6 マックスは複雑になる
いつもありがとうございます。
「す、すみません、マクシミリアン様。助かりました!」
「いえいえ」
勇者さまに近づく不届き者を蹴り飛ばし、私は押し寄せてくる魔族の大軍を相手にしていた。
ラミが削ってくれたとはいえ、まだまだ敵の数は多い。飽きてくるくらいに。
――一発、どでかいのをかましますかねえ。
目の前には、大きな大鬼族がいる。先ほどの態度から察するに、これが今の指揮官なのだろう。
倒せば、下級魔族も逃げ出すだろう。私は狙いを定め、吐息を放つ。
「ヌッ、グウ!」
少しずつ押し返す。大きな斧を持っていても、近づけなければただの棒きれに等しい。
「漆黒爆炎ー」
大鬼族指揮官の腹に、黒炎の爆発をお見舞いする。致命傷には遠いが、連続で食らえば体力は削れる。
「キサマ! オレサマと勝負しろ!」
――いーやーでーすー。
真正面から突っ込むしか能のない相手と、正面から戦う必要はない。
こちらとしては、すぐさま終わらせて帰りたい。
――そろそろ仕留めますか。
相手の戦線は崩れている。大きめの吐息を放てば、もう終わりそうだ。
右手にエーテルを集める。黒い炎が収束し、拳大の火球が生まれる。
この前、最上級魔族を葬った一撃。これで消し飛ばない魔族はいまい。
「それでは、さようなら」
そうとどめの一撃を放とうとしたところで、
「そこまでですよ、マックス様」
楽しそうに、嬉しそうに笑うような声が背後から聞こえた。
右に跳ぶ。直後、私のいた場所を光魔法が抉った。
「ルシアナっ!?」
ラミの驚く声が聞こえた。
――来ましたか。ここで本当にカタを付けるつもりでしょうか。
「ルシアナ、何してるの!?」
ラミの呼び声にも答えず、ルシアナは空中にいた。飛行魔法を使えるとは聞いていなかったが、私は特に驚かない。
「神よ、かの者に裁きを、天罰を!」
光魔法、光爆破。光の連打が、私に向かってくる。
「グウッ、なんだ? 仲間割れか?」
先日とは逆パターン。ルシアナに狙われる私を見て、魔族たちは戸惑っている。
「ルシアナ! ねえ、やめてよルシアナ!」
魔族と元仲間を同時に相手にする。私が戦場の中心になる。
左から来る魔族、右から来る光魔法。
――さて、どちらから片付けましょうか。
もはやルシアナには一片の情も抱いていない。魔族同様、ただの敵だ。ラミが必死に叫んでも、ルシアナは表情を変えず、私しか見ていない。
――いえ、私と勇者さまの両方を見ていますか。
勇者さまが巻き込まれるのは困る。聖鎧のおかげで魔法耐性があるので大事には至らないとはいえ、勇者さまが狙われると私がキレる。
なるべくならば、本性は出したくない。ルシアナにバレるのは構わないが、ラミにバレるのは心が痛む。
光爆破と小鬼族の攻撃を避けながら、私は魔族側に寄っていった。
――どうせなら、魔族を倒す手伝いもしてもらいましょう。
ルシアナの魔法が、私と魔族たちに襲い掛かる。
「何だ!? 敵なのか? 味方なのか?」
――大鬼族指揮官の疑問もごもっとも。あれはもうただ暴走しているだけです。
焦っていたルシアナにとって、これは私と勇者さまを葬る最後のチャンスだとでも思っているのだろう。ラミがいるのに、誤魔化そうともしない。
「っく!」
ラミが風の精霊を呼んだ。風の盾で、私を守りにきた。
そこで、ルシアナの顔が変わる。恍惚とした表情から、憐れむようなものへ。
「ラミ、そこをどきなさい。私は悪魔を滅ぼさねばならないのです」
「マクシミリアン様が魔族だって、まだ言うの!?」
「魔族? 違います。その男は悪魔です。魔族よりも醜い、悪魔です」
「何を言っているのか、分からないよ!」
――私にも分かりません。龍族に向かって、魔族だの悪魔だのと。正気を失っているのでしょうか?
「可哀そうなラミ。そんな悪魔に魅入られて。でも大丈夫。私がすぐに目を覚まさせてあげますから」
「やめて!」
風をまとったラミが、ルシアナを止めるべく飛びあがった。
「やめてってば!」
ルシアナを抑え込もうと、ラミが抱き着いた。それでもルシアナは魔法を唱え続ける。
あれはもう何を言っても止まるまい。
「ラミ、やめなさい。もうその女には何を言っても無駄ですよ」
「ですがっ、マクシミリアン様! ルシアナは大切な仲間です!」
「その女にとっては、私も、勇者さまもただの敵にしか見えていません」
「マクシミリアン様だけじゃなくて、勇者様まで……?」
「ええ。どうせ勇者排除派の誰かしらと組んでいるのでしょう。っと」
――おっと、光爆破が鼻先をかすめました。迫ってきていた小鬼族の頭が吹っ飛びました。
「でもっ、今まではそんなことありませんでした!」
「もう打つ手がなくて、余裕がなくなったんですよ。だから、こんなことになっているんです」
――困りました。ラミはこんな状態になってもルシアナを信じたいと思っているようです。もう明らかに、私たちと決裂しているのに。
ラミは呼びかけ、ルシアナは答えない。勇者さまは、この状況を予測していたのか、まっすぐに私を見て動きません。
――やれ、ってことですか、勇者さま。
私は左右の手で、それぞれ別の吐息を構える。片方は魔族、もう片方はルシアナに向けて。
「アタシ、どうしたら……」
吐息が完成した。ラミには悪いと思う。しかし、私は敵に容赦はできない。
「漆黒……。あれ?」
私の攻撃よりも先に、ルシアナとラミが吹き飛ばされた。
「クソッ! クソッ! お前が、お前が全部悪いんだああああ!」
青い炎の爆発。一応、私には見覚えがある。
「勇者さま! ラミを!」
「分かってる!」
撃ち落とされたラミを、勇者さまが受け止めた。聖鎧のおかげで、ラミも勇者さまも無事だ。
逆に、
「クソッ! クソッ! クソッ!」
ルシアナの方では、青い爆炎が何度も上がった。
意識を取り戻したヴィンターが、呪詛を吐きながら魔法を連発している。
「お前が! お前が裏切ったんだ! オレを、シュルケ様を裏切ったんだ! お前がはめたんだ!」
守護の結界を張る間もなく、ルシアナは吹き飛んだ。上位魔族の魔法だ。強固な結界がなければ、普通の人間などひとたまりもない。
「なんだ! いったい何がしたいんだ、お前らは!」
大鬼族指揮官が大声を上げる。私も大いに賛同したい。
戦線も戦況も、混乱を極めている。誰が敵で、誰が味方なのかすら曖昧になってきた。
とりあえず、
「漆黒爆炎嵐」
「なにがっ、グオッ、グガアアアア!」
魔族の方は、焼き尽くしておく。大鬼族指揮官以下魔族数百が、黒い炎に飲まれて消えた。
青い炎の方も、一段落した。エーテルを使い切ったのか、ヴィンターがふらつき、倒れ込んだ。
「うぅ、くっ。なに、が……?」
「起きたか! おい、マックス! こっちは大丈夫だぞ!」
「ええ、そのようですね」
ただ、
「あちらは酷いことになっているようです」
指さした先では、元ルシアナが散らばっていた。よほどヴィンターの怒りは激しかったらしく、散らばった上に丸焦げだ。
どれがどの部位だったのか、判別もできない。見るも無残とは、このことか。
「……うぷっ」
勇者さまが口元を抑えた。
私はラミの視界を防ぐように立ち、
「マクシ、ミリアン様、何が起きたのですか……?」
「終わりましたよ、ラミ」
「えっ! でも、魔族は……? ルシアナは……?」
「どちらも終わりました」
「……そんなっ!」
震える足で立ち上がろうとしたところを、私は抱きとめる。ラミは私を押しのけようとするが、まだ力が入らないようで抵抗は弱い。
「いやっ、いやです! ルシアナは、ルシアナは……!」
「見ないでください、ラミ」
「でも、でもっ……」
私の胸に、ラミがすがりつく。涙をボロボロとこぼしながら、か弱い声を出す。
「ルシアナはっ、私に優しくしてくれて……。私は、嬉しくて……」
「知っていますよ」
「マクシミリアン様が、手を下されたのですか……?」
「違います。ですが、横やりがなければ私がやっていました」
ヴィンターの方が、一歩早かっただけにすぎない。結末は、誰がやろうと同じだったはずだ。
ルシアナは死に、ラミは泣く。どちらも予想通りで、
――……私でも、心は痛みますか。
ラミに胸を貸しつつ、私は複雑な感情を得る。
「マックス。お前のせいじゃない」
「どうでしょうね」
「わたしのせいだろ。聖職者が、あんなんになったのは」
「それは違うと思いますけど」
「違わない。私を嫌う奴は多いからな」
それを言うなら、責められるべきは、ルシアナをけしかけた何某だろう。勇者さまが気にする必要はない。
「……帰りましょうか」
「……そうだな」
今は誰かを責めている時でもない。私はラミを抱きかかえ、勇者さまは私の背にくっつく。
「そういえば、あれはどうする?」
勇者さまが疲労困憊で倒れているヴィンターを指さした。まだ起きる気配はない。
「放っておきましょう」
「わかった」
とどめを刺すような空気でもなくなった。捨て置いたところで、何かができそうにもない。
私は、二人に負担をかけないように、ゆっくりと飛んだ。
遠目に見えた『エルテル城塞』は、勝利を喜んでいるようだ。
それをゆううつと感じながら、私たちは戻った。
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