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第103話

 意識を取り戻した七星が、まず目にしたのは天井に光る電球だった。


 七星は軽く周囲を見回した。すると薄暗い部屋には窓ひとつなく、家具も七星が寝ているベッドの他には、十六夜が座っている椅子があるだけだった。

 そして十六夜の顔を見た瞬間、


「あのクソ女!」


 七星はすべて思い出した。


「く……」


 まだ痛む頭を押さえた七星は、そこで頭の違和感に気付いた。


 髪がなく、代わりに何か金属の輪のような物がある。


「なんだ、こりゃ!? どういうことだ、十六夜!」

「あ、あのね、七星君」


 十六夜が答えようとしたとき、ドアが開いた。


「どうやら目が覚めたようですね」


 入室した静火は、冷ややかに七星を見下ろした。


「このクソ女!」


 七星は静火に飛びかかろうとしたが、


「ぐああ!?」


 そのとたん頭に衝撃が走った。


「その頭にハマっているリングからは、わたくしの意思1つで電流が流れるようになっています。わかりやすく言えば、今のあなたは緊箍児きんこじをはめられた孫悟空と同じ状況ということです」


 静火は淡々と言った。


「フザケンな!」


 七星は頭のリングを外そうとしたが、ビクともしなかった。


「外したければ外しても構いませんが、そのリングの内側にコードがあり、そのコードはあなたの脳と直接繋がっています。下手に外そうとすれば、待っているのは死か、よくて廃人です」


 静火は冷ややかに忠告し、


「な!?」


 七星の手が止まった。


「加えて、もしそのリングが外れれば、それを感知して十六夜さんが身につけているブレスレットも爆発するようにセッティングしてあります」

「な!?」


 七星は気色ばんだ。


「十六夜は関係ねえだろうが!」

「ええ、ですから巻き添えにしないよう、せいぜい注意することです」


 いけしゃあしゃあと言う静火に、


「このクソ女!」


 七星が激昂しかけたところで、


「まあまあ、そう興奮しないでくれたまえ、七星君」


 静火の背後から常盤が顔を出した。


「誰だ、テメー!?」


 初めてみる顔に、七星の目がうさん臭さで染まった。


「ああ、申し遅れたね。私の名は常盤総。この館の主だよ」

「ああ、あんたが十六夜の言ってた旦那様か」

「わたしとしては「ご主人様」のほうがいいのだがね。ここにいる静火君が、どうしてもダメだというものでね」

「そんなことは、どうだっていいんだよ! それより、てことは、こりゃてめえのの差し金ってことだろうが! どういうつもりだ!? ああ!?」

「せっかちだね、君は。まあ、見知らぬ場所に連れ込まれて、そんな目に遭わされたのだから無理もないがね。だが、これには深い訳があるのだよ」


 常盤の眉間に深いシワが刻まれた。


「七星君、君も日本に住んでいるのなら、昨今の日本で、ニート、引きこもりが増加している問題については知っているだろう?」

「まーな」


 七星自身、その当事者の1人。知らないはずがなかった。


「ニートが親に寄生し、その貯えで生活している分にはどうでもよい。だが、その親もいずれ亡くなり、いつかはその貯えも底をつくだろう。そして、そうなったときニートたちはどうするか? 決まっている。次は国を新たな寄生先にするのだ。働けるにも拘わらず、ぬけぬけと生活保護を申請し、その後ものうのうと引きこもり生活を満喫し続けるに違いないのだ!」


 常盤は「ファック、ユー!」と、右手の中指を突き立てた。


「ふ、ざ、け、る、な! どうしてニートどもが、のうのうと暮らしていくために、私の金が使われなければならんのだ!? 夏に遊び呆けたキリギリスは、冬になったら死ぬのだよ! 困ったところでアリが助けてくれるなんて、日本のメディアが子供用に捏造した作り話に過ぎんのだ! 世の中そんなに甘くはない! しかし、それが今の日本では、まかり通る理不尽! ムカツク! チョームカツク!」


 常盤は地団太を踏んだ。


「だいたい! 私は今まで働いた分で、すでにこの先一生遊んで暮らせるだけの資産を貯えているのだ! なのに、いまだに会いたくもない人間に会って、読みたくもない書類を読んで、おもしろくもない世間話をして、愛想笑う生活を強いられているのだ!」


 常盤は、ガックリと床に膝をついた。


「なのに、それなのにだ。ニートは金もないのに働きもせず、日がな1日家に引きこもって、好きなときに漫画を読んで、好きなときにアニメを見て、好きなときにゲームをしているのだ」


 常盤は床をかきむしった。


「ムカツク! チョームカツク! どーして金のある私が毎日毎日したくもない仕事に明け暮れて、金のないニートがエンジョイライフを満喫せねばならんのだ!? どう考えても理不尽だろう! 不公平だろう! 私だって、できることなら1日中部屋に引きこもって、日がな1日アニメを見て、買い貯めたゲームをプレイして、アニソン聞きながら漫画全巻一気読みして、大人買いしたカ-ドを開封して、デッキ構築に勤しみたいのだああ!」


 常盤の目から血の涙を流れ落ちる。


「だが、できない。それはできない。私の高潔なる魂と静火君が、そんなことを絶対に許さないからだ」


 常盤は床に拳を叩き付けた。


「そこで私は決めたのだ。私が社会人生活からリタイヤできないのなら、せめてこの私の怒りを! 理不尽さを! 今もどこかで、のうのうと暮らしているニートどもにも味わわせてやると! この私の手で安穏とした楽園から引きずりだし、この私と同じ、いやそれ以上の理不尽さと屈辱を与えてやると!」


 常盤は猛然と立ち上がった。


「そして、その第1号に選ばれたのが七星君、君というわけなのだ!」


 常盤は七星を指さした。


「わかったかね、七星終夜君?」


 すべての毒を吐き出し、常盤の顔は晴れ晴れとしていた。一方、


「わかるかあああああ!」


 七星の顔は怒りで歪んでいた。


「ふざけんな、ボケ! そんなもん、完璧ただの八つ当たりじゃねーか!」

「八つ当たりではない! 正当な報復だ! なぜなら君は現在進行形のニートであり、社会になんら貢献しないまま、無駄飯を食らい続ける寄生虫であることは、紛れもない事実だからだ!」


 常盤は高らかに言い放った。


「旦那様」

「なんだね、静火君? 今いいところなんだから、邪魔しないでくれたまえ」

「これをごらんください」


 静火は胸ポケットから一枚のカードを取り出した。


「そ、それは!」


 静火が取り出したカード。それは常盤が大切に保管しておいたはずの、ウルトラレアカードだった。

 そして静火は、


「な!?」


 青ざめる常盤の目の前で、


「待っ」


 そのカードを無造作に破り捨てたのだった。


「ぎゃああああああ! ボクの「開闢」があああ!」


 慟哭の叫びを上げる常盤に、


「いい加減、お静まりください、旦那様」


 静火は涼しい顔で言った。


「そういう経済談話は、テレビ出演したときにでもなさってください」

「酷い、酷いよ、静火君。いくらなんでも、あんまりだよ」


 常盤は涙ぐんだ。


「ここに、もう一枚あるのですが」

「やめてええ! ボクの「終焉」を終焉させないでええ!」


 常盤は静火に取りすがった。


「そもそも、この国が破綻しようがどうしようが、どうでもいい話です。もし本当に、この国が破綻するときがくれば、そのときはこの国を出ればいいだけの話なのですから」


 静火は冷たく言い捨てた。


「あなたもです」


 静火は七星に視線を移した。


「旦那様の私怨はともかく、あなたがどんなに喚こうが、十六夜さんとの試合に敗れたあなたには勝者である十六夜さん、ひいてはその十六夜さんを推薦した旦那様の命令に従う義務があるのです」

「ふざけんな! あんな詐欺契約、無効に決まってんだろ! そもそも、この日本でそんな人心売買契約が認められるわけねーだろーが!」

「そう思うのでしたら、警察でも裁判所でも駆け込めばよろしいでしょう。当方は、いつでも受けて立つ用意はできています。もっとも、今あなたが裁判所に駆け込めば、あなただけでなく、十六夜さんの右手も吹き飛ぶことになりますが」

「このヤロウ……」

「と、いうわけだから、あきらめてここにいることだ、七星君」


 常盤に笑顔が戻った。自分より不幸な七星を見て、心が癒されたのだった。


「あ、そうそう、それと君の親御さんのほうには、私からうまく伝えておいたから。君が心を入れ替えて、自分から住み込みで働きたいと言ってきたと伝えたら、君の父上も大層お喜びになっておられたよ」

「……てめーら」


 この窮地から脱出する最後の希望も断たれ、七星は常盤を憎々しげに睨みつけた。


「あ、ちなみに日給100円だから」

「ふざけんな!どこの世界に、今時日給100円で働くバカがいるってんだ!」

「その日給100円すらも稼がず、ただ親が稼いだ金を食い潰していただけのニートが、何を偉そうに吠えているのです」


 静羽は冷ややかに突き放した。


「どうせ、このまま家に帰ったところで、この先も無為に時間を浪費するだけでしょう。ならば同じ時間を過ごして、日給100円も貰えれば御の字でしょう。それこそ、無意味な寄生生活から脱却させてもらったことに感謝こそすれ、文句を言うなど、お門違いというものです」

「勝手なこと言ってんじゃねえ!」

「とにかく、今日からこの地下室が、あなたの部屋です」

「こんな、何もない部屋で暮らせってのか?」

「ええ。空っぽのあなたには、ここでも十分過ぎるぐらいです。どうせ今までも辛気くさい部屋のなかで、負け組生活を送ってきたのでしょうし」


 静羽は七星を冷ややかに見下ろした。


「夢もなく将来の展望もなく、ただただ今を生きているだけの寄生虫に、人権を主張する資格などありません。自分を人間と認めてもらいたいのであれば、まずあなた自身が、それを主張するに足る生き方を示してからにすることです」

「い、いくらなんでも言い過ぎだよ、静火君」

「旦那様は黙っていてください」


 静火に射すくめられ、常盤はすごすごと引き下がった。


「とにかく、あなたには明日から旦那様の執事として働いてもらいます。その働きしだいでは、この環境からの改善もありえますので、せいぜいがんばることです」


 静火は用件を終えると、踵を返して部屋から出ていった。


「じゃ、じゃあ、そういうことだから、明日からよろしくね。あ、それと君をこの大会に誘ったのは私だが、あのときは君をその気にさせるために、わざと負けてあげたんだから、そこのところを勘違いしないようにね」


 常盤はそう言うと、静火の後を追いかけていった。


「……あいつら、絶対ブッ殺す」


 そのためにも、まずはこの厄介な輪っかを外さなければならなかった。


「ごめんね、七星君」


 十六夜は申し訳なさそうに言った。


「なんで、おまえが謝るんだよ?」

「だって、こんなことになったのも、もとはと言えば、七星君がわたしにわざと負けたからだから」

「だーかーらー、違うって言ってるだろーが。あれは、ただ単にオレのモチベが尽きただけなんだよ。自他共に認める無気力王たる、オレのやる気のなさをナメるんじゃねーよ」

「…………」

「あーもー今日は怒り疲れたから寝る。おまえも、もー部屋帰って寝ろ」


 七星はベッドに寝転がった。


「う、うん、おやすみなさい」


 十六夜は席を立つと、自分の部屋へと引き上げていった。


「ダリー、ウゼー、メンドクセー」


 七星は目を閉じると、再び眠りについた。


 考えても仕方のないことは考えない。


 それが七星のモットーなのだった。




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