1 マックスは呼ばれる
はじめまして。
軽めの文章を書いていくつもりです。内容も軽く。
もし興味を持たれましたら、ブックマークなどお願いいたします。
圧巻だった。
魔族の群れ、おそらく数にして三千。
目の前に広がる光景を見て、勇者は満足そうに笑っていた。
「ナーッハッハッハ! これが、これで、わたしを倒そうというのか! 甘い、ストロベリーアイスを乗せてメープルシロップたっぷりにぬりぬりしたパンケーキより甘いわ!」
城壁の上で、勇者が嬉しそうに腕組しながら吠えている。
三千の数も、勇者をひるませるには足りない。小鬼族から大鬼族、首無族や鳥人族の大軍も、勇者からすればジャガイモかサツマイモにしか見えないのだろう。
「うはははは! こんな奴らでわたしに敵うとでも? ボーナスだ! 経験値の山だ! 宝箱かお前らは!」
勇者の声は、どんどん大きくなっていく。
「ふっふっふのふー! 焼き払うぞ、薙ぎ払うぞ、一切合切全滅させてやるぞー!」
聖剣を抜いて、天高らかに叫ぶ。背は小さいが、聖鎧の効果もあって、一応サマになっている。
長い銀髪が風に流され、金色の瞳にはらんらんと燃える何かがある。勇者だけあって、見た目はいい。見た目は。
だが、威風堂々と言うには、勇者はまだ幼い。確か、今年で十二歳だったはず。成長途中の体は、まだまだ細身で儚さと頼りなさを感じさせる。
それに、勇者のレベルは三千の魔族軍を相手にするには低い。小鬼族の二、三匹なら余裕だろうが、軍隊の中に放り込まれたら一秒で食いつくされるだろう。
それでも、勇者には余裕がたっぷりあった。テンションが最高潮なのだ。未だ負けなし、という事実も勇者の態度を大きくさせているのかもしれない。
欠片でも謙虚さを身に着けて欲しいというのは、同じパーティにいる聖職者の弁。
「行くぞ行くぞ行くぞー! お前たちを倒して、今日も晩ごはんにハンバーグを作ってもらうのだー!」
ちなみに、昨日もハンバーグだった。一週間七日のうち、四日はハンバーグ。よく飽きないものだ。
「さあ、一気に攻めるぞ、マックス! アイツらの鼻っ柱を叩き折ってやるのだー!」
………………。
…………。
……。
あ、私? 私の出番、来てた?
「おい、マックス! マクシミリアン! 何をしている、さくっといつも通りにやっちゃってくれ!」
はいはい、出番ですね。
「っていうか、また私ですか? 勇者さま」
「うむ、またお前だ! お前が一番強いからな、わたしの次に!」
いやいや、勇者さま。あなたはレベル一桁じゃないですか。あなたの次に強いって……。パーティの全員があなたよりレベル高いですから。むしろあなたが最弱ですから。
ポリポリと頭をかきつつ、私は勇者さまの命令、もとい、『高度なお願い』に従う。
私と勇者さまの立場は対等。さま付けしているのは、対外的な問題からである。ほら、勇者って人間たちの代表みたいなものですし。
そんな勇者さまと対等な私は、一応、龍族です。今は、人間に化けていますけど。
龍族の姿だと、魔族どころか人間たちも怯えてしまいますから。目の前で聖剣をブンブン振り回している女の子、おっと、勇者さまだけが、私の正体を知っています。
六大属性龍で、漆黒龍なのが私、人間名マクシミリアンです。どうぞ、マックスとお呼びください。
六大属性というのは、火、水、土、風、光、闇。の六つ。どれが私の得意属性かは、語るまでもないかと。
「昨日も私じゃありませんでした? そろそろ、勇者さまが働いてくださいよ」
「いつも働いているだろう、が!」
「が! じゃないですよ。前振りだけじゃないですか。なんやかんや言うだけ言って、その後はほぼ私が処理してますよ」
「むー」
ふくれっ面で言われても、まあちょっと可愛いかもとは思いますが、困りますって。龍族労働基準法に基づいて訴えますよ? 私が力を貸しているのは、友達だから、なんですから。
「仕方ない。今日のデザートはお前の好きなチョコレートババロアにしてもらうから」
「チョコババロ……!? あ、じゃなくて」
チョコレート、美味しいですよね。
「分かりました分かりました。ちゃんとチョコババロア食べさせてくださいよ?」
「安心しろ、この前、王都でとびきり美味しいスウィーツ屋を見つけた! 一緒に行くぞ、マックス!」
それ、きっと自分が行きたいだけですよね?
「まあ、結局は私がやらないとダメなんですよね?」
「細かいことをグジグジ言うな!」
はーいはいはい。
「それじゃ、片付けちゃいますよー」
「うん、頼む!」
にっこり笑いながら、勇者さまがビシリと、魔族の群れを指さす。
私は勇者さまの隣に立って、魔法陣を展開させる。
積層立体型魔法陣。平面型魔法陣よりも使うエーテル量が多い分、威力もそれなりに上がる。
本来ならば、龍族である私は指を振るだけで魔法、龍族で言うと吐息を使えるのですが、人間の姿をしているので、うっかり使うわけにはいきません。バレたらよろしくないのですよ、色々と。
漆黒色の魔法陣が私を取り巻く。三千の軍勢を吹き飛ばすには、少しばかり手加減が必要だ。
下手に全力を出すと、目の前の軍勢ばかりか、大地そのものをえぐり取ってしまう。魔族がいなければここは綺麗な草原地帯。無残に吹き飛ばすのは、さすがに気が引ける。
「よーし、行け!」
ちょっと後ろを向くと、勇者さまがこちらに背を向け、耳をふさいでしゃがんでいました。勇者さまー、体裁、体裁ってものを考えてくださーい。
私は呆れを吐息に変えて、目の前の魔族たちに哀れみの視線を向ける。この勇者さまの前に立ったのが運の尽き。もっと言うならば、私の友達に剣を向けたのが、最大の敗因だ。
漆黒龍である私は、これで結構気が短い。話は短く、物事はコンパクトに。
と、いうことで、哀れな魔族諸君には、ご退場いただきたい。
唇がむずがゆい。油断すると、口の端が持ち上がりそうだ。
勇者さまの仲間、ということで、私も理性ある行動をしなくては。
まさか、喜び顔で敵を殺戮する者が仲間にいてはいけないでしょう?
「はい、漆黒爆炎ー」
呟いて一瞬後、魔族の中心で黒い炎が吹き上がる。前進してくる魔族を、何事かと振り向く敵を飲み込み、
「ふう」
と息を吐くころには軍勢三千が消滅する。
効果範囲は私のいる城壁すれすれまで。斥候がそこそこ前進していたので、伏兵も考えて大きめに焼き払った。
さて、これで今回のことは、一件落着っと。
城壁で待機していた兵士たちが、あんぐりと口を開けて私の魔法を見つめている。勇者さまだけが、うんうんと嬉しそうにうなずいていた。
これで、吹き飛ばした魔族の数はどれくらいになったか。さすがに万単位でやっていると、忘れてしまった。
まあ、覚えていても何の役にも立たないんですけどね。
大手を振って歩く勇者さまに続き、私も城壁を下る。その私の後ろに、精霊使いの少女と聖職者の女性が付いてくる。
一応、私たちは四人パーティということになっている。経験値を稼いでいるのは、ほぼ私だが。
うちは経験値の共有術式は使用していない。完全な出来高制だ。
じゃないと、ほら、私が戦うだけで、勇者さまのレベルが上がっちゃいますし……。というのは嘘で、出来高制にしておかないと、勇者さまのレベルが『上がらない』ことに疑問を持たれてしまうので。
この小さな勇者さまのレベルは、3だ。
3がどれくらいかというと、先ほども言ったように、小鬼族二匹を倒せるくらい。
勇者という天職には補正が付く。他の職業のレベル3よりも、強い。ただ、それでも3は3。
同じパーティの精霊使いは25、聖職者は34。これらに比べたら、と、多くを語る必要もないだろう。
勇者さまのレベルが上がらないのは、私とかわした契約、人間からすれば、呪いのせいだ。
私が力を貸す代わりに、勇者さまのレベル的成長をすべて貰うことになっているんですよね。なので、経験値がいくら手に入っても、勇者さまはレベルが上がりません。
勇者は、魔族の王に対抗できる、唯一の天職。だというのに、レベルが3から上がらないというのは、人族にとっては致命的な弱点である。
この事実が明るみに出ると、勇者さまは立場を失うかもしれない。天職は生まれた時から決まっている運命のようなもの。レベル3より強くなれないなら当代の勇者は不必要だ、と切り捨てられるかもしれない。
それを、陰ながら防いでいるのが、私です。今の勇者さまも、口先だけの臆病者、なんて噂があったりなかったり。噂に同意する部分はあるけれど、レベルが上がらないのは私のせいでもあります。友達をあっさりと殺されるのも不愉快ですし。
まあ、詳しい話はおいおいしましょう。今は、
「でな、王都の南大通りにある店なんだ! あれは美味しそうだったぞー。すごい行列だったから、お前も並んでくれよな!」
「はいはい、分かりましたよ」
「ふふん、きっとお前も喜ぶと思うぞ。チョコレート系のスウィーツもたくさんあったからな!」
「……後で詳しい話を聞きましょう」
と、ご満悦な勇者さまの相手をする方が大切ですので。
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