ダメだ、このギルド
門をくぐると、町はそれなりに栄えているのがわかった。
道端では子どもたちが走り回り、主婦と思われる女性たちが立ち話をしていた。
市場では多くの店が連なって、競うようにして様々な物を売っている。
「へぇ……意外と普通……ううん、良い町ね。
でも、不思議……この町の近くには、魔王の四天王がいるんでしょ?それなのにどうしてこんなに平和なの?」
町の様子を見て歩きながら、有紗はパクチーに問いかけた。
それに対し、パクチーはまたも不思議そうな顔をする。
「ん?なぜだ?四天王が近くにいるだけで、なぜ平和じゃなくなると思ったんだ?」
「……は?だって、当たり前でしょ?魔王の四天王なんて凶悪なモンスターが、人間の町を放っておくなんて……」
「アッハッハッハッハ!!!」
有紗の言葉を聞いて、思わず笑いだしてしまうパクチー。
その笑い声に、有紗はだいぶイラッとした。
「いや、すまぬ。」
有紗の表情を見て申し訳なく思った彼は、一言そう謝ってから続けた。
「……ロンドゥルゲウス・マニュファクチュラス王国の王城には、高い城壁があっただろう。
このローレンツォ・ダールトニアス町も、王城ほどではないが壁に覆われている。」
「うん……まるっと半周、迂回してきたからそれはよくわかるけど。」
「この壁の内側に、モンスターは入れない。例え、魔王の四天王と言えども……な。」
それを聞いた有紗は少し驚いた表情を見せる。
「へぇ……なるほどね。その辺、あんまり気にしたこともなかったけど……他の世界でも確かに、町は平和だったりしたね。
結界みたいなものがあるのかな。
ま、中にはモンスターに侵攻されてボロボロになった町もあったけど……この世界ではその結界が特に強いって事なのかもね。」
何かに納得したような表情を見せた後、有紗は思いついたように言った。
「そうだ。買い物買い物!!お買い物をしましょう!!
ね、パクチー。お金はあるの?」
「お金?あぁ、あるぞ。何か買いたいのか?」
「そりゃぁそうでしょう。ほら、武器とか防具とかさ。冒険にはつきものでしょ?」
「あぁ、そうだな。いくらでも買うが良い!!国家予算があるからな。」
「……はい?」
「え?国家予算だ。勇者の買い物は全て、国家から予算が出る。当たり前だろう、世界を救う者のためなのだ。
なのでいくらでも、なんでも買っていいぞ!!」
「え、えぇー……。」
有紗とて年頃の少女、欲しいものなんていくらでもある。
しかし、いざ「なんでも買っていい」などと言われると途端にどうでもよくなる。
ましてや異世界。ましてやこの、クソゲーの世界。
「えーっと……そんじゃ、薬草と……変な状態異常を治すアイテム……くらいでいいや……。」
「どうした勇者よ、急に投げやりになったが……」
「あ……う、うん。ごめん。なんか急にいろいろ嫌になって……
そ、そうだ。買い物はいいや。それよりギルド!!ギルドとかってないの?冒険の仲間がいるようなところ!!」
「あぁ、もちろんあるぞ。さっそく行ってみるか。」
「あ、やっぱりあるんだ。だよねぇ、最初の町と言えばギルドだもんね。
パクチーだけじゃ正直不安だからね。よーし、心強い仲間を探すぞーっ!!」
意気揚々と、二人は町のはずれにある、冒険者ギルドへと向かった。
「この人なんてどうだい。
ギルフォルード・レミディニウス・マッケンディロス。35歳・男性。
腕利きの戦士だ。」
冒険者ギルドに到着した有紗は、さっそく仲間を求めて受付の男と話していた。
「へぇ、腕利きの……それは頼りになりそうだね。レベルはどれくらいなの?」
「レベルは1だ」
「却下。次。」
「そうかい。
そんじゃ、この人なんてどうだい。
ロードヴァーティン・エレミア・ゴッドヴァルトゥス。19歳・女性。
あらゆる魔術を使いこなす魔法使いだ。
「へぇ、あらゆる魔術を……それは心強いね。レベルもそこそこ高いのかな?」
「レベルは1だ」
「は?」
有紗の額に血管が浮かんだ。
「なんでよ!!あらゆる魔術が使えるんでしょ!?なんでレベル1なの!?」
「レベルが上がれば使えるようになるんだ。」
「なんでわかるの!?」
「そういう設定だからだ。
この冒険者ギルドにはさまざまな設定の冒険者が200人ほど登録されているが、全員レベル1だぞ。」
「ダメだ、このギルド、存在する意味がないよ……」
ギルドの男の言葉を聞いた有紗が、パクチーにそう言って建物を出ようとした。
「えっ……?仲間は良いのか?」
「だって、みんなレベル1なんでしょ?で、外にはレベル40とか60とかのモンスターがいる。
……何年も筋トレするのを待たなきゃ出かける事もできないじゃない……。」
「いや、そもそも冒険というのはそういうものではないか?
念入りに準備をして、だな……」
その時、パクチーの話を遮る者があった。
「待て……アリサ……お前、アリサじゃないか!?」
有紗に話しかける少女の姿。
そして有紗もまた、その少女を見て目を丸くした。
「真歩!?あなた、真歩じゃないっ!!ど、どうしてここに……いや。理由は聞くまでもないか。
……呼ばれたんだね。」
どうやら二人は知り合いのようだった。
異世界で知り合いと出会う、というのはどんな感覚なのだろうか。
たまたま隣町に遊びに行った時に知り合いに出会う、という感覚とは段違いにレアなものだろう。
しかし彼女たちには共通点があった。
「フッフッフ……アリサ……お前もまた、勇者としての運命に呼ばれたのだな……
そして我も同じ……魔法使いとしての運命に呼ばれ、そして……集った……!!」
そう、勇者体質の有紗と同様に……
この魔法使いの少女、塚井真歩は魔法使い体質。
異世界から『勇者の仲間の魔法使いとして召喚されやすい』という特異体質なのだ。
「ならば共に行かん……我らの力が結集し、離れ、崩壊し、さらに集いし闇夜の使者が指し示す方角へ……!!」
加えて、重度の中二病を患ったリアル中学ニ年生である。
セーラー服の上からマントやローブをつけたようなかっこよさ満点の格好で少女はかっこいいポーズをして見せた。
「あはは……相変わらずね、真歩は。確かあの時はまだあなた、小学校6年生だったわよね。
うーん、ちょっと背も伸びたんじゃない?」
「背……か。クックック、たしかにそうだ。あの時から4cmも伸びている……
これも闇の拡げたる大いなる翼の加護……!!」
「お、おい……勇者よ。これはいったいどういう事だ……?
なぜこの世界に来て間もないお前に知り合いがいるのだ。」
二人のやり取りを見て、パクチーが言った。
「あぁ、パクチー。紹介するよ。この子は真歩。私が最初に世界を救った時に同じパーティで戦った仲間。
職業は魔法使いよ。」
「そ、そう……なのか……?いや、最初に世界を救った……?
よ、よくわからぬが……とにかく。それなりの使い手ではある、という事……か?」
「それなり……だと?クックック……わかっていないようだな。
そなた……パクチー?と言ったか?……プーッ、変な名前!!」
「ちがう!!フルネームはラングドゥヌス・パクティヌス・ラウンディアボリリロウムだ!!」
それを聞いた真歩はちょっと羨ましそうな表情を見せたがパクチーは無視して続けた。
「……それで、何がわかっていないというのだ?」
「あぁー、うん。だからね、この子も一度、世界を救ってるわけだから。
こう見えて、とんでもない魔法を使えたりするんだ。
とにかく、戦力として考えれば渡りに船って感じだよ。」
真歩と出会い、有紗たちは町を後にした。
途中、有紗は真歩の強い勧めでマントだけ購入したらしい。
ありふれた高校生女子の制服の上にマントだけ羽織った格好だが、これはこれでなかなか「異世界の勇者」っぽく見えた。
町長のマグヌス・エグゼヌティウスからは四天王の居場所を教えてもらえるらしかったが、パクチーが知っていたのでスルーした。
「で。当然、次の目的地は魔王の四天王って事になるわけだ。」
「それはそうだが……本当に、いきなり四天王と戦うつもりか……?」
当たり前のように言う有紗に、パクチーは慌てふためいた。
「え、だって。多分勝てるから。話してなかったっけ?
私、過去に6回ほど世界を救ってるの。魔王をやっつけてるわけね。
だからまぁ、転移さえできればすぐにでもこの世界も救えると思ってたんだよ。」
「……転……移……?」
「あぁー、そうだったね……転移、知らないんだったね……。」
「クックック、まぁ我らにまかせておけ、パクチーとやら。
四天王程度ならば我が魔法で深淵の闇へと沈め去ってくれよう……!!」
「ふむ……よくわからぬが大した自信だ。
良いだろう、私も男だ。お前たちの事、信じて進む事に決めたぞ!」
歩きながらパクチーは言う。
新たな仲間を得た有紗たち勇者一行。
彼女たちを待ち受ける魔王軍四天王とは一体、どのような強敵なのであろうか。