……多すぎない?
「さて、ここだ。この建物の中に魔王軍四天王の一人、イーグレーニヤ・ヴァンケルスス・ガルメテウスがいる。」
ローレンツォ・ダールトニアス町を出て10分ほど歩いただろうか。
ふと立ち止まったパクチーが建物を指差しながら言った。
「近っ……そしてまた名前長いっ……!!!」
「ほう……イーグレーニヤ・ヴァンケルスス・ガルメテウスか。なるほど、名前からして只者ではない雰囲気が伝わってくる。」
「なんで真歩はそれを一回で覚えきれるの……
いや、ていうかまずさ。ここ……」
そう、パクチーが「四天王がいる」と言って指し示した場所。
それは……
「割と普通の民家じゃない!!」
周囲には特に目立ったものもない。数本の木が生えた、何の変哲もない草原の風景。
その中に建った、そんなに大きくもない一軒の民家であった。
庭には丁寧に手入れをされた花が飾られている。
「……!!
そうか、わかったぞ……空間に歪みがあるのだな……?
見た目はこのような小さな家……しかし、ひとたび中へ入ればそこは複雑極まりない迷宮が広がって……!!」
「ない。私も入るのは初めてだが、見たままの広さのはずだ。」
「なんでよ!?なんで魔王の四天王がこんなところに住んでるの!?
普通もっと、険しい洞窟とか、大きなお城とかさ。そういうものじゃないの!?」
「いや、そう言われてもな……しかし、中に四天王の一人が潜んでいるのは事実だ。
どうする……?一度戻って態勢を整えてからでも……」
バン!!!
パクチーの質問が終わるより早く、有紗は民家のドアを蹴破って中へと入った。
「覚悟しなさい、魔王軍四天王の一人……えーと、なんとかテウス!!
……あれ?」
「あら……?なぁに、あなた……見たところ人間みたいだけど……」
中にいたのは、角や尻尾、羽の存在からモンスターではある事はわかるが、その風貌はほぼおばちゃんであった。
しかも部屋の掃除をしている。
「もうっ、ひどいじゃないの。いきなりドアを蹴破るなんて……乱暴な子ねぇ。
まぁいいわ、お入りなさい。ほら、座って。お茶菓子はルマニードでいいかしら?それともホワイトロリエッタ?」
「えっ……?あ、はい……すみません……あ、じゃあその……はい、ルマニードで……」
「そっちの子も……あら、そっちのお兄さんはなかなかイケメンじゃないの。
ほら、みんな座って。待ってね、今お紅茶淹れるから。」
「あ、はい……」
「だ、騙されるな!!その菓子……そしてお茶にも、毒が入っているやもしれん!!
我が魔眼をごまかす事はできないぞっ、四天王の一人、イーグレーニヤ・ヴァンケルスス・ガルメテウス!!」
完全に相手のペースに飲まれかけた有紗とパクチーだったが、真歩だけは流されなかった。
しかし……
「あっはっは、おかしな子だよぉ。確かにあたしは四天王なんて呼ばれているけどね。
ただ『大いなる7つの力』のひとつに目覚めただけの、ごくごく普通のアークデーモンのおばちゃんさ。」
「ふぁ、ふぁんふぁと……!?ほほいふぁるふぁふぁふの……!?ゴクリ。で、ではやはり、強敵なのではないのか……!?」
それを聞いて、椅子に座ってすでにお菓子を食べていたパクチーは改めて身構えた。が……
「そう、"癒やしの力『ジャラ』"にね。目覚めたわけなのよぉ。
そしたら、貴重な力だって言って、魔王様がねぇ。
あたしゃ最初は断ったんだよぉ?だけどどうしてもって言われてねぇ。
お給料ももらえるって言うから、引き受けたのさぁ。
ま、おかげでこうしてのんびり暮らせていいけどね。」
「そ……そうなん……だ……ふぅん……」
四天王と聞いて強敵だと思い込み、上昇していた一行のボルテージはすっかり下がりきっていた。
「……おいしかったね、お菓子……それに紅茶も……」
それは、四天王の一人の住処を後にする際に発するものとは到底思えないセリフだった。
「うむ……それになかなか、話もおもしろかったな……特にローレンツォ・ダールトニアス町への買い出しの話など……な。」
「……ていうか、町の人たちに話を聞くべきだったね……まさか四天王が普通に町の洋菓子店の常連だなんて……ね……。」
有紗の表情は複雑だった。
なぜなら、お菓子もお茶も本当においしかったからである。
「ねぇ、パクチー。もしかしてこの世界ってさ。そんなに困ってない?」
「いや、そんな事はない。確かに、このローレンツォ・ダールトニアス町や我らの王城ロンドゥルゲウス・マニュファクチュラスは平和だ。
しかし、世界にはモンスターの侵攻にさらされ、困窮を極める町も多く存在する。
私はそんな人々を救うため、勇者であるお前を呼んだのだ。」
「クックック……ならばその、モンスターの侵攻にさらされし町とやらへ行こうではないか。
何、我が力をもってすればそんな状況を打破する事も容易いがな……!!」
「うん、まぁそうだね。で、パクチー。私たち、次はどこへ行けば良いの?」
「うむ。ここからならばネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市に向かうのが良かろう。」
「うわぁ、またまた長ったらしい名前ぇ……ま、それは良いわ、いい加減慣れてきたし。
で、何?そこにはまた魔王の四天王とかがいるわけ?」
「いや、四天王などそうそうあちこちにいるわけではない。なにせ4人しかいないのだからな。」
「それもそっか。じゃあ何がいるの?」
「魔王軍三十二魔将の1人がいる。」
「……多すぎない?」
ともあれ、一行は次の目的地であるネグルゥスト・バルチェレッティ・モケスティルセス市へと向かうのである。
「クックック、現れたか凶悪なるモンスターめ!!
我が呪文の餌食としてくれるわ……!!」
四天王の1人、イーグレーニヤ・ヴァンケルスス・ガルメテウスのお茶とお茶菓子を堪能した後、南へ向けて数時間歩き続けた一行。
そんな3人の前に、ようやく1体のモンスターが現れた。
それを見た真歩が、すっかり疲れ切った状態から急激に元気を取り戻したのだ。
「ふむ。あれはゴブリンだな。レベル5くらいのモンスターだ。並の冒険者ではまず勝てぬほどの強敵だが……
どれ、ここはマホの力を見せてもらうとするか。」
「40、60と来て5……か。相変わらずのバランスの悪さね……
っと、ちょっと待って!!真歩、魔法を使うのは構わないけど、火属性はダメだよ!?」
「クックック……なるほど、制約を課そうというのか。まぁ良いだろう、我にとってその程度の制約はハンデにもならない。
では始めようか。闇の宴を……!!……そうだな……こんなのはどうだ!?
雷帝の怒り!!」
真歩の杖の先から、強力な魔力が閃光となって迸る。
それはまさに、周囲の天気さえ変えてしまうかのような激しい稲妻であった。
そして次の瞬間、3人はイーグレーニヤ・ヴァンケルスス・ガルメテウスの家でお茶を飲んでいた。
「あっはっは。あの辺は雷属性禁止エリアだからねぇ。災難だったわねぇ。」
「……パクチー……」
「す、すまなかった……!!その寸前までは火属性禁止のエリアだったのだ。
それに、雷属性の魔法など、王か魔王にしか扱えぬほどの高位なもの……このようなクソガ……いや、幼女に使えるとはおほっへほひは……」
「誰がクソガキだぁ?え?誰が幼女だぁ?我はもう立派な中学生だぞぉ?」
話している途中で真歩に口をつままれながら、パクチーは言い訳をした。
実際、彼の言っている事にも一理あるのだ。
「そうだねぇ。雷属性ってぇと、あれだろう。貫く力『インドラ』……この世界でそれを使える者はそうそういないからねぇ。
そっちのお兄さんが注意を忘れるのもうなずけるってぇもんだ。許しておあげよ。」
「はぁ……そういうものなんですねぇ……。
それにしても、本当に不思議な世界……転移はないし、妙な禁止エリアはあるし、ゲームバランスも完全に崩壊してるし……」
「ククッ……まさにクソゲーよの……!!我はむしろちょっとおもしろいと思っているがな……クックック……!!」
有紗も真歩も、すっかりリラックスした様子で、お菓子の袋で折り紙をしながら話をしていた。
有紗は鶴を、真歩は兜を折っていた。
「……ところで、ここが魔王軍四天王の1人の自宅だという事を忘れてはいまいな?」
リラックスしきっている二人に、パクチーは釘を刺すように言った。
「わかってるよぉ。でもさぁ、イーグレーニヤさん良い人だしさぁ。お菓子もお茶もおいしいし……」
「そうだな……我もこの空間、嫌いではない。強いて言えば、ブラックコーヒーの方が好みではあるがな。
……漆黒の煮汁……クックック……!!」
「あっはっは、ありがとうよ。そう言ってもらえて、あたしもモンスター冥利につきるってモンだよ。」
「いや、モンスター冥利にはつきないだろう!!
勇者よ、そしてマホよ。そろそろ行くぞ。世界は救いを求めているのだ。
次は雷の禁止エリアに入った時に必ず知らせると約束する。さぁ、だから……」
「えぇー、もうちょっとぉ……あともう一杯、紅茶飲んでからぁ……」
「我は……そうだな。こちらのケーキをいただこう。これを食べたら出立するとしよう。それが良い。そうしよう。」
有紗も真歩もリラックスしきっていた。
そんな二人につられ、パクチーもだんだんダラダラし始めてしまったのである。