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3 マックスは馬車で揺られる

評価ありがとうございます。励みになります。

 翌朝、私たちは数十名の兵士たちとともに、出発した。

 ほぼ予定通りの時刻に。ほぼ、なのは勇者さまがベッドからなかなか出てこなかったせいだ。


 ――昔はもうちょっと素直だったのですが……。いえ、あの頃からもうワガママでしたっけ。


 出会った頃を思い出して苦笑い。

 そんな勇者さまと私は、ほろ馬車の中でおくつろぎ中。勇者さまは一人で馬に乗れないので、移動はいつも馬車か、もしくは同じ馬に二人乗り。

 今、勇者さまは聖剣と聖鎧を磨いている。魔法がかけられているので汚れるはずはないのだが、やることがなくてヒマなのだろう。

 馬車には、私と勇者さましか乗っていない。精霊使い( シャーマン)の少女と聖職者プリーストの女性は、それぞれの馬に乗っている。

 なので、


「なー、マックスー。次はどこの店攻めるー?」


 お気楽にスウィーツ屋の話などしている。もちろん、沈黙の結界は常時発動中。


「勇者さま、仕事が終わってからにしましょうよ、そういう話」

「だってさー、ヒマなんだよ。勇者っぽくしないといけないから、気軽に昼寝もできないし。っていうか、今日の起こし方、ちょっと酷かったぞ」

「酷いのは勇者さまの方でしょう。何をしても起きないんですもの」

「だからって水をかけるなよー。冷たかったぞ」

吐息ブレスで冷やしておきましたから」

「わざとか!」


 声は漏れていないので、はたから見れば作戦会議をしているように見える、かもしれない。


 ――いえ、本当に作戦会議をしておきたいところなのですが。


 勇者さまは、おしゃべりを諦めたらしく、また装備磨きに戻った。頬が膨らんでいるのは、あえて気にしない。


「普通、女の子を起こすときはもっと甘くするべきだろ、甘く」


 そんな呟きも無視。聞こえてないふりをする。

 目的地までは数日かかる。最初からこの調子では、先が思いやられてしまう。


 ――まあ、ヒマなのは分かりますけどね。私もやることがありません。魔族の襲来でもあれば暇つぶしになるのですが。


 とはいえ、ここはまだ王都から数キロ地点。魔族どころか、魔獣のたぐいすらいない。せいぜいで獣がうろちょろしているくらい。

 その程度のものは、護衛の兵士だけで事が足りてしまう。私の出番は、目的地についてからだろう。


 補給線の防衛、と言うのはたやすいが最前線の『エルテル城塞』とその手前にある『都市エステカ』の間は、これまた三日はかかる。

 その間の道を守れというのは、あまりにも大雑把だ。単に魔族を倒すだけではなく、道を守るような結界を張っておかねばならない。


 魔除けの結界は聖職者プリーストの仕事。勇者さまと私、精霊使い( シャーマン)の少女は、敵を掃討した上で、結界構築までの時間稼ぎをするのが役目だ。

 一度結界を張れば、後は簡単。『都市エステカ』や『エルテル城塞』に配備されている聖職者プリースト隊が定期的に張りなおせばいいだけになる。


 ――進軍する時に、結界を張りながら進めばよかったと思うんですが。


 内心で愚痴をこぼす。

 『エルテル城塞』まで、かなりの強行軍だったそうで、細やかなことをしていられなかったらしい。そのせいで補給線が危ういというのは、半ば自業自得な気がしてしまう。


 ――まあ、今更考えても、後の祭りですね。それに、一番悲惨なのは、兵士の皆さんですし。


 突撃の際、そして『エルテル城塞』奪取には、かなりの人が倒れたそうな。

 貴族たちの政争に巻き込まれた被害者のようなものだ。顔が大きいだけの貴族たちは、前線で戦う者たちの必死の努力など知るまい。せいぜいで、報告書で倒れた兵士数を見るくらいか。


 ――お気楽なものですね。


 同胞の犠牲を軽く流せる感覚というのは、龍族ドラゴンである私には分からない。


 ――私なら、仲間がやられたら十倍返しくらいしますけど。


 勇者すら政権争いの道具に使うのだから、一般兵士など道端の石っころくらにしか思っていないのかもしれない。

 貴族たちの価値観に哀れみを感じていると、馬車に馬が近づいて来た。


「あの、マクシミリアン様、少しよろしいでしょうか?」


 褐色肌に金色髪の女の子。精霊使い( シャーマン)だった。


「なんですか?」

「はい、今回の任務についてなのですが……」


 顔が暗い。心配事だろう。


「我々だけで大丈夫でしょうか? 勇者様とマクシミリアン様がいれば、多少の軍相手ならなんとかなりますが……」


 ちらりと周りを見て、


「これだけの兵で補給線を確保するなど、無謀です。下手をすれば全滅の可能性もあります」


 悲観的なこの子らしい。うちのパーティでいつも最悪の予想をするのがこの子である。

 もうちょっと肩の力を抜けばいいと思うのだが、有力な精霊使い( シャーマン)の家系に生まれたそうで、任務の時はいつも顔が強張っている。


「まさか、我々はまた貴族どもの陰謀に巻き込まれたのでは……?」


 ギリリと歯噛みしている。


 ――まあ、それも無きにしも非ずといったところでしょうけどね。ですが、全滅だけはありえません。


「大丈夫ですよ。『都市エステカ』でも兵士は補充されますし。それに、勇者さまとあなたたちは私が守ります。全滅なんてさせませんよ」


 ――こちとら漆黒龍ブラックドラゴンですから。魔族が百万単位で襲ってきても怖くないですから。


「そ、そうですか?」

「えぇ、そうです。安心してください」


 落ち着くように笑いかけると、精霊使い( シャーマン)の少女はうつむいた。表情を悟られたくないのか、そのままで、


「わ、分かりました。マクシミリアン様のお言葉を信じます」

「はい、信じてください」


 納得してくれたらしく、馬が離れていく。


「何の話だった?」

「仕事の話ですよ。兵士が少なくて不安だそうです」

「はーん?」


 胡散臭そうにこちらを見る勇者さま。


「それだけかー?」

「それだけですよ。パーティの皆は必ず守ると言ったら、安心してくれたようです」

「まあ、マックスがいれば怖いものなんて何もないからなー。でも……」


 でも?


「たらし込むなよ?」

「しませんて、そんなこと」


 ――勇者さまも勇者さまで、変な所に気を回すんですから。


 まだ何か言いたげだった勇者さまをなだめ、私は御者台の方を向く。

 

 ――なんともいい天気ですね。できれば、このまま晴れていてもらいたいものです。


 まだまだかかるであろう道を退屈に思いつつ、私はぼんやりと空を眺めていた。

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