2 シャーマン・ラミは泣いてしまう
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ラミは、すぐにルシアナの部屋に向かった。
――どうしちゃったのよ、ルシアナったら……。
いつものルシアナとは違う様子に、戸惑いを隠せない。普段、慈しみあふれる女性が、どうして急に戦いを望むようなことを言うのか。
ノックもそこそこに、部屋に入る。
「ちょっと、どうしたの? ルシアナ」
扉を閉めながら尋ねる。ルシアナは、ベッドに腰かけ、うなだれていた。
明らかに様子がおかしい。
「ねえ? らしくないじゃない。いつもはあんな風に、その、キツイこと言わないのに」
ルシアナの隣に座り、ラミは姉役の顔をのぞきこんだ。
はっきりと分かるほどに、落ち込んでいる。先ほどのやり取り、何が原因だったのだろう。
ルシアナは敬虔な教徒、模範的な聖職者だ。そんな女性を戦にかき立てたのは何か。
「……大丈夫?」
ルシアナは、口をつぐんだまま顔を上げない。
「……えっと」
初めて見せられる態度に、どう反応したらいいのか分からない。
――我慢比べ、かな。
ラミは問いかけるのを止め、ルシアナが話してくれるのを待つ。
なんとも居心地の悪い空気が落ちていた。落ち着かない。今まで、ルシアナとの間に、こんな空気が満ちたことはない。
やがて沈黙を破ったのは、
「ねえ、ラミ、聞いてくれるかしら?」
「う、うん!」
やっと口を開いてくれたルシアナに、ラミは顔を寄せる。
まだ表情は硬い。語りだした口調も弱々しい。
「私はね、疑っているの」
――疑う? ルシアナが!?
信心を尊び、信仰心の厚いルシアナから、また意外な言葉が出てきた。
「何を、かな?」
ラミも、動揺を隠せず、声がうわずった。しかし、ルシアナはラミの様子も気にならないようで、
「この前、マックス様が言ったこと覚えているかしら」
「この前?」
「そう、魔族を追い払った時のこと。この先は安全だ、って仰ったこと」
「あ、うん。覚えてるよ」
つい数日前のことだ。忘れるわけもない。
「ラミは、信じられたかしら? マックス様が、魔族を倒したっていうこと」
魔族を追い払ったので、この先は安全だ。確かにそんなことを言っていた。
実際、あれから魔族は襲ってこなかった。ラミも信じがたかったが、事実だったのだな、と納得していた。
それが、どうしたのだろう。
「私はね、マックス様が、人間じゃないのでは、と疑っているの」
「ルシアナ!?」
――突然、何を言い出すのよ!
ラミは、突然の告白に驚き、立ち上がっていた。
真正面からルシアナを見て、肩を揺さぶる。
「マクシミリアン様が人間じゃないって……。そんなことあるはずないじゃない。マクシミリアン様は、ちゃんと人間だよ!」
ラミの言葉を受けて、ルシアナは首を横に振った。
「でも、たくさんの魔族を追い払うって、普通の人間にできるかしら? 確かに、マックス様は魔法使いとしてあまりにも優秀だわ。でも、あれは人間が到達できる強さかしら?」
「それは……」
ラミも、言いよどむ。マクシミリアンの強さは、ずっと見てきた。数千の魔族にもひるむことなく、一撃で大軍を葬ったことも、確かにあった。
でも、とラミも首を振る。
「マクシミリアン様のことは、まだ一年くらいだけど、ずっと見てきたわ。変なところなんてなかった!」
脳裏に、精霊から伝えられた魔族の姿が浮かぶ。
大軍、と言える数だった。あの時は、ラミも必死にマクシミリアンを止めた。それくらい危険な状況だった。
ラミの心が、揺らいだ。
「私はね。マックス様は、魔族ではないかと思うの」
追い打ちをかけるように言われた言葉を、ラミは瞬時には飲み込めなかった。
――マクシミリアン様が、魔族?
突拍子もない話だ。
「考えてみて、ラミ。ここに来るまで、私たちは、何度も魔族に襲われたわよね?」
「……うん」
「私は、上級魔族が働いているのだと思っていたわ。統率が取れていたし、襲撃もこちらの嫌なタイミングを読んでいるみたいに的確だった」
それは、ラミも認めざるを得ない。下級魔族だけでは、ああも上手く仕掛けられないだろう。
上級魔族、それがいるなら、話は通る。指示を出す者がいれば、下級魔族とて充分な兵力になる。
でも、と再び思う。しかし、その後が続かない。でも、と思っても、反論が思いつかなくなってくる。
「マックス様は、もしかしてあの襲撃を手引きしていたのではないかしら。私たちのことを売って……」
「アタシたちを、売る?」
「そうよ。勇者様を、私を、ラミを殺すために」
「そんな、そんなはずないじゃない!」
マクシミリアンは、魔族の襲撃をほとんど一人で防いでいた。部隊が崩壊しないよう、尽力していた。
それに、と思いだすのは、勇者・リリアがマクシミリアンに寄せる信頼である。リリアの、あの信頼が偽物だとは思えない。
悔しいが、リリアはラミと同じくらい、マクシミリアンのことを想っている。あの青年も、リリアを、ラミを気遣い、助けてくれた。
「ただの襲撃では、私たちを殺せない。だから、きっと魔族の大軍を退却させたのよ。新しく作戦を練るために。追い払ったなんて、嘘。単に時間稼ぎをしたかっただけだわ」
「そんな、こと……」
――信じられるわけないじゃない!
具体的な反論が思いつかない。ただ、感情がルシアナの言葉全てを否定する。
「勇者パーティに入ったのは、私たちに取り入るため。確実に私たちを殺すための下準備。信用を得てから、私たちを始末するんだわ」
「じゃ、じゃあ、それとさっきのはどんな関係があるの!? 戦って、何がしたいの!?」
「魔族と正面から戦うとなれば、マックス様もきっと本性を表すはず。そこで正体を暴いて、私とラミで、協力して倒すの。勇者様も、きっと目を覚ますわ」
そこから先、ルシアナの言葉はラミの耳には入らなかった。
――信じない、絶対信じない! ルシアナの言っていることは、デタラメだ!
ラミはマクシミリアンに憧れている。恋焦がれている。だからといって、妄信しているわけではない。
これ以上、マクシミリアンへの疑いを聞いていられなかった。ラミは、ルシアナの部屋を飛び出し、あてがわれた部屋に戻ると、ベッドに身を投げた。
シーツに包まって、ひざを抱え、苦悩する。
姉のように慕っていた者からの言葉が、ラミに突き刺さる。一生懸命、否定した。そんなことはないと。そんなことがあるわけがないと。
――酷いよ、ルシアナ……!
やがてまどろみ、眠りに落ちるまで、ラミは泣いていた。




