その設定いる?
ネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市は、非常に大きな町だった。
パクチー曰く、人口は5万人を超えるそうだ。
「え、王城の城下町より栄えてるんじゃない?」
この世界に来て最初に見た町であるロンドゥルゲウス・マニュファクチュラス王国の城下町と比べての感想を、有紗は言う。
そして実際、人口は城下町以上らしい。
「へぇ……すごい町……建物も、ほとんどが2階建てや3階建て……中にはもっと高い、ビルみたいなのまである。」
「クックック……これだけの町なら、さぞ強力な魔導書や杖を売っているのだろうな。
アリサ、パクチー。さぁ、魔法具屋へ行くぞ!」
なにやらはしゃいでいるのは、そういう魔術グッズの類に目がない真歩だ。
しかし。
「魔法具屋?そんなものはない。あったとしてもすぐつぶれてしまうだろう。
なにせこの世界には、魔法を使える人間なんてそうそういないのだ。」
そう、この世界での魔法とは、大いなる7つの力などと呼ばれる大仰な力に目覚めた者のみが使える特別な力なのだ。
「な、なんだと!?」
「えっ、でも……こないだの町の冒険者ギルドで、魔法使いが登録されてたでしょ?……レベル1だけど。」
「あぁ、うむ。職業としての魔法使いはいる。しかし魔法が使えるわけではない。」
「……どゆこと?」
「言葉通りだ。魔法が使えるのはあくまで大いなる7つの力に目覚めた者のみ。
つまり、職業が魔法使いの者は、まずはその力に目覚める必要がある。
ちなみに、初期状態で力に目覚めている者はいない。」
「その設定いる?」
そんな事を話しながら、有紗たちは市内の舗装された道を歩く。
先頭を歩いているのはパクチーだった。
「……ところでパクチー。これ今、どこに向かってるの?」
「ん?教会だが……」
教会。この世界でいう教会とは、神とされる漠然とした何かを崇め、神に対して祈るための施設だった。
それに加え、冒険者にとっては『位置を記憶できる場所』の一つである。
属性禁止エリアなどというシステムがあり、転移の魔法が存在しないこの世界では非常に重要な場所と言えるのだ。
「……そういえば、最初の町でも前の町でも寄ってたね。
そっか……なんだかんだでパクチー、あなたを連れてきて正解だったよ。」
パクチーに対して、なんとなく頼りがいのようなものを感じる有紗。
そんな有紗の言葉に、パクチーも少し笑みを浮かべた。
「着いたぞ。ここが教会だ。」
小一時間ほど歩いただろうか。周囲はすでに夕方だった。
ギィィィ……重い扉をあけて中へ入ると、ステンドグラスから差し込む夕日が内部の装飾を照らしていた。
「わぁ……」
それを見た有紗は思わず声をあげる。
「クックック……なかなか神秘的といえる光景だ……!!」
真歩もそう感じたらしい。
そんな神秘的で厳かな雰囲気の教会の室内。その奥の祭壇の前に、1人のシスターが祈りを捧げていた。
「う……美しい……!!」
パクチーが、思わずそう漏らした。
「た、確かに……。なんだ、この雰囲気……ただのシスターでは……ない!?」
真歩が焦ったように言う。
「……ソーニャ……?」
そんな二人の様子をよそに、有紗はシスターにそう声をかけた。
「……よくぞ参りました、勇者よ……そしてその仲間たちよ。」
シスターは厳かに、ゆっくりと。
有紗たちの方を振り返った。
「わあっ、やっぱりそうだ……ソーニャ!!あなた、ソーニャじゃない!!」
「そう……わたくしの名はソーニャ……。
ソーニャ・ソノーニョ・シスタインテックス……
神に祈りを捧げる事を生業とする者です……
勇者アリサよ。あなたの次のレベルまでの必要な経験値は35億2245万9174……」
どうやら有紗は彼女の事を知っているようだった。
しかしシスターは、そんな有紗に対して「次のレベルまでの経験値」などを話し続けていた。
「もう、そういうの良いから。ねぇソーニャ、久しぶりじゃないっ!!
前回は最初の町の教会にいたよねぇ。まさか今回もあなたがいるなんてねぇ。」
「えっ……!?まさか、このシスターも……!?」
そう、彼女もまたかつて有紗と共に別の世界を救った仲間。「僧侶体質」を持つ者であった。
「フフッ……相変わらずですね、アリサさん。1年ぶり……というところでしょうか。
あの世界は随分と簡単に救う事ができましたね。
冒険の途中で突然アリサさんが「魔王の城に転移できないかな」と言い出した時は驚きました。」
……どうやら4回目の冒険で共に戦った仲間のようだ。
「うんうん。いやぁ、懐かしいね。魔王の城のイメージだけ浮かべて転移したら実際にできてさ。
それで、戦力は十分に整ってたから簡単に世界救えたんだよね。」
まるで「並ばなくても人気店のドーナツが買えたよね」くらいのノリでそんな話をする二人。
つまり彼女、ソーニャは有紗の4回目の冒険以外にも世界を救った経験があるという事だ。
「ソーニャと言ったか。そもそもお前は我らと同じ世界の者なのか?
名前からして、少なくとも国は違うようだが……」
ソーニャの事を知らない真歩はそう尋ねた。
「いえ、わたくしは元々この世界の人間……
しかし、アリサさんと共に2回、他の勇者さまと共に1回、世界を救う旅に同行しましたわ。」
つまりは3回も、魔王との戦いを経験しているという事であった。
「そうだったのか……まさかこの世界に、そんなすごいシスターがいたとは……」
それを聞いて驚いたのはパクチーだ。
もし彼女の存在を知っていれば、わざわざ有紗を召喚する事はなかったかもしれない。
「いえ、わたくしなど何もすごい事などはありません……
ただ、全ての回復魔法・治療魔法・蘇生魔法・死者使役魔法・即死魔法が使えるだけですわ。」
「な、なんだって!?シ、シスター……そなた、レベルは一体いくつなのか?」
「レベルですか?そうですわね、この世界で言えば98……になりますわね。」
「なっ……あ、あと1つでカンストではないか!?
お、おいアリサ!!このシスターはお前よりも強いのではないか!?」
「えっ……?あ、あぁー。うん、まぁそういう事もある……かもねぇ。」
有紗のレベルは92。98という数字を聞いたパクチーがそう思うのも自然な事だ。
しかし。
「いいえ、アリサさんは文字通りレベルが違いますわ。
なにせアリサさんは、すでに転生をしてらっしゃいますから。」
「……て、転生……?」
転生。カンストした後にレベル1からやり直すというシステムだ。
当然、世界によってはそのシステム自体が存在しない。
が、そういう世界においても、上昇したステータスなどは反映される上、覚えたスキルはそのままである。
つまり、レベルの割に強い。
「……というわけですのよ。ですので、未転生のわたくしより、アリサさんははるかにお強いのですわ。」
転生についての説明を一通り聞いたパクチー。
それを聞いたパクチーは、ひとつひっかかっていた事に思い至った。
「という事は、マホ……まさかお前も……!?」
「クックック……当たり前だろう。転生後のレベル35だ。
転生後は必要経験値も跳ね上がるのでな……転生後に92などというアリサは、はっきり言ってバケモノだぞ。」
それを聞いて、パクチーの中で全てがつながった。
さらっと流したけど、必要経験値35億って。
「それで……ソーニャ。当然、あなたも一緒に来てくれるんでしょ?」
「……もちろんです。
わたくしがいなくなっても特に困らないようにあらかじめ教会の勤務シフトを組んであります。」
「もはや預言者!!」
シスターとして完璧すぎるその応対に、一同は一斉にそう突っ込んだ。
……こうして、勇者有紗一行に、新たな仲間が加わる事になったのである。