1 勇者リリアは気になる
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マクシミリアンの言った通り、あれから魔族の襲撃はなかった。
とはいえ、襲撃の連続からの進軍。無事に『エルテル城塞』にたどり着いたとき、安堵のあまり気絶した兵士もいた。
道中、気楽に過ごしていたのは、勇者・リリアと魔法使い・マクシミリアンくらい。
「やっと着いたかー!」
「着きましたねー」
馬車を降りた勇者パーティは、すぐさま『エルテル城塞』の責任者、カーライル卿の執務室に通された。
「勇者様、長旅お疲れ様でした」
出迎えたのは、白いひげをたくわえた老年の騎士だった。
表情も物腰も穏やかながら、実戦から得た知識を大いに振るう戦略家。『エルテル城塞』を任されるに足る人物である。
「道中、大変だったとは聞き及んでおります。場所が場所ゆえ大したもてなしはできませぬが、せめてお体をお安めください」
城塞までの道のりを結界で守護する、という、リリアたち勇者パーティの役目は一段落した。
細かい作業、物資の搬入などは、禿頭の部隊長に一任してある。それが終われば、リリアたちは王都に戻り、国王に報告して任務完了だ。
――なんだかんだあったけど、とりあえず落ち着いたか。
戦争の最前に着いて落ち着いた、というのは何とも不思議な表現だと思う。
――ま、いいや。任務の半分はおしまい。明日になったら、とっとと帰ろう。
長居したくはない場所だ。世界で一番戦いが激しい場所。そんなところからは、すぐに離れたい。
勇者とはいっても、リリアに戦闘能力はない。なので、『エルテル城塞』でリリアにできることもない。
「カーライル卿、現在の戦況はどのようになってらっしゃいますか?」
聖職者のルシアナが、老騎士に問う。
「今は膠着状態、と言ったところですかな。人族も魔族も動けておりませぬ」
「それは、何故?」
「正直申しますと、こちらが大いに不利でした。ですが、数日前から、魔族の攻勢が止みました。特段、思いつくことはないのですが」
カーライル卿は、ひげを撫でながら首をひねっていた。
数日前、というと、丁度リリアたちが魔族に襲われていたころだろうか。その時に何かあったというなら、
――マックスが魔族を倒したから、かな?
マクシミリアンは、最上級魔族というのを倒したらしい。
この魔族が、『エルテル城塞』攻略の指揮官だった可能性がある。指揮官がいなければ、魔族は上手くまとまらない。
一石二鳥だった、ということか。マクシミリアンは、二重の意味で勝利したらしい。
「魔族に動きがないならば、仕掛けるべきでは?」
「無理を言いなさるな、聖職者殿。こちらの消耗は激しく、戦線を支えるのに多くの力を使いました。今は力をたくわえる時でしてな」
「ですが、今が好機と考えられます。今、こちらには勇者様もいらっしゃいます。パーティの者も」
「……勇者様にご出陣願うと?」
カーライル卿の声が低くなった。リリアも、いきなりの提案に驚かされる。
「失礼ですが、いくら勇者様といえど、戦局を一変させることは難しいかと。魔族どもは、万単位で待ち構えております。そこに勇者様が向かわれても、危険なだけですぞ」
「勇者様は、人族の象徴。そんなお方と一緒ならば、兵士の皆さんの士気も上がるでしょう」
「士気だけで戦えるなら苦労はしませぬ」
カーライル卿の口から、ため息が漏れた。
「こちらの消耗は大きく、今は次の進行に備えて力を貯める時でしてな。聖職者殿が勇者様をどう思われているかは存じませぬが、兵をむやみやたらに戦わせるわけにはいきませぬ」
「ですが!」
「ここの指揮官はわたくしです。判断はわたくしが行います」
老騎士の迫力に圧されたか、ルシアナは口をつぐんだ。
――なんだってんだ、聖職者の奴。今日はずいぶんと血の気が多いな。
ルシアナが、好戦的な態度に出るのは珍しい。いつもはもっと慎重な意見を言うはずだ。
「……勇者様のご助力は、また別の機会にいただきましょう。皆さんは、お休みください」
カーライル卿が、控えていた兵士に指示を出す。リリアたちは、兵士に連れられて、それぞれの部屋へと入った。
が、すぐにリリアは自室を飛び出した。向かう先は、もちろんマクシミリアンの部屋だ。
「おーい、マックスー」
返事を聞かずにリリアは扉を開けた。
「はーい。……って、勇者さま、どうかしました?」
「ん? んー、なんとなく!」
ベッドで寝転んでいたマクシミリアンの上に、飛び込む。しかし避けられ、
「ぶえっ!?」
「毎回毎回みぞおち潰されてたら、私も学習しますって」
硬いベッドに顔をぶつけて、涙目になった。
「何か、相談がありそうな気がしたんですが」
「……今はいい」
「分かりました」
リリアのそっけない返事にも、マクシミリアンは笑顔で答える。
何を言いたかったのか、もう察してくれているだろう。なので、リリアはあえて言わなかった。
ベッドに大の字に寝転び、ぼんやりと天井を見る。士官用の部屋なのだろうが、部屋はとても簡素だった。
しばらく、リリアもマクシミリアンも口を開かなかった。ちらりと見た友達は、経済論という面白くなさそうな本を読んでいる。
――マックスって本を読む必要あるのか?
曰く、一万年以上生きている龍族が、人間の知識を得てどうしようというのだろう。そんなに長く生きていたら、人間のことなど、なんでも分かっていそうなものだが。
リリアが何を言いたいか分かっているのに、マクシミリアンは本から視線を移さない。無視ではない。こちらが言い出しやすくなるまで、待ってくれている。
――聖職者、聖職者なあ……。
相談したいのは、さきほどのやり取り。
――精霊使いは、ラミは聖職者と仲が良いんだっけ。何か知ってんのかなあ。
戦いをいさめるべき聖職者が、どうしてあんなに戦いたがったのか。
本人に聞くわけにもいかず、マクシミリアンを頼りに来てみたが、何をどう相談したらいいのかがまとまらない。
明日になれば、『エルテル城塞』からは退散する。聞くのは、また『都市エステカ』に戻った時でもいいだろうか。
胸の内にモヤリとした、はっきりしない疑問を感じつつ、リリアはベッドの上で目を閉じた。




