しかし両手足を縛られ、口にも猿ぐつわをかまされた今の十六夜には、そこから逃げることはおろか、自分の居場所を知らせる術すらなかった。


 事の起こりは、昨日の夕方、見知らぬ少女から渡された1通の手紙だった。

 見ると、その手紙には「不老不死に関して重大な秘密がわかったので内密に話がしたい」と書かれてあった。

 そこで十六夜が夜中に指定された海岸へ出向いたところ、待ち構えていた立石の仲間2人に捕まってしまったのだった。


 七星君……。


 自分の浅はかさを後悔する十六夜の耳に、外から近づく足音が聞こえてきた。見ると、やはり自分を拉致した少年と少女だった。


「そう怯えなくても、これ以上あんたに何もしねえよ」


 田島良は十六夜に言った。


「オレたちは、ただ先生に優勝してもらいたいだけなんだ。先生の優勝が決まれば、すぐにでも解放する。だから、それまで少しの間、ここでおとなしくしててくれ」

「手荒なことしてゴメンね」


 西野稟は十六夜の前に座り込んだ。


「許してもらえるとは思ってないし、後でちゃんと罰も受けるさ。けどあたしたち、先生のためにできることはなんでもするって決めたんだ。たとえ、その結果、どんなに先生の怒りを買うことになってもさ」


 西野の目には、悲痛な覚悟が宿っていた。


「あんたのことは、プロフィールで見たよ。病気の弟を助けるために、この大会に出場してるんだってね。それはそれで立派だけどさ。先生はもっと大勢の人たちのために優勝しようとしてるんだ。そして、その大勢のなかには、あんたの弟も含まれてるんだよ」


 西野の言葉の意味が、十六夜には理解できなかった。


「先生はね、優勝して自分が不老不死の手術を受けたら、自分を生き証人として、不老不死の存在を世間に公表するつもりなんだよ」

「!?」

「そうすることで、今も不治の病で苦しんでいる人たちを救おうとしてるのさ」

「…………」

「あんたはいいさ。大勢の仲間に囲まれて、このままいけば優勝だって夢じゃない。けどさ、この大会に出場すらできず、今も不治の病で苦しみ続けてる人たちはどうなるのさ? あんた、自分たちさえ助かれば、他の人はどうでもいいっていうのかい?」

「落ち着け、稟、そんなこと彼女に言ったところで、どうにもならないだろ。彼女だって、自分たちのことで精一杯なんだ」


 田島は西野の肩に手を置いた。


「そ、そうだったね」


 西野は深く息を吐いた。


「ごめんね。別に、あんたのことを責めたいわけじゃないんだ。あたしはただ、ここであんたが負けても、弟のことをあきらめる必要はないって言いたかっただけなんだよ」


 西野は頬をかいた。


「あんたさ、今のこの状況のこと、どう思ってる? 誘拐されてることじゃないよ? 一部のセレブが不老不死の方法を独占して、一般人には隠してる今の状況をさ」

「口を塞がれてるのに、答えられるわけないだろ」


 田島は、あきれ顔で言った。


「あ、そっか」


 西野は苦笑すると、十六夜の猿ぐつわを外した。


「て、外すなよ。大声出されたらどうすんだよ」

「大丈夫さ。ここは砂浜から遠いし、波の音も大きいから、騒いでも誰にも聞こえやしないさ」


 西野は脳天気に答えた。


「さあ、答えてよ。どう思ってんのさ?」


 西野は改めて十六夜を問いかけた。


「そ、それは、確かに間違ってるかもしれないけど、でも下手に不老不死の事実が世界中の人に知られたら、パニックが起きるかもしれないし。今、この世界には100億の人口を養えるだけの、食料なんてないから」

「だとしても! それは人類すべてが考えるべきことさ! 一部のセレブが特権階級者面して、自分たちだけがのうのうと生き続けていい理由になんかならないんだよ!」

「ご、ごめんなさい」


 十六夜は首をすくめた。


「いや、こっちこそすまない」


 田島は西野の口を塞いで、十六夜から引き離した。誘拐犯が、誘拐した相手に説教するとか、ありえない話だった。


「今こいつが言ったことは、みんな先生の受け売りなんだ。こいつ先生のことになると、すぐ興奮して。オレたちにとって、先生は親以上の大恩人だから」


 田島と西野は、ともに親に虐待されたあげく置き去りにされたところを、立石に助けられたのだった。


「……だから十六夜をさらって、その大恩人を勝たせようとしたってわけか」


 七星が岩陰から姿を現わした。


「だ、誰だ!?」


 田島と西野が振り返り、


「七星君!」


 十六夜の目が潤んだ。


「ど、どうやって、ここが?」


 田島たちは鼻白んだ。


「勘だ」


 七星の答えは簡潔だった。


「ふざけたことを!」


 西野はナイフを取り出した。


「悪いことは言わねーから、やめとけ」

「そ、そうはいくか。先生には、なんとしても優勝してもらうんだ。そのためなら!」

「いやいや、そーじゃなくて、その不老不死を世間に公表するって話のほーだよ」

「なに?」

「だって、それ完全に死亡フラグだし。そーゆー庶民が権力者に反旗を翻す展開は、最後は庶民が口封じされて海の藻屑ってのがお約束だから。悪いことは言わねーから、やめとけ」

「ふざけんな!」

「そんなこと、あたしらがさせるもんか!」


 田島はナイフを十六夜の首に突きつけた。


「う、動くなよ。少しでも動いたら、こいつの喉をかき切るよ。良」


 田島は西野に目配せした。


「こ、こうなったら、大会が終わるまで、おまえにもここでおとなしくしててもらうぜ」


 西野はナイフを手に、七星へとにじり寄った。そのとき、


「やめろ」


 七星の背後から立石が姿を現わした。


「せ、先生!?」


 予期せぬ立石の登場に、西野と田島の顔が一気に青ざめた。


「そこまでだ。2人ともナイフを捨てろ」

「せ、先生……」

「あ、あたしたち……」

「いいから、ナイフを捨てろ!」


 立石に一喝され、2人はあわててナイフを捨てた。


「おまえたち、誰がこんな真似をしろと言った?」

「ご、ごめんなさい、先生」

「すいません、先生。でもオレたち、少しでも先生の役に立ちたくて……」


 2人は、うなだれた。


「……もういい。すべては俺のせいだ。おまえたちに、うかつに俺の考えを話したのが間違いだったんだ。いや、違うな。いつまでもおまえたちを連れ歩いていたことが、そもそもの間違いだったんだ」


 立石は深く息をついた。


「おまえたちとは、これまでだ。どこへなりと、好きなところへ行くがいい」

「そ、そんな……」

「待ってください、先生」


 取りすがる2人を無視して、立石は十六夜の前に歩み出た。そして膝を折ると、


「すまない」


 十六夜に土下座した。


「謝って済むことでないのはわかっているが、どうかこの子たちを許してくれ。2人とも、俺のことを考えるあまりに、してしまったことなんだ」


 立石は岩場に頭を擦り付けた。


「警察には、俺が誘拐犯として自首する。だから、この2人のことは見逃してやってくれ。頼む。この通りだ」

「先生、そんなのダメですよ!」

「そうよ! 悪いのは、あたしたちなんだから、警察にはあたしたちが行くよ!」


 2人は立石に取りすがった。


「黙れ。おまえたちは、とっとと消えろ。もう顔も見たくない」

「嫌です! 先生に拾われた命です! オレたちは、ずっと先生と一緒にいます!」

「そうだよ! 離れるなんて嫌だよ!」


 2人は泣きじゃくり、立石にしがみついた。


 コイツラ、マジメンドクセー。


 繰り広げられる人情劇を前に、七星は深々とため息をついた。


「だったら、こーゆーのはどーだ。この状況をどーケリつけるか、チェスで決めるってーのは」

「チェスだと?」


 立石は眉をひそめた。


「そーだ。その勝負で、そっちが勝ったら今回の件はなかったことにしてやるよ。ただし、こっちが勝ったら、あんたには今回の不老不死に関する件から手を引いて、この大会に関することもすべて忘れてもらう。どうだ、受けるか?」

「……ここで俺たちを警察に突き出せば、それですべて終わりだろうに、なぜそんな回りくどいことをする? 同情なら無用だぞ」

「そんなんじゃねーよ。ただ、ここであんたが逮捕されても、不老不死を世間に公表することをあきらめるとは思えねーってだけだ。だったら、後々の面倒なくすためにも、このほ-がいいってな。あんた、1度した約束は絶対破らなそーだし」

「…………」

「どうする? 受けるか? それとも、このままその2人を犯罪者にするか?」

「……いいだろう。その勝負受けよう」

「決まりだな。じゃあ、勝負はホテルに帰ってからってことで」

「で、でも、本当にいいの、七星君? そんなこと勝手に決めて、もし七星君が負けちゃったら……」


 十六夜は不安げに七星を見た。


「は? なに言ってんだ? 勝負は、おまえがするんだよ」

「ええ!?」


 十六夜の目が、これ以上ないほど見開かれた。


「何が「ええ!?」だ。そもそも、こんな事態になったのは、おまえが誘拐されたからだろうが。その名誉挽回のチャンスをやろってんだ。むしろありがたく思え」

「だ、だって、その人たちが、手紙で「不老不死の秘密を教える」っていうから」

「な、に?」


 七星の顔が強ばった。


「おまえ、まさか、それでノコノコ会いに行ったのか? オレはまた、ボーイか何かが部屋を訪ねてきて、ドアを開けたところを、かっさらわれでもしたのかと思ってたのに」

「だって、行かなかったら、相手をずっと待たせることになっちゃうし」

「関係あるか! なんで勝手に呼びつけた相手のことなんざ、気にしてやらなきゃなんねーんだ! そんなもん「用があるなら、テメーが来い!」で終わる話だろーが!」

「だ、だって、わざわざ手紙で知らせてくるぐらいだから、よほど重要なことなんだと思って」

「それならそれで、どーして他の奴に相談しねーんだ」

「だ、だって、誰にも知られないよう、1人で来るようにって書いてあったから」

「書いてあったからって、本当にその通りにする奴がいるか!」

「そ、それに、七星君にリーダーを任されたのは、わたしだし。そのわたしが、他の人に迷惑なんてかけられないから」


 その十六夜の言い訳を聞き、七星の怒りが加速する。


「アホか! それで余計に迷惑かけてりゃ世話ねーんだよ!」

「ご、ごめんなさい」


 十六夜は縮こまった。


「それにリーダーの役目は、自分の仲間の長所と短所を見極め、そいつの能力を最大限に発揮させることなんだよ。なんでもかんでも1人で抱え込んで、回りに負担をかけなきゃ、いいリーダーってわけじゃねーんだよ」

「でも、前の試合で、七星君に、見ててイライラするって怒られたから、わたしにできることは、できる限り自分でやろうと思って……」


 十六夜は、さらに小さくなった。その言葉に、七星の怒りが頂点に達しようとしたとき、


「なるほどね」


 陽が苦笑した。


「七星君が前に言ってたことが、少しわかった気がするよ。確かに、少しイラッとするね」


 陽は十六夜を見た。


「ボクは、まだ君に会って間もないけど、それでもまったく戦力外扱いされるのは、さすがに少し悲しくなるよ」

「そーなのです。もっとマリーたちを頼ってほしいのです。魔法少女は、いつでも正義のために戦う準備はできているのです」


 沙門も不満の声を上げた。


「そーやで。うちら仲間なんやから。な-龍華さん」


 幸は龍華を見た。


「ま、まあ、この大会が終わるまでは、そういうことにしておいてあげますの」


 龍華はフンと鼻を鳴らした。


「……ごめんなさい」


 十六夜は一同に深々と頭を下げた。


 そんな一同を横目に、七星は眉をひそめた。


「あのな、話が変な方向に行きかけてるが、オレが前の試合でおまえにイライラするって言ったのは、そーゆーことじゃね-からな」

「え?」

「あのな、オレはおまえに、こいつらみたいに他人のもんを奪い取ってでも、自分さえ幸せならそれでいいみたいな、ゲテモノに成り下がれと言ってるわけじゃねーんだよ。オレが言ってるのはな、せっかく自分の手元に転がり込んできた幸福まで、他人のために手放すなってことなんだよ」

「そうそう、て、誰がゲテモノやねん」


 幸が1人ノリツッコミしたところで、


「それは、もちろんあなたのことですの」


 すかさず龍華が追い討ちをかける。


「なんやてえ!」

「なんですの!」


 言い争う2人をスルーして、七星は十六夜に視線を戻した。


「ああ、それと、言い忘れてたが、ええと、あれだ」


 七星は十六夜の顔に手を伸ばすと、そのまま自分の胸に抱き寄せた。


「無事でよかった」

「……うん」


 七星の胸のなかで十六夜は小さくうなずくと、七星のアドバイス通り、そっと彼の体を抱き締めたのだった。 


 ともあれ十六夜を無事保護した七星たちは、昼食を挟んで、立石チームの運命をかけたチェス戦を執り行うこととなった。


「でも、本当にわたしが出ていいの? やっぱり七星君が出たほうが」


 立石の部屋に入ったところで、十六夜は不安そうな顔で七星に尋ねた。


「まだ、そんなこと言ってんのか」

「だって……」

「だいたい、おまえ本当なら今日の試合、純粋なチェス戦に持ち込んで勝つつもりだったんだろ。だったら、なんの問題もねーだろーが」

「それは、そうだけど……。でも、それは七星君が出場できないかもしれないと思ったからであって……」

「それに、これはキモオタに借りを返すチャンスでもあるんだぞ」

「え?」

「あいつをこのまま放っておいたら、それこそどんな手を使ってでも不老不死のことを世間に公表しようとするだろーからな。そうなれば不老不死の秘密を隠蔽した者の1人として、キモオタも世間から叩かれることになるんだ。オレはそんな気さらさらねーが、おまえはキモオタに恩とか感じちゃったりしてるんだろ? だったら、ここであのおっさんに勝って、キモオタに害が及ぶのを防いでみせろ」


 七星の話を聞いて、十六夜の目が座った。


「わかったら行ってこい」


 七星は十六夜の背中をポンと叩いた。


「うん」


 十六夜は力強くうなずくと、立石の待つテーブルへと向かった。自分のためには戦えなくても、他人のためになら戦える。その十六夜の気質を知ったうえでの、七星なりの檄だった。

 そして勝負は十六夜の先攻で開始され、2人は黙々と駒を打ち進めていった。


「そこのおまえ、確か七星と言ったか」


 勝負が中盤戦に差しかかったところで、立石が七星を見た。


「なんだ、おっさん? てか、勝負の最中にヨソ見とか、ずいぶん余裕だな」

「別にナメてるわけじゃない。ただ決着を着ける前に、おまえに聞いておきたいことがあってな」

「なんだよ?」

「おまえ、さっきあの海岸で、俺のやり方は無謀だと言ってたな」

「まー、実際無謀だし」

「ならば、おまえは不老不死の発見から始まる、この一連のバカ騒ぎをどう思ってるんだ? このまま、一部の権力者だけが不死の恩恵を受けられる世界で、本当にいいと思っているのか?」

「まー、世の中そんなもんだし」


 七星は軽く受け流した。


「それに、どーせ放っておいても時間の問題だろーしな」

「なに?」

「だって、そーだろ。仮に不老不死のことが、このまま世間に公表されなかったとしても、セレブ連中がこのまま年老いもせず、いつまでもピンピンしてたら、さすがに回りもおかしいと思うだろ。仮に整形手術したり、別の戸籍作ってごまかしたとしても、そんな歪なゴマカシが、いつまでも通用するとは思えねー。いつか必ずバレるときがくる」

「…………」

「そして、そーなったら自分たちだけ不死の恩恵を得ていたセレブどもは、世間から一斉に非難を浴びることになる。それだけならセレブどもは痛くも痒くもねーだろーが、なかには過激な人間もいるからな。テロリストにとっても、そんな連中は絶好の的だろーし、そうなればセレブどもは外もオチオチ歩けなくなるわけだ」


 七星は笑い飛ばした。


「要するに、今調子こいてるセレブどもは、そのうち嫌でも自分たちが不死を独占した報いを受けることになるんだよ。なまじ不死となった分だけ死に怯え、外出すらもままならず、子供は護衛なしじゃ学校に行くことすらできなくなる」


 七星はフンと鼻を鳴らした。


「そして、それはキモオタの野郎も例外じゃねー。まー、キモオタの場合、ドS女がいるから殺されることはねーだろーが、屋敷に火をつけられる可能性は十分にある。ドS女なら、それも防げるかもしれねーが、見て見ぬフリする可能性がヒジョーに高い。そしてそうなったら、野郎の大事なコレクションは、すべて灰になるわけだ。そのとき、あのキモオタがどんな面するか、今から実に楽しみだ」


 七星はクックックッと含み笑った。


「まー、要するにだ。セレブどもは、やり方を間違えたんだよ。不老不死を発見した段階で公表して、ただし不死となるためには1人100億近い手術費用がかかるとでも言っとけば、庶民も納得してセレブどもの不死化を受け入れたかもしれね-んだ。それを、待ちに待った不老不死ってことで、特権意識剥き出しにして独占しようとしたもんで、かえって自分たちの首を締める結果になっちまったとゆーわけだ。マジお笑い草だな」

「……だがその間、失われなくてもいい命が失われることになる」


 立石が苦い表情で反論した。


「そりゃそーだ。人は元々死ぬもんだ。それに「人間なんて地球を蝕むガン細胞」てのは、漫画なんかでもお約束だろ。そんなもんが、くたばりもせず増え続けても、百害あって一理なし。もし人類が、それでも不死を望むなら、それこそ不死でいるに足る存在にまで、進化してからにしろって話なんだよ」

「…………」

「それに、これも漫画じゃお約束だが、生の活力を失った生物は、ゆっくりと滅びの道をたどるんだよ。たとえ全人類が不老不死になれたとしても、その先に待つのは緩慢な滅びだけだ。それでなくても、今でも生きられるのに自分で自分の命を断つ奴が後を絶たねーんだからな」

「……なるほど。つまりおまえの考えは、今の段階で人類が不老不死を手にするのは早すぎる。そのときがくるまで封印しておくべきだ、ということか」

「いや、考えとかじゃねーよ。オレはただ、このままだったら、どーなるかをシミュレートしたまでの話だ」

「なるほど、よくわかった」


 立石は立ち上がった。


「トイレか、おっさん?」

「いや、投了だ。結果は見えた。これ以上続けても無駄のようだ」

「え?」


 十六夜は困惑した。なにしろ盤上の戦況は、あきらかに立石が優勢だったのだから。


「あっそ。まー、あんたがそれでいーなら、それでいーけど」

「ああ、約束通り、俺はこの件から全面的に手を引く」

「あっそ。じゃあ、その2人を連れて、さっさと日本に帰るんだな」

「なに?」


 立石は、いぶかしんだ。彼としては負けた以上、誘拐犯として警察に自首するつもりでいたのだった。


「なに驚いてんだよ? 最初から、そーゆー約束だったろーが。そっちが勝ったら今回の1件をなかったことにする。で、こっちが勝ったら、あんたはこの大会のことをすべて忘れて、この件から手を引くってな。忘れたとは言わせねーぞ」


 誘拐事件を含めた、すべてを。


「おまえ……」


 言葉を失い立ち尽くす立石に、田島と西野が歩み寄った。


「先生……」

「ごめんなさい。あたしたち……」

「……もう何も言うな」


 立石は2人の肩に手を置いた。


「また3人で1から出直しだ」


 立石は「先生!」と泣きじゃくる2人を、しっかりと抱きしめた。


「それじゃ、オレたちも帰るか」


 七星は立石たちに背を向けた。


「待て」

「なんだよ、おっさん? まだ何かあるのか?」

「この大会のことだが、おまえたち不思議だと思わないか?」

「この大会は、キモオタが主催してる時点で、すべて変だ」


 七星は一刀両断した。


「俺が調べた限り、不老不死は元より、この大会のことも外部に漏れた形跡がまったくない。いくら極秘裏に進められているとはいえ、これだけの人間が関わっていて、不老不死の存在が片鱗すら表に出ないなど、普通に考えてありえない話だと思わないか?」

「……そりゃ、世界中のセレブが総出で隠蔽工作してんだ。権力者がマスコミや警察も押さえてるだろうし、情報操作が完璧なんだろーよ」

「だとしても、これだけネットが発達した社会で、噂にすらならないのはおかしいだろう。この大会に出場した唯の1人も、そのことを公表しないなどありえないしな」

「公表したところで証拠がなきゃ誰も信じねーし、世界規模の計画に下手に手を出したら、それこそマジで消されかねねーからだろ。命賭けてまで、不老不死の事実を公表したところで、ぶっちゃけそいつになんのメリットもねーし。今の世の中、あんたみたいなお人好しは希少なんだよ」

「かもしれんな。だが、この大会には、まだ何か裏がある気がする。飲み込まれないよう、せいぜい気をつけるんだな」

「他人のことより、自分の心配しろよ。あんたこそ、不老不死を公表しようとしたことがバレたら、それこそ消されかねね-んだからよ」

「そうだな。気をつけるとしよう」


 立石は苦笑した。


「ああ、それと今回の件、運営には、あんたが十六夜に眠り薬を盛ったってことにしとくから、もし運営から話があったら、その辺うまく口裏合わせといてくれ」

「……わかった」

「じゃーな」


 七星は今度こそ立石の部屋を後にした。


 これで、後は決勝を残すのみ。


 そう思うと、心の底からせーせーする七星だった。




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