#5
私は今日からおじさんの所で働くことになった。
早朝6時に起きて、顔を洗って、朝ごはんを食べ、歯磨きをして、身だしなみを整えた。
こんなに規則正しい朝を送ったのは、学生時代以来だ。
7時になれば、おじさんが車で迎えに来る、私は玄関で待つことにした。
普段の朝なら私が寝坊助だから、仕事に行っているので会うことはないお母さんが、私の初出勤を見送るために一緒に待っていてくれた。そして、あの仏頂面ペンギンも一緒。
「いってらっしゃい、ちゃんと挨拶するのよ」
お母さんは私を心配して言ってくれた。
そして、キュータンも、
「…頑張ってこいよ」
「任せて!いっぱい稼いでくるわ!」
こいつとは夜まで会えないので、こうやってふざけられるのは今の時間までだ。
そして、約束の時間になり、おじさんの車が迎えに来た。
「ちゃんと起きれたね、ムツミちゃん」
車に乗り込むとすぐに出発した。
車内の外では、二人が手を振って私を送り出してくれていた。
キュータンは変わらず無表情な顔をしていた。
移動中の車内…山奥を走る中、私におじさんはこう言った。
「あのねムツミちゃん。うちで働いてもらうからには、ちょっとキツいことを言うかもしれないからね。でもそれは、ムツミちゃんのためを思ってのことだからね」
その言葉にちょっとビックリした。でも私は、おじさんのことが大好きだから、きっと大丈夫だろうと思った。
多少の不安はありながら、おじさんが車を走らせる中、私は仕事場へ向かっていった。
夕方になり、家ではお母さんは夕飯の支度をして、キュータンはその場をうろうろしながら、私の帰りを待っていた。
「大丈夫よ、キュータンちゃん。心配しなくて」
お母さんはキュータンを落ち着かせるために言った。
そうは言われても、まだ不安な気持ちは拭えないようだった。
すると、玄関が勢いよく開き、元気いっぱいな声が響き渡った。
「ただいま!」
私が帰ってきたのだ。
「「おかえり!」」
二人が同時に玄関まで迎えに来た。私が笑顔で帰宅したので、二人は安堵の表情を浮かべた。
すぐに着替えて、夕飯を食べている中、
「どうだった今日は?」
「楽勝だったよ!」
私はお母さんに仕事の出来を自信満々に伝えた。
「仕事は洗車ばっかりで、本当に難しいことはなかったし、このままなら余裕で続けられそう!」
私の話を聞いて、お母さんはすっかり安心した様子だった。
ふと隣を見ると、興味がないのか、キュータンがもくもくとご飯を食べていた。
私はこれにピンと来た。
「これからは私は家にいなくて、あんただけ家にいる生活が続くのよ、辛いでしょう?」
「別に。」
いつもこんな淡白な返ししかしないので、とくに違和感はないはずなのだが、
この時のキュータンは、強がっているように見えた。
明日も今日と同じで早起きしなくちゃならないので、今夜も早めに寝ることにした。
今日は何故か、キュータンも私と一緒に寝ようとした。
キュータンはいつも果物が入っていたバスケットを改造した、小さなベッドの中で寝ることにしている。
「また前みたいに一緒のベッドで寝たらいいのに、恥ずかしいんでしょ?」
「別に。」
お互いが眠りにつこうとしていた時、私はキュータンにもう一度聞いた。
「ねえ、本当は私が家に居なくて、寂しかった?」
すると目を閉じたまま、私に言ってきた。
「寂しいよ…でも、いつまでも一緒に居れて、毎日遊べるなんて、永遠に続かないだろうなって、前からずっと覚悟はしていたし、
やっと向いている仕事が決まったんなら、続けていったらいいと思う。
ムツミが大人になろうとしてるのに、ボクに止める権利なんかないよ。」
私はこいつがこんなに正直に打ち明けるとは思ってなかった。
……私も嘘をつかずに正直に話すことにした。
「あのね、今日楽勝だったとか言ったけど、本当はそうでもなかったんだよね。
洗車するときも、初めすごい適当にやって、怒られたし。
車の運転して、車庫に入れるときも、お客さんの車擦っちゃって、ものすごい怒られたんだ。
本当に免許持ってるのかってさ、全然運転しないもんね、そりゃ下手なままだよ。」
キュータンは目を開けて、引き続き私の話を聞いてくれた。
「このまま続けれそうとか言ってたけど、本当は今日で心折れちゃったんだよね。
おじさんも初めは優しく言ってくれていたけど、
私が何度も何度もやらかしちゃうから、どんどん大きい声で怒鳴ってくるようになっちゃって……」
「それは…ムツミのためを思って言っているんじゃないか?」
「おじさんもそう言ってくるけど、やっぱり怒鳴られるのは怖いよ。
おじさんは手先が器用だけど、私はそうじゃないからさ、私の気持ちがわかんないんだよ。自分が出来ることが、みんな出来ると思っているんだよ。
なんだか私ね、おじさんのことが嫌いになり始めてるみたい…」
私が余りに悲観的になっていると、
「ムツミ」
「なに?」
キュータンはもうすっかり起きて、私の方を見ながら話してきた。
「それなら辞めなよ。」
キュータンは思いきったアイデアを出した。
「え…だって…今日だよ、始めたの。」
「関係ないよ、ムツミが楽しくない仕事だと思ったら、頑張って続けなくていい。
無理して楽しいふりして、辛い思いするくらいならもう辞めたほうがいい。
ムツミが楽しくて無理しなくても続けられる仕事が見つかったら、それを全力でやればいい。
ボクはそう思う。」
「…………」
「でも決めるのはムツミだよ。このまま今日の仕事、無理して続けるかどうかは」
こんな優しい事を言われるなんて思わなくて、とてもビックリした。
だけど私はすごく気持ちが楽になった。
「ありがとうキュータン。」
次の日の夕方、玄関では今日はキュータンだけが、私の帰りを待っていた。
「ただいま」
昨日とはうって変わって、テンションの低い声で私が帰ってきた。
すぐにキュータンと目が合い、今日のことを説明した。
「今日ね、辞めたいって言ってきたよ。そしたらね…」
「…………」
「たった1日で辞めるなんて馬鹿か…もう来なくていい…だって。」
するとキュータンはこう言った。
「なあ、二人でゲームしよう!」
「え?」
あんなに好きではなかったゲームを、自分からやろうと言い出した。
「…………うん!」
私は服を着替えることもなく、そのまま二人で部屋へ駆け込んだ。
「ほら!だから弾をちゃんと見ないと!」
「わかったわかった!」
相変わらずのゲーム下手くそペンギンで、全然進めなかったし、ゲームオーバーも何度も来り返した。
だけど……
「キュータン…」
「ん?」
「いつもゲームで意地悪してごめんね。」
「……別に。」
今日やったゲームは、今まで二人で遊んだ中で、一番楽しかった。