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第102話

 七星終夜が、その大会に出場するきっかけとなったのは、ネットの対人チェスで200連勝を達成した直後に届いた、あるメールだった。


「いい腕だね。どうかな、その腕をもっと広い場所で振るってみる気はないかね?」


 その賞賛を交えた誘いに、七星も悪い気はしなかった。そして、その後に付け加えられた一文が、彼の重い腰を上げさせる決定打となった。


「ちなみに、その大会の優勝賞品は「不老不死」だ」

「不老不死?」


 それこそ眉唾過ぎる話だった。ネットの世界では、嘘やデタラメは日常茶飯時。これも、愉快犯によるイタズラである可能性が高かった。しかし、その突き抜けた非常識さが、かえって七星の好奇心を刺激したのだった。


 このとき、七星の直感は最大限の警報を鳴らしていた。しかし好奇心とニート生活の退屈さが、その警戒心を上回ってしまったのだった。


「もし君にその気があるのならば、ここを覗いてみたまえ」


 送信者が提示したのは、あるサイトのURLとパスワードだった。


 ま、どうせイタズラだろーけど。


 そう思いつつ、七星はそのサイトにアクセスしてみた。すると「ゲーム・マスターズ」というWEBペ-ジが出た。しかし、それは七星の考えていたようなチェスの大会ではなかった。


「地球棋?」


 七星は不審に思いつつも、ゲームの解説を読み進めた。


「要するに、相手の駒を取るためには、もう1度別のゲームで勝たなきゃなんね-のか」


 ゲームのルールを読み終えて、七星が地球棋に抱いた感想は「面倒臭いゲーム」だった。普通なら、こんなルールでの試合など絶対スル-するところなのだが……。


「ま、いーか。どーせ暇だし」


 七星は、軽い気持ちで大会への参加手続きを行なった。すると画面に、大会への参加を承認した旨と本人確認のためのID番号、開催日時と開催地が表示された。


 そして試合当日、七星が久々に外出すると、日曜の駅前は人であふれていた。


「ダリー、ウゼー、メンドクセー。やっぱ出るの、やめようかなー」


 七星は何度も引き返しかけたが、その都度「とりあえず1戦だけ」と自分に言い聞かせて、なんとか試合会場までたどり着いたのだった。すると、


「あ、あの……」


 入り口にいた十六夜が、恐る恐る声をかけてきた。


「もし間違ってたら、ごめんなさい。でも、七星君だよね?」

「……そうだけど?」


 七星は面倒臭そうに十六夜を見た。すると、十六夜の目に涙があふれていた。


「え!? なん!? は?」


 七星にとっては、まさに驚天動地の出来事だった。


「ご、ごめんなさい」


 十六夜は涙をぬぐった。両親を事故で亡くして以降、彼女のなかで張りつめていたものが、七星の顔を見たとたん、一気に緩んでしまったのだった。


「……おまえ、もしかして十六夜か?」


 七星は眉をひそめた。


「思い出してくれたの?」


 その七星の反応は、十六夜にとって予想外だった。

 なにしろ七星は、昔から他人の顔を覚えない人間で、身近にいた十六夜の顔でさえ「3日会わなければ忘れる」と、豪語していたぐらいなのだ。


「やっぱりか。泣き顔見て、そーじゃねーかと思ったが」

「な、泣き顔見てって、わたし、七星君の前で、そんなに泣いた覚えなんてないよ?」

「そーか? なんか、今にも泣きだしそーな顔してた記憶しかねーんだが。いっつも、なんかに耐えてるよーな」

「そ、そんなこと……」


 ない、と言おうとして、十六夜は口ごもった。他人に興味のない七星が、そう断言するぐらい自分を見ていてくれたことが、純粋に嬉しかったのだった。


「で、こんなところで何してんだ、おまえは? まさか、オレに泣き顔見せるために、わざわざ待ち伏せしてたわけでもねーだろーし」


 今日ここに来ることを、七星は誰にも話していない。まして、中3の春に彼が転校して以後、音信不通になっていた十六夜が知る由もないはずだった。


「……やっぱり見てないんだね、七星君。そうじゃないかと思ってたけど」

「なんの話だよ?」

「今日の試合、わたしが七星君の対戦相手なんだよ」

「は?」

「ほら、これ」


 十六夜は携帯電話を取り出すと、七星に大会のトーナメント表を見せた。


「あ、本当だ」


 改めて見ると、七星の対戦相手欄には、確かに十六夜一美と書いてあった。


「てことは、おまえも不老不死に釣られたのか? そんなタイプじゃないと思ってたんだけど」


 七星の記憶にある十六夜は真面目な優等生で、不老不死などという絵空事を信じる性格ではなかったはずだった。


「……九十九が、弟が病気なの。治すには移植しか方法がなかったんだけど、その不老不死の手術を受ければ病気も治るって言われて」

「なるほど」

「七星君は、どうしてこの大会に? 今の口振りからすると、不老不死のことは信じてないみたいなのに」

「オレか? オレは暇潰しだよ。何しろ、今のオレは天下無職のニート様だからな」


 七星は胸を張った。


「ニートって、七星君、学校行ってないの?」

「まーな。学校で、たまたまカツアゲの現場に出くわしてよ。そーしたら、バカどもがオレまでカモにしよーとしやがったんで、逆に叩きのめしてやったんだよ。そしたら、そいつら腹いせに教師に言いつけたうえ、自分たちがやってたカツアゲまでオレのせいにしやがってな。おまけにカツアゲされてた奴まで連中に口裏合わせてくれたもんで、オレは晴れて「イジメっ子」の烙印を押されて停学処分。で、そのままニート生活に突入したってわけだ」


 実のところ、七星がその気になれば真相を明らかにできたのだが、面倒臭いのでスルーしたのだった。


「七星君、優しいから」


 十六夜も、その七星の優しさに助けられた1人だった。

 昔、十六夜が同級生のイジメにあっていたとき、七星が助けてくれたのだ。本人は「害虫がウゼーから駆除しただけ」と、うそぶいていたが。


「だから、おまえみたいな優等生から見たら、オレは完全な負け組ってわけだ」

「わたしも、今は学校行ってないよ」

「行ってない?」

「うん。2年前に両親が事故で死んでしまって、学校に行ってる余裕がなくなっちゃったから」


 十六夜は顔を曇らせた。


「……つまりおまえは、まーた残念少女に逆戻りしたってことか」


 七星の眉間に、不快感が行列をなした。


「残念少女って」

「そーだろーが。頭もいい。顔もいい。スタイルもいい。にも拘わらず、八方美人過ぎて回りから便利屋扱いされたあげく、たった1回頼まれ事を断っただけてシカトされて。これが残念少女じゃなかったら、なんだってーんだ?」

「でも、あれは、わたしも悪かったから」

「そーゆーこと言ってるから、バカどもがつけ上がるんだろーが」


 七星の全身から怒気が立ち上った。


「で、でも今は常盤さんのところで、よくしてもらってるから大丈夫だよ」

「常盤?」

「わたしを、この大会に参加させてくれた人だよ。今わたし、その人のところでメイドとして働かせてもらってて。大変だけど2人とも優しいから、なんとかやれてるんだ」

「そっか。じゃあ、その人の恩に報いるためにも、なんとか優勝しね-とな」

「うん。でも、今日試合する七星君がそれを言うと、なんだか変な感じだけど」

「それもそーだな」


 2人は苦笑すると、試合会場に指定されているカラオケ店に入った。


「どう見ても、フツーのカラオケ屋だな」


 七星は店内を見回した。


「うん、常盤さんの話だと、カラオケ店は外と遮断されてるし、誰が出入りしても不自然じゃないから、秘密裏に事を進めるには1番いいんだって」

「なるほど」


 七星は正面の受付に進むと、そこで改めて大会への参加手続きを行なった。


「セットゲ-ムの最終確認は、試合開始10分前までにお願い致します。それ以後の変更は、いかなる理由があろうとも受け付けておりませんので、ご注意ください」


 受付係から試合に関する簡単な注意を受けた後、2人は指定された対戦室へと移動した。すると室内には2セットの机と椅子が向かい合う形で設置され、それぞれの机の上にノ-トパソコンが置かれていた。


「なんだよ、これなら家のパソコンでよかったじゃねーか」


 七星はボヤいた。彼としては、不老不死をかけた勝負というからには、3Dの盤上でプレイするぐらいの壮大さを期待していたのだった。


「でも、そうすると誰かにアドバイスをもらっても、わからないから」


 十六夜の話を聞いて、七星も納得した。彼には友人はおろか知人もいないので、その可能性を忘れていたのだった。


 席に着いた七星は、さっそくセットゲームの確認作業に入った。すると十六夜のセットゲームは、ギャンブルゲーム3、戦略ゲ-ム10、そしてカードゲームが2つという構成だった。


 これに対して、七星のセットゲームは戦略ゲームと反射ゲーム、それにギャンブルゲームとTVゲームを均等に取り入れた、バランス型の構成となっていた。


 これは、七星が全般的に不得意なゲームがなく、種類が多ければ勝算のあるゲームもあるだろうから、そこから突破口を開こうという「下手な鉄砲も数撃てば当たる作戦」によるものだった。


 十六夜は、クイーンにオセロ。ルークはチェスと将棋か。


 人の心理として、強力な駒には得意ゲームをセットしたくなるもの。

 だとすれば、十六夜が特に得意なゲームはクイーンにセットしたオセロで、次がルークにセットした将棋とチェスということになる。


 もちろん、これはあくまでも七星の勝手な推測でしかない。だが、おっとり型の十六夜が、格闘ゲームやシューティングゲームを得意としているとも思えなかった。


 ま-、実際にやってみればわかる話だな。


 七星は、そう結論づけた。というよりも、それ以上考えるのが面倒臭くなったのだった。


 そしてセットゲームのチェックが終わったところで、試合開始の時刻となった。


 まず始めにジャンケン勝負が行なわれ、勝った七星が白駒を取った。


 序盤、七星はキングの守りを固めると、当初の戦略通り反射ゲームで勝ち星を稼いでいった。これに対して十六夜は戦略ゲームで巻き返し、なんとか互角の勝負に持ち込んでいた。


 一進一退の攻防が続くなか、終盤に差しかかったところで十六夜が勝負に出た。それまで動かさなかったクイーンを前進させ、七星のポーンを奪いにいったのだ。


 クイーンは強力な駒だが、それだけに失えば劣勢を招く危険をはらんでいる。しかも盤上、この状況から十六夜がクイーンを失わないためには、まずクイーンのセットゲームであるオセロで勝利し、続けて七星がルークにセットした将棋で勝たなければならない。


 それを承知で十六夜がクイーンを動かした意味を、もちろん七星も理解していた。


 そして初戦となるオセロ戦は、なんとか十六夜が勝ち取った。


 七星は次の1手で予定通り将棋戦を仕掛け、十六夜もこの勝負を受けた。


 このゲームでオレが勝てば、たぶん試合自体もオレが勝つな。けど、そーしたら十六夜の弟が……。


 七星は将棋を指しつつ、最善の方法を模索した。しかし、すぐに面倒臭くなってしまった。


 やめた。なんでオレが、こんな必死に頭使わなきゃなんねーんだ。やってられるか、アホクセー。そこまで必死こいてやるよーなもんじゃねーよ、こんなクソゲ。


 そう思ったとたん、元々崖っ淵に立っていた七星のモチベは、あっさり崖下へと転落した。そして戦意を失った七星は将棋戦を落とすと、その後のゲームでも負け続け、とうとう試合自体も落としてしまったのだった。


「あ-、終わった、終わった」


 七星は大きく伸びをすると、清々しい笑顔で対戦室を後にした。


「待って、七星君」


 そんな七星を、十六夜が憂いを帯びた顔で追いかけてきた。


「なんだよ、十六夜?」

「もしかして、今の勝負、わざと負けてくれたの?」

「は?」

「だって、さっきの勝負、途中までわたしが負けてたのに」

「そりゃ考えすぎだ。オレは、ただ面倒臭くなっただけだ」

「面倒?」

「そ-だよ。考えてみろ。もし今の勝負でおまえに勝てたとしても、優勝するためには、こんな勝負をこの先、何回、何十回と続けなきゃなんねーんだぞ。やってられるか、そんなもん」


 七星は試合中に確信したのだった。これ以上、こんな試合を続けていたら、不老不死になる前に過労死すると。


「それでも、おまえみたいに弟を助けるって目的があれば、モチベも維持できたかもしんねーけどな。オレには、そんなもんねーし。まー、それでも、もしおまえが弱かったら、おまえの代わりにオレが優勝目指してもよかったんだが、その必要もなさそーだったからな」

「…………」

「ま、そーゆーわけだから、おまえはオレのことは気にしねーで、ただ優勝することだけ考えてればいーんだよ」

「うん、ありがとう、七星君」

「じゃーな、十六夜。今日は楽しかったよ。面倒臭かったが、いー退屈しのぎになった。もー会うこともねーだろーけど、おまえが優勝できるよう、オレも陰ながら応援してるよ」


 七星はそうエールを送ると、後腐れなく十六夜と別れようとした。だが、最初晴れ晴れとしていた七星の顔は、1歩ごとに曇りだし、最後はその足も止まってしまった。十六夜の泣き顔が脳裏にこびりついて、どうしても離れないのだった。


「あーもーメンドクセー」


 七星は十六夜に向き直ると、自宅の電話番号を教えた。こういう場合、普通は携帯番号やメールアドレスを交換するものだが、面倒臭がりの七星は携帯自体を持っていなかったのだった。


「もし何かあったら電話しろ。話ぐらいは聞いてやるから」

「……うん、ありがとう、七星君」

「じゃーな」


 七星が今度こそ帰ろうとした瞬間、


「!」


 七星の直感が危険を告げた。それも、生まれてこの方感じたことのない、強烈な警戒警報を。


 七星は、あわてて背後を振り返った。すると、そこにはメイド服を着た若い女が立っていた。


 ヤバい! ヤバい! ヤバい! この女はヤバい!


「逃げろ、十六夜!」


 七星は、とっさに十六夜を庇った。


「七星君?」

「いいから言う通りにしろ!」


 七星は戸惑う十六夜を庇いつつ、ジリジリと後ずさった。


「だ、大丈夫だよ、七星君。あの人は悪い人じゃないから」

「し、知り合いか?」

「うん。わたしが働かせてもらってる、お屋敷のメイド長で」

「あなたが七星終夜君ですね」


 静火は淡々と呼びかけた。


「だ、だったら、なんだってんだ?」

「あいにくですが、あなたをこのまま帰らせるわけにはいきません」

「は? 何言ってんだ、てめー?」

「これ以後、あなたの持つ日本国民としての権利は剥奪され、その身柄は常盤家の管理下に置かれることになります」

「ふざけんな!」

「ふざけてなどおりません。これは、あなたも同意していることなのですから」


 静火は書類の束を七星に突きつけた。見ると、それは大会の規約書だった。


「それがなんだってんだ?」

「ここを、ご覧ください」


 静火が書類の一文を指さした。見ると、そこにはこう書かれてあった。


「この大会における優勝者には、不死の権利が与えられる。ただし敗北した場合、敗者はその時点で一切の社会的権利を失い、勝者に隷属するものとする」と。


「……なんだ、このふざけた規約は?」

「ふざけていようが、規約は規約です。そしてあなたはこの規約に同意し、大会に参加したのです。これが、その証拠です」


 静火は、さっき七星が記載した参加申込書を取り出した。


「ふざけんな!」

「あなたが何と言おうが、ここにこうしてあなたのサインがある以上、これは正式な契約書であり、あなたにはその契約内容を履行する義務があるのです」

「バカバカしい。そんな契約、誰が認めるか。それでも、てめーがどうしても正当な契約だと言い張るなら、裁判でもなんでも持ち込めよ。こっちは、いつでも受けて立ってやる」


 七星はフンと鼻を鳴らした。


「……そうですか」


 静火は書類をポケットにしまった。


「では、不本意ですが仕方ありません」


 静火は七星の懐に飛び込むと、彼のみぞおちに右肘を叩き込んだ。次いで静火は勢い良く右足を振り上げると、苦痛に身を屈めた七星の意識を、ひと蹴りで断ち切ったのだった。





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