5 勇者リリアは心配する
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マクシミリアンの姿はすぐに見えなくなった。
――焦ってるな、マックス。
長年の付き合いで、それくらいは分かる。
戦いの連続は、リリアの苦難でもある。それを少しでも減らそうというのだろう。
だが、マクシミリアンの気遣いに、リリアは心が重くなった。守られることに優越感はない。ただ、苦しい。
自分にできるのは、勇者らしく振舞うのみ。実際に戦うのは、マクシミリアンである。漆黒龍の力を知っているとはいっても、心配なものは心配だ。
――部隊なんか連れてるからな。マックスとわたしだけなら、簡単なのに。
考えても仕方ないとは分かっている。勇者はただ敵を倒せばいいわけではない。人間側へのアピールが必要だ。勇者は頼もしい、と宣伝して回るのも仕事なのだ。
馬車の外を見ると、兵士は一様に疲れた表情を浮かべている。普通の人間なら、当然か。
いくらリースマン卿自慢の兵士とはいっても、何度も何度も魔族に襲われては体がもつまい。余裕があるなら、どこかで大きな休憩を取らせたい。
――でも、昼も夜も忙しかったもんな……。
魔族にとっては、夜も昼と変わらない。夜行性の魔族も多い。人間にとって都合の悪い時間は、魔族の好機なのである。
「あの、勇者様」
「んー?」
物思いにふけっていると、ラミが強張った顔でこちらを見ていた。
「質問しても、よろしいでしょうか?」
「いいぞ」
「では……」
唐突になんだろうか。リリアは、同じパーティながら、ラミとよく話をしたことがない。事務的な報告なら何度も受けているが、
「勇者さまは、どうしてレベルをお上げにならないのですか?」
という核心を突くようなことを言われると、困る。
マクシミリアンとの契約によってレベルが上がらない。と、素直に答えるわけにはいかない。友達の正体は隠し通さねば。
なので、いつも使う言い訳を出した。
「マックスとの約束だから」
「約束、ですか?」
「そう」
約束というよりは、契約。他の人間から見れば、呪いとも言うかもしれない。
人の姿でありながら強力な魔法を使うには、代償が必要らしい。それが、リリアの『勇者としての可能性』だった。
リリアの経験値は、全てマクシミリアンのもの。これには、共有術式の有無など関係ない。
なので、リリアがいくら戦おうと、リリア自身のレベルは全く上がらない。しかしそれでは不審に思われるので、いつも戦うのはマクシミリアンの役目となっている。
「それは、勇者様がレベルを上げると、マクシミリアン様が困ったり、するのですか?」
「うん、困る」
「そ、そうなんですか……」
「詳しく知りたかったら、マックスに聞いて。わたしはこれくらいしか言えない」
丸投げである。
――わたしよりも、マックスの方が言い訳上手いしな。
それに、ラミは間違いなくマクシミリアンに好意を寄せている。惚れた男に言われた方が、納得するだろう。
惚れた、という部分は、リリアにとって心穏やかではないが。
――マックスに惚れるとか、普通ならありえなくね?
特に顔が良いわけでもない。性格は穏やかにみえるだけ。魔法使いとしての能力だけは桁違い。
質問された分、こちらからも聞けば、ラミは答えるだろうか。意地の悪い考えが浮かぶ。
――やめやめ。そんなの聞いても面白くないし。
マクシミリアンのことを一番知っているのはリリアだという自負もある。人生十二年のうち、六年も一緒に過ごしてきたのだから。
それだけに、マクシミリアンの負担を心苦しく思うのだが。
間違いなく、魔族を壊滅させてくるだろう。これから先、まっ平な道が作られても不思議には思わない。
――早く帰ってこないかな。
どうせなら、自分も一緒に連れて行って欲しかった。一緒にいられれば、こんな感情に捕らわれることもなかっただろうに。
しばらくは、ラミとの居心地悪い時間が続いた。
御者台の向こうを見ても、薄気味悪い曇り空が見えるのみ。
「なあ」
「えっ、は、はい?」
「敵ってどれくらいいるんだ?」
「えっと、正確な数までは教えてくれませんでした。ただ、この先には魔族がひしめいているとのことです。何百か、もしかすると何千かも……」
ラミの返事を聞いて、リリアには疑問が湧いた。
――そんなにいるのか? 『エルテル城塞』を狙うんじゃなくて、わたしたちを止めるためだけに?
何千という数がいるなら、『エルテル城塞』を囲み、一気に攻めればいい。いちいち補給部隊を襲うとはどういうことか。
『エルテル城塞』の兵を干上がらせる、などという回りくどい手を取るほど、魔族は賢くない。
――……今回は頭がいい?
だとしても怪しい。頭が回る奴がいるならば、なおさら城塞攻略を優先しそうだ。
となれば、
――わざわざ補給部隊を狙う必要がある。補給部隊になにかある……?
ここまで考えれば、答えを出すのはたやすかった。
――狙いは、わたしたちか!
勇者パーティを潰そうと考える者がいるに違いない。
――でも、なんでわたしたちがいるって分かった? 魔族に宣伝なんかしてないぞ!
今回の件を知っているのは、国王、貴族、リースマン卿。思いつく相手は少ない。
国王とリースマン卿は勇者支持派なので除外する。情報を流すなら、貴族が一番怪しい。
――魔族と手を組むか? 組めるのか?
上位の魔族ならば人間との会話も可能と聞いたことがある。
誰かしらが、勇者パーティを売ったのかもしれない。魔族と手を組んでまで。
魔族にとって、勇者は天敵。これ以上ないくらいの商品だ。経緯はともかく、利害が一致して商談成立というわけか。
「おい、精霊使い! ……じゃなくて、ラミ!」
「は、はいっ」
「魔族がいたのは、前だけか?」
「はい、そうです。側面、後方にはいなかったと風の精霊は言っていました」
と、なれば、一番危険なのは、マクシミリアンだ。
あの偽魔法使いの力はリリアが一番知っている。そして、人の姿では全力を出せないことも。
人間相手ならば千人でも万人でも怖くないが、化け物ぞろいの魔族相手ではどうなるか。
急いで駆けつけたい。自分が無力だと分かっていても、放ってはおけない。
――頼む、無事でいろ、マックス!
リリアが願うと同時に、大きな音が大地を揺らした。
見れば前方で青い爆炎が舞っている。マクシミリアンの使う魔法ではない。
「あれはっ!?」
ラミがふらつきながら、立ち上がる。
場所は遠い。それでも、爆音は連続で響き、青い炎も黒い雲を照らす。
進軍停止の合図が出た。部隊長が、様子を見るよう指示を出している。
――くそっ!
的確な指示だが、焦るリリアにはもどかしいだけでしかない。
リリアは響いてくる爆音を見ることしかできずに、奥歯をかんだ。




