5 マックスは警戒する
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私たちが中継地点としたのは、『都市エステカ』までにいくつかある村の一つだった。
『ゾント村』、特筆すべきものもない、小さな村だ。
兵士長が村長と話をしている間に、私たちは野営の準備を行った。
――まあ、兵士の皆さんがやってくれるので、見ているだけなんですけど。
勇者さま用のテントが張られる。そこで寝るのは、勇者さまと私の二人だけ。精霊使いのラミと、聖職者のルシアナは、隣のテントだ。
勇者パーティというなら、四人全員が同じ場所で寝るのが最も安全なのだが、
「うへー、疲れたー」
と、ぐったり眠る勇者さまの様子を見せるわけにもいかないので、別となっている。
食事は、私が運んできた。パンと、獣肉が入ったシチューだ。
勇者さまはそれを気だるげに食べている。何が言いたいのかは察しがついていた。
おそらく、甘い物が食べたいのだろう。私はこっそりと持ってきた干しブドウの袋を取り出した。
それにすぐ気が付く勇者さま。空になった皿を放り投げて、こちらにすり寄って来た。
「へへー、やっぱりマックスは分かってるよなー。愛してるぞー」
「はいはい、私も愛してますよ」
「……むー」
ふくれっ面には慣れたもの。頬を左右からつまんで、空気を抜いた。
「ぷふー! むー!」
暴れる勇者さまを膝の上に乗せて、可愛らしい唇に干しブドウを押し付けた。
しばらくは不機嫌だった勇者さまも、次第に果物の甘さに負け、ご満悦の笑みを見せた。
「へへっ、特等席で甘い物、最高だな」
私の胸に背を預けてくる。銀髪が、鼻先をくすぐった。
「まったく、誰も見ていないからって……」
「いいじゃんかー。ほらほら、もっとブドウ食べさせろよー」
「あまり持ってきてないんだから、食べ過ぎないでくださいよ。あと、食べ過ぎて喉が渇いても知りませんよ」
「大丈夫だって。村にいるんだから、水はある。さっき、補給もしてたしな。だからよこせー」
勇者さまの口に一粒一粒ブドウを食べさせながら、私はため息を吐いた。
この勇者さま、素直にワガママである。今さらだが。
あまり食べさせると、いけないので、私はブドウを仕舞った。『都市エステカ』までの分しか持ってきていない。これが空になると、ご機嫌取りが難しくなる。
「んー、もうちょっと食べたかったけど、まあいいか」
やがて、勇者さまは満足したらしく私の膝の上で寝息を立て始めた。油断も何もあったものじゃない。
――一応、女の子なんですから……。
いくら私と勇者さまの仲とはいえ、べったりはよろしくない。
起きないように細心の注意を払いつつ、ローブをつかむ細い指をほどいていく。抱きかかえた体は軽く、寝床に運ぶのは簡単だった。
毛布を肩までかけてやってから、私は自分用の寝床に入った。寝る必要のない体だが、休めておくに越したことはない。
念のために張ってある警戒の結界には、なんの反応も無い。王都から近い村では、当然か。
――もっとも、敵は外ばかりではないのが悲しいですね。
私が勇者さまと一緒に寝るのは、寝首をかきに来る愚か者を倒す意味もある。以前はよく来たものだ。
殺しはしなかった。ただ、永遠に覚めることのない悪夢を見せつけてやったが。私の得意魔法は、人の精神に干渉するものが多い。起きたまま夢を見させる、という芸当も簡単なものだ。
漆黒龍の盟友に手を出すなど、愚かにもほどがある。知らないからと、手加減はしない。
今日は、そんな不届き者もいないようだった。
警戒するなら『都市エステカ』から『エルテル城塞』までの道のりだろう。この道すがらは、何が起こるかわからない。
魔族の襲撃も、暗殺者の襲撃も、どちらにも気を払わねば。
未だに勇者廃絶論者は多い。今の勇者さまの身なりや能力を見て、次の勇者に期待する声がある。
不思議なものだ。勇者ですら、人間にとってはただのコマでしかないらしい。今がダメなら次へ、と気軽に考えられるものか。
――ま、なんにせよ、勇者さまを、リリアを傷つけるものは地獄に叩き落としますけどね。
巡回中の兵士の足音を聞き分けながら、私の夜は更けていく。
寝たふりをしながら目を閉じていると、警戒の結界に引っかかるものがあった。
反応は小さく、追いかけようとすると、すぐに消えた。
――ふむ、何やら穏やかではなさそうな。こんな夜中に野ウサギがやってくるはずもありませんし。
気配が消えたのは、すぐ近く。野営地内であるのは間違いない。
私は起き上がり、外へ出た。月明かりに目を細め、ゆっくりとあたりを見回す。
私に気づいた兵士が駆け寄ってこようとする。手で制して近づかないよう合図。兵士は気づいたように、私と同じく周囲を探り始めた。
気配は消えたまま、何かが動き出す様子はない。
――ただの気のせい、ということはないんですけどね。
「ま、マクシミリアン様……」
兵士が注意を払いつつ、やってきた。
「何かございましたか?」
「えぇ、ちょっと不思議な反応がありまして。巡回中に、何かありませんでしたか?」
「いえ、特には何も……。獣の一匹すら見かけていません」
「そうですか、分かりました。巡回に戻ってください。何かあれば、私が対処します」
「は、はい」
兵士を配置に戻して、私はテントの中へ戻った。
勇者さまは、穏やかに眠っている。異常は無い。
――これは、近々何かありそうですね。
一晩中周囲の状況を探りつつ、私は朝を迎えた。




