マジかこのクソゲー
ソーニャ・ソノーニョ・シスタインテックスを仲間に加えた一行は、とりあえずその日は市内の宿屋に宿泊する事になった。
「ふう、この世界に来て始めての宿、ね。
……それなりに大技使ったし、MPも1割くらい使っちゃったから助かるよ。」
有紗・真歩・ソーニャで1部屋を取り、パクチーは1人別の部屋を取って泊まった。
全員別々の部屋でも構わない。なにしろお金は国家予算からいくらでも出る。
パクチーはそう言ったが、有紗にしてみれば久しぶりに会うかつての仲間に積もる話もある。
有紗たちはそんな思い出話をしつつ、一夜を明かした。
「……あれ?」
翌朝、着替えを済ませて宿のロビーに現れた有紗が言った。
「どうした?よく眠れなかったか?」
そんな有紗を心配したパクチーが声をかける。
彼はすでにすっかり旅の準備を済ませ、いつでも出かけられる状態で待機していたようである。
「いや、あの……よく眠れたんだけどさ。
MPが回復してないのよ。」
「MP?宿屋で回復するのはHPだけだぞ。」
「はぁ!?」
「いや、当たり前だろう。MPとはマジック・ポイント。魔法の力。
それすなわち、生物が元来持つマナの力だ。宿泊くらいで回復するはずがなかろう。」
「え……えぇぇ……それじゃ、どうすれば回復するのよ。
アイテム?スキル?それとも回復の泉とかそういうスポット?」
「アッハッハ!!そんなもので回復するはずがなかろう。
MPは使い切りだ。一生で使える量が決まっている。」
「……マジかこのクソゲー……」
有紗の顔が青くなる。
「おはよう、アリサ。どうだ、よく眠れたか?眠れなかったのなら、我が睡眠の魔法で今一度安らかなる……」
起きてきた真歩がそんな冗談を言いながらロビーに現れた。
「わ、わぁーーっ!!真歩!!ストップ!!だめ!!!
MPを無駄遣いしないで!!」
杖をかざし、半ば撃ちかけていた魔法を止める真歩。
「な、なんだアリサ……そんなに焦って……
なに?MPを無駄遣いだと?何を言ってる。今起きたばかりなのだ、MPなど満タ……
あぁーーーーっ!?」
自分のMPが回復していない事に気づいた真歩の顔も真っ青になった。
なにせ昨日、無駄に周囲の天候を変えるレベルの大魔法を使ったのだ。MPはそれなりに減っている。
「……何を驚いている、お前たち。
当たり前の事だろう、魔法などというものがそう簡単にポンポン使えてなるものか。
そんな事ができたら科学など発展しなくなるであろう。」
「い、いやまぁ確かにおっしゃる通りなんだけど……
あちゃー……ファンタジー世界でそういう事になるとは……想像してなかったなぁ……」
「おはようございます、アリサさん、マホさん。それにパクチーさんも。」
また少し遅れて起きてきたのはソーニャだった。服装も少し乱れ、ちょっとだけ扇情的な格好になっている。
「あっ、ソーニャ!!あなた元々この世界の人だったんでしょ!?
MPが使い切りだなんて大事な話、どうして教えてくれなかったの!?」
「え、聞かれなかったからですわ。
……そういえば、他の世界では宿屋に泊まったり、道具屋に売ってる不思議な水を飲んだりするだけでMPが回復してましたわねぇ。」
「そ、そうなのか、シスター……うぅむ、恐ろしいものだな、異世界というのは……。」
パクチーにとってはそう感じられて当然だろう。魔法が使い放題なのだから。
しかし、有紗たちからすればそれが当然で、こちらの世界が不便すぎると感じられる。
「でもさ、回復する方法が全くないというわけではないんでしょ?ほら、なんかイベントとか……
魔力の集まるそういう場所があるとか……」
なにせ魔王軍には四天王と三十二魔将がいる。全員倒すとなるとさすがにMPが足りない。
「うむ、あるにはあるが……
まず、伝説のヴォルケノーティス・ランゴヴァスタス・ルクサンブルージェ・ノクティルゥジラ山に行く。
そこの頂上にある祠で聖杯と聖槍を捧げ、そこにある古代の碑にある古代文字を読み解き、777頭分の牛の血を……」
「……あ、もう良いです。」
有紗は無理だと悟った。そういうややこしいイベントは大嫌いなのである。
「まぁ……MPをできるだけ使わないようにして、普段は通常攻撃メインでいけばなんとかなるよね。」
有紗はそう決心した。しかし真歩はそうはいかない。
「魔法が使えない魔法使いとかあり得ないんじゃぁあぁぁーーーっ!!」
錯乱状態になっていた。
「落ち着いてください、マホさん。わたくしも僧侶ですので、魔法を節約するとなるとそんなに役立ちませんわ。」
「い、いやいや……ソーニャよ、お前はまだ体が大きいし力もあるであろう……
しかし我は、はっきり言って小さい!!あと力とか全くない!!すごく魔法使いらしいステ振りの魔法使いなのだっ!!」
「ま、まぁいいじゃない……ほら、いざって時に頼りになるしさ。秘密兵器ってやつよ。ね。」
「ひ、ひみつ……へいき……?
……クックック……なるほどな……我は秘密兵器……古より封印されし秘密兵器……
真なる力を引き出せば、世界を闇に包むであろう恐ろしき力……クックックックッ……!!」
どうやら真歩の機嫌は直った。
「しかし、そうなると通常攻撃の強い職業……戦士とか欲しいところだね。」
「それでしたら、千さんを仲間に加えてはどうでしょう。」
有紗の言葉にソーニャが答えた。
「えっ……千ちゃんもこの世界にいるの!?」
「えぇぇ!?千までもが……!?」
それはどうやら、3人の共通の知り合いのようであった。
灰谷千。4回目の冒険で有紗・ソーニャと共に戦った戦士体質の少女である。
ちなみに、1回目の冒険の際には有紗・真歩と共に戦っている。
その他、3回目の冒険の際にも有紗と共に戦った。
つまり、過去6回の冒険のうち半分を共に戦った、いわば最も付き合いの長い仲間であった。
そしてその分、当然強い。
パクチーにその実力を聞かれた有紗は答える。
「4回目の冒険の魔王城ではレベル75になったって言ってたはずだよ。
もちろん転生済みでね。
力と速さと身の守りはカンストしてて、”石の斧”の通常攻撃で魔王を一撃で倒してた。
いやー、私でもあぁは行かないよ。せめて鋼の剣くらいは欲しいね。」
つまり、魔法がうかつに使えないこの世界においては、勇者である有紗以上に頼れる存在になりえるという事だ。
「な、なんという事だ……その者がいれば世界を救う大きな助けになる……!!
して、シスターよ。その者は一体どこに……!?」
「それが……魔王軍四天王の1人に捕まっているそうなのです。」
「なんで!?」
魔王を通常攻撃で一撃で倒せる戦士が、なぜ四天王に捕まっているのか。
パクチーには理解できなかった。
「あー、なるほどね。」
「うん、仕方ないね。」
しかし、千と面識のある二人はその事実に納得していた。
「うぅむ……そんな強そうな戦士が捕まるとは……
まさかその四天王とは、四天王最強と言われる、大いなる7つの力を3つも使いこなすという
ファルザイツ・ヌメルフェズゴーゴン・メリファザルケスか!?」
「いいえ……オッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニスです。」
それを聞いたパクチーは一瞬意外そうな顔をしたが、少し考えてから納得したようにうなずいた。
「なるほど……話によれば、四天王の1人オッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニスは見通す力『アーカーシャ』に目覚めし者。
その屈強な戦士を狡猾な罠にて嵌めて捕らえたというわけか。」
「あぁ、智将ね。そういうキャラもどの世界にもいるなぁ。」
「クックック……おもしろい。ではさっそく、そのオッサニアレス・ロベリコニアン・ロベリコニスの元へ参ろうではないか!!」
…かくして、一行の次の目的地が決まった。
ちなみにこのネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市で、一応真歩が装備できる短剣と有紗用の剣を購入した。
どちらも町で一番良いものらしく、それなりに使えそうな品であった。