表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/78

7 魔族ヴィンターは震える

「ヴィンター」

「は、はい、シュルケ様!」


 荒涼とした大地の上空で、ヴィンターは絶対零度よりも冷たい視線を浴びていた。


「ワタシが命じたのは勇者どもの殲滅であって、同士討ちをしろとは一言も言っていないのですが」

「シュルケ様の言う通りです!」

「では、この状況を説明してもらえますか?」

「えっと、シュルケ様が全部やりました!」

「ほほう?」


 土がむき出しになり、荒れつくした地面は、確かに目の前の最上級魔族・シュルケが放った放った一撃によるものだ。

 炎よりも赤い髪、額に生えた双角。体つきこそヴィンターよりも小さいが、その力は何十倍。


「目の前の敵を倒すくらいはできるかと思っていましたが、まさかここまでヴァカだったとは……」


 容赦なく酷評されても、ヴィンターは何も反論できない。

 確かに、シュルケに命じられたのは勇者たちの抹殺。下級魔族の軍勢を使って、向かってくる者たちを殺せ、とのことだった。

 しかし、実際は、


「なんで、ワタシが、貸した、魔族どもが、逃げかえって、きたのですか?」


 ヴィンターの放った魔法が、シュルケの軍勢の大半を焼き尽くしていた。


「人間のせいです!」

「ほお。勇者たちがそれだけ強かったと?」

「い、いえ、なんか黒い奴が一人で……」

「たった一人にやられたと?」

「はいっ」


 直後、容赦ない一撃がヴィンターの腹をえぐった。

 悲鳴を上げる余裕もなく、地面にたたきつけられる。

 手加減されていなければ、ヴィンターは風船のように破裂していただろう。シュルケはそれだけ強い。


「えぐっ、ごほっ」

「もう一度聞きます。本当のことを話しなさい」

「ぐ、ぐっ、はいっ」

「ワタシの兵を壊滅させたのは誰です?」

「お、オレ、です」

「よろしい」


 いつの間にか隣にいたシュルケが、今度はヴィンターの頭を踏みつけた。


「ぶふっ!」


 土を食う羽目になった。顔面の半分を土に埋められて、それでも乗せられた足からは力を抜いてもらえない。

 

「嘆かわしい。たった一人の人間にいいように扱われ、それで同士討ちをしたと? バカだバカだと普段から思っていましたが、まさかここまでのヴァカだったとは」

「す、すみませ……」

「黙っていなさい」


 シュルケの言葉には、棘と怒りが込められていた。背筋に氷柱を突き刺された気分だ。余計なことを言えば、次は容赦なく殺される。


「腹立たしい、実に、実に腹立たしい。無能が心底無能だということを見抜けなかった自分も腹立たしい」


 よほど頭にきているらしく、シュルケはヴィンターには思いつかないほどの呪詛を吐いている。


「王より賜った軍を、こんな形で失うとは。次に王にお会いしたら、厳罰に処されます。消滅させられるならまだマシな方。下手をすれば、力を奪われてスライムの仲間入りです」


 謝罪すら許されなかったヴィンターは、地に埋まりながら平伏するしかない。


「それでいて、さらに、今の一撃でたった一匹の虫すら消せなかったとは。ああ、ワタシもいつの間にか無能になってしまったのでしょうか」

「……!?」


 ――まさか、シュルケ様が仕留めそこなった!?


 シュルケが、やっと足をどけてくれた。土まみれになりながら、ヴィンターは恐る恐る顔を上げる。

 ぼやけた視界の中に、赤と、黒の影が見えた。赤は分かる、だが、黒は、


「あの、人間……?」


 次第に視界がはっきりしてくる。その中にいたのは、シュルケと黒い姿の人間だった。


 ――どうやって生き延びた!?


 先ほどの赤い雨、シュルケの魔法に死角などない。どれだけ逃げ回っても、意味がないはずだ。

 なのに、黒い人間は平然と立っていた。白い半球の中で、困ったように頭を掻いている。傷を負ったようにも見えない。


 ――人間の魔法でシュルケ様の攻撃を防げるわけがない!


 どれだけ確認しても、人間の姿は消えない。

 そればかりか、シュルケを見ても動じた様子がなく、平気でこちらに歩いてくる。


「……うぜぇ」


 気だるげに、人間が言った。


「間抜けの相手をすりゃあ終わりかと思えば……。お呼びじゃねえよ、まな板胸」

「ワタシの姿を侮辱すると? 人間が?」

「ったく。チビ助、とっとと消えろ。そこのバカを連れてな」


 人間から、先ほどまでの緩い空気が消えていた。そればかりか、こちらに向けて分かりやすい怒気と殺気を放っている。


「人間にしては、まあまあな殺気ですね」


 シュルケもまた同じく。ヴィンターは、またも肝が冷える。

 最上級魔族は、身振りだけでなく、気配だけで心の弱いものを殺す。上級魔族である自分でも、耐えがたい。

 人間は、あくびをしながら、その殺気を受けていた。面倒くさそうにこちらを見やり、


「今なら見逃してやるよ。かったるいしな」


 などと言ってきた。


「この先、邪魔をしないってんなら、二匹とも見逃す。邪魔をするってんなら、二匹とも殺す」

「人間が最上級魔族を殺すと?」

「最上級……? ああ、なんだ、あんまり小さいからそこのバカと同レベルかと思ったぜ」


 ――やめろ、人間! シュルケ様をこれ以上怒らせるな!


 辺りを覆う殺気で、ヴィンターの精神核コアは砕けそうだった。震えが止まらず、涙すらあふれてくる。

 頼むと祈る。もうやめろ、と。


「逃げないのか? なら、消すわ」


 人間が言葉を発するのと同時に、シュルケが動いた。

 ヴィンターの目でも捉えられないほどの速さ。一瞬という言葉ですら表せない速度で、シュルケが人間に肉薄する。

 シュルケは、人差し指を人間に向けていた。突くだけで、人間の体など弾け飛ぶ。

 瞬き一つの間に、決着がつく、はずだった。


「指一本で何ができるってんだ、ヴァーカ」


 シュルケの手を、人間が掴んでいた。さらに、


「っ!?」


 手が、握りつぶされた。

 シュルケの背が震えた。ヴィンターからは表情が見えないが、驚きに震えたようだった。


「ぐっ……!」


 下がろうとするシュルケを、人間は捕まえたまま離さない。むしろ自分に引き寄せて、すれ違いながら、シュルケの片腕をもぎ取った。

 悲鳴が上がる。最上級魔族の、悲鳴が。

 魔族とて痛覚はある。腕一本失えば、激痛に身をよじる。


 ヴィンターは、シュルケの悲鳴を初めて聞いた。いつも高圧的で、味方にすら容赦のない魔族が人間に追い詰められている。


「うるせぇ」


 ちぎり取った腕を放り捨て、人間がシュルケの腹を蹴り飛ばした。左横から薙ぐ一撃で、呆気なく吹っ飛んだ。


 ――嘘だろ……。


 視覚からの情報が、頭で理解できない。

 蹴り飛ばされた先で、シュルケは今の自分と同じように、地べたにはいつくばっていた。

 意識を失ったのか、動く様子がない。

 ヴィンターは慌てて声をかけようとするが、遅かった。

 人間が魔法陣を展開している。先ほど、自分を倒そうとした魔法だ。


 ――最上級魔族が、あんなに、簡単に……?


 恐ろしくなる。ただの人間だと侮り過ぎていた。あの人間は、化け物だ。


漆黒爆炎嵐ダークネステンペスト


 人間が短く呟くと、空に黒い球体が現れた。

 最初はこぶし大に見えたものが、ゆっくりと大きくなる。黒い中に光るものが見える。黒い炎が、球体の中を駆け巡っていた。

 球体が、シュルケの上に落ちる。同時、ヴィンターでは計りきれないほどのエーテルが、大気を縦横無尽に駆け巡った。


 頭を抱えてうずくまる。熱がヴィンターの肌を撫でた。生きた心地がしない。シュルケのことも、頭からすっ飛んだ。

 炎が収まるまでの時間が、十分とも一時間とも感じられる。死にたくない、という言葉だけを胸に思って、ガチガチと歯を鳴らしていた。


「ふん、ザコが」


 この一声が聞こえるまで、一体どれほどの時間を感じただろう。

 小動物のように縮こまりながら、恐る恐る視線を上げる。

 寒々しかった大地が、焼け焦げていた。無事なのは、人間が立っている場所くらい。ヴィンターが死ななかったのは奇跡だとしか思えない。

 思いだし、シュルケがいたであろう場所を見た。


 ――何も、無い……。


 念入りに焼かれたのか、灰すら見受けられない。最上級魔族の終わりとしては、なんともあっけなかった。


「さてと、次はどうすっかな」


 鋭い視線が、ヴィンターに向けられた。鳥肌が立ち、足がすくむ。うずくまったまま、動けない。

 

「上司は死んだ。消えたぞ。テメェはどうするんだ? ん?」


 無意識に言葉が出ていた。震える舌を、必死に動かした。


「たすけて、ください……」

「命乞いか。魔族らしく、強い奴には逆らわないってか?」

「おね、おねがい、します」


 必死に願う。すると、人間はつまらなさそうに肩をすくめて見せた。


「いいだろう。ただし、こっから先、俺様たちの邪魔をすんな」

「え……?」

「テメェらの考えはお見通しなんだよ。これ以上ちょっかいかけてくるなら、粉々にすんぞ」

「で、でもっ、それは……」

「できないか? なら、テメェも上司と同じように消すぞ」

「や、やります!」

「よーし。じゃあ、行け。ただし、魔族の一匹でも邪魔しに来たら、テメェを見つけ出して、念入りに消すぞ」


 悲鳴をなんとか堪えつつ、ヴィンターは飛んだ。全力で、来た道を引き返した。


 ――振り向くな、振り向くな……。


 黒い人間の視線を感じなくなるまで、震えっぱなしだった。生きた心地がしなかった。


 ――あんな化け物が勇者と一緒にいるなんて、聞いてなかったぞ! あの人間め! 私たちをはめたのか!?


 あっけなくやられてしまったシュルケ。人間に命乞いをしてしまった自分。

 怒りを感じるべきはずなのに、ヴィンターの心は安堵感でいっぱいだった。生き延びられて、安心した。


 とはいえ、ここから先に配置された魔族を、急いで逃がさなければならない。同胞のためにではなく、自分が消されないために。

 上級とはいえ、配下を持たないヴィンターにどこまで魔族は従うだろうか。


 ――い、いや、そんなことは関係ない。逃げない奴がいるなら、オレの手で消す!


 敵と味方の区別もつかなくなるような頭で、ヴィンターは命からがら逃げのびた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ