クソゲーっていうレベルじゃねぇ
MPが回復しない事を知った一行は朝一でネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市を出立した。
おいそれと魔法を使えない以上、通常攻撃の強い戦士の存在は不可欠だからだ。
そしてその戦士に、これ以上ないほどの心当たりがある。そこへ行かない理由がないくらいだ。
「……ねぇ、パクチー。智将の居場所はまだなの?もう2時間くらい歩きっぱなしなんだけど。」
「うむ、そろそろ目印となる魔王城が見えてくるはずだが……」
「ふーん……そっか、じゃあその魔王城が見えたらもうすぐって事……
魔王城!?」
朝から、一度スルーした後のノリツッコミが冴える有紗。
「魔王城あるの!?
だったらもうさっさと魔王城に行こう。それで魔王をやっつければ世界に平和が訪れる。
めでたしめでたしじゃない。」
「あら、さすがアリサさん。あの時と同じような事をおっしゃいますのね。」
有紗の提案にそう答えるのは、途中で魔王城へ転移したという4度目の冒険の際に共にいたソーニャ。
「いや……魔王城はたしかに存在するが、入る事ができないのだ。」
「何……?入ることができないというのはどういう事だ。
なにやらものすごい結界が張られているとか……もしくは、伝説の宝玉的なものが必要だとか……
そういう事か?」
真歩が目をキラキラさせながら尋ねる。しかし、パクチーが話した理由は全く別のものだった。
「……ないのだ。」
「……はい?」
「できてないのだ。まだ。魔王城の中身が、物理的に。実装されていないのだ。」
「……実装されてない……?え?」
「今後のバージョンアップで実装される予定なのだ。」
「ソシャゲか!!!」
激しく突っ込む有紗。しかし、それならば……
「それなら、魔王自体を恐れる必要もないんじゃないの?
だって、魔王も未実装なんでしょ?」
「いや、それが……魔王はちゃんと実装されている。データは存在するし実際たまに現れる。
そのせいで滅んでしまった町もある。
けど、”居場所”が実装されていない。実装されていない以上は倒しに行く事もできない。」
「クソゲーってレベルじゃねぇ!」
「クックック……さすがの我もそれは呆れるな……
しかし、逆に言えばそれが実装される前に魔王との戦いに備えよ、という事なのだろう?」
前向きに捉えたのは、冒険がすぐ終わってしまうとちょっとつまらないなと考えていた真歩。
魔法使い体質のこの少女は、有紗やソーニャの話から冒険がすぐ終わる可能性を考えていたからだ。
「そうだ、その通り。むしろこれはこちらにとって好都合と言える。
なにせ、戦う準備を整える時間があるのだからな。
おかげで、そのかつてのお前たちの仲間だった屈強な戦士を迎えに行く事もできるのだ。」
「ま、まぁー……そういう考え方もできなくはないけど……
うーん、まぁいっか……千ちゃんには久しぶりに会いたいと思ってたし。」
そんな事を話しながら歩く事30分ほど。
一行の目の前に、巨大な城が見えた。
「見えたぞ……あれが魔王の城だ……!!」
ゴクリ……とツバを飲みながら厳かに言うパクチー。
しかしその中身は未実装である。
「うん。……で?智将の方はどこなの?まさかそっちも未実装なんて言うんじゃないよね。」
「いや……私も話でしか知らぬのだが……
魔王城が見える場所、それ即ちオッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニスの縄張りであると言われている。」
「……つまり、我らはすでにヤツのテリトリー内にいる……という事か……?」
飲み込みが早すぎて少し気持ち悪い真歩。
「そういう事だ……ところでアリサ。シスターの姿が見えないのだが。」
「……本当だ!!い、いつの間に!?
ソ、ソーニャ!!ソーニャ!!?」
「い……いない……まさか、すでにヤツの手にかかって……」
「アリサさーん!!」
焦りを見せる一行。しかしそんな彼女たちを遠くから呼ぶ声があった。
ソーニャである。
「ソーニャ!?なんでそんなところに……」
ソーニャは、数百mは離れただろう位置から、有紗たちに向かって必死に手を振っていた。
ひとまずそこに向かって、来た道を戻る有紗たち。
しかし。
「うっ……!?ど、どういう事……!?あ、足が……動かない……!!」
正確には、足が大地から離れない。靴を脱ぐ事もできない。
そしてそれは有紗だけではない。パクチーも、真歩も。
ソーニャも、それぞれがかなり離れた位置で、足を固定されてしまっているらしかった。
「こ……これは……もしや、すでに我らは……ヤツの術中にハマっている……という事か!!?」
なぜかちょっとうれしそうに真歩が言う。
「フフッ……そうみたいね……ほら、足元に魔法陣が浮き出てる。
そして、少しずつ足が吸い込まれてる。
これはアレだね。このまま全身が魔法陣の中に引き込まれて、どこかの迷宮に飛ばされるパターンかな。」
「迷宮に……!?な、なぜわかるのだ!?」
有紗の鋭い洞察に驚くパクチー。
「経験よ。以前冒険した世界でもこういう事があったの。
パーティ全員が一緒にってパターンもあったけど、こうしてわざわざ地上でバラバラに捕まえてる。
……気をつけて。飛んだ先はきっと、全員バラバラになる。
私は良いけど、真歩もソーニャも単独行動に向いた職業じゃないし……
パクチーに至ってはいっそ動かないでいてもらった方が良いかもしれない。」
「確かに……ふ、ふぅ……我も、先程短剣を購入していてよかった……」
「そうですわね……皆さん、十分に気をつけましょう。」
「う、うむ……では私は、飛んだ先でできるだけじっとしている事にしよう……」
「うん……!!気をつけよう……!!
……きっと、どこかで合流できるようにもなってるはずで……
で、まぁセオリー通りなら、合流した後に記憶の結界とかあったりして……
休憩もできたりとか、ね。
それで、えっと……うん。みんな、それぞれ、気をつけよう。
えぇっと、後は……うん。もうないね。
……まだ飛ばない!!」
ズズ……ズズズズ……ズズズズズズ……地面にゆっくりと、ゆっくりと吸い込まれる有紗たち一行。
結局有紗たちは飛んだ先でどんな行動をすればいいか、十分すぎるほど相談をした後少し雑談をした。
「うっ……こ、ここは……!?アリサの言った通り、迷宮の中……か!?」
目を覚ましたのはパクチーだった。
壁も、床も、天井も、おそろしいまでに白い世界。虚ろな迷宮。その有様を見るだけで、気がどうにかなりそうだった。
しかし逆に言えばそれだけだ。周囲にモンスターの姿はおろか、気配すら感じられない。
どうやらパクチーが飛んだ先は、比較的安全なゾーンだったようである。
「アリサには動かぬよう言われたが……これなら少しは探索してみるのも良いかもしれん。
よし、私とてロンドゥルゲウス・マニュファクチュラス王国の高神官だ。
少しは勇者の役に立つというところを見せようではないか!!」
意を決したように、パクチーは白い迷宮内を歩き出した。
パクチーによるこの単独行動が思わぬ結果を生む事を、この地点では誰も想像だにできないのであった。