プロローグ
「悪い、吉楽。このパーティーから抜けてくれないか?」
「…は?」
幼馴染である志波楓太の言葉に、吉楽 泰吉は呼吸を止めた。
「…なんだそれ。急すぎるだろ。どういう意味だ、志波」
「そのままの意味だよ。君はこのパーティーに必要ない。だから、辞めてくれ」
泰吉は聞き間違いではなかったことに失望して、そして整理のつかない気持ちを胸に何とか押しとどめながら目の前の風太と目を合わせた。しかし、残念ながら冗談な温度ではない。
「…なんでだよ。やっとみんなレベル30の大台に乗ってきて、これからだって話になってたじゃねえか。どうして俺を…!」
「そうだよ。僕らは今やレベル30。いっぱしのプロ冒険者だ。そして、これからはさらに上を目指す必要がある。無駄なものは切り捨てなければいけないんだよ」
「…俺が無駄だって!?」
あまりな言い方にカチンと来て、泰吉は風太の胸元を掴んでいた。だが、風太は何も言わず、顔色すら変えない。
「事実、無駄だろう。『付与術師』…テンプレートから外れたハズレ職業の吉楽泰吉君」
泰吉の腕を払い、風太は言葉を続ける。
「いいかい?冒険者のパーティーには黄金律が存在する。火力と壁を担う前衛、斥候を担う中衛、支援と単体攻撃を両立する癒し手。そして、殲滅を得意とする範囲攻撃持ち。この四つの役割が綺麗に揃ったものこそが、パーティーの黄金律なんだよ」
「それがどうした。パーティーの役割なんて、パーティー毎に最適解は変わってくる。今の俺らに問題なんて…」
「あるだろ、付与術師」
胸に指を押し付けられる。整った顔が、泰吉にずいっと迫った。
「君だよ君。最高ランクのジョブの魔法剣士である僕、天才的な才を持つ狩人の明梨、そして最高峰の癒し手である聖女の深優。僕ら三人は紛れもなく天才だ」
「…」
「だが、君はなんだ?付与術師?支援特化のジョブと言えば聞こえはいいけどさ…回復できない支援職、火力も出せない、支援そのものも便利ではあるが必ず必要という訳ではない。しかも、付与術師お得意の『属性付与』魔法は、魔法剣士である僕も使える。巷じゃ君がなんて呼ばれてるか知ってるかい?甘い汁をすすって足を引っ張る寄生虫だぜ?」
頭が真っ白になった。目の前の男が、今まで自分が知る幼馴染の志波楓太と本当に同一人物なのか分からない。今までの志波楓太は、誰にも優しく誠実で、何でも正しい行いを行う優男だ。決して、こんなことを言う男ではないと、思っていた。
今までのは仮面で、こっちが本性だったとでもいうのか?
「周囲の評価なんて放っておけばいい。俺らには俺らのやり方がある…そうだろ…?」
「それじゃダメだ。ダメなんだよ…分かってよ、吉楽」
肩に手が置かれる。呼吸が止まる。それ以上は言うなと叫びたい衝動に駆られ…しかし、身体が意に反して動かない。
「君は邪魔だ、要らないんだよ。君は、僕のパーティーに、要らない」
「…っ」
どん、と押された。突き放された距離が、もはや埋められない溝になったことを風太の顔を見て泰吉は理解した。
「ちなみに、これは明梨と深優もすでに同意済みだ。君に居場所はもうないんだ」
「…嘘だろ」
声がかすれた。それほど衝撃的な事実だった。
明梨と深優が、自分の事をもはや不要な存在だと切って捨てた。それが泰吉にとっては深い絶望だった。目の前が見えなくなる。手足から、感覚がさあっと引いていって、色を失っていく。
「僕はもう行くよ。もう二度と会う事はないだろうね…ああ、そうだ。共同倉庫は僕のパーティー『灰狼』のものだから、君にはもう利用する権利はないから。当然、君が預けていた財産はパーティーのものになる」
「なっ…ふざけんな!俺の資産だろうが!」
倉庫には、泰吉が普段使っていた装備、そして現段階で最高の武器である『聖木の杖』が預けてあった。風太の言葉は、それらの泰吉の冒険者としての生命線を取り上げる宣言だった。
風太は笑みを浮かべて泰吉を見た。
「そういう契約なんだ、仕方ないだろう?まあ、そうだな…それじゃあまりにも可哀想だ。これをやるよ」
そういって突き出してきたのは、薄汚い何の装飾もされていないただの木の棒だった。
「…なんだよ、これ…」
「ほら、24階層のボスを倒した時に君が手に入れたゴミ装備。Fランクの『ただの木の杖』だ。流石に丸裸で放り出すと外聞が悪いからね。これくらいはくれてやる」
押し付けられるそれを強引に受け取らされる。そして、風太はそんな泰吉を見てはせせら笑い、踵を返して去っていった。
後に残ったのは、泰吉ただ一人だった。そして、それは真の意味で孤独になってしまったことと同義だった。
寒空の下、とある河川敷での出来事であった。