やっぱクソゲーだなぁって
なかなか出かけるタイミングがつかめないまま、結局それから1時間ほどグダグダした後、一行は再びネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市へ向かった。
道中、焼け焦げたゴブリンの死体を見かけた。
「勇者よ、そしてマホよ。ここからは雷属性禁止エリアだぞ。」
「わかってるよ!!あの死体、さっき真歩がやったやつでしょ!?
……それはそうとさ。私の事も勇者とかじゃなくて、名前で呼んでくれない?」
「……そう言えば、名前を聞いていなかったな……」
「……そう言えば、一度も言ってなかったっけ……
まぁいいわ。私は有紗。遊佐有紗っていうの。改めてよろしくね、パクチー。」
「いや、私はラングドゥヌス・パクティヌス・ラウンディアボリリロウムという名前なのだが……」
「ふうむなかなかかっこいい名前だが……
でもなんかパクチーって感じもするな。いいじゃないか、パクチーで。我は愛嬌があって良いと思うぞ?」
「そうか……?うぅむ……まぁ、マホが言うならそれで良しとしよう。」
「えぇー、どういう事?パクチーってば、真歩に甘くない?」
「いや、そういうわけでは……しかしまぁ、小娘……いや、お子様には優しくするべきだと思ってな。」
真歩が睨んだ瞬間に萎縮するパクチー。それも無理はないだろう。
つい先程、無残に黒焦げになったゴブリンの姿を見たばかりなのだ。
「ま、いいわ。それよりあれ……もしかして、着いた?次の町……えーっと……」
「ネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市だな。うむ、あれぞまさにそうだ。」
「わぁっ……!!市って事は、さっきの町よりきっと大きいんだよね。
それなら冒険者ギルドも少しは充実してるかも?」
「クックック……我が眼鏡に適う魔術書や杖はあるかな……?」
思わず町に向かって走り出す二人。そんな二人を、やや後方から温かい目で見守るパクチー。
「はっはっは……勇者と魔法使い……か。そうは言っても年頃の娘といったところか。」
背後に黒焦げの死体がある事以外は平和な風景。
しかし。
そんな二人の前を遮るように何者かが現れる。
「なっ……!?また気配を感じなかった……まさか、またフローズンなんとかっていう……」
「クカカカカッ……!!馬鹿め、拙者をそのような下等なモンスターと一緒にするでない。
拙者は魔王軍三十二魔将が1人。疾風の力『ヴァーユ』に目覚めし者、キメキメマルじゃ!!」
「あー、なんか和風枠だね。いたわぁ……」
「っていうか変な名前……。」
不意をついた急襲、魔王軍三十二魔将の1人という、いきなりボスが現れるという衝撃からの名乗り。
さぞ驚くだろう。さぞ恐れおののくだろう。
しかし二人の反応は、彼の想像していたものとはまるで違った。
「……あれ?なんで……?ほら、拙者、三十二魔将の1人で、大いなる7つの力の1つに目覚めてて……」
「あぁ、うん。まぁ、フィールド歩いてていきなりボスっていうのはね。
やっぱクソゲーだなぁって思うけど……
なんていうか、必ずいるんだよね、こういう枠。あなたあれでしょ?忍者でしょ?」
「それに変な名前だし……。」
「お、おい、二人とも……油断するな!!こやつ、かなりの使い手だぞ……!?」
油断しかしていない二人とは真逆に、慌てふためいているのは大いなる7つの力の恐ろしさを知るパクチーだけだった。
「あ、うん。そうだねぇ。そりゃ、ボスなんだもんねぇ。強いんだろうけど。
でもねぇ……えっと。一応確認だけど、ここ……火属性は禁止じゃないのよね?」
「そ、そうだな。ここは先程同様、雷属性が禁止のエリアになっている。」
「りょ。そんじゃ……
真・鳳凰の輪舞曲!!」
……それはもはや爆発だった。
炎の渦が渦を生み、またその渦を別の渦が飲み込む。辺り一面を焼き尽くすかのような業火。
避けるだとか、耐えるだとか、そんな次元の話でなんとかなる攻撃ではなかった。
「……ふぅ。これで良いかな。よし、それじゃ改めて町へ……」
撃破した事を確信した有紗、そして真歩がネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市へ向けて歩き始めた時。
「……甘いな。」
その背後から声が聞こえた。
そして、次の瞬間……
「ぐあっ……あっ……!!」
「パクチー……!?」
脚に怪我を負ったパクチーが、その場で膝をついたのが見えた。
「クカカカカッ、馬鹿め……!!
……い、一瞬びっくりしたが……せ、拙者の疾風の力『ヴァーユ』があれば、そんな攻撃当たりはせぬ!!」
額にびっしょりと汗をかきながら、少し離れたところからキメキメマルは言った。
「なんで……どうして……!?あの技が外れるなんてこと……あるの……!?
だって私、命中率233%なのに……。」
「にひゃっ……!?ク、クカカカカッ……!!む、無駄じゃ無駄!!
拙者は全ての攻撃を99%回避できる!!貴様の命中率がどんなに高かろうが、その数値は100分の1になるのじゃ!!」
有紗の命中率を聞いた瞬間焦った様子は見えた。実際、233%の命中率が100分の1になれば2%強。
これまでどんな攻撃もほぼ回避していた彼にとっても無視できない確率だった。
しかしそれでも2%。まず当たる事はないといえる数値だ。
「クッ……それでは攻撃を当てる事ができない……攻撃を当てられなければ倒す事もできない……!!
このままでは……まずいぞ……!!」
パクチーは状況を分析し、顔を真っ青にして言った。
「はぁ……なるほどね、それで今の攻撃が外れた、と。
うんうん、さすがのクソゲー、運ゲー具合ってわけね……。
けど……真歩!!」
「……うむ、我に任せよ!!時の支配者の鎖!!」
真歩が呪文を唱えると、杖の先から不思議な波動が放たれる。
その波動は全方位に広がり、疾風の力『ヴァーユ』をもってしても逃れる事ができない。
「な、なんだこれは……クッ……!?まさ…か……と、き、の……な、が、れ、を……!?」
「クックック……そういう事だ。我が魔力によりて、貴様の周囲の時の流れは我が支配下となった。
さぁ、勇者アリサよ。止めは任せたぞ……!!」
「はーい、ご苦労さま。んじゃ、もっかい行くね。
真・鳳凰の輪舞曲!!」
「ぎゃああぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁーーーーーーーっ……!!!!!!!」
先程以上の業火が、ゆったりと優雅な動きで逃げようとするキメキメマルの背後を襲う。
当然、避ける事などできるはずもなく……彼の体は跡形もなく消え去った。
文字通り、灰すら残らなかった。
「あ……あぁ……あ……ああ……!!」
その様子を見ていたパクチーが、その場で腰を抜かしている。
「どうしたの、パクチー。そんなに驚いて……」
「い、いや……お、お前……いや、お前たち……一体何者なのだ……!?
なぜそんなに……強い!?」
「えぇー……今それを聞く?なんで?」
「いやいやいや!!確かに以前から強いとは思っていた。
レベル40相当、レベル60相当のモンスターを一撃で葬っていた。
しかし、それならばまだ、私の理解の範囲内だ。前にも言ったが、私とてレベル45。
40のモンスターはもちろん、60のモンスター相手でも一矢報いる程度の事はできよう。
が……今の敵は明らかに、文字通りレベルが違う。レベル80くらいの相手だ。おまけに大いなる力にまで目覚めていた。
なのにそんな相手を、いとも簡単に仕留めてみせた……これが驚かずにいられるか!?」
パクチーは、自分が驚いている理由を詳細に、そして冷静に話した。
「クックック……なるほど、パクチーが驚くのも無理はない。
しかしその質問に対する答えを、我らは持っている。
つまり……我らは過去に、すでに別の世界を救っているという事だ!!」
「そ。ちなみに私は6回。……真歩は?」
「ろ、6回!?い、いや……我はお前と共に戦った1回だけだが、今回で2回目となるな……。」
「そういえば、以前にもそんな話を聞いたような……全くピンと来ていなかったが……
なるほどな。あの強敵をあんなにも簡単に仕留めたところを見た今、その話を信じないわけにもいかぬ。
と、いう事は……お前たちのレベルは一体どのくらいなのだ?」
「え、私は……えっと、92だね。」
有紗はさらっと言ったが、当然パクチーはその数字に面食らう。
「きゅ、きゅうじゅうに……!?な、なんだそれは……もうカンスト近いではないかっ!!
と、いう事はマホも……それに近いのか?」
「クックック……我がレベルは35だ……我はアリサと違い、一度しか世界を救っておらぬでな……!!」
「さんじゅう……ご……?そ……そうなのか……。
ふ、ふむ……。」
真歩のレベルを聞いたパクチーは、少し安心した様子で言った。
なぜなら自分より低かったからだ。
「……とはいえ、別の世界を救った事があるだけあって、不思議な魔術を使えるようだな。」
パクチーは身震いしていた。自分が召喚した勇者が世界を救ってくれるかもしれないのだ。
「……すごいではないか。幸運ではないか!!こんなにも強い勇者を召喚できたのだ。
世界は救われる……!!救われるのだな……!!!!」
「うん。救うよ。私……何度でも。この世界の事だって、救ってみせるよ。」
「アリサ……ありがとう……!!」
ちょっとした感動シーンを演出しながら、勇者一行はネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市の門へ向けて、市の外周をぐるりと半周した。