さすがは智将
魔王城が見える場所。そこから地面に呑まれた有紗たち。
一行は四天王の1人、智将オッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニスの迷宮と思われる場所へ飛ばされた。
しかも、勇者である有紗以外は単独行動に向かない職業ばかりにもかかわらず、どうやら皆バラバラのようだ。
……が、地面に飲み込まれるスピードが異常に遅かったため、皆それぞれにどうするべきか相談できていた。
なのでそんなに大ピンチというわけでもなかったのである。
しかしそんな中、パクチーだけが相談と違う行動を取っていた。
一行の中で一番弱いパクチーは、下手に動くべきではないと指示されていた。
が、周囲に危険がない事を確認した上でとはいえ、単独で迷宮内の探索を始めてしまったのだ。
「……それにしても、どこまでも真っ白な世界だな……
しかも、ゴミひとつ落ちていない……さすがは智将オッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニス……
よほどのキレイ好きと見える……」
微妙にズレた事をつぶやきながら、慎重に歩くパクチー。
そんな彼の前に、小さな人影が現れた。
「……だれ?おじちゃん……」
それは、年の頃10歳くらいの少女であった。
桃色の髪を頭の上の方でツインテールにし、水色のリボンで結んだ髪型は彼女をより幼く見せているように感じられた。
その服装は少し真歩に似ていた。制服の上にマントを羽織ったような格好だったのである。
しかし、それが制服と呼ばれるもので、真歩のセーラー服に似ているという発想がパクチーにはない。
結果、彼にはその少女がただの小さな女の子にしか映らなかったとしても何の不思議もないのである。
「私は王国の高神官だ。お嬢ちゃん、もしやモンスターに捕まってしまったのかい?」
「……ううん、違うよ。わたしね、さっきジュース飲んでたの。
でね、おしっこしたくなったからね、おトイレ行ったの。
でもね、帰り道がわからなくなっちゃって……」
「……迷子……というわけか。しかし、どういう事だ……?
ジュースを飲んでいた、という事は……捕まっているというより客人扱い……?
いや、単に幼い故に慈悲をかけられただけという可能性も……
だとすればオッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニスという者、案外話せるかも知れぬな……」
ブツブツとつぶやくパクチー。
「ねぇ、こーしんかんのおじちゃん。お部屋わかる?」
「……え?あ、あぁ。お部屋か。一体どんなお部屋なのかな?」
「えー?えぇとねぇ、たしか……おっさんなんとかっていう、おじちゃんのお部屋だよ。
へんだよね、おじちゃんの名前がおっさん!!キャハハッ!!」
無邪気に笑う少女。
しかしその言葉に驚愕したのはパクチーだ。
「オッサ……まさか、この子ども……四天王オッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニスの客人……!?
いや、そんなはずはない……どう見てもこの子は人間……しかもそんなに賢そうにも見えない……
しかし……これは使えるかもしれんぞ。
もしこの子どもが、ヤツにとって客人であるならば、人質として連れていけば……!!」
「ねぇ、おじちゃん。わかるー?おっさんなんとかっていうおじちゃんのお部屋ー!」
再度ブツブツとつぶやくパクチーのローブの裾を掴み、少女が顔を見上げながら言う。
「あ、あぁ。うむ。私も決して、詳しいわけではないが……
どうだろう、一緒にその部屋を探してあげよう。そうすれば、1人で探すよりいくらか効率が良いはずだろう?」
「えっ、一緒に探してくれるの?わーっ、おじちゃん、ありがとうっ!!
よかったぁ、大人の人と一緒なら大丈夫だよぉ。」
もしモンスターに襲われる事があったとしても、この子どもを囮にして逃げる事もできる。
もちろんそんな事人道に反するというのはわかっていたが、万が一には備えるべきでもあった。
こうして、二人は迷宮内を探索して回った……のだが。
5分もかからないうち、意外とすんなりと少女の探していた部屋は見つかった。
「まぁ、トイレ行って帰ってくる程度の距離だしな……」
冷静に考えたら全くその通りなのであるが、それにしても不思議な事があった。
パクチーの分析が正しければ、その部屋の主は四天王の1人、智将オッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニス。
だというのに、強力なモンスターらしい気配の類を全く感じられないのだ。
「わぁーっ、おじちゃんありがとうっ!!これでまた、お菓子とジュースをもらえるよっ!!
おっさんのおじちゃん、ただいまー!!おしっこ行ってきたよぉーっ!!」
少女はその部屋に、ノックもせずに入っていった。
「おぉっ、おかえりぃ、せんちゃぁん!!
おちっこひとりで行けたのぉ、えらいねぇーっ!!」
部屋の奥から聞こえてきたのは、声色を変えたような男の声だった。
「むぅーっ、おちっことかじゃないしー。おしっこだし。
わたしそんなさぁ、小さい子じゃないんだからさぁー、そういうのやめてよー。」
「えっ……あぁ、あぁ、ごめんねぇーっ、せんちゃん。おじちゃん、変な事言っちゃったねぇーっ!!
そうだねぇ、せんちゃんはもう、おっきい子だもんねぇーっ!!」
「……なんだこれは……」
それを扉の外で聞かされていたパクチーは思わずつぶやいた。
「……誰だ……!?」
「しまった……」
パクチーのつぶやきに気づいた男が、部屋の外へ歩いてくるのがわかった。
パクチーは慌てて、少女の手を引っ張って自分の方へ寄せた。
何かあった時に人質にするためだ。
しかし。
「……あれ?」
パクチーは少女の腕を掴み、全力に近い力で引っ張ったはずだった。
少女の体は小さい。パクチーの力なら持ち上げる事も容易だろう。
しかし少女の体はその場に張り付いたように動かない。
「……おじちゃん?どうしたの?」
「えっ……?い、いや……その……そ、そう。危ないんだ。
危ないから、こっちに来なさい。」
「えーっ、やだー。おかし食べたい。ジュースも飲みたいもんー。」
「わ、わがまま言わないの!!ほら、こっち!!」
パクチーは再度、少女の腕を今度は全力で引っ張った。
しかし、微動だにしない。勢いで少しだけ揺れる、という事さえない。
「なっ……まさかすでにヤツの魔法で……!?」
一瞬そう思ったが、どうもそうではないらしい。少女の足元に魔法陣も見えない。
「どうしたんだい、せんちゃ……
む、むぅぅ!?だ、誰だお前は!!どうしてせんちゃんのかわいいおててを掴んでいる!?」
扉から現れたのは、黒い髪が大いに乱れ、ヒゲをはやした小太りの中年男性風のモンスターだ。
衣装に気を使っているとも思えず、薄汚れたローブ姿からは威厳らしきものは感じられない。
しかしその風貌とはうらはらに、その眼光は恐ろしいまでに鋭い。
そんな男が、少女の腕を掴んだパクチーの姿を見て怒りを顕にする。
一気に、周囲の”気”が変わった。
そう、彼こそは四天王の1人、智将オッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニス。
大いなる7つの力の1つ、見通す力『アーカーシャ』に目覚めし者である。
その割に、扉の向こうのパクチーの存在に気づかなかったわけだが、それには理由があった。
少女の方に全神経が集中していたからである。
「許さん……許さんぞ……!!よくもせんちゃんの……かわいいかわいいおててを……!!」
智将というのは有紗が勝手に抱いた印象でしかない。
実際、そのモンスターから溢れ出す闘気は、完全に強者のそれであった。
パクチーは一瞬で悟った。このモンスター相手に、自分は手も足も出ないという事を。
全身から血の気が引いていくのを感じた。
恐怖のせいでおかしな汗が吹き出す。
パクチーから戦意を奪うに十分すぎる闘気を放ちながら、モンスターが近づいてくる。
「……ねぇねぇ。」
そんなモンスターの様子を見た少女が、声をかける。
「……ふおぉぉ……ふおぉ……お?
な、なんだい、せんちゃん?おじちゃんに何か聞きたいのかな?」
先程までの闘気が一瞬で嘘のように消えた。そしてモンスターは、少女の声に耳を傾ける。
「……おじちゃんって、もしかして、わるいモンスターなの?」
その言葉を聞いたパクチーはとっさに言った。
「そ、そうだ!!そやつは魔王の手先、四天王の1人だ!!
きょ、凶悪なモンスターだ!!」
「えー、そうなの?じゃ、はい!!」
ポプョンッ
おかしな音と共に、部屋中の家具がひっくり返るほどの衝撃波が起こる。
次にパクチーが目にしたのは、不思議な光景だった。
部屋の壁にモンスターの形の穴が空き、先程までその場にいたはずの四天王がいなくなっている。
「……何だ……?何が……起きた……?」
目を白黒させながら、パクチーは少女の方を見る。
と、少女の手から黒い煙が立ち上っていた。
「……な……?なんだい、それは……?どうしてそんな煙が……
それに、モンスターは……」
「え?わるいモンスターでしょ?たおしたよ!」
「たお……?」
パクチーはしばらく何が起きたか理解できなかったが、少なくとも倒すべき四天王があと2人になった事だけはわかった。