7 マックスは戦う
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勇者さまが名乗りを上げると、野盗らしき連中の動きが変わった。
――いえ、もともとおかしかったですね。
ただの野盗なら、男は殺し、女子供は捕える。そして、金や食い物を持てるだけ持って、とっとと去っていく。
なのに、目の前の連中は、食い扶持を求めて襲ってきた、という感じがしない。村人を襲っている、それ自体が目的のように。
――なんとなく読めはしますが、今は勇者さまを助けるのが優先ですね。
さっそく、勇者さまには何人もの野盗が襲い掛かっていた。聖剣と聖鎧のおかげで、勇者さまは互角に戦っているように見える。
――実際は、連中の攻撃が全く効かないだけなんですけど。
それでも、村人から見れば勇者が自分たちを助けに来たように見えるだろう。
私は勇者さまのすぐ隣に降り立ち、近くにいた奴を、適当に殴った。
手加減はしたが、野盗その一は十メートル近く吹っ飛んだ。殴った頭は三百六十度一回転している。
「マックス、あまり派手な魔法は使うなよ!」
「善処しますよ」
釘を刺されてしまったので、私は範囲の小さな漆黒灯で対応する。
漆黒灯は、闇魔法の初歩の初歩。ただ、私はこれを無詠唱で使う。
一流の魔法使いでも、初歩とはいえ無詠唱で使える者は少ないだろう。
――まあ、私が使えるのは、説明するまでもないですね。
指をパチンと鳴らすだけで、野盗の頭が黒い火に包まれる。
私は、勇者さまの後ろから、一人一人念入りに燃やしていく。向かってくる者の頭を、逃げようとする者の足を。ピンポイントで。
全員を倒すわけにはいかない。とりあえず目の前の一人の両足を焼いて、動けなくするにとどめる。
後は、消化試合。私が指を鳴らすだけで、人間ロウソクの出来上がり。
「勇者様! マクシミリアン様!」
風の精霊の加護をまとったラミが、戦いが終わった頃に飛んできた。さらに遅れて、ルシアナも到着。
「二人とも、けが人を助けてやってくれ!」
「了解です、勇者様」
「えぇ、かしこまりました」
「おーい! 無事なやつは、けが人をここに集めてくれー! 手当するぞー!」
勇者さまの一声で、隠れていた村人たちが集まって来た。
「水の精霊よ、癒しの加護を……」
「神よ、この者に奇跡を……」
精霊使いと聖職者、二人いれば、村人の手当てにそう時間はかからないだろう。
部隊にも、聖職者がいる。死んでいなければ、助けられる。
「ありがとうございます、勇者様、皆さま……」
「子供を助けていただいて、感謝の言葉もございません!」
「ありがたや、ありがたや」
――さて、一段落しましたかね?
私は三人からそっと離れると、足を抱えてうずくまっている残党を捕まえた。
「ひっ、ひぃぃっ!?」
情けない声を出して、野盗その二が逃げようとする。
「はい、ストップー」
「ひぎっ!?」
焼け焦げた足を踏みつけて逃がさない。沈黙の結界も展開済み。
「ちょーっと、こっちでお話しましょうねー」
「や、やめろ! 助けてくれ!」
「助かるかどうかは、あなたの態度次第ですねー」
こっそりと家の裏に入り、影に隠れて尋問を始めた。
「誰に雇われました?」
聞くのは、この一つだけでいい。
「し、しらっ、知らねえ!」
「ほほう」
もう一度、足にをぐりっと踏みつける。悲鳴は結界の外には漏れないので、どれだけやっても大丈夫です。
「たすけ、たすけて……」
「素直に話してくれれば、私もこの心痛む行為を止められます。ああ、心苦しい心苦しい」
演技は大げさに。野盗その二は、ボロボロと泣きながら命乞いをしてくる。
だが、欲しい情報を吐こうとしない。
「足、いらないんですか?」
「ちが、ちがうっ、本当に知らねえんだ!」
「なんで知らないんです?」
「名前っ、聞いてない!」
「姿は?」
「頭っから足元までローブで真っ黒だったんだよ!」
――ふうむ。なんとまあ、典型的な。
「嘘じゃありませんよね?」
「嘘じゃない嘘じゃない嘘じゃない!」
「分かりました」
――これ以上は何を聞いても答えられないでしょう。もっとも、最初から、聞く、という方法を取る必要もなかったんですが。
私は、右手に炎を灯した。黒い炎が、手のひらの上で燃え盛る。
そんな右手で、怯える野盗その二の頭を掴む。
――はいはい、記憶を探りましょうねー。最初からこうすれば、余計な手間がかかりませんでしたけどねー。
闇魔法・脳探査。端的に言えば、相手の記憶を探る魔法である。それも、相手が忘れているものまで全て調べられる。
生い立ち部分を完全に無視して、真っ黒なローブの人物を探った。
――へえ、一応、嘘は吐かなかったんですね。
確かに、野盗その二の記憶には、黒いローブを来た謎の人物がいた。
野盗連中は一つの組織だったようで、野盗その二はただの構成員。頭目が話している所を見ていただけのようだ。
これなら頭目を捕まえた方がよかったか。
――……まあ、仕方ありません。勇者さまに降りかかる火の粉を払う方が大切でしたし。
私は、野盗その二から手を離した。哀れな構成員は、白目をむいて気絶中。
派遣部隊はもう村に入っている。適当に捕まえて、大きな街に連行させよう。
とどめを刺してもいいが、この手の輩は黒幕の手にかかって殺されるのがオチだろう。手を下すまでもない。
勇者さまたちに合流すると、私は兵士に野盗の始末を適当に指示した。細かい命令までする必要はない。
「よーしよし、生きてたか、偉いな!」
「私がそう簡単に死なないのは、勇者さまが一番ご存じでしょうが」
笑顔で胸を張る勇者さまに、私はいつもの調子で笑いかける。
ラミとルシアナのおかげで、ケガ人の治療も進んでいる。遠からず、村は落ち着きを取り戻すだろう。
村人の心配事はおおよそ取り払った。私の出番も、しばらくはなくなった。
「マクシミリアン様」
のんびりしようかと思った所で、ラミが話しかけてきた。
「どうしました?」
「はい、あの、今から早馬を出すそうです」
「なるほど」
「それで、なのですが……。部隊長が、アタシもそれに同行して欲しいって」
――ラミを連れていく、ですか。
「万が一の場合に備えて、戦力が欲しいとのことなんですが、どうしましょう……?」
ラミが、私の返事を待っている。
それなりに理屈は通っている。ラミならばそこらの戦士にも負けない。
だが、ラミはその命令に従いたくないようだ。私にわざわざ聞きに来たのは、止めて欲しいからだろう。
もしかしたら、ラミも感づいているのかもしれない。
――勇者が通ると分かっている村に野盗が来るなんて、不自然ですもんね。
さて、そうなるとどうしたものか。
ラミが外れるかどうかで、次の襲撃タイミングが変わるはず。
外れれば、おそらく今夜にでも襲われるでしょう。外れなければ、『都市エステカ』までは何事もなく行けるかもしれません。
勇者さまのことを考えたら『都市エステカ』まで何事もなく進んだ方が……。ですが、とっとと首魁を始末するのも大切ですし……。
そこで、私は思いついた。
「ラミ、その早馬なのですが」
「は、はいっ」
「私と勇者さまで行きます」
「……はい?」
ラミが首を傾げた。
予想通りの反応だったので、
「早馬には、私と勇者さまが付いていきましょう。勇者さまが共に行った方が『都市エステカ』からの協力も得やすいでしょうし」
「えっ、ええっ?」
「ラミとルシアナは後から来てください」
説明し終わると、ラミが真っ赤になった顔で反論してきた。
「い、いけません! マクシミリアン様……と、勇者様が行くなんて! 危険です!」
「そうですか?」
「そ、そうです! 今回のことはおそらくきぞ……むぐ」
ラミも賢い子だ。私と同じ結論に至ったらしい。言い切る前に、自分で口をふさいだ。
今回の件は、また貴族連中の仕業だ。手を出してくるのは『都市エステカ』を過ぎてからだと思っていたが、まさかこんなに我慢が下手だとは。
王国領内、しかも目的地への道中で人間に殺されてしまったら、勇者さまはただの情けない子供にしかならない。
『エルテル城塞』あたりで玉砕した、とすれば人類の士気も上がるだろうに。
――人材の使い方も知らないんでしょうか。頭が痛くなりますね。
こんなことでは、魔族との戦争などどうなることか。次の勇者が生まれたとしても、また使い潰されるのが目に浮かぶ。
さて、と私は気を取り直した。決めたなら、すぐに動いた方がいい。
私は勇者さまを連れて、部隊長に会いに行った。
鍛え上げた筋肉と、潔いまでに髪の毛の無い頭が特徴的。いかにも兵士をまとめる者、という印象のある男である。
「これは勇者様、マクシミリアン殿、どうなさいましたか?」
それでいて、態度もしっかりしている。勇者さまが子供だからといって、侮ったりはしない。
「えぇ、さっきラミに話を聞きましてね。なんでも、早馬を出すとか」
「はい。死んだ連中はともかく、野盗の生き残りがおりますもので。『都市エステカ』からも兵を出してもらおうと考えまして」
「いい判断です。それで、人選についてなのですが」
「隊の精鋭二人と、精霊使い殿に行ってもらう予定です」
「ああ、それですそれ。精霊使い、ラミはこの部隊に残してください」
「は、はい、分かりました」
「その代わり、早馬には私と勇者さまが付いていきます。こちらの方が、『都市エステカ』との話も早く済むでしょうし」
「は、はあ!?」
部隊長の声が、周囲の兵士や村人の視線を集める。
「いけません、マクシミリアン殿! 野盗はまだ残っている可能性があります! 勇者様を先行させるなど、もっての他ですぞ!」
「まあ、そこは私が一緒ということで安心してください」
「た、確かにマクシミリアン殿は稀代の天才とまで呼ばれるお方。戦力としては最高ですが……」
事情をよく理解していない勇者さまは、私と部隊長の顔を見て戸惑っている。
「なんだ、わたしが先に行くのか?」
「えぇ、そうしようと思って、今相談しているところです」
「そうか。わたしは構わないぞ! マックスが一緒なら!」
――勇者さまは話が早いので助かります。
「なあ、隊長! マックスが言う通りにしてくれないか」
「ですが、勇者様……」
「なあに、心配するな! わたしとマックスが一緒なら、何も怖くないしな!」
――信頼には全力で応えますよ、勇者さま。
「……分かりました」
私と勇者さまの顔を見て、部隊長も決断してくれた。
新たに配置されたという部隊の精鋭二人を集め、すぐに馬の手配をしてくれる。
勇者さまは一人では馬に乗れないので、私と同じ馬に乗せた。
「マクシミリアン殿、勇者様をどうか、お願いいたします」
「心配はいりませんよ。そちらもお気をつけて」
敬礼する部隊長と心配顔のラミを残して、私たちは出発した。
――さて、これで派遣部隊の方は安全でしょう。問題は私と勇者さまということになります。
遠からず襲われる。その確信をしながら、私は馬を走らせた。