1 マックスは出かける
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『都市エステカ』
王国領北部に位置する都市で、最前線『エルテル城塞』に最も近い拠点。
『エルテル城塞』を手に入れるまでは北部の前線を支えていただけあって、都市というよりも要塞と言った方が正しいかもしれない。
最前線に近いながら交易が盛んで、食料のみならず、武器、防具、魔導具などがよく取引されている。
冒険者ギルドもある。最近の冒険者は、王国が戦時中ということもあり、荒事に関するクエストを多くこなすそうだ。
私ことマクシミリアンは、そんな都市の最重要人物、リースマン卿のいる城へと呼び出された。
もちろん、勇者さまと、精霊使いのラミ、聖職者のルシアナも一緒。ついでに、禿頭の部隊長も。
部隊が明け方に到着してから、まだ数時間。のんびりしたいが、『エルテル城塞』へ向かうための物資やら人員やらの相談をしなくてはならない。
――あまり細かい話は得意ではないのですが。
詳しいところは、部隊長とルシアナに任せる。私は補給線よりも、勇者さま用の果物の方が気になっている。
『エルテル城塞』までの道のりは遠い。さらには、魔族が襲ってくる可能性が高いので、行軍には時間がかかる。
干しブドウをあっさりと食べつくされてしまったので、ここでは多めに仕入れておかなくてはならない。勇者さまのご機嫌を取るには、お金と手間がたくさん必要だ。
護衛の兵士に連れられて、私たちは城の会議室へと通された。
待っていたのは、ゴリゴリに鍛えた部隊長よりも、さらに大きな人間。王国内では武人と名高いリースマン卿その人である。
「いらっしゃいませ、勇者様。お待ちしておりました!」
思わず耳をふさぎたくなる大声と共に、リースマン卿が敬礼した。
「あー、えーっと……」
「……名前、憶えています? 勇者さま」
「忘れた。誰だっけ?」
「リースマンです。リースマン卿」
「お、おお。そうだったか」
という小声でのやり取りは聞こえなかったようで、リースマン卿は椅子に腰かけるよう勧めてきた。
「道中、何やら大変だったと伺っております! 勇者様の御身がご無事でなによりですぞ!」
「はっはっは! あの程度のザコども、わたしの敵ではなかったぞ!」
「おお、これは頼もしい!」
――倒したの、私ですよ?
ツッコミはさておき、リースマン卿は王国内でも有名な勇者支持派の筆頭である。どう見ても子供な勇者さまに対しても、礼儀を払ってくれる。
私としては、あまり身構えなくてすむのでありがたい。
「できれば宴でもって歓待したいのですが、今は戦時下ですからな! 大したおもてなしができなくて申し訳ありません!」
「気にするな、リースマン卿!」
大声が二人もいるので、やかましい。私はこっそりと遮断の結界を張った。
「リースマン卿。そろそろよろしいでしょうか?」
大声の応酬を、やんわりとルシアナが断ち切る。
「『エルテル城塞』までの食料、水、それと兵士の方の補充についてなのですが……」
「おお、分かっているぞ、聖職者殿。すでに物資の準備はできている。届けて欲しいものもな!」
おい! とリースマン卿が兵士を呼びつける。
「勇者様のパーティ分、それと、『エルテル城塞』で戦う盟友たちへの支援物資。リストもここにあるぞ!」
「拝見します」
兵士から渡されたリストを読んで、ルシアナは眉間にしわを寄せた。
「あの、リースマン卿、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ!?」
「補充する兵士の数が少し多いと思うのですが。これでは、都市の防備が危うくなるのでは?」
「ああ、それか! 安心して欲しい、聖職者殿。今回は冒険者を多めに雇ってな! 都市の防衛には、奴らを使うことにした!」
「冒険者を、ですか?」
「そうだ。だが、どれも信頼できる筋から依頼している。心配する必要はないぞ!」
万が一『都市エステカ』が急襲されても大丈夫だ、とリースマン卿は言う。
ルシアナからリストを貰うと、確かに貸してもらう兵が多かった。支援物資が大量にある分、派遣する兵士も多めにしたらしい。
――私からすれば、あまり兵が多くても良いことはないんですけど。
いざ戦いになったら、勇者パーティの者だけで動く方が楽だ。兵士は、物資の守りを固めてくれるだけでいい。
大軍で進むとどうしても動きが鈍る。勇者さまも私も用兵の心得など持っていない。各隊長に任せてもどうなることか。
とはいえ、ここでリースマン卿の厚意を無下に扱うこともできない。武人の見立てというなら、無駄ということもないだろう。
「兵士連中は、私が鍛えた精鋭ばかりです。貴族共の弱兵などは比べ物になりませんぞ!」
「は、はあ……」
豪快に笑う武人に対し、ルシアナの顔はひきつっていた。
「なあに、聖職者殿の手を煩わせることもない! 多少のけがなど、気合で乗り切る奴らばかりです!」
――それはそれで困るんですが。血みどろになりながら戦うって、屍人族じゃないんですから。
「出発は明日の朝でよろしいですかな? お部屋は用意させます。ゆっくり体を休めてくだされ!」
話はこれで終わった。思いのほかあっさりとしていて助かった。
兵士たちが、城内を案内し、それぞれの部屋へと連れて行ってくれた。勇者パーティへの待遇ということで、なかなか上等な部屋だ。
食事は後で持ってきてくれるとのこと。しばらくはゆったりさせてもらおう。
そう思って、ベッドに寝転んだところで部屋の扉が開けられた。
勢いよく飛び込んできたのは、
「おーい、マックス! 外に行くぞ、外に!」
満面の笑みを浮かべた勇者さま。
「買い物に行くぞ! 財布を持って、すぐに付いてこい!」
有無を言わさずに、勇者さまは寝ている私の上に飛び込んできた。
「休まなくていいんですか?」
「私はあんまり疲れていないからな! それよりも買い物だ! 果物買ってくれるんだろ?」
――まあ、一応その予定ではありましたが……。後でこっそり抜け出して、勇者さまに気づかれないうちに行こうと思っていたんですけど。一緒に行くと、不要な買い物までさせられそうですからね。
どうしたものかと考えていると、また扉から声がした。
「あの、マクシミリアン様、よろしいでしょうか?」
ん? と顔を上げると、褐色肌に金髪の精霊使い、ラミが立っていた。
「えっと、お邪魔、でしたか?」
「うん、じゃもがむが」
勇者さまの口を押えて、私はラミを招き入れた。暴れる少女を抱きかかえつつ、
「どうしました、ラミ。何かありましたか?」
「あの、はい。お時間をいただけたので、市を見に行こうかと思いまして……」
「ああ、それはちょうどいい。私たちも、今から出かけようとしたところです」
「……勇者様も、ですか?」
「勇者さまも息抜きをなさりたいそうなので。買いたいものもありますしね」
「で、でしたら、アタシは荷物持ちでもなんでもいいですから、一緒に……」
いい案だ。勇者さまを抑えるのに、ラミは一役買ってくれるだろう。
「では、準備しましょう。私はこのままでもいいですが……」
「あ、アタシも準備してきました!」
ラミは、大事そうに布の塊を抱いていた。私が買い与えたローブだ。精霊使いの正装は肌の露出が多い。なので、普段歩き用に用意した。
勇者さまも、以前出かけた時のワンピースを着ている。それぞれ、準備は整っているらしい。
「では、行きましょうか、ラミ、勇者さま」
「はいっ!」
「……むー」
また頬を膨らませる勇者さまの手を引いて、私たちは城を出た。




