2 シャーマン・ラミはケーキを食べる
軽めの文章を書いているつもりなのですが、いかがでしょうか? 読みづらかったりしますでしょうか?
ご意見お待ちしております。
『都市エステカ』のメインストリートは、人でにぎわっていた。馬車もひっきりなしに走っている。
人々の声が聞こえる。あまりの賑わいに、ラミはローブの端をきゅっと握った。
「大丈夫ですか、ラミ?」
「えっ、あ、はい!」
保護者のようにリリアの手を引きながら、マクシミリアンがこちらを気遣ってきた。
ラミは、あまり人混みが得意ではない。元々、隔離された世界で生きてきたため、たくさんの人間に囲まれるのは苦手だ。
できれば、ラミも手をつないでもらいたい。しかし、強張った手はローブを握るのがせいぜいで、隣の二十センチ先にも伸ばせない。
――いいなあ、勇者様は。いつもマクシミリアン様と一緒で。
羨ましいし、妬ましい。ラミには、戦士としての自信はあっても、女としての自信がない。マクシミリアンの隣に立つのは緊張する。
そもそも、これは一目ぼれで、さらに初恋だ。どう振舞えばいいのか、さっぱり分からない。
ルシアナにも相談してみた。貰った答えは、
――グイグイ押せ、って何をどう押したらいいのよ……。手を伸ばすことすらできないのに……。
頭を抱えたくなる。一緒に外に出ても、そこから先に進めない。
どうしたものか困っていると、急に手を取られた。
「へっ?」
硬すぎず柔らかい手。その持ち主は、
「ま、ま、ま、マクシミリアン様!?」
「人が多いので、はぐれると困りますからね。いやでなければ、このままで」
「ひゃ、ひゃいっ!」
胸の鼓動が一気に跳ね上がる。心臓の音が耳に響き、うるさいくらいだ。
「……むー」
リリアが何か言いたげににらんでくるが、今はそれを気にしていられない。
つないだ手から、ラミの想いが伝わってしまうのではないだろうか。すぐにバレて、呆れられてしまうのではないだろうか。
ちらりと見たマクシミリアンの顔は、いつもの通り。ラミでは、その表情から何も読み取れない。
「あ、おい、マックス! いい店があるぞ!」
リリアが何か見つけたらしい。
指さす先には、果物がいっぱい並んだ屋台があった。リリアは甘い物が好きだと聞いたことがある。果物も当然好きなのだろう。
「はいはい。ラミ、いいですか?」
「もちろんでひゅ!」
新鮮なものから干したものまで、たくさんの種類があった。思わずラミも品ぞろえに見入ってしまう。
マクシミリアンは、干したものの中から、いくつかを見繕っていた。リリアがあれこれと注文を出しているので、勇者用ということだろう。
――特別な買い物……?
食料や水はわざわざ買うまでもなく、王国軍が用意している。多少の嗜好品もある。
ラミは興味が無いので貰わない。豆の煮出し汁や、特別な葉から抽出する茶があるらしい。
部族では、そのようなものを口にする習慣はなかった。ラミは、必要最低限の食事だけあれば満足だ。
しかし、
――……羨ましい。
果物ではなく、マクシミリアンの気配りを貰えるリリアが。
リリアとマクシミリアンは長い付き合いらしい。だからこその特別なのかもしれない。
――アタシは、マクシミリアン様のお役に立つことで、信頼を得ないと……。アタシだって、精霊使いなんだから。
精霊使いは、勇者パーティでは前線に出る必要がある。魔法使いや聖職者を守るのが仕事だ。
だが、今のパーティはほぼマクシミリアン一人で回っている。たまに撃ちこぼした敵を倒す程度で、ラミの力が存分に発揮されることがない。
ラミは、それを自分の未熟さゆえだと思っている。マクシミリアンの強さは、ラミとは桁が違う。追いつけるとは思っていないが、追いかけるくらいはしたい。
「では、これでよろしいですか?」
「えぇ、充分です。お代はこれで」
「おい、マックス! わたしはもっと欲しい!」
「だーめーでーすー。食べ過ぎると虫歯ができますよ。あと、太ります」
「わたしはいくら食べても太らない体質だ!」
「あの、その、おつりはこちらです……」
店主から銅貨を受け取って、マクシミリアンは干し果物をふところへ仕舞った。
「ま、マクシミリアン様、荷物ならアタシが持ちます!」
「ん? ああ、これは大丈夫ですよ。というか、私が持っていないと、勇者さまが強引に奪いに来ますから」
確かに、リリアがマクシミリアンに飛びついて、ごそごそと服をまさぐっている。それを器用にかわしながら、
「さて、ラミの買い物もしましょうか? 何が必要なんです?」
「え、あ、いえ。私は別に買い物があったわけではなくて……」
――マクシミリアン様と、街を歩いてみたかっただけ……。
「ふむ、でしたら、ちょっとお茶でもしていきますか」
「えっ?」
「ほら、あそこにテーブルが出ているでしょう? まだ陽も高いですし、少しくらいならいいでしょう」
ラミは返事をする間もなく、連れていかれてしまった。
四人用のテーブルにつき、マクシミリアンは出てきた店員に口早に注文を告げた。
「ラミ、苦手な食べ物はありますか?」
「え? えっと、あまり苦いものでなければ大丈夫です」
「でしたら、フルーツケーキなどいいかもしれませんね。それで」
初めての場所で、訳も分からず椅子に座ってしまった。マクシミリアンとリリアは慣れているようだが、ラミは少し落ち着かない。
――な、何が出てくるんだろ?
カフェなど利用したことがない。ルシアナからどういう場所かは聞いたことがあったもののまさか自分が、しかもマクシミリアンと来ることになるとは。
そわそわとしながら、注文された品を待つ。
「さすがマックスだな! わたしよりも先に店を見つけるとは!」
「どうですかね。勇者さまの方が先に気づいていたのでは? 良い香りがしていましたからね」
慣れた二人は気楽に会話している。
中に加わりづらい。事務的な相談ならともかく、気楽な話題というのを持っていない。
「そういえば、ラミ、苦いものが苦手というのは、どうしてです?」
急に話題を振られた。油断していたので、すぐに舌が回らない。
「え、えっと、その。む、昔、なんですけど病気になったとき長老が薬を煎じてくださったのですが、それが、とても、苦くて……」
「なるほど、それで苦手になったと」
「は、はい。あ、でも、全然飲めないわけじゃないので、マクシミリアン様が仰るなら、なんでも……」
「はは、苦手だという人に、わざわざそんなものを飲ませませんよ。おっと、そろそろ来るようですね」
店員が持ってきたのは、果物の乗った、ふわふわとした何かだった。
共に、果物の果汁を絞った飲み物も置かれた。香りからすると、かんきつ系のようだ。
リリアはイチゴの乗ったふわふわを見て喜んでいる。マクシミリアンも黒い塊を前にして、ほんのり嬉しそうだった。
「いっただっきまーす!」
「勇者さま、服を汚さないでくださいね」
「わーってるよ!」
「ラミもどうぞ。おそらく、食べられるはずですよ」
「は、はい」
今まで見たことのない食べ物を見て、ラミは戸惑った。食器の使い方はルシアナに教わっていたので、恐る恐るフォークを突き立ててみる。
抵抗はほとんどなく、フォークは刺さった。ふわふわの端を削り、口の中に放り込む。
――……甘い。でも美味しい。
芋でもなく、かゆでもなく、果実でもない食感が、ラミの舌の上で弾んだ。
黙々と食べてしまう。ふわふわの中に白いものが塗ってあり、それもまた美味しい。飲み物も、甘すぎずすっぱ過ぎず、のど越しが良い。
今までこんなに美味しい食べ物があるとは知らなかった。
――マクシミリアン様と一緒に街に来てよかった……。
ふわふわは、あっさりと無くなってしまった。なんとなく物寂しい。
リリアはまだふわふわを食べている。マクシミリアンも黒い塊を少しずつ削っていた。
――あれはどんな味がするんだろう?
ふわふわはなんとなくわかったが、黒い塊は予想がつかない。色からすると、苦い物のような気がするが。
何気なく見つめていると、マクシミリアンと視線が合わさった。
慌ててうつむいたが、もう遅い。
「どうしました? ラミ。これも食べてみますか?」
「い、いえ、そんな! マクシミリアン様が召し上がっているものが欲しいだなんて……」
恥ずかしくて顔が熱くなる。そんな様子をどう見たのか、皿を寄せて。
「少しだけですよ?」
「だ、大丈夫です、大丈夫!」
「まあまあ。ケーキも初めてだったようですし、チョコレートもついでに味わってみてください美味しいですよ」
「でも……」
「さあさあ」
意外と熱心に進めてくるので、ラミは恐れ多くも黒い塊を貰った。
端っこをほんの小さく削りとり、口に運ぶ。どんな味かとビクビクもしていたが、
――……甘っ!?
脳天を揺さぶられそうな甘さだった。ふわふわの何十倍も甘い。ほんのり苦みがあったが、それでも甘い。
「お、美味しいですね」
「そうでしょうそうでしょう。この店もチョコレート菓子が美味しいです。当たりですね」
――マクシミリアン様、あんなに甘い物がお好きなんだ。
想いを寄せる人の予想外の一面を見つけて、ラミはかなり驚かされた。
チョコレート、というらしい。自分が食べるかどうかは置いておいて、ルシアナに作り方を聞いてみようか。
――アタシが作れたら、喜んでもらえるかな?
料理は得意だ。修行時代に覚えた。
――何から作るんだろう? 芋だったら分かりやすくていいんだけど。
新たな目標を得て、ラミは心の中で拳を握りしめた。




