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2 シャーマン・ラミはクエストを受ける

 小鬼族ゴブリンの掃討作戦から二日。ラミたちはまだ『都市エステカ』に滞在していた。

 作戦があまりにも上手くいったので、リースマン卿がラミたちを盛大にもてなしてくれているのだ。今のところ新しい任務も来ていないので、ラミたちは厚意にあずかりしばらく体を休めることにしていた。


 ラミも勇者パーティの一員として歓迎されいる。とはいえ、厚意に甘えてばかりはいられない。

 朝早く、ラミは、『都市エステカ』の冒険者ギルドに来ていた。

 小鬼族ゴブリンの件が一段落したとはいえ、世界にはまだ様々な問題がある。

 自分を鍛えるためにも、ラミは時間を貰っては、ギルドの依頼をこなしていた。


 早朝らしく、ギルドにはまだ冒険者の数が少ない。クエスト募集が始まるまで、あと一時間ほどか。それが過ぎれば、ギルドにはたくさんの冒険者が集まるだろう。

 ただ待つのも芸がないので、ラミは昨日からの残りの依頼を見てみた。

 あったのは、人気のないクエストばかり。牧場の警備や、薬草集め、村の工事。危険度は低いが、報酬も低い。


 大概の冒険者は危険でも報酬の高いものを選ぶ。基本的にクエストは早い者勝ちであるため、クエスト募集が始まれば乱闘さながらの騒ぎになったりもする。


 ――特に、いいものはない、か。


 ラミは、報酬にはあまりこだわらないが、レベルアップのために討伐系のクエストを狙っていた。

 先日は、大鬼族オーガの巣を潰した。その前は、泉に潜む大蛇を倒した。

 着実にレベルは上がってきている。マクシミリアンの域に達するまではまだまだだが、任務の手助けをできるくらいには強くなりたいと思っていた。


 ギルドの建物内には、酒場も併設されていた。まだ開店前なので、椅子だけ借りて、ラミは募集までの時間を潰そうとした。

 そこで、小さな人影が目に入った。

 酒場のテーブルに突っ伏している。耳をすませれば、寝息も聞こえてきた。


 ――どうしたんだろう?


 起こすのは忍びなかったので、別のテーブルを選んで椅子に腰かける。

 見てみれば、寝ているのは小柄な黒髪の少女だった。

 リリアと同じくらいの歳だろうか。だが、腰に小剣を、腕には小さな盾も付けている。


 ――冒険者?


 それにしては若く見える。武器も防具も不似合いなくらいだ。

 疑問に思いつつ見つめていると、少女が動いた。閉じていた瞳が開き、こちらに焦点を合わせ始める。


「……なに?」


 見ているのがバレたようだ。


「ご、ごめんなさい。何でもないの」

「……そう」


 少女は興味なさげに答えると、また寝始めた。

 気になる。ラミですら若いと思われる冒険者界隈に、さらに小さな子がいるとは。

 驚いていると、徐々にギルド内が賑やかになってきた。そろそろ、クエスト募集の時間になってきたようだ。


 ラミは、冒険者たちの隙間をぬって、クエストボードの前に立つ。受付担当が、今日の分のクエストを急いで貼り始めた。

 『都市エステカ』には、たくさんのクエストが集まってくる。受付担当の腕には、何十という書類が抱えられていた。


 クエストの内容も様々だ。

 害獣の駆除、商人の護衛、魔物の巣襲撃、果ては、亜龍族ワイバーン退治まで。

 ラミは、討伐系のクエストを見ながら今日の仕事を見定める。ラミはソロなので、あまり大きすぎるクエストは受けられない。また、勇者パーティとしての任務が優先なので、時間もかけられない。

 そこで目についたのは、また大鬼族オーガの討伐クエストだった。『都市エステカ』からそう遠く離れていない村で、大鬼族オーガが暴れているらしい。


 すぐに手を伸ばす。早い者勝ちなので、誰かに取られるとマズい。

 ラミがクエスト票を掴むと、一呼吸遅れて手が伸びてきた。


「……あ」


 と、残念そうな声が聞こえた。それはついさっき聞こえたもので、


「あれっ?」


 テーブルで寝ていた少女だった。

 ラミの取ったクエスト票を、残念そうな目で見ている。

 しかし、少女はすぐにクエストボードへ視線を移した。が、


「よっしゃ、これは俺たちのだ!」

「私たちはこれにしましょう」

「ちっ、良い奴が取れなかったぜ……」

「これから準備に行くぞー、みんな、集まれ!」


 怒涛の勢いでクエスト票が飛び交い、残るのは先ほど見たような小さなものばかり。

 少女は、見てわかるくらいに肩を落としていた。せっかく待っていたのに、思ったクエストが取れなければ、そうなるだろう。

 見ていて可哀そうになるくらいだった。なので、ラミはつい、


「あの、このクエストなんだけど……」


 そんな声をかけてしまった。

 すると、少女はすぐさま反応し、


「え、なに、くれるの!?」


 さっきとは違う、元気に満ちた声だ。ギャップにまたも驚かされたが、


「ご、ごめん。あげるのはちょっと……」

「……なんだ」


 とぼとぼと引き返そうとする背中は、あまりにも寂しそうだった。

 ラミは、取ったクエスト票を読み直す。

 大鬼族オーガの討伐。場所はそう遠く離れてはいないが、数がそこそこいるらしい。報酬は中の上。この都市で言えば、宿代半月分というところか。


 ラミは報酬にはこだわっていない。もちろん、受け取ってはいるがこれという使い道は無い。そもそも勇者パーティの報酬が大きいので、金に困ることがない。

 しかし、冒険者は違う。名声も重要だが、一番大切なのは報酬だ。報酬がなければ、武器や防具を買うどころか、食う物にすら困る。


「あの」

「……ん? なに?」

「これ、よかったら、一緒に行く?」

「……え?」


 思わず言ってしまった。


「私は別にパーティを組んでるので、今回だけなんだけど……。その、なにか困ってるみたいにも見えたから……」

「……うぐっ」


 提案してみると、少女は明らかに動揺していた。迷っている。悩んでいる。葛藤している。


「いやなら、いいんだけど……」


 困らせるつもりはなかったので、ラミは引き下がる。それを止めたのは、やはり少女で、


「……待って、考えてるから待って」

「う、うん……」

「……小鬼族ゴブリンのお金はもう無いし、でも誰かと一緒にクエストは困るし、あー、でもお腹が空いてるからお金がないと大変だし……」

「えっと……」

「……借金はまだまだあるし、取り立てもそろそろ来るし、あー、でもでも」


 少女には悩み事が多いようだ。


 ――余計なおせっかいだったかな?


 聞こえてくる声には余裕がなかった。少女には、よほどの問題があるらしい。

 このまま、何もなかったことにして立ち去ろうか。ラミがそう考え始めたころだった。


「……今回限り? 一回だけ?」

「え、うん」

「……パーティって、他に誰かいるの?」

「いるけど、これはアタシ一人で行こうと思ってる」

「……報酬は、七三? 六四?」

「半々で、いいよ?」

「マジで!? あー、でもー……」


 少女はひたすらに頭を抱えていた。

 答えが来るまでに、さらに十分はかかっただろうか。


「……行く」


 消え入りそうな声だったが、はっきりと答えを出せたらしい。


「あ、うん。それじゃあ、受付行こうか?」

「……ん」


 少女は、ラミの後ろにとぼとぼと付いて来た。


 ――なんか、ちょっとやりづらいけど。


「えっと、アタシはラミ」

「……」

「あなたは?」

「……」


 なかなか返事が来ない。


「言いたくない? でも、それだと受注できないけど……」

「……うぐっ」


 クエストを受ける際には、万が一問題が起きた時のために、保障的に名や緊急時の連絡先などを教えねばならない。

 ラミはもちろん、勇者パーティのみんなの名を借りている。マクシミリアンにも了解を得ている。

 だが、


「…………ミツルギ」


 少女は、本当にいやそうに、呟いた。


「ミツルギ? それが名前?」

「……そう」

「分かった」


 クエスト受注までの流れには慣れている。ラミは手早く済ませた。


「それじゃ、よろしくミツルギちゃん」

「……う。ちゃん、はいらない」

「そう? じゃあ、ミツルギ、よろしくね」

「……よろしく、ラミ」


 こうして、即興のパーティが組まれた。

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