ベッケンバウアー先生の魔物・魔獣学講座
今のままでは何処にも出せなかった自分なりの解釈による魔物・魔獣に関する設定です。地の文は一切ありません。
キーーン コーーン カーーン コォーーーーン…………
「みなさんこんにちは。
私が今回の魔物・魔獣学講座の講師を務めさせていただきます、ユーキ・ユーナ・ベッケンバウアー(仮)です。宜しくお願いします」
「先生、名前の最後に『(仮)』が付いてるのは何故ですか?」
「それは今回の講座を開くにあたって、私が本名出しNGを希望したからです」
「何故本名NGに?」
「それはこんな所で内職をしているのがバレると本職の方で関わっている方々から『仕事しろ!』と吊し上げを食らうからです」
「それは普通に仕事すれば良いのでは?」
「それが出来たら苦労はしていません!」
「うゎ……ダメな大人だ……」
「お黙りなさいA子君!」
「え? 私の事ですか??」
「貴方以外誰がいるのです?」
「でも最初に『みなさん』って……」
「みなさんとは言ったが独りじゃないとは言っていない」
「えー…意味解んない……」
「些末な事を気にしては負けですよ、A子君」
「A子君って…ワタシは本名出しNGじゃないので普通に呼んでもらっても構いませんよ?」
「一人が本名NGで一人が本名OKでは何処ぞの犯罪者追い込み番組のような体になりそうなので却下です」
「言ってる意味がさっぱり解りません」
「さて、一括りに魔物・魔獣と言ってもその形態は実に多岐に渡ります」
「強引に本筋に戻した!?」
「ここで一つ。動物と魔物と魔獣。この三者の違いを答えられますか? はい、A子君!」
「全く解りません!」
「気持ち良いくらい即答しましたね。回答としては問題外ですが嫌いではないです。嫌いではないですが、罰として手刀をプレゼントしましょう」
「ちょっ!? 暴力反対ですっ!!」
「私はバカな子は仕方ないと目を瞑りますが、人生なめてる躾のなってない子への体罰は推進派です」
「そんな教育方針は溝に捨ててくださいぃっ!!」
「冗談はさておき、三者の違いを答えられますか?」
「だから解りませんってば! 外にいる生き物は全部魔物と魔獣って事でいいんじゃないんですかっ!? 後は人が飼ってるのが動物って事で」
「はぁ…バカな子の方でしたか。仕方ありませんね、体罰は無しの方向で勧めていきますか」
「ほっ、バカでよかっ……た?」
「動物と魔物と魔獣の違い。ざっくばらんに言っていしまうと、体内に宿る魔素濃度とそれによる肉体の変異度の違いです」
「マソ……って何ですか?」
「魔素とは魔力の素となる物質の名称です。常識でしょう?」
「ワタシが何でも知ってると思ったら大間違いで……あっ、ごめんなさいっ。拳は握り込まないでっっ」
「今回は魔素・魔力については範囲外なので、そう言う物質が有るんだと頭の中に刻み付けておいてください。自分では無理だと言うのであれば物理的に刻み付けて差し上げましょうか?」
「いえいえいえ大丈夫です自分でできますからっ!」
「結構。先ず動物。これは体内の魔素濃度が低く、魔素による肉体の変異度の無い個体を指します。犬や猫、牛馬羊等々身近な物から、野生では兎や鳥、鼠、昆虫等々多岐に渡ります。ここまでで何か質問は?」
「魔素による肉体の変異……って事は、魔素によらない肉体が変異する事があるんですか?」
「有りますよ。正確には変異ではなく変化となりますが、代表的な物が『交配』と『適応』ではないでしょうか」
「『交配』と『適応』ですか?」
「はい。『交配』とは身体の大きな雄牛とお肉の美味しい雌牛を交尾させて身体が大きくてお肉の美味しい仔牛を生ませたり、匂いの嗅ぎ分けが得意な雄犬と走るのが得意な雌犬を交尾させて追跡能力の高い仔犬を生ませたり。変わった所では雄の驢馬と雌の馬を交尾させて両方の身体的特徴を兼ね備えた驢馬とも馬とも付かない生き物を生ませたり、と言った話もありましたね」
「先生…交尾とか表現が生々しいです……」
「表現を無駄に取り繕わない所が私のチャームポイントです」
「それってチャームポイントになるんですか!?」
「なります。そして『適応』とは主に環境による肉体の変化の事を指します。蜥蜴を一例とすると、水場の極端に乏しい砂漠に棲む蜥蜴は水分を極力必要としない身体へと変化させ、体色も周辺に溶け込むような砂色へと変化させた種もいますし、樹上を生活圏に選んだ蜥蜴は樹から樹へと跳び移る際より確実に、より遠くの樹へ移動出来るように手足の間に薄い皮膜を得た種もいます。また、天敵のいる環境では身体をより大きく成長させて対抗しようとした種なんて物も存在しますね。
『交配』と『適応』のどちらにも言える事ですが、これらの肉体の変化は例外が無いとは言えませんが、何世代もの長い時間を掛ける事で獲得した変化だと言う事です。ここまでは理解出来ましたか?」
「……おそらく」
「まぁ良いでしょう。次は魔物についてです。魔物とは体内の魔素濃度が高く、それによる肉体の変異と凶暴性が増した個体を指します。
兎を例に上げると、額に真っ直ぐな角が生えた『一角兎』や後脚の異常発達した立体機動戦闘を行う『跳び兎』。
蜥蜴であれば全身に鱗が生え鉄や鋼のように硬質化した『鎧蜥蜴』に口内から腐食毒を吐き掛けてくる『飛毒蜥蜴』。
昆虫ではただただ巨大化して何でも捕食しようとする『悪喰蟻』等です。
ちなみに肉体が変異したから凶暴性が増すのか、凶暴性が増したから肉体が変異するのかは、未だ研究者が酒の席で熱い議論を交わすテーマの一つになっていますね」
「う〜〜ん……」
「何か解らない事がありますか?」
「動物の変化と魔物の変異との区別が付かなくなりました。どっちも身体が変わっていっちゃうんですよね?」
「そうですね。しかし、変化と変異には明らかな違いがあります。動物の変化とは即ち進化や退化と言った何世代もの時を経て勝ち得るか、もしくは衰えていく能力等の事を指し、基本的に自然界で生き残る為に必要、不必要であるから、または人にとって都合の良い形に仕立て上げる為に品種改良した物を言います。しかし魔物の変異とは、そう言った自然の摂理や人の手による品種改良では到底生み出す事の適わない、著しく逸脱した物を指します。蟻を例に上げるとするならば、どんなに世代交代や品種改良しようとも昆虫である蟻は、手首や足首くらいなら一噛みで噛み切ったり出来る程巨大化したりはしないと言う事です。
そして何より一番の違いは、魔物は体内に『魔石』を持つ個体が居ると言う事ですね」
「『魔石』? ……って、何ですか?」
「そうですか……魔素が何なのかが解らないのだから魔石に付いても解らない、と……そう言う事ですか、解りました……」
「先生、何だか反応が怖いです……」
「気のせいです。では魔石とは何か? 魔石とは一般的に高濃度の魔素が長い年月を掛けて結晶化した物を指します。魔素濃度が高くより強い個体や、長生きした個体等で多く発見されており、魔物の体内から採れる魔石は魔素と骨と結合して生み出されると言う説が有力ですね。これは一角兎の角の付け根の頭蓋骨や跳び兎の尾骶骨に小粒の魔石がへばり付いていたり、過去に討伐した魔獣の骨格全てが魔石だったなんて話に起因しています。
しかし、骨を持たない軟体系の魔物や外骨格で全身を覆う甲虫系の魔物、そもそも動物系とは体の仕組みが根本から違う植物系の魔物等、様々な魔物からも魔石が発見されている事から、骨に限らずその魔物の特徴的な体組織の一部と結合して魔素が魔石化すると言う説が最近になって支持されつつありますね」
「それじゃあ、魔石が有るのが魔物で無いのが動物って事で良いんじゃないですか?」
「それでは魔素濃度は高いのに魔石が取れない弱い個体や若い個体まで動物に分類されてしまい兼ねないでしょう? なので動物と魔物の違いは魔石の有無ではなく、魔素による肉体の変異が基準となる訳です。解りましたか?」
「解ったような解らないような感じです……」
「解らなければ、人の生活圏の外で見付けて逃げ出せば動物、襲い掛かってくれば魔物とでも覚えておけば取り敢えず問題はないでしょう」
「でもそうすると狼や熊のように人を襲う獣も魔物って事になりませんか?」
「動物と魔物の区別も付かないかわいそうな方に向けた極力頭を使わないで済む至極簡単な見分け方なので、ある程度大雑把になるのは仕方の無い事です。悔しかったら少しはその蜘蛛の巣の張ったぼんくら頭を働かせて覚えなさいって話です」
「ちょ、酷くないですか、その言い方!?」
「『無知は罪』ですよ? 動物と魔物の区別も付かず、自分だけならまだしも仲間の生命まで危険に晒して『知らなかったから』で済まそうとする方が酷くはありませんか? 貴女は生命の危険に晒されて血塗れになりながらも笑って相手を許せますか? 逆に仲間を生命の危険に晒してしまった時、手や足の欠けた仲間に笑って許してもらえると思いますか?」
「うっ……」
「理解出来たので有ればでは真面目に取り組みましょう。
最後に魔獣についてです。魔獣とは主に魔素濃度が高まった動物や魔物から生まれる突然変異種を指します。要するに新種ですね。新種でなくても目撃例が極端に少なく生息範囲が掴めない希少な魔物や、人の力を遥かに凌駕して討伐が困難と言った理由のある、情報量が少ない種族なども魔獣に指定されます。
ここで問題です。『草原兎から跳び兎が生まれました。この跳び兎は動物と魔物と魔獣の何れに該当しますか?』」
「えっと…確か跳び兎は魔物だったはずだから……魔物、ですか?」
「正解です。では『岩隠れ蜥蜴から鎧蜥蜴が生まれた場合、この個体は何れに該当しますか?』」
「えっと、魔物ですか?」
「正解です。なかなかどうしてやりますね」
「いえいえ、それほどでも〜♪」
「では最後の問題です。『森林兎から飛毒蜥蜴が生まれた場合、この個体は何れに該当しますか?』」
「魔物です!」
「ぶー、不正解です。流石に魔物であっても兎から蜥蜴が生まれるような事はまずありません。もしそんな報告されでもしたら、報告者の真偽を疑われ、真であったならばその個体は親子共々魔獣として認定され、徹底的に調査・解析・解剖される事でしょう」
「むぅ〜、ひっかけ問題……」
「引っ掛け問題ではありません。応用問題です。では最後の問題です。『一角兎から野兎が生まれた場合、この個体は何れに該当しますか?』」
「え? 魔物から動物だから……動物ですか?」
「残念、不正解です。一度魔物になってしまったら、もう動物に戻る事はありません」
「な!? それじゃあ答えなんて無いじゃないですか!」
「はい。ですからこの場合の答えは『問題が間違っている』になりますね」
「そんなの解る訳無いじゃないですか!」
「私はこれまで『動物から魔物や魔獣に変異する』と言う話をしてきたつもりです。ならば『その逆はどうなんだろう?』と疑問に思い『魔物や魔獣から動物は生まれないのか?』と言う質問していればこの問題はそれこそ問題無く解けた事でしょう。問題が正しいか正しくないかではなく、自分の考えがそこまで至らなかった事を反省なさい」
「むぅ〜……」
「では、ここからは魔物・魔獣の大まかな分類へと話を移しましょうか」
「先生」
「何でしょう? A子君」
「もうこれ以上一度に詰め込むと頭がパンクしそうです」
「はぁ、まだほんの触りしか講義していないと言うのに仕方の無い娘ですね、全く……。解りました、今日はここまでとしましょう」
「本当ですか!?」
「その代わり今日説明した内容はしっかりと復習しておくように。特にテスト等しようとは考えていませんが、魔物や魔獣を相手に身を立てようと思っているのであれば死活問題になりかなねませんよ?」
「わっかりましたー」
「では本日の魔物・魔獣学講座はこれにて終了。ご静聴ありがとうございました」
「お疲れ様でした。ありがとうございました〜」
キーーン コーーン カーーン コォーーーン…………
おしまい。
制作時間、およそ4日。