1 マックスはチョコレートを食べる
さて、魔族の大軍を消し飛ばしてから三日。私と勇者さまは王都でスウィーツを堪能していました。
「どうだ、マックス! どうだ、美味いだろう?」
「ふむ、悪くないですね。悪くない」
「素直に美味いと言え! ここは私のオゴリだぞ! 人の金で食うスウィーツは美味いだろう!?」
「私と勇者さまの財布、一緒じゃありませんでしたっけ?」
――チョコレートは美味しいですね。なので、細かいことはあまり気にしません。えぇ、結局は私の出費であることも気にしてはいけません。
「それで、勇者さま、次はどこに行くんです?」
私が尋ねると、甘い香りの充満する店内で勇者さまは苦い顔をした。
「せっかく美味い物を食べているのに、そんな話をするのか?」
「だって、このチョコレート代金も仕事の報酬でしょう? 仕事しないとチョコレート食べられませんもん」
「お前はでっかいくせにちっさいな! チョコくらいでなんだ!」
「チョコレートは人類が作り出した最高の食べ物ですね」
これだけでも人類を庇護する理由になりそうです。私の中では、勇者さまの次に優先度が高いんですよ。
「ふん! こんな店にいるんだから、もっと、その、甘い話をだな……」
「はいはい、勇者さま大好き大好きー」
「心がこもってない!」
――本気で言えるわけないでしょうが。
「大好きですから、世知辛い話しましょうよ、勇者さま」
強引に話を戻す。
むー、と膨れる姿は年相応の少女らしく、いつもの尊大な態度も消えている。
今日は聖剣も聖鎧も付けていない。町娘のような質素なワンピースを着ているので、威厳もない。
もともとはこんな少女なのだ、勇者さまは。無邪気でお転婆で心優しい。どこにでもいそうな少女だ。
「分かった……」
イチゴのパンケーキにグサリとフォークを突き立て、勇者さまは不承不承といった風にうなずいた。
「……次は『エルテル城塞』だって」
「え、この前行ったばかりじゃありませんでしたっけ?」
「お前も知っているだろうが」
知っている。『エルテル城塞』というのは、現在、もっとも攻防が激しい場所である。人類が攻め入った中では、最北端に位置する。
ただ、攻め方が危うい。槍、というよりも、棘を刺しただけのようなもので、退路を断たれる可能性が高い。おそらく、今回は、
「補給線の防衛だってさー」
ジュースのストローをくわえて、ピコピコと動かす勇者さま。
――こらこら、お行儀が悪いですよ。
「あそこ、かなり無茶して突っこんでますもんねー」
「だよなー。無理してまであそこまで行かなくてもよかったんじゃね? そりゃあ、魔族領に入り込めたってのは、いい宣伝だろうけどさー」
「逆にあそこが陥落したら、戦意ダダ下がりでしょうにね」
「王様、今かなり焦ってるらしいよ。貴族連中がうるさいんだって。早く戦争を終わらせろってさあ」
「だからって、補給線が伸び伸びになっているのに。魔族だって筋肉バカばかりじゃないんですけど」
「人間って、魔族舐めすぎだよねー。ぷぷー」
「笑わないでくださいよ、勇者さまは人類代表なんですから」
「代表って言っても、魔族王にトドメ刺す力があるってだけじゃーん」
気を抜きすぎだ。ちなみに、私は周りに声が漏れぬよう沈黙の結界を張り続けている。仮にも勇者が、ということで。
「どうしたらいいと思う? マックスー」
「目の前のことを少しずつ片付けていくしかないんじゃないですか?」
「真面目なこと言うなよ、マックスー。わたしとお前の仲じゃーん」
「だから、私には目先の問題をこなすしかできませんて。戦争にトドメ刺せるのは勇者さまだけですよ」
勇者さまはぶーたれてしまうが、実際そうなのだからしかたない。私にできるには、露払いの露払いくらい。戦争は人類の手によって終わらせてもらわないと困る。
同族にばれたら、私はボコボコにされる。おそらく消滅まではしないだろうが、一万年単位で寝ることになるだろう。
「とりあえず、仕事しましょう。出立はいつ頃です?」
「早ければ早いほどいいってさ」
「では今日……」
「やだ」
「……明日の朝一で」
「しょうがないかー」
心底嫌そうに、勇者さまは答えた。
まあ、年頃の女の子に戦争しろという方が酷ですよね。まだ十二歳。それなりに大きくなったとはいえ、結婚はまだまだなお年頃。
聖なる鎧よりも、今のような服装の方が似合っています。
「じゃあ、帰ったら準備をしましょうか。って言っても、私は身一つでいいんですけど」
必要なものといえば、せいぜいで着替えくらいなものです。人間の姿をしていますので。
武器はお飾りなのでどうでもいいですし、防具も無くて構いません。
重要なのは、勇者さまの方ですね。
「砂糖漬けの果物とー、はちみつとー、ミルクとー、ケーキとー」
投げやりすぎた。
「いやいや、果物はまだなんとかなるにしても、ミルクとケーキはすぐに痛みますって」
「えー? 勇者じゃーん。戦ってるんだからいいじゃーん」
「消費期限の問題ですよ」
――はいはい、私があとでリストアップして兵站担当に渡しておきますよ。
勇者さまは、気が抜けたように椅子にもたれかかっている。目からはやる気が少しも感じられない。
敵を前にすると態度が大きくなるのに、平時はいつもこのような感じである。国王とやらに使う営業用もあるらしいが、私は見せてもらったことがない。
「マックスの魔法でなんとかならない?」
「私を便利道具扱いしないでください。まあ、冷気系の吐息を使えばなんとかなりますけど」
「おお!」
「いえ、そんなに目を輝かせてもダメです。疲れるんです。怪しまれるんです」
「まあ、普通の魔法使いがそんなことにエーテル使ってたら怒られるよねー」
「そうですよ。私の立場は、ただのパーティメンバー、なんですから」
「実際は漆黒龍だけどねー」
私は沈黙の結界を改めて張りなおした。
――本当に世話の焼ける勇者さまですね。
「ま、いいや。明日、起こしに来てね。でも、あんまり早いと嫌だからね?」
またワガママなことを……。
勇者さまは言うだけ言って満足したのか、パンケーキを攻略し始めた。ジュースを飲みながらパンケーキをほおばるのは可愛いが、これが勇者だとなると人類にいささかの同情を禁じ得ない。
これ以上は何を言っても耳に入るまい。小言を言うのを諦めて、私もまた自分のチョコレートババロアを打倒すべく奮起した。