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第10話

 天国調あまくにしらべが永遠長流輝と出会ったのは、小学3年生のときだった。

 転校初日の昼休み。天国が教室でクラスメイトとおしゃべりしていると、島崎という男子生徒が、


「あっ、手が滑った」


 手に持った牛乳を永遠長の頭にぶちまけたのだった。


「あ、悪い悪い」


 島崎はニヤケ顔でそう詫びると、


「だめじゃん、ざき」


 今度は木田という男子生徒が教室の後ろからバケツを持ってきた。そして泥水を含んだ雑巾を永遠長の顔に押し当てると、


「よーし、綺麗になった」


 牛乳と泥水だらけになった永遠長の顔を見て愉快そうに笑った。


「木田君、優しいー。俺も見習おっと」


 そう言うと、周りにいた男子生徒たちも泥雑巾で永遠長の顔を拭き、最後は、


「これで仕上げだ」


 バケツに入っていた泥水を永遠長にぶちまけたのだった。


 永遠長に直接危害を加えているのは5人だけだったが、他のクラスメイトたちも永遠長を見て笑いこそすれ、助けようとする人間は1人もいなかった。


「くっせー」


 木田は鼻を摘んだ。


「マジ臭え」

「どーすんだよ。こんなんじゃ、午後の授業まともに受けらんねえぞ」

「こいつが帰ればいいだけだろ」

「てか、もう死ねばよくね、こいつ」

「そうだよな。生きてる価値ねーもん、こいつ」


 5人は永遠長を取り囲むと、


「死ーね! 死ーね! 死ーね!」


 合唱した。そして、それは間もなくクラスメイトにも伝播していき、教室は「死ね」の大合唱となった。そのとき、


「やめなさいよ!」


 天国が声を上げた。


「何やってるのよ、あなたたち!」


 転校してきたばかりの天国には、くわしい経緯はわからなかった。だが、それでも、この状況を見過ごすことなど出来なかったのだった。


「たった1人を大勢で取り囲んで、この卑怯者!」


 義憤に燃える天国に罵倒され、5人は一瞬鼻白んだ。しかし、


「な、なんにも知らない奴が、勝手なことを言うな!」


 木田がそう言い返したのを皮切りに、


「そ、そうだよ。なんにも知らないくせに」

「元々、悪いのはソイツなんだよ」

「そうさ。ソイツが前のクラスで、何もしてない鳥飼たちをボコボコにしやがったんだ。オレたちは、その罰を与えてるだけなんだよ!」


 5人のリーダー格である井手が言った。


 井手は鳥飼と同じ野球チームに所属していて、鳥飼から「遊んでいただけなのに、突然永遠長がキレて殴られた」と聞かされていたのだった。実際には、イジメを行っていたのは鳥飼の方で、永遠長はそれを止めようとしただけだったのだが。

 しかし、鳥飼の言葉を鵜呑みにした井手は、永遠長を悪と決めつけて、今日まで罰を下してきたのだった。


「わかったら邪魔すんな」


 木田にそう言われても、


「だからって、こんなことしていい理由になんてならない! あなたたちのしていることは、ただの弱い者イジメよ!」


 天国は一歩も引かなかった。


「こ、この!」

「偉そうに!」

「コイツもやっちまおうぜ」

「悪に味方する奴も悪だ」

「ああ、コイツにも罰が必要だ」


 5人は天国を取り囲んだ。そして、それを他のクラスメイトたちも傍観しているだけだった。

 1人を除いて。


「生意気なんだよ! 転校生のくせに!」


 木田が天国を殴ろうとしたとき、


「ぎゃ!」


 木田が逆に殴り飛ばされた。やったのは、それまで無抵抗を貫いていた永遠長だった。


「こ、こいつ!」


 驚きつつ島崎が反撃に出るが、


「が!」


 鼻に裏拳を叩き込まれた上に、頭を床に叩きつけられてしまった。


「こ、この、永遠長のくせしやがって!」


 残る3人のうち、倉本と志村が永遠長に殴りかかる。それを見て、


「うご!」


 永遠長は倉本の股間を蹴り飛ばすと、


「ぶ!」


 志村の顎に掌底を叩き込んだ。そして倒れた志村の頭を踏みつける。


「やへ! ひぎ! 助へ! ひいいい!」


 降り注ぐ蹴りの雨に、志村は頭を抱えて縮こまった。


「お、お、おまえ、こんなことして、ど、どうなるか、わかってるんだろうな!」


 1人残った井出は、鼻白みながら語気を強めた。すると、永遠長の視線が井出に突き刺さった。


「な、なんだ、その目は? オ、オレとやろーってのか? こ、この野郎。おまえごときが、本気でオレに勝てると思ってんのかよ!?」


 井出はスポーツ万能。所属している野球チームでは、将来プロ確実の太鼓判を押されていた。そんな自分が、永遠長のような悪に負けるはずがない。 

 井手は、そう確信していた。


「死ね! クソ永遠長!」


 井出は正義の鉄拳を繰り出した。


 永遠長は、その一撃を左頬で受け止めると、井手ともつれ合うように倒れ込んだ。直後、


「ぎゃああああ!」


 井出の口から絶叫が上がった。見ると、彼の右肘が本来あり得ない方向に曲がっていた。永遠長は倒れ込む際、井手の右肘をへし折っていたのだった。そして、もつれ合っているフリをして、さらに井手の右腕をねじくり回す。


「あぎ! いぎ! ぎゃあ! うぎい!」


 井手の目から涙が溢れ出るが、永遠長の手が止まることはなかった。すると、


「や、やめなさいよ!」


 女子の1人が声を上げた。それは井手のガールフレンドであり、クラスの女子が永遠長をバカにするように仕向けていた関だった。


「こんなことして! 先生に言いつけてやるんだから! 誰か、先生呼んできて!」


 関の指示を受け、女子数人が教室から出ていく。それを見ていた永遠長は、井手から手を放すと関に歩み寄った。


「な、何よ? あんた、女子に」


 あくまで強気な関に、永遠長はスマホを突きつけた。すると、その画面には裸の関が写っていた。


「昨日、その手のサイトでたまたま見つけた映像だが、おまえにそっくりだろう」


 本当は永遠長が作った合成映像だったが、


「な……」


 効果はてきめんだった。


「これ以上ゴチャゴチャ言うなら、この写真がネットに出回ることになる。おまえの名前と住所入りで上げてやるから、これからは精々帰り道には気をつけるんだな」

「ふ、ふざけんな!」


 関は永遠長からスマホを取り上げようとしたが、


「うげえ!」


 永遠長に土手っ腹を蹴り飛ばされてしまった。それを見て、


「ひ、酷い」


 女子の間から非難の声が上がる。


「寝言を言うな。先に俺のスマホを奪おうとしたのは、そいつだろうが。俺は正当防衛を行使したに過ぎん」


 永遠長は平然と言い捨てた。そこへ、


「と、永遠長君!」


 今度は学級委員の長谷部が声を上げた。


「だ、だとしても、じょ、女子に手を上げるなんて、お、男として恥ずかしいと思わないのか?」


 長谷部は永遠長を叱責したが、別に正義感や使命感からの行動ではなかった。学級委員ということで、周りからせっつかれて、仕方なく注意したのだった。

 すると永遠長の矛先が、


「ほう?」


 今度は長谷部に向いた。


「な、なんだよ? く、来るなよ」


 長谷部は後ずさった。


「な、なんだよ? ぼ、僕はクラス委員として、ケンカを止めようとしただけだろ?」


 長谷部の主張に、


「クラス委員だから?」


 永遠長の足が止まった。


「なら、なぜ俺がやられているときには止めなかった?」

「そ、それは……」


 言い淀む長谷部に、永遠長は詰め寄った。


「俺がやられたときには、相手は5人だったからか? それとも、相手がカースト上位だったからか? しかし、今は1人。それも相手は嫌われ者だから、止めても問題ないと思ったか? それとも普段は、やられても泣き寝入りしているだけの奴だから、自分でも止められると思ったか?」

「ひい! 僕はただ、みんなに言われたから、しょうがなく」


 半ベソをかいて言い訳する長谷部の腹を、永遠長は蹴り飛ばした。


「みんなが言うから? なるほど。なら、おまえが痛い目にあったとしても、それは、ここにいる「みんな」のせいということだな」


 永遠長は長谷部の首を掴み上げた。


「や、やめ、僕が何したってんだよう」

「本気で言っているなら、病院に行け」


 永遠長は長谷部の頭を床に叩きつけた。そこへ、


「何をしてるんだ!」


 担任の望月がやって来た。


「永遠長、これはおまえの仕業なのか!?」


 担任は、倒れている井手たちを見て非難口調で言った。これまで、いくら永遠長がイジメ被害を訴えても聞く耳を持たなかった担任が、永遠長が加害者となった途端、正義の心に目覚めたらしかった。


「おい! 聞いているのか、永遠長!」


 担任は答えない永遠長の肩に手を置いた。すると、


「が!?」


 永遠長は振り向きざま、担任の右足を椅子で殴りつけた。そして、そのまま一回転すると、痛みに顔を歪めた担任の横面に再び椅子を叩き込んだ。


「引っ込んでいろ。今、おまえに用はない」


 永遠長は倒れた担任の後頭部を踏みつけると、


「次は、おまえたちの番だ。これまで散々好き放題してくれたんだ。当然、やり返される覚悟もできているんだろう?」


 クラスメイトに視線を走らせた。その冷ややかで、それでいて狂気を帯びた眼光に射すくめられ、ようやくとクラスメイトたちは気づいたのだった。


 自分たちが遊び半分で手を出していたのが、どんな人間なのかということを。


「嫌あああ!」


 1人の女子が声を上げると、


「うわあああ!」


 クラスメイトたちは一斉に教室から逃げ出した。後に残ったのは永遠長と、彼にやられた5人と担任。そして天国だけだった。


「悪かったな」


 静まり返った教室で、永遠長は天国に言った。


「本当なら、おまえが転校してきたときには、こいつらの始末は終わっていたはずだったんだが」


 この状況を転校生が見たら、どんな反応をするか?


 それを試してみたくて、今日まで野放しにしていたのだった。


「そのせいで、おまえには余計な迷惑をかけてしまった。止めに入った分と合わせて、この借りはいつか必ず返す」


 永遠長はそう言うと、


「起きろ」


 担任の横っ腹を蹴り上げた。そして目を覚ました担任に、永遠長がスマホを突きつける。すると、


「そ……」


 担任の顔から色が失せた。


「これは事故だ。そうだな、望月」


 詰め寄る永遠長に、


「と、とにかく井出君を保健室に運ばないと。は、話はそれからだ」


 担任は井出を抱き上げると、永遠長とともに教室を出ていった。


 そして、この日を境に永遠長が教室に、そして天国の前に現れることはなかった。


 天国の父親が借金苦から入院し、母親が男を作って家を出て行くまで。











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