4 マックスは聞こえてしまう
評価とブックマークが活力の源です。本当にありがとうございます。
眠ってしまった勇者様に毛布をかけてやりながら、私は苦笑していた。
激戦の連続と旅は、まだ幼い少女には酷だった。態度には出していなかったが、悩み事も相まって疲れていたのだろう。
ベッドを占領されるのには慣れている。以前は、震える勇者さまと一緒に寝ていたこともあった。
――それにしても、外はにぎやかですね。龍族の耳は良すぎて困ります。
ラミとルシアナの声が聞こえていた。言い争っているらしく、ラミの声が、特に大きく耳に入った。
どうやら私を話題にしているようだ。ルシアナは、私が人間ではないとラミに伝えている。
――まあ、当たっていますけど。
ただ、ルシアナは私のことを魔族だと言っている。そこは、大外れだ。
ルシアナがどこまで本気なのかはともかく、ラミは必死に否定している。私としては、少し胸中が複雑だった。
――私の正体を知っているのは勇者さまだけ。ラミには、パーティメンバーとはいえ、明かすわけにはいきません。第一、信じてくれないでしょう。
六大属性龍が、人間に力を貸すなどと。例え、相手が勇者だったとしても。
信じてもらえないのはいいが、変な疑いを招くことはしたくない。なので、私は何も告げるつもりもない。
――それはともかく、ルシアナが犯人でしたか。勇者を人に、魔族にすら売る聖職者とは、なんとも罪深いですね。
私は、いわゆる神の存在は信じていない。万物を創造した偉大なる主、と教会では信仰されているとは知っているが。
――そんなものがいたら、ルシアナにはとっくに天罰とやらが下っているでしょう。
苦悩しているルシアナには、一片の同情もない。勇者さまを狙う以上、敵として確定した。
これ以上、面倒なことを起こすなら、すぐにでも排除しよう。それこそ、戦いの最中に死んだことにしてもいい。
ラミは悲しむだろう。そこには多少、心が痛む。ラミとルシアナの仲は、ただの仲間以上に固く結ばれている。ルシアナがいなくなるショックは、ラミにとって大打撃となる。
――もうルシアナのデタラメで傷ついているようですし。追い打ちをかけるようなことしたら、ラミが心を閉ざしてしまいます。
今すぐにルシアナを処分しないのは、慈悲でも哀れみでもなく、ラミのため。
もっとも、明確な敵対、勇者さまに直接杖を向けるようなら、容赦するつもりはない。ラミの目の前だったとしても、引き裂こう。
仲間だった者を切り捨てる算段をしながら、私は勇者さまの額に手を置いた。うっすらと汗ばんでいる。表情も、苦しそうだ。
また悪夢を見ているのかもしれない。
――本当にどうしようもない連中がいるものです。悪い夢を見ても、まだ勇者だと健気に振舞う女の子を狙うだなんて。
静かな怒りが私の胸中をくすぐる。
次に何かしら出来事があるなら、『都市エステカ』への帰り道で間違いない。人が出るか、魔がでるか。何が出ても、私には怖くない。
――ああ、ですが魔族には警告してありましたね。えーっと、ヴィンター、でしたか。きちんと私の言う通りにしたようです。
間抜けな魔族を思い出す。目の前で上官を消されて、完全に戦意を無くしていた。命乞いをされ、見逃したのは正解だった。
そういえば、とついでに思いだす。
――今は魔族に動きがないのでしたっけ。あの上官がここの指揮官も兼ねていたのかもしれません。
こちらは半ば衝動に駆られてやったしまったものだったが、結果としては消しておいてよかったらしい。
知将と名高いカーライル卿ならば、魔族が動けないうちに、『エルテル城塞』の戦力を立て直すだろう。
――勇者さまの出番が無くなるといいですね。
明日にはすぐ帰る。ここで戦闘に巻き込まれることはない。
そう楽観した時だった。
――……おや?
周囲が急にあわただしくなった。兵士の走る音、鎧の鳴る音が耳に入ってくる。指示をするような声も。
――これはいやな感じがしますね。
砦などという物騒な場所が動き出す理由など、一つしかない。
扉が叩かれる。
「魔法使い様、いらっしゃいますか!?」
「はいはい、いますよー」
開けると、年若い兵士が、こちらに敬礼する。
「至急、カーライル卿の執務室へお願いいたします!」
「はい、一体なんのご用で?」
聞くまでもないと分かりつつも、私は確認した。思い過ごしである可能性はゼロであると分かっているのに。
「魔族どもに動きがありました! 監視していた魔法使いから、城塞に向かってくるとの報告が!」
「あー、やっぱり」
「え?」
「あ、いえいえ、お気になさらず」
「は、はい。ところで、勇者様がどこにいらっしゃるかご存じありませんか? お部屋にはいないようで……」
「ああ、勇者さまならそこに。ちょっとお疲れのようで、休んでらっしゃいます」
「あ、了解いたしました! では、お二人でお越しください」
言い終わると、兵士は足早に立ち去った。よほど急いでいるらしい。
――やれやれ……。嫌な予感は当たるものですね。
「勇者さま、起きてください、勇者さま」
「ん? んー」
「魔族が来るようです。戦いになりますよ」
「え? ……なにぃ!?」
寝ぼけ眼が一気に開く。勇者さまは飛び起きて、掴みかかるかのごとく私に迫ってくる。
「ホントか!?」
「……残念ながら」
「……はあ、そっか」
疲れた吐息とともに、勇者さまは肩を落とす。最悪のタイミングで来た襲撃に、内心で悪態をつきまくっているだろう。
私だって、魔族に文句を言いたい。こっちが帰ってから攻めてこいと。
「勇者さま、とりあえず準備をしてきてください」
「しゃーねえなあ」
自室で準備を済ませた勇者さまと共に、執務室へ。すでにラミとルシアナが待っていた。
ひげを撫でながら、カーライル卿が渋い声を出す。
「先ほど、遠見の魔法で監視していたうちの魔法使いから、報告がありましてな。魔族が千ほど、こちらに向かってきておるそうです」
「まあ……」
ルシアナが、驚いたフリをする。あちらからすれば、好機到来といったところか。
「編成は、主に小鬼族と大鬼族。空を飛ぶものはおりません。ただ、何やら厄介な魔族がおりましてな」
「厄介な魔族、ですか?」
ルシアナの芝居は続いている。
「大鬼族よりも、さらに大きな魔族がいるそうです。おそらくは、上級以上の魔族でしょう。こちらは、まだ完全には立ち直っておりません。上級を相手にするのは、ちと骨が折れます」
「でしたら……」
ルシアナの視線が、勇者さまへ向けられる。それに対して、ラミは私の方を悲しそうな目で見ている。
天恵を受けたかのように、ルシアナの目は輝いていた。口元を覆う手の裏では、笑みでも作っているのだろう。
ラミの方は、デタラメが半信半疑で結論が出ず、私の動向をうかがいたい、というところか。
――やーれやれ、一気に嫌な空気が蔓延してきましたねえ。
不愉快な空気だ。沸点の低い私には辛い。こめかみが痛くなる。
「わたしが出る。いいな、マックス?」
勇者さまも周りのきな臭さに気づいているだろうに、勇ましく仰った。
私は肩をすくめて、
「えぇ。お供しますよ、勇者さま」
「よし、じゃあ、すぐに出るぞ」
はいはい、とうなずいたところで、カーライル卿が慌てた声を出す。
「お待ちくだされ、勇者様、魔法使い殿! そう急ぎなさるな! こちらの準備が整い、兵を出すまでお待ちください!」
「いや、すぐに出る。こっちの戦力は、まだ回復してないんだろ?」
「それはそうですが。しかし、敵もまだ離れたところにおります。我々どもの支援が届く距離までは引きつけて……」
止めにかかるカーライル卿を抑えたのは、やはりというか、ルシアナだ。
「お任せください、カーライル卿。勇者様には、マックス様だけではなく、私とラミもおります。上級魔族でも、恐れるに足りません」
――どの口が言うんですかねえ。あー、ウゼ……、おっと。ここで本性を出すわけにはいきません。
何とか勇者さまを止めようとするカーライル卿に対し、ルシアナはひたすらに出撃を提案する。
――このままじゃ話がつきそうにありませんし、行きますか。
踵を返して、部屋を出る勇者さま。それに続き、私も。
私たちは、城塞の上を目指した。地面を歩くよりも、飛んだ方が早い。
外は、私たちの心中を表すかのように、黒い雲で覆われていた。風が、勇者さまの銀髪を乱す。
「見えるか? マックス」
「ええ。なんかデカいのが先頭にいますね」
私も遠見を使って、敵の位置を探した。
すぐに見つかる。報告通り、大鬼族の三倍はありそうな大きい魔族が後ろに下級魔族を連れて歩いてくる。
その中に、私は知った顔を見つけた。
――ヴィンターでしたっけ? あれが一緒に来ているとは。
ヴィンターは巨大な大鬼族の隣にいた。ただ、落ち着かない様子で、あちらこちらを見回している。
警戒しているというよりは、怯えている。夜道を歩く童女のようだ。大方、探しているのは、
――まあ、私でしょうね。
先日の先頭で、心根を完膚なきまでに折った。充分にトラウマを植え付けたと確信している。
出撃しなくてはならない状況になり、渋々連れてこられたというところだろうか。私を見たら、一目散に逃げるかもしれない。
逃げてもらえるなら楽ですむ。手前の巨大な大鬼族がどんな立場かは知らないが、上級と豪語していた魔族が逃げれば、後ろの連中も勝手に瓦解してくれるだろう。
「あ、そこのキミ」
「えっ、じ、自分ですか?」
「そうそう」
手近にいた兵士に、伝言を頼む。私と勇者さまで片付けるので援軍はいらない、と。先ほどの様子からして、カーライル卿が慌てて騎兵をよこすかもしれない。
「マクシミリアン様!」
さて飛ぼうか、としたところで、ラミが追ってきた。
「アタシも行きます! 今度こそ連れていってください!」
――うーん、どうしましょうか。
今度何かあったら頼らせてもらう、とは言ったものの、今回の相手も、そこそこの魔族かと思われる。連れていくとどうなるか。
ラミも優秀な精霊使いとはいえ、まだ戦いの経験が少ない。強敵相手に、どう立ち回るだろう。
「おい、マックス!」
「はい?」
「ラミも連れていけ」
意外な言葉だった。
「ラミ、お前も自分で自分のことを守るくらいはできるんだろ? わたしとマックスの邪魔になるなよ」
ぶっきらぼうに言われても、ラミはいやな顔をするどころか、
「はいっ!」
と元気よく、どこか嬉しそうに返事をする。
「死んでも知らないけどな。わたしとマックスは強いから大丈夫だけど」
「アタシだって、精霊使いです。修行だって積んできました。簡単に死んだりはしません!」
「なら勝手にしろ」
行くぞ、と促されて、私は勇者さまを抱きかかえた。ラミも風の精霊を呼んで、空に浮かぶ。
――この二人、何かあったんでしょうか?
私はそんな疑問を持ちながら、魔族の群れへと狙いを定めた。




