8 勇者リリアは怒る
事情を聞いたリリアは、すぐにマクシミリアンの提案を受け入れた。
「事後承諾ですみません」
「気にするな! わたしとお前の仲じゃないか!」
マクシミリアンの腰にしがみつきながらリリアは話を聞いた。
――またわたしを殺そうというのか……。
気にするな、とは言ったが、リリアは微かな不安を抱えていた。
まさか、自分を殺すために、村を襲うとは。貴族たちの手法が、だんだんと荒くなってきている。以前は、勇者本人しか狙わなかったというのに。
――この先で、また誰かが殺されたらいやだもんな。
自分の代わりに誰かが犠牲になるのは我慢ならない。何度も殺されそうになったからこそ、そう思う。
先ほどの村では、大きな犠牲は出なかった。それを聞いた時、心底から安心した。
けが人には子供もいた。自分よりも小さな子供だ。
――許せない。
怒りを感じる。襲ってきた奴らにも、襲わせた奴らにも。
人間の敵は人間。そんなことを思うと、勇者という天職が情けなくなってくる。
殺されかけた自分、殺されかけた誰か。そして、
――いつも守られてばかり……。
いましがみついている、大きな背中。この背中に、何度助けられたことか。
もし、自分が勇者として成長しても、きっと強くなれなかっただろう。自分は守れても、他の誰かは守れなかっただろう。
魔族の王とやらを倒せても、結局は人間に殺されていたんじゃなかろうか。最悪の想像だ。
聖剣も聖鎧も投げ捨てたい。勇者なんて役目、誰にだってくれてやる。
それこそ、貴族の連中が勇者をやればよいではないか。剣と鎧を持って、魔族の王とともに、滅べばいい。
そうすれば、自分はマクシミリアンと穏やかな時間を過ごせる。街の豪邸に住む必要はない。適当な村のボロ家で充分だ。この優しい漆黒龍といられるならば。
――イヤだな、ホント。
気分がどんどん落ち込む。涙こそこぼさないが、しっかりとマクシミリアンを抱きしめる。
「勇者さま」
「……ん?」
「心配はいりませんからね」
「え……?」
「勇者さまは私が守りますし、まあ、勇者さまが守りたいと思う何かもついでに守りましょう。だから、悲しまないでください」
こちらの不安を見透かすように、しかし不快感のない言葉だった。
「ふん! マックスの力を借りなくても、わたしだって戦える!」
強がって見せても、マクシミリアンはリリアの心などお見通しなんだろう。それでも強がるのは、自分が漆黒龍の友達だからだ。
くよくよした姿を見せるよりも、空元気でも胸を張った方がいい。
「はは、それは頼もしいですね」
「なんだ、信じてないのか、マックス!」
「信じていますよ。勇者さまは強いですからね」
「その通りだ!」
励まし上手の漆黒龍から元気を貰う。こいつと一緒なら大丈夫だと、改めて信じられる。
「それで! さっきから変な空気だな、マックス!」
「ああ、分かりますか、勇者さま。あちらこちらからイヤな視線が向けられています。そろそろかもしれませんね」
「そうか! わたしはいつでもいいぞ!」
では、とマクシミリアンが手綱を引いた。馬がいななき、脚を止める。
リリアでも分かる殺気が、四方八方から飛んでくる。
前の方からも、馬の鳴き声が聞こえた。一緒に走っていた部隊の二人も、こちらと同じく馬を止めたようだ。
マクシミリアンが馬から降りる。手伝ってもらって、リリアも降りた。
「どうなさいました、勇者様。マクシミリアン殿」
部隊長は精鋭と言っていた二人は、突然の停止にも驚いた様子がない。
むしろ、待ってましたとばかりに、剣を抜いてきた。
「気づかれましたか? それとも、あきらめましたか?」
「そういえば、部隊長が言ってたな。今回の任務に、何人か新しい顔が入ったって」
部隊長は脳みそ筋肉なので気づいてはいなかったのだろう。精鋭と言われる連中が、貴族の飼い犬だったということに。
聖剣を抜いて、リリアは構えてみせた。今は、恐怖よりも怒りの方が勝っている。
「お前たちがやったんだな?」
「何をですか、勇者様?」
「さっきの村を襲った連中、あいつらもお前の仲間だな!」
「いやいや、まさか。奴らはただの盗賊。我々のような騎士とは違います」
――なにが騎士だ、バカどもめ!
「とりあえず、気づかれたようなので、こちらも仕事にかからせていただきます。剣を振っても無駄ですよ。貴女が弱いのは、国中が知っていますから」
「そうか。それなら、私の前にいる奴がどれくらい強いかも知っているな!?」
「えぇ。なので、まずはそちらから始末させていただきますよ」
自称騎士が発煙筒を投げた。
それを合図にして、周囲にいくつもの気配が現れる。剣を、槍を、杖を。それぞれ得物を持って、リリアたちに近づいて来た。
「漆黒の魔法使い、こいつがいなければ、貴女はただの子供だ」
「そうだな」
「こいつを殺せば、貴女は死ぬ」
「そうだな」
「命乞いは聞くな、と言われています。まあ抵抗されても気になりませんが」
「そうだな」
取り囲まれた。武器が構えられ、魔法の詠唱も聞こえてくる。
「最後に何か言い残すことはありますか?」
「ないな」
「では、さようなら、勇者様」
突撃の気配を感じて、リリアは顔をこわばらせる。手が震えて、聖剣を落としそうになった。
そこへ、
「あまり調子に乗るなよ、ガキども」
何よりも恐ろしく、何よりも頼もしい声が聞こえた。




