10 マックスは落ち着く
第一章はここで終わり、一区切りです。
さて、落ち着いたところで現状整理といきましょう。
ちょっと私がやんちゃしたので、周囲は焼け野原で灰の山。灰は風で飛んでいきますが、焼け野原はどうしたものか。
さすがに私にも、焼けてしまった草木を復活させる吐息は使えません。そういうのが得意なのは、別の同僚です。
ここは部隊のみんなも通りますし、誤魔化すのが大変そうですね。
「マックス、やりすぎだ」
「いやあ、ついつい。あまりにも腹が立ったものですから」
「馬までいなくなったぞ」
「かわいそうなことをしたと反省しています。馬に罪はありませんでした」
調子に乗り過ぎて、自分の馬まで焼いてしまった。むこの動物まで消してしまうのは私も好きではない。
『都市エステカ』までの馬は、次の村で借りようと思う。幸い、手持ちの金貨があるので、売ってもらおう。
とりあえず、次の村までは徒歩だ。
「うあっ」
抱きしめていた勇者さまが、離れた途端に転んだ。
「どこかケガでも!?」
ホコリ一つ通さない守護の結界で守っていたが、油断しただろうか。
「……違う」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、大丈夫じゃない。……立てない」
「……あー」
腰が抜けているようだ。今日はまた凄惨にやってしまったので、いつも以上に怖がらせてしまったに違いない。
これもまた自業自得。私は、勇者さまの前でかがみこんだ。
勇者さまが、顔を赤くする。
「た、立てないからしかたなく! しかたなくだからな!」
「えぇ、分かっていますよ」
伸ばされた手を支え、私は勇者さまを抱きかかえた。背負ってもよかったが、勇者さまはこちらの方が好みだ。
「キレたマックス、ちょーこえー」
「気を付けてはいるんですけどね」
勇者さまに無礼な態度を取られると、すぐにカッとなってしまう。私の沸点は、同族の中で一番低い。
普段は猫をかぶっている。これはかなり疲れるので、今回のようなことが重なると、すぐに化けの皮がはがれてしまう。
――勇者さまを怖がらせてしまった分、貴族たちも肝を冷やすといいのですが。
冷えても一瞬だろうと、すぐに考え直す。これくらいで反省するようなら苦労しない。遠からず、また次の刺客が送り込まれてくるだろう。
「マックス、ブドウくれ、ブドウ」
「だから、あれは大切に食べないといけないって言ったでしょう?」
「ふえーん、さっきのマックス怖かったよー」
「あーはいはい、その責め方は結構辛いのでやめてください。上げます、上げますから」
「やりぃ」
コロコロと表情を変える勇者さま。ただ、これも勇者さまの風の強がりだ。
性根は心優しく、臆病で怖がりの女の子。勇者なんて天職がなければ、どこかの村で素直で穏やかに育ったかもしれない子。
私は、そんな少女の可能性と引き換えに友となった。勇者の資質を食べることで、人の姿で力を使っている。
人間の姿になると、さすがの六大属性龍も力を制限されてしまう。人間基準になってしまうのだ。
先ほどの技も、ほぼ使えなくなる。そうなると、勇者さまを万全の状態で守れなくなる。
――守ると約束しながら、その実、どっちが守られているんでしょうね。
人知れず生き、人知れず朽ちたかもしれない私に、活力をくれた勇者さま。同族に怒られることになろうと、私は今の状況、関係に満足している。
「次の村まで、どれくらいかかるんだ?」
「誰も見ていませんし、吐息でも使って、飛んでいきましょう。歩いて行くには、少し遠いので」
「あんまり早く飛ぶなよ。しがみつくのも大変だからな」
などと言いながらも、勇者さまはしっかりと私の腕の中におさまっている。
「それじゃ、さっさと行きますか。落ちないでくださいよ?」
「ん」
私の首までしっかりと手を回し、抱き着いてきた。真っ赤な顔が、初々しい。
ゆっくり飛べ、という言葉には、色んな意味が含まれていそうだ。なるべくのんびり行くとしよう。
――まあ、私もいやではありませんし。
吐息で宙に浮き、加速は徐々に。風が邪魔にならない程度で空を行く。
勇者さまは、私の懐から干しブドウの袋を出して、楽しんでいる。これでは、すぐ無くなってしまうだろう。都市では果物を多めに買うとしよう。
まだ目的地の半分にも到達していない。そして『都市エステカ』を過ぎてからが本番だ。
魔族は神出鬼没。人を超える魔法を使えるので、厄介なのだ。
私が、いちいち結界を使うのも、魔族を警戒するがため。いつ何時も気を抜かない。
――勇者さまに、なるべく負担をかけないように振舞い、戦わなくてはいけません。
どんな魔族が、魔物が襲ってきても、勇者さまには指一本触れさせない。しかし、敵のプレッシャーは、気丈に装う少女の心に傷を残す。
夜、うなされる勇者さまを、何度も見てきた。酷い時は、眠ることすらできずに震えている。
「ブドウ無くなった!」
「はやっ!」
できれば、勇者さまとは静かな所でのんびりと過ごしたいものだ。
戦争を終えて、勇者という天職がなくなったときは、どこかの村の片隅でくだらない話をしながら日々を送りたい。
次の村が、少しずつ見えてくる。私は飛ぶのをやめ、徒歩で村の入り口を目指す。
「マックス、もう歩けると思うから、下ろしてくれていいぞ」
「わかりました」
そう言いつつも、勇者さまの足は、まだ震えている。
私は小さな手をにぎり、繋いで一緒に歩く。
「あの村は大丈夫だよな?」
「特に不穏な気配は感じませんよ。さっきので全部だったようです」
「そっか。ならよかった」
握り返された手をしっかりと包みながら、私たちは村に入った。
突然の訪問に驚く村人たちに挨拶をしながらも、私は勇者さまの手をしっかりと握り、離さなかった。




