5 魔族ヴィンターは恐怖する
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ヴィンターは周囲を警戒しながら、やる気なく進んでいた。
数日前、上司である最上級悪魔を目の前で倒されてから、人間が恐ろしくて仕方なかった。
――あの黒い人間、ここに来てるんだよな? いるんだよな?
上司、シュルケを吹き飛ばした黒い魔法使い。名前こそ聞かなかったが、だからこそ不気味だった。
いつ来るだろう。どこから来るだろう。もしかして、すぐそばにいて、自分たちを消そうとしているのではないか
恐怖で押しつぶされそうだ。できることなら、二度と人間に出遭いたくない。戦争もどうでもいい、どれだけ罵られても構わない。魔族領の片隅で死ぬまで大人しく過ごしたい。
そんなヴィンターの願いを、隣にいる大鬼族はにぎりつぶした。
シュルケの代わりに送られてきた、大鬼族長・デッサウ。戦闘力はヴィンターとそれほど大差ないが、統率力がずば抜けていた。
送られてくるなり小鬼族、大鬼族を支配下におき、すぐに戦争の準備を終えてしまった。
それだけならいい。逃げかえって来たヴィンターを臆病者扱いしたのも気にしない。しかし、魔族ならば必ず復讐をとげよと、ヴィンターを無理やり連れだした。
今も、隙あらば逃げようと考えている。
「フン! 人間なんぞを恐れるとはな。上級魔族の誇りを捨てたか!?」
「う、うるせぇ! 誇りなんざ、虫に食われても構わねえ! オレは死にたくねえ! あんな無残に殺されるなんざごめんなんだよ!」
「シュルケも大したことのない魔族だったのだな! たった一人にやられた? バカが! 頭でっかちの軟弱者め! 勇者でもない人間に殺されるとはな!」
大声を出されるたび、あたりが気になる。黒い死神が、自分に迫ってきているように感じる。
「ボス、ナニカクル」
小鬼族の中にも、探知の結界を張れる者がいる。まだ人間の砦は遠いというのに、何が来たのだろう。
前をにらむ、後ろを振り返る、天を仰ぐ。
あまりの怯えぶりに、小鬼族にすら失笑をかう。
――それでも……! それでも!
願う、祈る。しかし、ヴィンターは忘れられない気配を感じて、絶望した。
「あ、ああ、ああああ……」
黒い空に見えた、さらに黒い点。間違いなくこちらに近づいてくる。点でしか見えなくとも、ヴィンターには分かる。
来てしまった。最悪の、最凶の死神が。
死神は、銀髪の子供を連れていた。さらに隣に銀髪の精霊使いを伴っていた。
「フン?」
ヴィンターの様子を見て、デッサウは察したらしい。
「オイ、どれだ? どれがシュルケを倒した人間だ?」
震える指で、黒い魔法使いを指す。
「ホウ……」
デッサウが三メートルはある斧を振りかざした。良い獲物を見つけたかとでもいうように、大きな体を揺らし、笑う。
「ハッハー! 貴様がこいつを逃がした人間か! どんな化け物かと思えば、枯れ木のような身なりだな」
「なんだー!? デカいだけの奴が、何かほざいてるぞ、マックス! 早速やるか!?」
挑発に反応したのは、銀髪の子供だった。剣をこちらに向けて、叫んでいた。
「おい、お前ら、とっとと帰れ! じゃないと、全員ぶっ飛ばすぞ!」
「アン……?」
デッサウの目が、子供に向く。
「ホウ、これは運がいいな、あれは聖剣だ。ということは、あれを持っている人間のガキが勇者ってことか!」
魔族の怨敵を見つけて、デッサウはさらに笑った。
今、この大鬼族長は勝利を確信しているのだろう。率いてきた軍団も、勝利を信じて大声を上げている。
「ガキが勇者とは都合がいい! そこの枯れ木ともども、この斧の染みにしてやる! 行けい、お前ら!」
小鬼族と大鬼族が、敵へと群がる。
まず、こちらに反応したのは金髪の精霊使いだった。
「風の精霊よ、風の刃で敵を刻め!」
精霊を呼び、エーテルを練った風で小鬼族どもを蹴散らす。
「火の精霊よ、赤き炎で敵を染めろ!」
レベルの高い精霊使いらしい。小鬼族と大鬼族の群れを前にしても怯まず、それどころか勇敢に戦っている。
「行けー! やれー!」
勇者は死神の後ろで、聖剣を振りかざしていた。大声を上げるだけで戦わない。
戦うまでもないということか。勇者は、この精霊使いを、あの魔法使いをアゴで使えるほどの力の持ち主なのか。
ヴィンターには、勇者が脅威だとは感じられなかった。気配だけなら、本当にただの子供だ。小鬼族一匹にも劣るかもしれない。
精霊使いは奮戦している。こちらの軍勢には、恐れをなして武器を落とす者もいた。
「逃げるな! 戦え! 逃げる奴はオレサマが食ってしまうぞ!」
デッサウの檄が飛び。戦線が作り直される。精霊使いの攻撃に慣れてきたのか、果敢に突っ込む奴も出てきた。
だが、
「はい、漆黒灯」
気が抜けるような呟きと共に、突っ込む先から燃やされている。
「マックス! お前も戦え!」
「はいはい、分かってますって」
勇者が、死神をけしかけてきた。
――ひっ……!
こちらに向かう一歩一歩が、死刑宣告のように見える。
「はい、漆黒炎弾幕。はい、漆黒炎剣」
緊張感がない声が戦場に消える。それと同時に、同胞も燃やされ、斬り捨てられて地面を赤く染めていく。
「マクシミリアン様、ここはアタシが!」
「私も手伝いますよ。二人でやる方が、早いですからね」
「で、でも、いいんですか?」
「敵を倒すのにいいも悪いもありませんよ。敵ならば燃やし、消すだけです」
シュルケを倒した時の気迫は感じられない。気楽に、どこか面倒そうに魔法をばら撒いている。
それでも、軍の消耗が大きくなっていく。精霊使いが支えていた前線を、あっさりと塗り替えていく。
「フーン。一応、シュルケを倒しただけはあるか。オイ、ヴィンター、早く仕掛けろ。お前に、汚名返上の機会をやるぞ」
そう言われても、恐怖で足がすくんでいる。
「チッ! 本当にお前は臆病者だな!」
デッサウが動き出す。味方の軍勢を押しのけて、前へ出た。
――あ、死んだな……。
ヴィンターは仲間の死を直感した。
「オイ、そこの黒い奴! オレサマと戦え!」
斧を振り回しながらデッサウが前進している。一応はデッサウも上級魔族、精霊使いは気配を感じたのか新たな精霊を召喚し始めた。
「ラミ、ここは私がやるので、勇者さまをお願いします」
「えっ!?」
「無駄に頑丈そうですから。一気に吹き飛ばしますよ」
そんなやり取りが聞こえた。次いで、
「漆黒爆炎」
黒い炎が、周囲を吹き飛ばした。大鬼族の隊列が崩れる。小鬼族はたやすく瓦解した。
「ヌウッ!?」
デッサウが一歩後退した。
「漆黒爆炎。漆黒爆炎。漆黒爆炎ー」
爆発が起きるたび、デッサウが下がってくる。押されている。
「ヌグゥッ! 人間の魔法なんぞ、これしき!」
果敢に進む姿も、ヴィンターからすればただの無謀、蛮勇に見える。
――今のうちに、逃げる準備を……。
ヴィンターは、周りに悟られぬよう、少しずつ後ずさる。幸い、デッサウに続くように軍は進んでいる。ヴィンターに注意を払う者はいない。
――でも、逃げ切れるか……?
今はデッサウに気を取られているようだが、逃げようと飛べば、すぐに捕捉されてしまう。
どうしたらいいのか。ない知恵を絞って考える。
そこで、死神の背後、精霊使いに守られている勇者の姿が目に入った。
――今なら、勇者を捕まえられる……?
勇者を捕え、人質にすればさすがの死神も手を出せないのではないか。
思いつくと、ヴィンターは自然と体を動かしていた。
身を低くして走る。全力で、前へ。
ヴィンターも魔族の端くれ、飛びぬけた身体能力がある。ただ走るだけでも、数キロを数秒で走り抜けられる。
精霊使いがヴィンターに気づいた。精霊が、様々な攻撃を放ってくる。
――こんなの気にしてられない!
ヴィンターは避けることも考えずに、勇者のもとへ着き、精霊使いを押しのける。
――これなら!
手を伸ばし、勇者の腕を掴もうとしたところで、
「はい、そこまでー」
腹部に穴が開くような衝撃を感じて、意識を失った。




