1 マックスは噂を聞く
新しい章、というよりは短編のようなものが少し続きます。
王都に帰還してから、さらに一週間が過ぎた。
今のところ任務はない。そのため、私も勇者さまも比較的平穏な日々を過ごしていた。
ラミだけがレベルアップのためにクエストに出かけていた。やはり思うものがあるらしく、何かしていないと気持ちが落ち着かないそうだ。
――ラミの真面目さの半分でも勇者さまにあれば、色々変わるんでしょうけれど。
以前、ラミが言ったクエストの件を思い出す。
どうしても勇者さまが戦えないので、私ばかりが注目されてしまう。勇者さまは、後ろから声を上げることしかできないからだ。
私との約束は、結局勇者さまの助けになっているのだろうか。たまに、ふと疑問に思ってしまう。
もっとも、私と出会わなければ、勇者さまはとっくの昔に暗殺されていただろうが。それを救えただけでも、私には幸いかもしれない。
自室で寝転んでいると、扉が叩かれた。
勇者さまではない。勇者さまならば、いちいちノックなどせずに飛び込んでくる。
「はい、開いていますよ」
自分でも分かる、気の抜けた声。だが、扉の向こう側にもきちんと聞こえたらしい。
「失礼します」
遠慮がちに入って来たのは、ラミだった。クエストから戻っていたようだ。
「マクシミリアン様、ただいま戻りました」
「おかりなさい、ラミ。クエストはどうでしたか?」
「はい、問題なく終わりました。レベルも、少しだけ上がったようです」
ラミのレベルはまた2ほど上がり、今は29になったらしい。
ちなみに、自分のレベルは各都市にある冒険者ギルドで確認できる。
勇者さまは私との約束があるため3のまま。私自身は確認したことがない。
元が六大属性龍、漆黒龍なので、おそらく人間の基準では計りきれないだろうからだ。下手に高レベルを叩きだそうものなら、勇者パーティのパワーバランスが崩れる恐れがある。
――まあ、それでもレベルを確認しろという人もいますけどね。
今のところは、実力を見せることで、方々に納得してもらっている。私の肩書は、ただの魔法使いというだけでいい。
「それで、その、マクシミリアン様、ご報告があります」
報告、とはなんだろうか。かしこまるラミに、続きをうながす。
「先日訪れた村で聞いたのですが、変な噂がありました。私のクエストとは直接関係なかったので、詳しくは聞かなかったのですが……」
「噂ですか? それは、どのような?」
「はい。王都から馬車で四日ほど行った村の近くに、屍龍族が現れたとか……」
「屍龍族、ですか。それは物騒な話ですね」
六大属性龍の私が語るのもなんですが、龍族はとっても死ににくい種族です。もっと正確に言うと、殺しにくい種族、でしょうか。単に首を切り落としただけ、心臓を潰しただけでは終わりません。体内にエーテルが残っていれば、いえ、エーテルの密度が濃い場所にいたならば体内のエーテル量に関係なく、死に損ないます。
屍龍族は、アンデットの中でも一番たちが悪い。強い上に殺しにくいので、高ランク冒険者でも倒せるか怪しい。軍隊を率いてもどうなるか。
同じ龍族としては、同胞に哀れみの情を抱く。始末してやれるなら、始末してやりたい。龍族とて、好き好んでアンデットなどにはなりたくない。
しかし、どこにいた龍族がアンデット化したのだろうか。龍族討伐の話など、ここ最近では聞いた覚えがない。
「それも、二匹いるそうです。山に住み着いたとかいう話で……」
「屍龍族が二匹も? それは……」
信じがたい。さりとて、ラミが変な噂に惑わされるはずもない。
龍族は、基本的に単独行動が多い。寿命は長く、孤独を好む。私のような偏屈者でもなければ、同胞とはいえ積極的にか関わろうとはしない。
それが二匹同時とは。
――どこかの誰かの仕業? ですが、死に損なった龍族を二体も集めるのは難しいですし、操ることなど不可能でしょうし……。
なんとも信じがたい話だ。もしできるならば、直接確認しに行きたいが。
――とはいえ、勇者さまを置いて出かけるわけにはいきませんからね。……もし、噂が本当ならば、冒険者ギルドが把握しているはず。最悪の場合は、国王に直接報告が行って、軍を派遣することになるはずですね。
「ラミ、冒険者ギルドでは何か言っていましたか? 討伐のクエストなど」
「いえ、ありませんでした。噂が本当ならクエストがあるはず、と確認してみたのですが、特に冒険者に招集などもかかっていません」
「こちらも龍族が暴れているという話は聞いていません。アンデットになっているなら、大きな騒ぎになるはずなのですが」
「はい、なので、マクシミリアン様にご報告するかどうかも迷いました。ただ、先日の、その、一件がありましたから、念のためにお伝えしておこうと思って……」
先日の、というのは、人族と魔族が内通し合って勇者さまを殺そうとしたことか。
魔族が関わっているなら、龍族の死体を用意することもできるかもしれません。ですが、腑に落ちないですね。地方の村なんかで顕現させてどうするのでしょう?
私が首をひねると、ラミは困ったように身をすくませた。
「すみません、やはり、取るに足らない噂だと聞き流すべきでした。ご報告なんてしなくても……」
「ああ、いえ、教えてもらった方が助かりますよ。何が起きるか分かりませんからね、最近は。私は勇者さまから離れられないので、噂ですら聞きませんし」
はい、と答えながらも、ラミは申し訳なさそうにたたずんでいた。
――気にはなりますが、どう動きましょうか?
人間に被害がないならば、ただの噂として聞き流すのもいい。ただ、龍族としては、引っかかる。
自ら出向きたいが、どうしたらいいだろうか。今のところ仕事もない。だが、仕事がないことが逆に困る。
――勇者さまと離れるわけにはいきませんし……。
かといって、確証もない噂話に勇者を連れていくのも気が引ける。
そう悩んでいると、ラミの横から気楽そうな声が聞こえた。
「ふうん、なんか変な話があるんだな!」
「勇者さま……」
「マックスがそんな顔をするなんて珍しいな!」
ひょっこりと、勇者さまが顔をのぞかせていた。考えごとで気づかなかったようだ。
――そんなに変な顔をしていたでしょうか?
「行きたいなら、わたしも付き合うぞ! どうせヒマだしな」
「ですが、何もないかもしれませんよ?」
「それならそれで気晴らしになる! 王様には、私から言っておくぞー」
言うが早いか、勇者さまはすぐさま顔をひっこめてしまった。出かけられるように、すぐさま準備をしよう、ということだろう。
「あ、あの、マクシミリアン様……。どうしたらよいでしょうか?」
話が飲み込めていないラミに、私は、
「勇者さまが付き合ってくれるそうです。その噂の村とやらに行ってみましょう」
「えっ?」
「ラミはどうしますか? 一緒に来ます?」
「あっ、はいっ」
ラミの返事を聞いて、私は身支度にとりかかる。とはいっても、私は基本的に、身一つでいい。せいぜいで勇者さま用のおやつを用意するくらいか。
――龍族。しかも、屍龍族。複雑な気持ちです。嫌な予感、とまではいきませんが。
不安と、言いようのない期待のようなものを感じながら、私は手早く支度を整えていった。
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