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第105話

 その日、常盤家に珍客があった。


 客人は日本でも有数の資産家である龍華家の令嬢で、常盤家の客層としては、それほど珍しい部類ではなかった。それを、あえて珍客としたのは、その令嬢の来訪目的が当主の常盤ではなかったからだった。


「あなたが十六夜一美さんですの。初めまして、わたくし龍華家の長女にして、次期当主の龍華美姫たちばなみきですの」


 黒髪を腰までなびかせた長身の少女は、出迎えた十六夜に会釈した。


「本日は急に押しかけ、まことに申し訳ありませんの。ですけれど、どうしても早急にあなたにお会いして、お聞きしなければならないことがございましたの。どうかお許しくださいの」

「い、いえ、許すだなんて」


 十六夜は口ごもった。次の対戦相手に理由もわからず言い募られ、十六夜は動揺を顔に出さないのが精一杯だった。


 そして客間に通された龍華は、そこで改めて十六夜に今日訪問した理由を明かした。


「それで、本日こちらに参りました用件ですけれど、単刀直入に申しますと、あなたに次の試合のセットゲームを教えていただくためなんですの」


 龍華の思ってもみない申し出に、


「え?」


 十六夜は今度こそ戸惑いを隠せなかった。


「ですが、勘違いなさらないでほしいんですの。わたくし、何もあなたに八百長を持ちかけているわけではありませんの。わたくしがあなたのセットゲームをお聞きしたいのは、あなたが選んだゲームを、そのままわたくしのセットゲームにするためなんですの」

「どうして、そんなことを?」

「証明するためですの」


 龍華は悠然と答えた。


「証明?」

「そうですの。あなたを含めた、このゲームの参加者全員に、わたくしと一般庶民の格の違いを」


 龍華は雅やかに断言し、


「か、格の違い?」


 十六夜を鼻白ませた。


「そうですの。わたくしが相手の得意ゲームで戦い、その上で相手を正面から打ち破れば、相手はどんな言い訳もできませんの。そうすれば、対戦相手は嫌でも思い知ることになるんですの。わたくしのような上流階級と、自分の格の違いを」


 龍華は優美に微笑んだ。


「本来、龍華家の次期当主であるわたくしは、こんな大会に出場する必要などありませんの。ですが庶民のなかには、不死の権利を特権階級が独占することを、横暴だと思っておられる方もいるはずですの。ですから、わたくしが優勝することで証明して差し上げるんですの。権力者は特権を持つがゆえに凡人に勝っているのではなく、特権を勝ち取れるほどに優れているからこそ、特権を有しているのだということを」

「…………」

「ですから、教えてほしいんですの。これは、あなたにとっても決して悪い話ではないはずですの」

「わかりました。お教えします」


 十六夜は即断した。しかし、それは決して損得勘定から下した決断ではなかった。


「でも、今はまだ決まっていないので、決まり次第お知らせします」

「承知しましたの」


 十六夜から望み通りの答えを引き出し、龍華は満足して帰っていった。

 そして、この一連の出来事を七星が知ったのは、訓練を終えた夕方のことだった。


「よ、よかったな、十六夜。2回戦の相手がバカで」


 七星は震える右手を、十六夜の肩に置いた。実戦訓練の名目の下、静火に散々痛めつけられた七星は、今や歩くのもままならない状態だった。


「これで2回戦は安パイとして、問題は3回戦以降だな」

「言っておきますが、龍華様は、それほど簡単な相手ではありませんよ」


 静火は七星をたしなめた。


「なにしろ、あの方は前年度の全日本チェス選手権の優勝者ですから」

「全日本の優勝者だと?」

「はい。確かジュニア大会で優勝したシード枠で出場し、そのまま優勝したはずです。17歳での優勝者は初でしたので、よく覚えています」

「じゃあ、世界大会での成績は? 確か日本大会で優勝したら、世界大会に出場できたはずだろ」

「それは辞退したそうです」

「辞退?」

「はい。世界大会は団体戦です。たとえ自分が全勝しようと、チームメイトが負ければ、結果として自分の経歴にも傷がつくことになりますから、それを避けたかったのでしょう」

「なるほど」

「ですから、あの方を口先だけ舞い上がった、ただの世間知らずの勘違いバカと侮っていると、後悔することになりますよ」

「いや、そこまでは言ってねーから」

「詳しいことを知りたければ、大会サイトの参加者欄を調べてみることです。トーナメント表に記載されている名前をクリックすれば、その人物のプロフィールが見られるようになっていますから」

「プロフィール? そんなもんがあったのか?」

「参加者の人物像がわかったほうが、対戦がよりドラマチックになるという旦那様のお考えです。試合の動画も見られるようになっていますから、参考にするといいでしょう」

「まーた、しょーもねーことにばっかり、無駄に力入れやがって」


 七星は吐き捨てた。とはいえ、敵の情報は多いに越したことはなく、夕食後2人は龍華のプロフィールを調べた。すると龍華はチェス大会での優勝以外にも、テニス大会優勝など、スポーツの分野でも活躍していることがわかった。


「なーるほど。確かに大口叩くだけの実力は、おありあそばすよーだな」


 七星は、1回戦の動画を再生してみた。すると龍華は、オセロの前年度全日本選手権の優勝者相手にも、やはり同じセットゲームで勝負していた。

 そして試合が始まると、龍華は不利なはずのセットゲームで勝利を重ね、1度も負けることなくチェックメイトしていた。


 瞠目すべきは、龍華がオセロ大会優勝者を相手に、そのオセロでも勝利したことだった。


「七星君」

「ん?」

「わたし勝てるかな、この人に?」

「ま、なんとかなるんじゃねーか」

「ほんと?」

「そんな気がする」

「うん、なら大丈夫だね」


 十六夜は安堵の笑みを浮かべた。


「いや、そこは「気のせいかよ」て、ツッコミ入れるとこだろ-が」

「だって、七星君がそういう言い方するときは、いつも言った通りになるから」

「そーか? オレ的には、外してることのほーが多い気がするけどな」

「そうだよ」

「まー、おまえがそー思うならそれでいいさ。とにかくだ。1回戦を見る限り、このお嬢様の戦い方は、自分は守りに徹して、攻めてきた相手を返り討ちにしていく戦法だ。そこに付け入る隙がある」

「隙?」

「そーだ。たぶんお嬢様はキャスリング(キングとルークが1度も動いておらず、この2駒の間に駒がない場合に、この2駒を入れ替えること)でキングの守りを固めた後は、自分からは攻めて来ないはずだ。そこで、おまえはクイーンを使って、お嬢様の防御陣を一点突破するんだ。そのためにクイーンのセットゲームには、おまえが1番得意なゲームを入れる。そして、お嬢様が守りに使うルークには、お嬢様が1番得意なチェスを入れておく」

「チェスを?」

「ああ、本来なら相手の得意ゲームを入れるのはバカだが、今回は相手が誇り高いお嬢様だからな。もし、おまえが一点突破戦法を使って、しかも自分にチェスで勝つつもりだとわかれば、たぶん邪魔してこない。そんな真似をすれば、周囲に「チェスで負けるのが恐いから妨害した」と受け取られかねねーからだ。そんなことになったら、それこそお嬢様にとっては、この大会に参加した意味そのものがなくなっちまうからな」


 相手のプライドを逆手に取った、底意地の悪い作戦だった。


「そして、それ以外の駒は、すべてギャンブルゲームにする。そーすることで、お嬢様にチェスを守りの要に持って来ざるを得ないよーに仕向けるんだ。お嬢様としても、不確実性の高いギャンブルゲームで守りを固めて、万が一にも不覚を取るのは避けたいだろ-からな」


 七星の作戦は、確かに理に適っていた。ただ、この作戦で十六夜が龍華に試合で勝つためには、チェスでの勝利が絶対条件となってくる。しかし、正直言って今の十六夜の実力で、チェスで龍華に勝てるとは思えなかった。


 だが、それを承知のうえで、七星は勝てると言ってくれた。ならば十六夜は、その言葉を信じてついていくのみだった。


「それで、わたしはこれから何をすればいいの?」

「差し当たっては、オセロのレベルアップだな」

「オセロ?」

「そーだ。おまえは、オレと戦ったときの感触からして、オセロが1番得意そーだからな。お嬢様との勝負ゲームも、それでいく」


 実のところ、七星がオセロを選んだことには他にも理由があるのだが、説明するのが面倒臭いのでスルーしたのだった。


「わかったら、おまえは明日からキモオタにオセロの特訓を受けろ。おまえが教えてくれって頼んだら、キモオタのことだから喜んで教えてくれるだろ」

「七星君は?」

「オレはチェス対策に専念する。まー、どこまでできるか、わからねーけどな」


 最後に七星は対龍華戦用のセットゲームを選出し、それを十六夜が運営と龍華に送信した。


 そして、それからの4日間、やるべきことをやり尽くした十六夜は、万全の態勢で龍華との対決の日を迎えたのだった。





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