6 マックスは逃げまわる
少しずつですがPVも増え、やる気に火がついております。
皆さま、ありがとうございます。
ラミの言った通り、先行した私の前には魔族が何重にも待ち構えていた。
数が多い。あちらもすぐに私に気づいたようで、鳥人族と亜龍族の群れが襲い掛かって来た。
人馬族の弓兵も弓を射かけてくる。魔法まで飛んできた。
――予想以上ですね、これは。
私も応戦した。周囲に味方の反応なし。大きな吐息を使っても大丈夫。
空中で魔法陣を展開。亜龍族の爪を避けながら、地上を埋め尽くす魔族を吹き飛ばす。
漆黒爆炎。特大の爆炎が炸裂する。
大気が震える轟音。即座にやってくる灼熱の空気。黒い炎が魔族の群れを灰にする。
その結果を私は見る暇もなく、亜龍族と鳥人族の対処にあたる。
近くの敵を漆黒炎剣で斬り捨て、離れた相手には漆黒炎弾幕を惜しみなく撃ち込む。
――これは全滅させるまで時間がかかりそうです。
一匹一匹への対処は簡単なものの、数が多く、人間とは違ってそれぞれが特別な力を持っている。
爪だの炎だの、雷を呼ぶものまでいる。下級悪魔族まで混じっているらしい。
――そして、これをまとめるのは、上級魔族、と。
雑魚はともかく、上級魔族の存在が気がかりだった。
様子を見ていられるだけなら構わないが、乱入されると困る。
――あまり派手すぎることはしたくないんですよ。
向かってくる飛行系魔族を撃墜しつつ、地上にも黒い炎を放つ。魔法を連続で放ち、空中で大立ち回り。
上等な魔法使いでもできないことを、私は余裕でやってのける。漆黒龍の名は伊達ではない。
ここで一匹でも多く倒しておかないと、後続する補給部隊にまた大変な被害が出る。勇者さまにも、身の危険が及ぶ。
なるべく、それは避けたい。
「よっ、ほっ」
息を吐くついでに、鳥人族を叩き落とす。隙ができれば、
「ほいっと、漆黒炸裂玉」
地上でうごめく弓、魔法持ちを吹き飛ばす。
――うーん、ストレスの溜まる戦い方ですね、これは。このままでは、私の堪忍袋の緒が危ういです。
本性が出ると、加減を忘れるので困る。毎度毎度、焼け野原を作るわけもにもいかない。
それでもなんとか亜龍族を倒しきり、鳥人族も残り少しとなった頃だった。
――あ、嫌な予感。
敵を倒す手を止め、後退。一瞬後に、私がいた場所を青い炎が焼いた。
――来ちゃいましたか。
鳥人族たちが下がる。地上の魔族の群れが、左右に分かれていく。
分かりやすい演出だ。私は肩を落としながら、演出の主を見た。
黒曜石のように輝く髪、白いというよりも青白い肌。紅色の瞳が、こちらを見て、
「はっ、やるな、人間!」
と、楽しそうに声を上げた。
「魔法使いというんだったか? 人間にしてはたくさん芸が使えるじゃないか! 褒めてやる」
「それはどーも」
「む、なんだその気の抜けた返事は! せっかくこのヴィンター様が褒めてやったというのに!」
そう言いながら飛びあがってきたのは、人間女性型の魔族だ。ラミとルシアナの中間くらいの歳に見えるが、魔族の見た目は当てにならない。
「楽しそうな人間は久しぶりだ。さすが勇者の仲間だな。オレが直々に相手をしてやる」
ずいぶんと態度の大きい魔族ですこと。
ヴィンターという上級魔族は、嬉しそうに私を見ている。
「今までヒマでヒマでしかたなかったのだ! 我らが王は位の高いものには出撃を命じられないし。雑兵の指導など、何も面白くない」
「いえ、魔族側の事情なんて語られても、何も答えられないのですが」
「ん? 話くらい付き合え、人間。オレのヒマつぶしに付き合え!」
――まあ、それって、お話ししましょうね、という意味ではないんでしょう? 血なまぐさいことになるんでしょう?
私は内心で肩を落としながら、ヴィンターの攻撃を待った。
あちらも察したらしく、
「話が早いな! 人間じゃなければ、好みだった!」
遠慮なく、魔法を放ってくる。
手を振り上げるだけで青白い炎が生まれる。指さすだけで、炎の線が空中に刻まれる。
態度は軽くても、やはり上級魔族。油断していられる相手ではない。
上級魔族は、高い魔法耐性を持っている。魔法はすなわち、魔族が起こす現象そのものだ。耐性が高いのは、当然のこと。
私は炎を避けながら、空中を飛び回った。
「よく避けるな! いいぞいいぞ。羽虫のようにすぐに潰れてはつまらないからな!」
――……なんとなく、勇者さまに通じるテンションがありますね。
ヴィンターは楽しそうに、魔法を放ってくる。私も一応、漆黒炸裂玉を投げてみた。
当たると思われた火球は、ヴィンターの眼前で霧散する。
――やっぱり、これくらいじゃ通じませんよね。
予想通りだったので、私は漆黒炸裂玉を適当に投げまくった。
「おいおい、そんなものがオレにきくと思ったのか?」
――思ってませーん。
私の魔法は、ヴィンターの下にいる魔族に向けて投げたものだ。
逃げながら、投げる。投げたら、逃げる。
ご機嫌なヴィンターの話し相手をしながら、私はじっくりと魔族の数を減らしていった。
魔族たちは、ヴィンターの登場と共に攻撃を止めている。私からすれば、ヴィンターを盾にしているようなものだ。
――反撃が来ないうちに減らしましょう。気づかれる前に減らしましょう。
こちらの思惑に気づかないヴィンターだったが、やがて射的に飽きたらしく、ため息を吐いた。
「なんだなんだ、しぶといと思ったが逃げ回るだけの臆病者か。魔法もザコいし。つまらないな」
――いやまあ、こちらも敵を楽しませるために飛んでいるわけではないので。
ヴィンターが大きく腕を振り上げた。青い炎が、空中で大きな球を作る。
上級魔族らしい大魔法だ。あれは私でも当たると痛い。
「そら、そろそろ終われ」
気楽な声と共に、火球が向かってくる。
私は速度を上げて、上昇した。
「無駄だ、無駄」
ヴィンターの指がこちらを指す。それに合わせて、火球も方向を変える。
予想通りの魔法だ。私は急上昇をやめて、今度は地上に向かって急降下する。
「んー? どう逃げても無駄だぞ。オレの視界にいるかぎり、これはいくらでも動かせるからな」
それも予想済み。なので、私は地上で観戦していた魔族の中に、紛れ込む。
「あ」
爆音と、爆炎。ついでに、ヴィンターの間抜け声。
魔族の隙間を縫って私は爆発から逃げ延びた。
「あー!」
出来上がったのは爆発で吹き飛ばされた地面と、爆発に巻き込まれて消滅した魔族の亡骸。
「ちょっ、お前、お前ー!」
空中で地団太を踏むという器用なまねをするヴィンターに、私は漆黒灯を飛ばす。もちろん本体には届かないが、
「シュルケ様に任された軍がー! お前、よくもー!」
挑発するには十分だった。
怒り狂ったヴィンターが、こちらに向かっていくつもの火球を放ってくる。
――アホの子ですね。
私は魔族の中を、縦横無尽に駆け巡る。もちろん、火球は地上で炸裂する。
「避けるな、お前っ、避けるなー!}
頭に血が上ったヴィンターは、とにかく魔法を撃ち込んでくる。
「コノヤロー!」
大魔法まで放ってくる。私は避け放題、相手は同士討ちし放題。
おそらく、ヴィンターには大量の経験値が流れ込んでいることだろう。普通の人間ならば、レベルで20~30は上がっていそうだ。
次第に、魔族が退いていく。上官の魔法に巻き込まれてはたまらない、とばかりに。
「あっ、逃げるなお前ら! お前らー!」
そう言いつつも、ヴィンターは魔法を放ち続けている。
――攻撃を止めるという選択肢を持っていないのですかね……。
魔族が散り散りに逃げ、ほぼいなくなったところで、やっと、ヴィンターの攻撃は止んだ。
「ぐ、ううっ、なんたる失態。シュルケ様に、なんて報告したら……」
「ありのままを報告してみては?」
「できるか、コノヤロー!」
――なんとも間抜けな展開にはなりましたが、これで多少は敵を倒せましたかね。
あたりに転がるのは、魔族の残骸ばかりだ。生き残っているやつらも、ほぼひん死である。
壮絶な同士討ちの結果、戦局としては私に軍配が上がった。後は、あのヴィンターをどうするか、だ。
一応は、上級魔族。倒すにはそれなりの魔法を使う必要がある。
悲壮な相手に同情することもなく、私は魔法陣を展開する。
「漆黒爆炎!」
空中で、黒い炎が爆ぜる。うなだれているヴィンターを完全に捉えた。
「うあっ!?」
上級魔法なら、通じる。確信した私は、魔法陣を展開させたまま、連続で漆黒爆炎を撃ち続ける。
「ちっ、このっ、くそっ!」
短い悲鳴が聞こえるが、爆炎の中には、まだ魔族の気配が残っている。消滅させるには、もう一押し必要か。
私はさらに広く魔法陣を展開して、新たな魔法を形作った。
漆黒爆炎嵐。人間が使える魔法では、最上級の一撃だ。
これを撃てば一段落。
――間抜けでもなんでも、倒せればいいですからね!
上級魔族を倒せる魔法をいざ放とうとした瞬間、
「そこまでですよ、人間」
上空から、赤い雨が降ってきた。




