4 シャーマン・ラミは憧れる
精霊使い、ラミは精霊使いの中でも有名な氏族の長女である。
幼いころから精霊使いとしての心構えを叩き込まれ、精霊との交信を何度も行った。
十五年の修行は、とても辛いものだった。それでもラミは修行に耐え、勇者のパーティとなった。
長老から勇者のパーティに加われと言われた時、ラミは死刑宣告を受けたような気分になったのを覚えている。
勇者と共に、魔族と戦う。勇者の仲間と言われれば聞こえはいいが、要は、最前線で戦ってこい、という話である。
部族の中で一番優れた精霊使いだから、と長老は言った。ラミには何の救いにもならない。
王国の城に行き、勇者と対面した時は本気で絶望したものだ。自分よりも年若い女の子と一緒に戦うことになるとは。
心の中であらん限りの呪詛を吐いてから、勇者の前に立った。しかし、同時にあの青年に出会った。
真っ黒な髪と、真っ黒な服。見た目だけなら、どこにでもいそうな魔法使い。
だが、ラミは瞬時に見抜いた。この青年はとんでもない力を持っているのだと。
ラミの基準では計りきれない、恐ろしささえ感じた。
「私は魔法使いのマクシミリアンと申します」
マクシミリアン。そう名乗った青年は、とても柔和な笑みを浮かべていた。その笑みで、一撃轟沈だった。
「は、はじめまして! アタシはラミ、精霊使いです!」
「はい、はじめまして。これから同じパーティとして、よろしくお願いします」
勇者から感じていた不安が一気に拭い去られ、不安に押しつぶされそうだった心が華やいだ。
――この方がいれば、きっと魔族の王だって倒せる……!
初めて自分の心の中に、希望というものが湧いた瞬間だった。
それからの旅は、ラミの生活を一変させた。
修行一辺倒だったものが、まるで英雄譚に描かれるような大冒険となった。
敵を前にして怯まず、窮地に陥っても堂々と、そして、何が起きようと生還する。そんな青年に、ラミは心底憧れた。
自分がどれだけ悲観的になろうと、その結果を最上のものに上書きする青年。
その活躍を見れば、惹かれるのは当然だったともいえる。
ラミが生まれて初めて心を寄せた男性。
「……えへへ」
さきほど、馬を寄せたのは、いつものおまじないみたいなものだ。不安をこぼすことで、安心させてもらう。我ながら子供じみているとは思うが。
「嬉しそうね、ラミ」
「え?」
話しかけてきたのは、馬でとなりをいくパーティメンバー、聖職者のルシアナ。パーティで最年長の二十三歳。
「やはり、お慕いしている殿方に声をかけてもらえると嬉しいものね」
「はっ!? ち、違うよ! アタシはただマクシミリアン様に相談があって……」
「ふふっ、隠さなくてもいいのに」
「ル、ルシアナの勘違いだってば!」
「あら、そうかしら?」
穏やかな笑顔を向けられて、ラミは馬の上で縮こまる。ちょっと年上というだけなのに、ルシアナにはいつも心を読まれているような気がする。
――な、なんですぐに分かるのかな!?
ずっと部族内で過ごしてきたラミとの人生経験の差か。
ルシアナも、教会から勇者パーティに選ばれた優秀な聖職者だ。ラミとは異なっても、充分な教育と修行を受けてきたのだろう。人生経験の差がここまで明確に出るとは。
ルシアナは、いつも姉のようにラミに接してくる。長女だったラミにはそれが新鮮で、強く反発することもできない。
――ま、まさか、マクシミリアン様に何か言ってたりしないよね?
ちらり、と横を見ると、ルシアナは微笑みながらラミの様子を見守っていた。
恥ずかしくて顔を上げられない。
「大丈夫よ。マックス様には、何も言ってないから。私もそこまで野暮ではないもの」
「な、なにも?」
「えぇ、何もよ。安心して」
この時点で自分の想いを伝えてしまったに等しいが、それよりもマクシミリアンにバレる方が問題だ。
ほっと胸をなでおろす。
「……これからも、ナイショでお願い」
「はいはい」
――うー、ルシアナってずるい。敵わないよ。
姉役との圧倒的差を感じつつ、ラミは馬の手綱を握りしめる。
話題の中心、マクシミリアンはリリアと何か話している。結界があるので、何を話しているかまでは分からない。
――いっつも勇者様と内緒話してる。マクシミリアン様、独り占めされてるみたいで、なんかやだな。
あの二人はいつもこうだ。馬車に乗るときも一緒、一頭の馬に二人で乗ったりもする。
リリアはマクシミリアンと離れたがらないし、マクシミリアンの方もリリアの態度を嫌がらない。
――アタシもマクシミリアン様と一緒に……。
あの二人の間に何かがあったのだとは察している。それが、あの二人の絆になっているとも。
――でも、諦めないから!
リリアに対抗心を燃やす。マクシミリアンを取られてばかりではいられない。
――次の任務、頑張ろう。頑張れば、マクシミリアン様も、私のことを認めてくれる!
それに、勇者パーティは経験値の共有術式を使っていない。強くなるためには、自分で頑張らないといけない。
レベルはまだ25。伸びしろはたくさんある。万年レベル3の勇者よりも、ずっと強くなれるはずだ。
いつもはマクシミリアンに助けてもらってばかり。そんな自分がマクシミリアンの役に立てば、見直してくれるはずだと信じる。
任地までは、まだ日にちがかかる。それを待ち遠しいと感じながら、ラミは馬車の上の二人を見つめていた。