クソゲーやんけ
「はぁ…またか……」
女の子らしいピンクの装飾に囲まれた部屋、勉強机の前に座った黒髪の少女の姿が点滅する。
半ば呆れたような表情を浮かべたまま、しばらくの後に彼女は消えた。
……次に彼女が姿を現したのは、まさに中世ファンタジーですと言わんばかりの王城の一室。
少女の前には、見るからに高貴な衣装をまとった金髪の少女がいた。
「あなたが……勇者さま……なのですね……!!
あぁ、あなたが……あなたさまが……!!
勇者さま、勇者さま!!どうか、この世界をお救いください……!!」
高貴な衣装の少女は、瞳に浮かべていた涙をボロボロとこぼしながらそう訴える。
おそらく彼女はこの国の王女で、魔王軍の侵攻によって滅亡の危機に瀕した人類を憂いた。
そんな絶望の中、一縷の望みをかけて異世界から勇者を召喚しようと試み、それが成功して感極まった、といったところだろう。
「りょ」
「……え?」
黒髪の少女は短くそう言った後、不思議な光に包まれたかと思うとすぐに王女の前から姿を消した。
「な……何……?ど、どうして……どうして、勇者さまが消え……
そ、そんな……!!!これでは、この国を蝕む魔王の軍勢を打ち払う事など……
あぁ、どうして……あぁ、あぁ……勇者さま……勇者さまぁぁぁ!!!!
………あ………あれ?勇者……さま……?」
一度は目の前から消えた「勇者」の少女が、がっくりと膝をついていた王女の目の前に再び現れた。
そして彼女は、手に持った何かを王女の前へと差し出しながら言った。
「ん」
「えっ……?あっ……ひっ!?な、なな……ななな……!?
そ、それは……そ、その……く、首……?」
「うん。魔王の首。」
「えっ……?ま、魔王の……?
そ、そんなはず……い、いや、でも確かに……魔王の軍勢の魔力が消え……
えっ!?まさか……」
「うん、おめでとう。世界は救われたよ。というわけで帰りたいんだけど」
「ちょまっ……ちょ、まっ!?
なんで!?どうして!?どういう事なの!?
だってあなた、今さっきこの世界に召喚されたばっかりで……
その、何も説明もしてないし……!!」
「え?だって私、勇者でしょ。で、魔王でしょ。倒すんでしょ。」
「そ、それはそうだけど……でも、魔王の居場所なんて……」
「あぁ、それはアレよ。転移の魔法。」
「えっ!?で、でも……転移の魔法は、一度行った事がある場所にしか……」
「あぁ、普通はそうね。けど私、慣れてるから。だいたい魔王のいそうな場所に転移したの。」
「な……慣れてる……!?
か、仮にそうだとしても……魔王は強大な力を持っていて、例え魔王の元に辿り着けても……」
「あぁー、うん。そうだね、そこそこ強かったね。一撃で仕留められなくてちょっと焦ったよ。」
「……はい……?」
「え、いや。だから、そこそこ。強かったって。うん、苦労したよね。ご苦労さま。」
「い、いやいやいやいや!!!あのですね、魔王っていうのは、この国の軍隊を総動員しても倒せず、さらにはこの国の勇者という勇者が皆返り討ちにあって……!!!」
「うん、それも頷けるよ。強かったと思う。でもほら。ね?」
黒髪の少女は、手に持った魔王の首を王女の前に差し出しながら言う。
「あ、あぁ……はい……そ、そう……ですね……?
あれ?という事は、この国は……」
「うん、救われたよ。だから私、帰りたいんだけど。」
「え……?あ、そ……そう……なんだ……よ、よかっ……た……
……のよね?あれ?」
「うん、そういうのは後で良いじゃない。ほら。」
「あ……はい……」
王女はなんとも言えない表情を浮かべたまま呪文を唱え、勇者を元の世界へ帰す儀式を行う。
空中に現れる魔法陣。部屋中に溢れ出す光の渦。神秘的な光景。
しかし黒髪の少女は、それらに感動する事も、動揺する事もなく、まるで駅の改札を通るかのように魔法陣の中へと歩み入る。
そして。
「ふう……これでもう6回か……」
ピンクの装飾の部屋の机の前に戻った少女は独り言を言った。
彼女の名前は遊佐有紗。
それなりに長い黒髪、それなりに整った顔立ち、体型。
どこにでもいそうなごく普通の女子高校生である。
しかし彼女は『勇者体質』だった。
『異世界から勇者として召喚されやすい』のである。
「初めての時はびっくりしたけど……もうすでに5回も世界救ってるからなぁ。あ、さっきので6回目、か。」
最近見つけたおいしいパンケーキのお店に行った回数、くらいの感覚で少女は言った。
「ま、でもそんな手間でもないし。人様の役に立つのはそんな悪い気もしない。
……とは言っても、もう勘弁して欲しいかなぁ。
だって、世界には大勢の人がいるわけじゃない。どうして私ばっかりがこんな……」
そんな独り言の最中に、また有紗の体がうっすらと光る。
「えっ……う、嘘でしょ!?だって、さっき帰ってきたばかりで……
……はぁ……まぁいいか……。」
有紗は、また呆れたような表情を浮かべたまま、点滅の後に部屋から姿を消した。
「おぉ……よく来たな、勇者よ……!!!」
薄暗く狭い部屋で、有紗を出迎えたのは若い青年だった。体はよく鍛えられており、見るからに只者ではない。
「ふぅん、ちょっとパターンが違う……かな。
……でも、どうせやる事は同じでしょ?魔王を倒せばいいのよね。」
有紗の言葉に、青年は少々動揺した……が、すぐに立ち直り言った。
「ふむ……なるほど、すでにアーカーシャの力に覚醒しているというわけか。
”見通す力”によって、魔王の事を知った……というところか?」
「赤さんか垢バンか知らないけど、まぁいいや。じゃ、行ってくるね。」
「なに……?行ってくる……だと……!?」
有紗は青年の返事を待つこともせず、すぐに転移の魔法の詠唱を始める。
しかし。
「……あれ……?ど、どうして……?転移……できない……?」
「……転……移……?なんだ、それは……」
「て、転移を知らない……!?嘘でしょ、そんなはずない。
この手の異世界で転移がないとか……ありえないでしょ。
ほら、一度行った事のある場所、村とか結界のあるところとかに一瞬で移動できるっていう…」
「い、一瞬で移動だと!?そ、そんな事ができるはずなかろう!!!」
青年のその表情で、嘘を言っているわけではない事はすぐにわかった。
そう、この世界には転移の魔法が存在しない。
存在しないものは使えない。例え世界を6度も救った勇者体質の有紗であろうとも。
「そ……そんな……それじゃ……歩いて行くしか……」
「……そ、その通りだが……あ、当たり前じゃないのか……?」
「当たり前……?そ……っか……確かに……世界を救うんだもんね。そんな簡単な事ばかりじゃないよね。
思えば、最初に救った世界では普通に冒険したんだもん。
いろんな仲間に出会って、いっぱい修行して……苦労して魔王に勝って、世界を救ったんだもん。
初心忘れるべからず、っていうものね。
それに……転移ができなくても、私には勇者として身につけた強さがある。そんなに苦労する事もないはずだよ。うん。」
「……納得したかな?」
「……あ、うん。ごめん。納得した。いいよ、私、世界を救う。そのために呼ばれたんだもんね。」
「……さすがは”見通す力”に目覚めし勇者だ。」
「ねぇ。」
「む……なんだ?」
「いや、その……見通す力?っていうの。別に私、目覚めてないんだけど。」
「え……?いや、しかし先程の……召喚されてすぐに魔王をどうこう、と言っておったのは……」
「それはね、私が勇者体質でさ。これまでに同じような感じで勇者として世界を救ってきたからなんとなくわかったってだけで。
でも、転移の魔法が使えないっていうんじゃ、まずはどこに行ったら良いかもわからないのよ。」
「そ……そうなのか……?
うぅむ、言っている意味はよくわからんが……そうだな、まずは西にあるローレンツォ・ダールトニアス町へ向かうのが良かろう。」
「ろーれん……何?」
「ローレンツォ・ダールトニアス町だ。町に着いたらまずは、町長のマグヌス・エグゼヌティウスに会うと良い。」
「ろーれん……まぐ……何それ!?長い長い!!覚えられない!!!」
「いや、そう言われてもな……そういう名前なのだから仕方なかろう。
ちなみに私の名前はラングドゥヌス・パクティヌス・ラウンディアボリリロウムだ。」
「ながーーい!!!……よし、パクチー。あなたも一緒に来て。」
「パクチー……!?な、なんだその好き嫌い別れそうな名前……
いや、そもそも私はこのロンドゥルゲウス・マニュファクチュラス王国の高神官……
勝手に仕事を放棄するわけには……」
「世界の危機なんでしょ?きっと王様とかも許してくれるよ。ほら。」
有紗は一応、王様に謁見をし、断りを入れてから城を出発した。
厳重に閉じられた城門の外に、少女と青年の姿があった。
「全く……本当に私までもが旅立つ事になってしまうとは……」
「つべこべ言わないの。ほら、道案内をお願い。ろーれん……なんだっけ?」
「ローレンツォ・ダールトニアス町だ。」
「そうそう、そこに。さ、行くよ。」
パクチーは、やや不服そうな表情のまま、有紗の後ろを歩いた。
「……むっ……モンスターね。」
しばらく歩いたところで、有紗はいち早くその気配に気づいた。
普通の人間であれば見逃してしまうような空間のわずかな差異。
モンスターはそこに潜んでいたのである。
有紗に指摘され、モンスターたちは空間の歪から姿を現した。
同じ種族であろうモンスターが2体。有紗の体の2倍はあろうという、大型のモンスターだった。
「なっ……ほ、本当だ!!こんなにも早く気づくとは……!!」
有紗の能力に驚くパクチー。しかし有紗にしてみればその程度は当然の中の当然だった。
「そんな事より……こいつら、それなりにやるみたいね。」
「そう……だな。こいつらはレッサーデーモン。レベル40くらいでなんとか勝てる相手だ。」
「……え?」
「いや、だから。レベル40くらいで勝てる相手だと言った。」
「……最初の城から最初の町に行く道中の敵なのに?」
「何を言っている。敵の強さに場所など関係あるものか。これから行くローレンツォ・ダールトニアス町の近くには魔王の四天王の一人がいるぞ。」
「クソゲーやんけぇぇぇ!!!!」
JKには似つかわしくないドスの効いた声が、朝焼けの空の下に響いた。
このような場に小説を投稿するのは初めての事で、いろいろとわからない事だらけですが、楽しんでいただけたらうれしいです!