↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの異世界  作者: 二一人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/80

銀光熊と幼獣


 木々の隙間から夕日が差し込む。その幹は暗い影を纏い、往々と暗く立ち並ぶ。夕日が小川を茜色に照らし、極光さながらの輝きを持って周囲を彩る。凛々としたその自然の光景に、二人。動く人影がある。


 小川に佇む彼ら、少年少女。一人の少年は上裸になり、体を拭いている。少女はその横で、顔に水を当てている。


 彼らの会話が、聞こえてくる。


「あ~痛い。マジで痛い。ここも痛い」

「ん~冷たいっ! ……ふぅ。最初見たとき、お兄ちゃんもめちゃくちゃ凄いって思ったけど、ジヴェルさんはとんでもないね」

「ああ。あの人、今まで会った人の中で一番強いかも。実力が計り知れないって、初めてだ。といっても、俺より強い奴とか星の数ほどいるけどな。むしろ、俺は下の方だと思う」

「ひぇ~……とんでもないね。この世界」

「ああ、本当、魔境だぜここは」


 少年少女は、にししと笑い合う。その様子を、夕日が照らしている。


「ん」


 少年が、手拭いを少女に手渡した。

 少女はそれを受け取ると、自身の顔を拭いていく。少女の顔から、夕日を反射して輝く水滴が、一個一個消えていく。


 それでも、彼らはどこか輝いている。


「もどんべ」

「そうだね」


 少年少女は、その背中を夕日に照らされながら、その場を去っていった。


 そして、時が流れる。



______



 雪原。四人の人影。


 彼らは歩いている。だが、そこに足跡はない。

 いや、正確に言うと、足跡が刻まれてすぐ、最後尾に位置する少年が何かをして、足跡をすぐに消しているのだ。


 彼らは、黙々と歩く。まるで、目的地があるかのように、一直線に。


 やがて、着いた。


「……ここか」


 四人、すぐにその場に伏せる。身に着けた白い外套が、雪と混ざり合って、一見しただけでは彼らを見つけることはできない。


 彼らの視線の先。雪が沈み、岩肌を晒した穴のようになっている地形。


 そこに、洞窟があった。そして、すぐ。洞窟の中から姿を現す。


 体長3mはあろうかという、熊のような生物。口に、生き物の骨を銜えて、現れた。

 白い体毛に包まれているが、その腕から肩にかけて、金属に近い材質の鋭い刃が生えている。そして、よく見てみると、体毛の下、棘のように同じようなものが生えている。



 ――――銀光熊(シルバーベア)


 体の至るところから、発達した骨が突き出ている。それは神経を通わせず、やがて分離し更に硬質化する。金属のように変異し、太陽光を反射させて輝く。

 体の全身が、太陽光を反射させ銀色に輝くことから、そう名づけられた。


 強靭な体を持ち、その刃を纏った腕を振るうだけで、大木は切り刻まれ倒れる。非常に危険度の高い魔物だ。

 普段はおとなしいが、空腹になった途端、凶暴化する。その空腹が満たされるまで、周囲の全てを切り刻み、暴れ狂う。


 銀光熊は、四人の目的の獲物だ。彼らは、この凶暴な熊を狩猟するために、ここにやってきた。それには、理由がある。


 ダークエルフの里を囲う防衛柵が破壊されていたのだ。強固な作りになっている柵が破壊されて、加えてその破壊痕が、鋭い何かで切り刻まれたものだった。


 つまり、この銀光熊が、柵を破壊した犯人というわけだ。

 柵には、ダークエルフたちの香りがついている。普通、動物は柵に近寄りもしない。だが、銀光熊は空腹だったのだろう。恐れず、柵を破壊した。


 放置していては、銀光熊は何度も柵を壊すだろう。野生動物は、一度行ったことは、何度も繰り返す。

 彼らは、この銀光熊を指定危険生物とみなした。


 やがて、その狩りは開始した。


 最後尾に位置していた少年が、動く。段々と、その集団から離れて、逆側へと移動していく。やがて、所定の位置についたのか、そこで崖に腰掛けた。


 そして、残った三人。片膝をついて立ち上がる。


 二人のダークエルフは弓を。一人の少女は両手を、下にいる銀光熊に向けた。


 チッチッチッ。ダークエルフの男が、鳴らしている。


『――――』

 少女は、口を動かした。それは、何かを唱えているように見える。


 やがて、少女の両手に、紫の妖しい光を放つ魔方陣が展開された。そこに、白と黒の魔力が薄く流れ込んでいく。

 魔方陣が、白と黒に輝く。相反する性質を持つその魔力を、魔方陣はしっかりと受け入れた。そして、その中で混ざり合っていく。曼荼羅模様の陰陽を、模るように。


 チッチッチッ。男はなおも、鳴らす。

 そして、最後、一際大きく、鳴らした。


 始まる。


 少年は、崖から腰を浮かして、銀光熊の巣へと降りていく。雪を纏いながら、落下する。


「――――?」

 それに気づいた銀光熊が、視線を向ける。

 少年と銀光熊の目が合う。それは、お互いが臨戦態勢に入る合図となった。


「――バウアッ!!」

 四足歩行をやめて、前足を浮かして全身で少年に威嚇する。

 お腹の体毛、そこから覗かせる、金属質の棘が、太陽光に反射する。


 これが、銀光熊か。少年は、冷静に思考した。


「バウッ!!」

 自分の巣に侵入した不届き者を仕留めるため、四足歩行に戻り、走り出そうとしたそのとき。


「今ッ!」

『ホーリーアロー』


 声が響いた。そう知覚した銀光熊。


 明らかな異常事態に、本能をむき出しにする、その心の動き。


 ――それを止めるように、足と背中に衝撃と痛みが走る。


「――――」

 鳴き声すら出すこともできずに、その場に倒れる。

 駆け出そうとしたところ、出鼻を挫かれる。右足一つ。背中に二つ、何かが刺さっていると感じる。


 その雪の絨毯が敷かれた巣の地面が、赤く彩られる。


 痛みで動けない銀光熊の目の奥、少年が雪を舞わせながら、同じ地面に立っていた。


「――バウッ!!」

「……」

 銀光熊は、怒っていた。急な襲撃、痛み。それを、この小さき者たちが行っているという、事実に狂う。

 そして、目に入ったその者に、全ての怒りをぶつけることにした。


 痛みを忘れ、足を動かす。少年の下へ、全力で駆けた。

 しかし、少年は逃げない。腰から、黒くて鋭い、自分の腕と同じような物を出した。


 だが、それがなんだ。こんな小さい者に、何ができる。

 こいつを殺して、洞窟に持って帰ろう。そして、安全に食事をする。その後、こいつの仲間たちに、こいつの死骸を見せるのだ。勝ち誇るのだ。


 銀光熊は、もはやそれ以外のことを考えられなかった。怒りに、暴力衝動が溢れ出す。



 だから、気づかない。自分よりも遥かに小さい者が、逃げようとしないこと。普通は、背中を見せて、一心不乱に逃げるはずの矮小な者が、何故か立ち向かってきていること。


 万に一つも考えないのだ。この者が、何故逃げないのか、その理由は……。


 ――小さき者には、鋭い牙が生えていることに、気づかない。


「バウウウッ!!」

「……」


 飛びかかった銀光熊。その先、少年の剣が、ぶれる。


 ――――キン


 金属が、何かに当たる音が、鳴った。

 そして、銀光熊が、少年の背後へと倒れる。まるで、何かの支えを失ったかのように、顔から。


 やがて、何かが落ちる音がした。


 見ると、その場に銀光熊の腕が落ちていた。上腕から先まで、両断されていた。


「――バアアアアアアアアッ!!」

「……すぐに楽にするよ」


 痛みに叫ぶ銀光熊。それを見て、少しだけ辛い表情をした少年が、呟いた。


 そして、それが最後の音となった。



______



 見上げると、彼らはいなかった。

 どこに行ったんだろう、そう思って周囲を見渡すと、洞窟の裏側から足音が聞こえてきた。


 どうやら、坂のようになっている場所があったらしい。


 やがて、三人が姿を現した。こちらに近づいてくる。


「お疲れ様です。ラード殿」

「ほい、お兄ちゃん」

「……」

 労ってくれるレイブさんと、荷物から湯立つ木のカップを渡してくれることり。

 ターニャさんも、カップを持っていた。温かそうな飲み物を飲んでいる。


「さんきゅ」

 ことりから受け取ると、手袋越しに温かい。手袋についた雪が溶けている。

 飲むと、白湯だと思っていたが、違った。お茶だ。少し苦味があるが、それがまたいい。


「温まる……」

「でしょ? ホリョウさんと一緒に作ったの」

「は~よきよき……」

 口から白い息を吐き出して、辺りを見る。


 頭に一突き。血を流して倒れている銀光熊。

 この空間の主だったもの。すごく大きい魔物だった。平均値よりも大きいんじゃないだろうか。


 その死体に、レイブさんとターニャさんが近づいていく。

 そして、レイブさんが言う。


「……間違いありませんな。一応、巣の中も見てみましょう」

「え、マジですか」

「おおマジです。まあ、嫌でしたら待っていてください」

「ええ……なんかあったら嫌なんで、ついていきますよ」


 お茶を一気に口に放る。外気に触れ、適度に冷めているため、火傷するほどの熱さはない。

 カップをことりに渡す。布を取り出して拭くと、背負ったリュックに入れていく。


「……」

「あ、はいはーい」

 ターニャさんも、同じようにカップをことりに手渡した。


 洞窟の方を見ると、レイブさんが中を覗いていた。そして、風を感じている。


「……それほど深くはない。単純な穴倉ですな」

「そっか」

「ただ、暗い。松明はどこだったかな」

「あ、レイブさん平気だよ。私が明かり出すから」

 俺たちのやり取りを聞いていたことりが、荷物をしまったリュックを背負いなおして、こちらに来た。

 そして、洞窟の前で言う。


『ライト』


 そう言うと、ことりの前に、光の球が生まれる。それは、ふらふらとたゆたうように、洞窟の中へと入っていく。

 光魔法。聖と闇の魔力を持っていることりは、光魔法と闇魔法の相性がいい。簡単な魔法ならば、詠唱すらいらないのだ。


 にしても、簡単に魔法を使うようになったものだ。属性魔法にステップアップしたときは、暴走する魔力を抑えるのに必死なっていたというのに。


 ……この光の球、どこかで見たことある気がする。思い出せないということは、結構前の話なのかな……。


「おお。さすがはことり殿。助かります」

「うん。じゃあ行こっか」

「……」

「あ、俺先頭行きます。一応」

 といって、先頭に立つ。


 岩肌の洞穴。まあ、自然の魔物の巣だ。中には、食べたものの残骸が転がっているぐらいだろうが……。


 光の球に先導され、中を歩く。

 獣の匂いが立ち込めている。その主はもういないが、それでもどこか警戒してしまう。

 濃厚な獣の匂いというのは、本能的に危険を感じてしまうのだ。


 やがて、行き止まりの壁が見えた。

 足元に、何者かの骨が転がっている。他には、特に……


「――――クゥ」

 脇の、骨の山。その物陰から出てきた、白い小さな獣。

 それは、洞窟に踏み入ってきた俺たちに、好奇心の目を向けていた。


 そして、不確かな足取りで、近づいてくる。


「お、おいおい……」

「クゥクゥ」

「どうしました? ラード殿……っとと、これは……」

「……」

「わあ……子供?」

 近づいてきたその幼獣は、俺の脚に顔をこすり付けてくる。まるで、甘えるように。

 俺についた銀光熊の匂いから、俺を親と錯覚しているのか……あるいは、自身の匂いを擦り付けているのか……それか、甘えているのか。分からない。


 対応の仕方が分からず、固まったまま、背後にいるレイブさんに話しかける。


「あ、あの……こういうとき、どうすればいいんですかね」

「ふむ……銀光熊の子供……? それにしては骨格が……。まあ、どうやら、ラード殿に懐いている様子。ラード殿が決めればよろしいでしょう」

「……」

「賛成。私も、お兄ちゃんが決めるのがいいと思うな」

「ええ……」

 足になおも顔を擦っているそいつの腹に、手を入れる。

 すると、抵抗することもない。そのまま持ち上げて、顔の前に持ってくる。


 目が合う。透き通るような碧い瞳だ。世の中を、何も疑っていない、純粋無垢な目。

 この時点で、こいつを殺すという選択が、消えた。こんな純粋な奴を、俺は殺せない。


「カゥ」

「……俺、お前のお母さん、殺しちゃったと思うんだけど……」

「カゥカゥ」

「……罪悪感、良心の呵責……ぐぅうおおぉぉ……俺はいつか、お前に食われるかもな」

 幼獣は、顔を横に向け、疑問符を浮かべる。お前、器用だな。それとも、利口なのか。


「生きたいか?」

「カゥ」

 言葉も分からぬであろう、幼獣に問うた。しかし、その幼獣はしっかりと、頷いたのだった。


 それを見て、そいつを肩に乗せる。

 そして、振り返って言う。


「あー……紹介しよう。新しい仲間だ」

「やったー! 超可愛い!」


 ことりがホップステップで近づいてきて、肩に乗っている幼獣に手を伸ばす。


 すると、今度は抵抗をした。伸びてきたことりの手に、噛み付いたのだ。


「カゥ!」

 威嚇の声を上げる幼獣。しかし、その声は、すぐに沈黙へと変わる。



「――痛いよ」


 ことりは、瞳を闇に落とす。暗い洞窟が、更に暗く感じる。

 軽いものだ。軽いものだが、それでも感じる、死の気配。


「……クゥ」

 肩が揺れる。幼獣が、震えているのだろう。


「撫でていい?」

 ことりが、感情のこもっていない声で、そう聞いた。

 幼獣が、何かアクションを取ったように見えたが、俺からはよく見えない。

 そして、ことりが手を伸ばす。幼獣の頭に触れ、撫でる。


 やがて、ことりから放たれる深淵のような重い空気は、消えていった。


「――あはっ! 可愛い!」

 急激に明るくなったように感じる。幼獣も、震えが止まり、幾許か安心したように感じる。


「……お前、そんな小さなことにもそれ使うのかよ」

「いや、ついつい……えへへ。びっくりさせちゃったかな。ごめんね~」

「キャゥルル」

 猫なで声を出す幼獣。

 やっぱり、自然に生きる者には、上下関係が必須なのだろう。今、幼獣にとって、ことりは圧倒的な格上として見えたのだ。そして、その者が攻撃をしてこない。だから、甘えられる。


 しかし、躾けるためにあんなことをするなんて、心臓に悪い。


 すると、その空気を何度も体験しているレイブさんは、特に驚くことなく、全く違うことを喋り始める。


「……うむ。この場で殺すのも忍びないですからな。しかし……」

 レイブさんが、少し言い辛そうにしている。だが、それでも口を開いていった。


「ラード殿と、ことり殿はもうすぐここを発たれる。その旅で、その子は錘になってしまいます。よろしければ、私が預かりましょうか?」

「……いや、いいよ。こいつ、なんか俺に懐いているみたいなんで」

「……そうですか。いや、お節介でしたな」

「そうでもないよ! ありがとね、レイブさん! 大丈夫。旅の途中、この子は私が守りますから!」

 ない胸を張ることり。その光景がデジャヴだったので、この後冷たい視線を向けられることを知っている俺は、一瞬で目を逸らす。


「では、戻りましょう。銀光熊は我々だけで運ぶのは難しいですな。一度、里に戻って応援を呼びましょう」

「……そうですね」

「ねえ、お兄ちゃん。この子、私に乗せてよ」

「あいよ」

 肩を、ことりの方に突き出す。やがて、肩から重みが消えた。

 見ると、今度はことりの腕の中にいた。胸に張り付いている。


「あははっ! ちょっとくすぐったいかも」

「カゥ」

 少女と幼獣のやり取りを見ながら、足を動かす。


 そして、先ほどのレイブさんの言葉を、思い起こす。


 もうすぐ、ここを発つ。つまり、霊峰ノーエルの厳冬期が、終わる。二ヶ月近くいたこのダークエルフの里を、離れることになるのだ。


「……結構、寂しいな」

「ん? 何か言った?」

「いや、なんでもないよ。そいつの名前、考えないとな」

「そうだね……おぉ~。大人しい……お前は偉いな~よちよち」



 そうして、彼らは洞穴を後にした。そこはもう、誰の縄張りというでもなく、ただただ風の音だけが響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。