1話
「ふっ!」
振りぬいた杖の先端の淡い光が弾け、ゴブリンを容赦なく吹っ飛ばす。
泰吉は今、ダンジョンにいた。
幼馴染に捨てられ、泰吉は一気に転落した。
そもそも付与術師というジョブはあまり人気がない。大体の有用な付与魔法はほとんどの魔法職が扱えるし、それ以上は便利ではあるが無くてもいい魔法ばかり。そして火力を出せない分、その価値は魔法使いの半分以下というのが冒険者業界での評価なのだ。
支援特化と言えば聞こえはいいが、要は支援しかできない職業。それは、臨機応変に行動しなければならない冒険者からすれば手足を縛った状態で生活しろというのと同じなのである。
加えて、ただでさえ『寄生虫』だとかの評価が下されている泰吉だ。受け入れるパーティーはどこにも無かった。
支援特化の癖に、ソロ。これでは、冒険者として終わったと言っても過言ではない。
だが、そこに関しては泰吉はあまり気にならなかった。そもそも幼馴染達の手助けをするために一緒に冒険者になった泰吉にとっては、周囲の評価はそこそこ程度にしか気になるものではない。
なんにしても、あの楓太の態度だ。
楓太の判断は理解できる。泰吉が所属していたパーティー『灰狼』はレベル30を超え、名実ともにプロ冒険者として扱われるようになった。さらに上を目指すのであれば、泰吉は外して他の魔法職を入れた方が安定するだろう。
だが、だからと言って納得はできない。
まるでそうなる事が決定事項であるかのような、外堀を埋めるようなやり口。そして何よりも、楓太のあの小馬鹿にするような態度。
楓太とは幼馴染として、そして親友として信頼し合う仲ではなかったか。そう思っていたのは、泰吉だけだったのか。考え始めるといつまでもぐるぐると思考が虚空を空回っていく。
それに、他の2人もそうだ。顔すら見せずにさよならとは、随分と冷たいではないか。
「…くそっ!」
「ギャッ!?」
イライラした思いを、目の前のゴブリンにぶつける。
あの日からずっとこんな調子だった。だがそれも無理からぬ話。信頼していた幼馴染達から、まるで捨てるような扱いを受けたのだ。ショックを受けるな、という方が無理があった。
あれからパーティーメンバーとは連絡が途絶えた。冒険者用の連絡アプリ『ラウン』でも、いつの間にかグループから外されていた。
自分から連絡できるはずもなく、通知がめっきり減ったスマフォを眺める時間が増えていた。
やっぱり、最初から仲間だと思っていたのはこちらだけだったのだろうか。
「…はあっ。やめやめ、こんな事考えてても無駄だろ」
また堂々巡りに入りかけた思考を、もううんざりだと無理やり軌道変更する。
最後の一匹を倒して、泰吉はため息をついた。
ここはダンジョンの8階層。とっくの昔に過ぎ去った場所だったが、泰吉一人だとここが限界だった。
情けない、という思いがジワリと広がる。『灰狼』にいたころは24階層まで下りていたのが、一人だとその半分もいけない。
泰吉はその結果に無力感を感じながら、冒険者全員に配られる端末を起動した。
――――――
吉楽 泰吉
Lv.34
職業:付与術師
力:907
魔力:1521
耐久:870
精神:1492
身体:1109
《所持スキル》
【付与魔術C】【基礎魔法E】【魔力操作D】【杖術E】
《現在魔素ポイント》
【12016p】
――――――
貧弱だ。後衛職特有の貧弱さに紙耐久。高い魔力は魔法の効果を高めるが、ソロだとそれも生かしづらい。
スキルの【杖術】は、前に何とか戦力を高める為に意地で取った杖専用の戦闘スキルではあるが…この能力値では焼け石に水。付与をしたとしても遥か格下相手でも倒すのに苦労する。
根本的にソロでの活動が向いていない。その事実を再確認する。
「どうにかして火力を…いや、無理か」
出来てたら、とっくの昔にやってる。
「…もう、辞めようかな。冒険者」
一人だと何もできない冒険者など、いる意味はあるのか。仲間がいないと冒険できない。そんな他力本願な存在が、冒険者を名乗っていいものか。冒険とは、己の力で切り開くものではないのか。
杖を握りしめる。捨てたかったが、今の泰吉にはこれしかない。何の効果もないFランク装備。今の泰吉と同じ、何の価値もない武器。
「…一緒だな…」
杖を握りしめて、ぽつりとつぶやいた。そして、ゆっくりと踵を返して歩き出す。ダンジョンから出た後は、焼き肉に行って自棄食いして、明日からは普通の高校生らしく勉学に励もう。そう思った。
「ギャギャッ!」
「はあ…邪魔だ、退け。『術式起動:ライトフォース』」
杖がぼんやりと光り輝く。そして目の前まで迫ったゴブリンに対して振り下ろすと、当たった瞬間光が弾けてゴブリンを余分に吹っ飛ばす。威力を上げる魔法、ライトフォースの効果だ。
「ギー!」
ゴブリンは一体だけではなかったようだ。奥からぞろぞろと出てきて、泰吉は顔を顰めた。
「面倒だ、なぁ!」
しかし、泰吉には楓太が持つような殲滅できる魔法や剣もない。あるのは杖と貧弱な身体だけだ。
一体一体の動きを見切って、先読みし、攻撃を先置きして当てる。錆びたナイフを片手でいなし、杖でガードしてカウンターを繰り出す。顔を蹴って、腹に拳を入れる。
後衛とは言えレベルでは格下の相手。十分通じる…が。
「グルゥァ!」
「うおっ!?」
いかんせん数が多すぎた。今まで見たことがないほどの量。読み切れず、杖の先端を引っ張られ体勢を崩される。
「くっそ…!」
杖を何とか取り戻そうとするが、その隙にナイフで身体を切り裂かれて痛みに顔を顰める。どうにかしなければ、そう思った次の瞬間だった。
しゅぽん、という感じで、杖が真っ二つになった。
否、というよりも、抜けた。そう、まるで鞘から剣を引き抜くような感じで。
「…は?」
「ギャー!?」
ゴブリン達が杖の一部を持ったままひっくり返る。だが、そんなものは泰吉の眼中になかった。
あったのは、泰吉の手のひらに収まった、ぬらりとした白銀の刀身のみだった。
「…え、なんだこれ、どういう事だ?」
杖が、まるで剣のように抜けた。しかもちゃんと刀身がある。まっすぐな日本刀のような片刃のソレは、鏡のように透明で、そして紙のように薄く、しかし異様な存在感があった。
「…ギ…」
「ギャー!」
謎の事態に固まり、突如現れた武器に警戒を露にするゴブリン達だったが、うち一匹が果敢にも泰吉に飛び掛かった。
泰吉もいつまでも呆然とはしていられない。対応…というよりも、反射的にその刀身を翻させて、そして一閃。
「…マジ、かよ…」
ごとり、とゴブリンの首が落ちた。
何の感触もしなかった。
首を落とした時の肉の抵抗も、骨を断つ感触も、何もかもがしなかった。
いや、それ以上にだ。
今、身体が勝手に動いた。
まるで、サムライか何かのように、極自然にゴブリンの首を刈り取って見せたのだ。
泰吉に剣術を齧った経験はないにもかかわらず、だ。
「…ちっ、とりあえず今は…!」
だが、呆けるのも一瞬。すぐにゴブリン達に睨みを利かす。すると。
「ギ…ギー…」
ゴブリン達はすごすごと後ずさり、逃げ去っていった。どうやら、分が悪いと分かったのだろう。
しばらくして敵が完全にいなくなった後、地面に転がっていた杖の鞘の部分を拾い上げる。
「ど、どういう事だ?」
これは、杖ではなかったのか?
いや、杖の筈だ。何故なら魔法はきちんと発動した。魔法は杖を持っていないと発動しないのだ。なので、これは杖の筈。
だが、それはそれとして、目の前の光景は本物だった。
「…まさか、これって…『術式起動:鑑定』!」
仕込み杖、という奴なのではないか?泰吉はそう閃いた瞬間、基礎魔法である【鑑定】を発動した。
――――
SSランク:神刀白夜
分類:仕込み杖
契約者:吉楽 泰吉
所持スキル:【隠蔽A】【再生B】【不壊B】【スキル:神速踏込A付与】【スキル:居合EX付与】
――――
「え…SSランクの…仕込み杖えええ!?」
あまりの驚きの情報に、泰吉の悲鳴がダンジョン内に響き渡ったのだった。