8 シャーマン・ラミは見つける
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個人的な快挙です。ありがとうございます。
龍族たちの戦いは壮絶で、ラミは目を背けぬよう必死に見つめていた。
青い龍族が不利。青く輝いていた鱗は腐敗の吐息でくすみ、屍龍族の牙と爪が容赦なく引き裂いていく。
だが、青い龍族は痛みを感じさせぬ勢いで、必死に食らいついていた。腐り果てた同胞に、文字通り噛みつき、炎の吐息をたたきこんでいる。
一撃が放たれるごとに、ラミの胸は軋むような痛みを得る。知らず、涙があふれて頬を伝っていた。
こんなに悲しい戦いが、他にあるだろうか。大切な者を、自分が死ぬかもしれない覚悟でもって、倒さなければならない戦いが。
ラミは、この前マクシミリアンに、自分と重ねるな、と言われた。その時は失うことの悲しさだけを見ていたが、
――こんなの、こんなのって、ないよお……。
二体の戦いは激しくなっていく。
屍龍族はすでに翼を焼かれ、前足を砕かれていた。それでも、残った頭で噛みついている。
対する方も、翼を切り裂かれ、鱗をはがされながらも、相手を抑え込まんと必死だった。
激闘と呼ばれるほどの戦いを、ラミは潜り抜けたことがある。死ぬ覚悟で精霊を操ったこともある。我を忘れるほど、血を流したこともある。
そんなラミでも、受け止めきれないほどの戦いが、目の前で繰り広げられていた。
拳を握りしめている。涙は流れっぱなしで、視界は歪んでいた。それでも、決して目をそらさない。
――お願い。
と祈る。
――あの二人に、望まれる決着を。
と。
もはや、二体の戦いは手を貸せぬほどに激化していた。手を出そうものならば、世界中から憎まれるような気がした。
マクシミリアンも動かない。思うものはラミと違うようだが、二体の様子を見つめるだけ。瞳には、今まで見せたことのない厳しさがあった。
互いの傷など、もはや関係ないとばかりに、二体は爪を、牙を突き立て合う。
戦いは、永遠に続くかのようだった。勝ち負けなど、どうでもいい。
そして、
――アタシは他人に、自分の結末を重ねていた。大切な人を亡くすことがどんなに悲しいかって、他の人に聞いて、それを答えにしたかった。
しかし、
――そんなことしちゃいけないんだ。
人それぞれの思いに、平等も、優劣もない。誰かに自分の悲しさを語ってもらうことはできない。
いくら自分と似ていたからといって、感じるものまでが同じだとは思えない。こんな戦いを見せられてしまったなら。
――お願い、終わって。
これ以上、と思う。これ以上、
――もう、苦しまないで。悲しまないで。
と。
その願いに応じるかのように、ついに決着の時が来た。
青い龍族が、屍龍族の首にかみついた。腹を大きく膨らませ、特大の吐息を至近距離から、自分ごと吹き飛ばそうというかというほどの威力で放った。
屍龍族の首が、もげる。頭も、そして胴までも炎が貫き、動かなくなった。
双方の動きが止まった。
「っ!」
ラミは、決着がついたと思うやいなや、すぐに地に下りた。青い龍族に駆け寄り、水の精霊を呼び起こす。
「……来ていたのですね、人間」
「何も言わないで、動かないで、お願い」
龍族の傷など癒したことはない。なので、ラミは精霊の加護を全力で使った。
「ありがとう。ですが、もう我の傷は……」
何を言いたいのかは分かっている。ラミがどれだけ精霊の加護を借りようと、青い龍族の傷は癒えない。
「……私も手伝いましょう」
「マクシミリアン様……」
「あまり得意ではありませんが」
マクシミリアンが、特大の魔法陣を展開させた。龍族全体を覆うかのような大きさで、
「これは……?」
徐々にではあったが、傷がふさがっていく。青い龍族が驚いている。
「まさか、人間に我らの傷が……?」
「静かに。私は治す方は苦手なんです。動かれると、気が散ります」
傷がふさがるのは、マクシミリアンの魔法のおかげ。そう分かりながらも、ラミは精霊の加護を使い続けた。
――気づかせてもらったんだから、せめて、これくらいのお礼は……。
ラミは、精霊の力が無くなるまで、治癒を続けた。マクシミリアンの魔法と合わせ、青い龍族の傷は、かなり治せた。
力の使いすぎで、胸が痛くなった。しかしこれはただの疲労。先ほどの胸を締め付けられる痛みとは全く違う。
――あれに比べたら、こんなの、痛くなんてない……!
肩で息をしながら、ラミは青い鱗にもたれかかった。力が抜けてきている。限界近くまで精霊を使った反動だ。
「ありがとうございます、人間よ」
「ぜんぜん、これくらい……」
赤子を呼ぶかのように優しい声だった。思わず、ラミは意識を失いそうになった。
だが、まだ倒れるわけにはいかない。
「あり、がとう」
「礼ですか? 我はあなたに何もしていませんが」
「いいの、ありがとう」
重ねて言うと、青い龍族は何も言わなかった。
ありがとう、この言葉以外、ラミには思いつかなかった。問いに、願いに応えてくれた者への礼として。
重くなってくるまぶたに必死に抗い、青い鱗を撫でる。まだ汚れてはいたが、きっとこれから元の美しさを取り戻すだろう。
――本当に、ありがとう。
意識が無くなるまで、ラミは思い続けた。




