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2 勇者リリアはイチゴを食べる

 目の前の、頭から足元まで真っ黒な魔法使い(ソーサラー)を見ながら、勇者・リリアは腹を立てていた。


 ――せっかくお気に入り着てきたのに反応がない……。


 いつも渡される少ないお小遣いをやりくりして、やっと買ってきたワンピースだった。が、目の前の真っ黒、もといマクシミリアンは自分のチョコレートスウィーツに夢中だった。

 さっきまでの会話も気にしていないのか、チョコレートを食べてはにやけている。


 ――これで漆黒龍ブラックドラゴンなんだもんなあ。他の六大属性龍も、どんなもんなんだろ。


 実のところ、マクシミリアンというのは、魔法使い(ソーサラー)の正式な名前ではない。漆黒龍ブラックドラゴンと大っぴらに呼ぶのははばかられるので、リリアが付けた人としての名前だ。

 悩んで悩んで悩みぬいて選んだ格好良い名前、だとリリアは思っているのだが、名付けられた当人は、


「あ、はい。分かりました」


 としか言わなかった。これは、リリア最初の屈辱である。

 出会った時は大人しかった態度も、日がたつほどにぞんざいになってきた。勇者であり、第一の友達であるリリアにはとても不満である。


 ――まあ、友達ってのもアレだけど。


 できればそれ以上の扱いをして欲しいものの、おそらく今のマクシミリアンに言っても先ほどのように、


「はいはい分かりましたよー」


 くらいで流されるだろう。リリア本日の屈辱である。

 一万年以上も生きているというのに、マクシミリアンはちーっともリリアの態度に気づかない。

 むしろ、一万年も生きているからだろうか。リリアの繊細さが分からないのだろうか。


 ――会ったばっかりの頃は、べったべたしてきたのになあ。


 思いだすのは、六年前。リリアが勇者として持ち上げられてすぐの頃だ。

 当時、たったの六歳だったリリアは、勇者とはいってもスライムの一匹すら倒せない少女だった。

 普通の子供なら、当然である。ただ、リリアは不幸なことに、勇者という天職持ちだった。

 勇者ならばどんな魔族でも倒せるはず、と妄信した貴族たちが、スライム一匹倒せないリリアを軍の遠征に連れて行った。


 右も左も分からず、不安だった。両親からも離されて、周りのプレッシャーに押しつぶされそうだった。

 それだけなら、まだよかったかもしれない。

 貴族は当時から派閥の争いに血道を上げており、勇者もまた争いの火種となった。

 遠征に連れていかれたリリアは、行軍中に谷に落とされた。もちろん、勇者主義に反対する敵対貴族の陰謀によって。

 谷に落ちた時は、子供ながらに死を確信した。両親や、村の友達が思いだされて、リリアの胸中を埋め尽くした。


 そんなリリアを拾ったのが、眼前のチョコ至上主義者である。

 どこをどう転がったかもわからないリリアは、いつの間にか巨大な龍族ドラゴンの前にいた。

 どうやってそこにたどり着いたのかは覚えていない。目を覚ました時には、巨大な影が、リリアを見下ろしていた。


「どちらさまです?」


 と大きさに似合わぬ口調で話しかけてきたのは、龍族ドラゴンから。


「おかしいですね。近くを人間が歩いているのは感じていましたが、まさかここに立ち入れる者がいるなんて」


 透き通った清水のように、涼し気で穏やかな声だった。死ぬ、と思った矢先のことなのに、リリアはこの声を聞いて、なぜか心が安らいだ。

 その後は、泣いた。泣きまくった。


「困りました。人間の子など、あやしたことがありません」


 あちらも心の底から困ったような声を出した。大きな体を震わせながら、ゆっくりとリリアの前まで首を伸ばしてくれた。

 大きくて怖くて、でも声は綺麗で安らかで。今のリリアならばともかく、当時のリリアは頭がパンクして泣く以外のことができなかった。


「この体がいけないのでしょうか?」


 そう言うと、龍族ドラゴンは姿を変えた。今の、真っ黒な青年の姿に。


「えーっと、大丈夫、でもなさそうですね。ケガもしていますし、何やら事情もありそうだ。聞かせていただけませんか?」


 お世辞にも格好良いとはいえない姿だった。けれど、人懐っこい笑顔は、リリアにとって何よりの救いだった。

 泣きじゃくりながら、何もかもを伝えた。怖かったこと。辛かったこと。勇者が嫌でしかたがないこと。両親のいる村に帰って穏やかに暮らしたいこと。

 青年は、リリアの手当てをしながら、よく話を聞いてくれた。その時は正直、両親よりも頼りがいがあると思ったものだ。


 ――ホント、あの時は優しかったのに……。


 青年は自分が漆黒龍ブラックドラゴンであること。人間には力を貸せないことを丁寧に説明してきた。それにリリアは、


「イヤだイヤだイヤだ! ユーシャなんてやりたくない! おウチに帰りたい!」


 と、ひたすらぐずった。改めて思いだすと、恥ずかしくてしょうがない。


「勇者ですか。これはなおさら困りました。私たちは人間にも魔族にも手を貸しません。ハッキリ言いますと、どちらも知ったこっちゃないというところでして……」


 それでも、嫌だ、助けて、帰りたい、と泣きながら言い続けると青年はやがて、


「ここで勇者が死ぬと、人間たちに敵だと思われるかもしれませんね。助けたくない、あー、助けたくないのですが」


 なんて言いながら、リリアを抱き上げてくれた。


「本当に本当に助けたくありませんが、人間とケンカになるのも困ります。あなたを恨みますよ、まったく」


 優しく抱きかかえて、青年はリリアを近くの村まで送り届けてくれた。

 その時は、勇者が行方不明になったといって、村やら街やらが大騒ぎだった。捜索隊を出す出さないで貴族たちがもめていた。そこに青年はひょうひょうと入り込み、


「かわいそうなお嬢さんを一人、送り届けにきました。ああ、お気になさらず。私は通りすがりの魔法使い(ソーサラー)です。偶然、この子を拾いまして」


 誰が聞いても嘘だと分かる嘘だったと思う。にこやかながら、


「それで、この子を泣かせたのはどなたです? 私、ちょっと怒っていまして」


 目は笑っておらず、軍の総大将がいる天幕を、一瞬で凍り付かせた。

 だが、そんな状況でも、リリアは何も怖くなかった。自分以外に向けられた本気の怒気を、頼もしいと感じてしまった。

 結果、実行犯が青年によってつるし上げられ、全裸で村の入り口に一週間ぶら下げられることとなる。

 それに青年は笑うだけ笑い、


「それでは、ここ数年分笑わせてもらったので私は帰ります。さようなら」


 いなくなりそうだったので、リリアが必死に捕まえた。


「お嬢さん、私は帰らないといけないのですが」

「やだ」

「この前説明した通り、私は誰にも手を貸せないのです」

「聞いた」

「ほら、私って正体がアレですから。怖いでしょう?」

「怖くない」

「ですが……」

「行っちゃやだ」


 困り顔の青年を、さらに困らせた。その結果、


「分かりました。では、友達として、ほんの少しだけお手伝いします。あなたがこれ以上泣かなくてすむように」


 と、約束して今に至る。


 ――あの時は、ホントに優しかったのになあ。


 リリアからすれば、マクシミリアンの正体が人間だろうが魔族だろうが漆黒龍ブラックドラゴンだろうが関係ない。

 一緒に居てくれるだけで安心し、頼もしく、心強い友達なのだ。


「このチョコは、なかなか……」


 今はチョコレートにご満悦らしいが。

 人間世界の食べ物を与えるべきではなかったか。この漆黒龍ブラックドラゴン、普通の食事はしないくせに、チョコレートとなると目がない。

 こちらのパンケーキは撃破寸前。あちらのババロアも討伐直前。食べたら、実に厄介だが明日の任務の準備に戻らねば。


 思わず、ため息が出る。

 マクシミリアンと一緒ならば、大抵のことはどうにでもなる。一緒なら、我慢できるし頑張れる。

 本音を言うならば、まだ勇者という立場に納得はしていない。


 ――でも、勇者じゃないと、マックスと一緒にいられないし……。


 マクシミリアンは、勇者・リリアに力を貸してくれている。と、思っている。

 リリアの仕事、魔族の王打倒を果たしたら、マクシミリアンはまたどこかのねぐらに帰ってしまうかもしれない。


 ――勇者はイヤだけど、マックスがいなくなるのは、もっとイヤ。


 この悩みは、いつになっても答えが出ない。


「ふう、ごちそうさまでした」


 二人共同じタイミングで、食べ終えた。財布を取りだして、代金をテーブルに置く。


「ほいじゃ、帰るぞ、マックス」

「そうですね。そろそろ戻らないと明日に差し支えます」


 仕事熱心なことだと、また改めて肩を落とす。その熱心さを、昔のように、もっとこちらに向けて欲しい。

 行列の隙間をぬって、外へ出た。本日の天気は快晴。勇者じゃなければ、干し草の上でごろ寝でもしたい。


 ――ホント、なんでわたしが勇者なんだろ。


 どんより顔で歩き出す。城への道が、無限に続けばいいのにと、どうでもいいことを考えたくなる。王城に入りたくない。

 手をぷらぷらと振りながら歩く。全身から力が抜けていく。


「勇者さま、今日は人が多いですから、ちゃんと歩いてください。はぐれますよ」

「へーい」


 適当に返事をしていると、急に腕を引っ張られた。


「だからちゃんとしてくださいって」


 引っ張った、というか、手を取ったのはマクシミリアンだった。

 そのままこちらの右手を握ってくる。


「仕方ありませんね」


 本当に仕方なさそうに、でも優しい声をかけられて、リリアは顔が熱くなった。


「……マックス、わたしは子供じゃないぞ。手をつながなくても、ちゃんと歩ける」

「はいはい、そうですね」


 ――……ずるい奴。


 これでは、逃げられないではないか。ただでさえ城に帰りたくないのに、なおさら帰りたくなくなるではないか。


「……少し、寄り道する」

「ダメです」


 即座に断られて腹が立つ。それでいて、リリアの歩調に合わせてゆっくり歩くマクシミリアンになお腹が立つ。


 ――いつもこうしてろ、バカ。


 近くなる王城に恨めし気な視線をやりながら、リリアはつながれた手をしっかりと握って城門をくぐった。

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