8 マックスは反省する
ヴィンターの姿が見えなくなってから、私は長く息を吐いた。
――ああ、またやってしまいました。
四方八方焼け野原。いつぞやのごとく、派手に魔法を使いすぎた。
また言い訳を考えるのに苦労しそうだ。
――あ、ですが、これは最上級とかいう魔族がやったことにすればいいのではないでしょうか。
いい考えだ。私はそんな化け物を相手にして、からくも撃退に成功したということにすればいいのでは。
思いつくと、私は一人でうなずいた。今回はこの言い訳を貫き通そう。
――さて、そうと決まれば、早いところ帰りますか。
私は飛翔の吐息で浮き上がると、急いで補給部隊のもとへと飛んだ。
部隊は、まだかなり後方にいた。おそらくは、魔族との戦いが見えたのだろう。様子を見るよう判断したのかもしれない。
部隊の方には、襲われた様子がなかった。それに安心して、私は勇者さまの乗る馬車へと戻る。
「ただいま帰りましたー」
気楽に言いながら馬車に乗ると、
「無事だったか、マックス!」
勇者さまが突撃してきた。予想していなかった私は、見事にタックルを食らって馬車から落とされた。
後頭部を地面にぶつける。痛い。しかし勇者さまは私が悶えるさまを見ていないようで、私の胸に顔を押し付けていた。
――あら、意外と心配させましたかね?
「よかった。お前が無事で、ホントによかった……」
「やだなあ、勇者さま、心配し過ぎですよ。私が簡単に死なないのは知っているでしょう?」
「バカヤロウ……」
抱き着いてきた勇者さまを抱きかかえつつ、私は起き上がる。勇者さまは、がっちりと私をホールドして離さない。
人前でも気にならないくらい、私のことを案じてくれたようだ。
勇者さまの頭を撫でながら、馬車に戻る。すると、ラミも涙目で私を見つめ、
「マクシミリアン様、ご無事で……。よかったあ……」
「そんなに心配させてしまいましたか?」
「だって、魔族相手に、お一人で向かわれたんですから……」
私は、ばつが悪くなって頭を掻いた。戦うこととは別に、二人には苦労をかけてしまったようだ。
馬車に戻っても、勇者さまは私から離れない。膝の上に乗せたまま、状況を報告することとなった。
ただし、上級魔族と最上級魔族については、細かい説明を省く。もちろん、倒したことと逃がしたことは言わない。
「この先にいた魔族連中は、とりあえず追い払いました。これから先は、魔族の襲撃はないと思いますよ」
「か、かなりの数いたんですよ? それを、お一人で……?」
「えぇ、まあ、ちょっと運が良いこともありまして。急に仲間割れをしてくれたので、助かりました」
「魔族が、仲間割れ……?」
――まるっきり嘘というわけではありませんよ?
「魔族の間でも、何かあるようですね」
と、言葉を濁しつつ、私は締めくくる。
「ラミ、私がいない間、勇者さまを守ってくれてありがとうございます」
「いえ、何もありませんでしたから。マクシミリアン様のご活躍と比べることすらできません」
ラミは、謙虚にそう言った。
「まあ、この先はしばらく安全です。ラミも体を休めてください。ほら、勇者さまもそろそろ離れて……」
私の服は、おそらく涙と鼻水でべとべとであろう。勇者さまは、
「ふん! 今度からは、ちゃんとわたしを連れていけ!」
そんな強がりを言いながら、顔を上げた。まだ目が赤い。
「あ、あの、マクシミリアン様! 次はアタシも連れていってください! 少しくらいはお役に立てますから!」
ラミも必死に訴えてくる。
――まあでも、最上級魔族とやらが出てくると、大変ですから。今回も私が一人で行ったから暴れられたわけですし。
とはいえ、二人の心中が分からぬわけでもない。
私は苦笑しながら、二人の言葉を受け取った。
「ありがとうございます。次に何かあれば、お二人を頼らせていただきますよ」
「おう!」
「はい!」
勇者さまとラミの顔が、少し明るくなる。これにて一段落だ。
「あ、マクシミリアン様、私は隊長にこのことを伝えてきます。その後は自分の馬に戻りますので……」
「分かりました。お願いします、ラミ」
馬車から降りて、駆けていくラミを見送って、私はため息を一つ。
沈黙の結界を張り、何か言いたげな勇者さまの顔を見た。
「マックス、今のことだけど……」
硬い表情で勇者さまは告げてくる。
「また、わたしを狙う誰かの仕業じゃないか?」
「……ふむ?」
「タイミング良すぎだろ?」
――言われてみれば。
「『エルテル城塞』じゃなくて、補給部隊をずっと狙ってたっぽいし。さっきのだって、わたしたちを待ち構えてたってことだろ?」
そういえば、最上級魔族とやらが、勇者パーティを殲滅、というようなことを言っていた。『エルテル城塞』については一言も語っていなかった。
――勇者さまを狙う、ですか。
「さっき倒した魔族も、そんなことを言ってましたね」
「だろ? 狙いはわたしだ。じゃなきゃ、パーティまるごとだ」
充分にありえる指摘だった。補給部隊に襲い掛かるのは、私たちを倒すついでということか。
「たぶん、また誰かがわたしを売ったんだ。……今度は、魔族に」
――魔族を倒せだの、戦争を終わらせろだのと言っておきながら……。
よほど今の勇者が邪魔だとみえる。魔族にまで協力を求めるとは。
勇者さまは、怒りに震えていた。私の服を掴み、歯噛みしながら、誰とも分からぬ首謀者をにらんでいるようだった。
「そうなると、誰が魔族と内通しているかですね」
「どうせ、いつもの貴族連中だろ」
それは間違いない。ただ、私が言いたいのは、
「誰が直接動いているか、ですね」
「直接?」
「えぇ。まさか、そこいらの兵士が魔族との対談に臨めるわけがありません。それなりの実力を持った誰かでないと」
「強い奴ってことか?」
「そうです。できれば、さらに何かしら説得力を持つような立場にいるような人物だと思うのですが……」
貴族に魔族と直接対面する度胸はないだろう。誰かしら、レベルの高い者を利用するはずだ。
とはいっても、貴族の近衛兵程度では実力が足りないだろうし、腕の良い冒険者でも失敗するリスクが高すぎる。
誰だろうかと悩んでみても、すぐに答えが出てこない。
それは勇者さまも同じようで、首をかしげて唸っている。
二人で思い悩んでいると、
「勇者様、マックス様、少しお伺いしたいことが……」
「ん? ああ、ルシアナですか。どうしました?」
聖職者のルシアナが、心配顔でやってきた。
確か今は、けが人の治療と守護の結界準備を手伝っていたはずだが。
「マックス様が、この先の魔族を全滅させたとラミから聞いたのですが、本当でしょうか?」
「ああ、大体はその通りです。全滅まではさせられませんでしたが、『エルテル城塞』まで、かなり安全に進めると思いますよ」
「そうですか……。あの、マックス様はどのような魔法で撃退を?」
「私の魔法というよりも、あちらが急に仲間割れを起こしてくれたのですよ。私はほとんど働いていません」
「仲間割れですか……」
ルシアナが怪訝な表情を見せる。魔族が仲間割れ、というのが気になるのだろう。
私が仲間割れさせた、というのが正しいが、あまり詳しく話すわけにもいかない。あくまでも、あちらが勝手に、ということにする。
しばらくの間、ルシアナは暗い表情で考え込んでいた。
「まあ、運が良かっただけですよ。それよりも、治療と結界はどうなっています?」
「え? あ、はい。けが人はもう治療を終えています。結界の方も、部隊の方々にお任せしています」
「そうですか。ルシアナも、あまり無理はしないでくださいね。休める時は、ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます、マックス様」
暗い表情を一瞬で変えて、ルシアナは微笑みながら隊に戻っていった。
「疑われてますかね?」
「たくさんいたんだろ? 魔族。マックス一人でやった、って言って信じるのはわたしくらいなもんだろ」
私の実力を知っている勇者さまでさえ、泣いて心配してくれたくらいだ。いくらパーティメンバーとはいっても、素直に信じてはもらえないか。
――パーティ、メンバー……。うーん、まさかとは思いますけど。
なんとなく、不自然なものを感じる。いや、逆にしっくりくるか。
ルシアナの態度、ただ私を疑っただけのものだろうか。
ただの勘でしかないが、ルシアナの背中を見送りながら、私は疑問を持つ。
――嫌な予感がします。こんなのはずれるといいんですけど。
暗い疑問を胸に抱きながら、私は勇者さまの頭を撫でた。




