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8話

 コーラルが目を覚ますと、そばにルチルが控えていて、食事や風呂や、身支度の世話をしてくれた。

「私は…どうして寝てしまったの?」

ルチルは赤い髪に飾り紐を編み込みながら

「殿下の強い術に当てられたのでしょう。どこか痛むところはございませんか?」

と訊くので、コーラルは無い と答えた。

ルチルが退室し、しばらくするとアウインが訪ねてきたので長椅子に並んで座った。

「体調はどうだ?」

「はい…大丈夫です。」

昨日のことが思い出されてコーラルは顔を赤らめ俯いてしまう。

相手にこちらの顔が見えてないと分かっていてもアウインの顔が見られない。

「やはりどこか痛むのか?」

気遣わしげな声。

「いいえっ。 痛くないです! 本当に大丈夫ですから!」

消え入りそうな声で話せば返って心配させてしまうため、コーラルはきっぱりはっきりと問題ないことを告げる。


 「分かったことを教えよう。」

滅んだ故国、王族の末姫で巫女として育てられていたこと、奴隷商に囚われたこと等を簡潔に説明される。

「姫の本当の名はアンデシンだが、どちらの名で呼ばれたい?」

「どちらでも好きな方でかまいません。」

秘する姫とするなら”コーラル”の方が身は安全だ。

「何処の誰かが分かっただけで十分です。ありがとうございます、殿下。」

ぺこりと頭を下げると、アウインが”ではコーラル”と呼び掛けた。

「私と魔力を繋いでみて。」

「つなぐ?」

思わず顔を上げるとアウインはこちらの言葉の意味を確認するように考える素振りを見せた。

「逆凪のショックで忘れてしまっているのか…。では私から繋ぐから出来れば制御して欲しい。」

アウインは過去視で、コーラルを通じ繋ぎ方を体感しているので造作もない。

アウインに手を掴まれたかと思うと、光に包み込まれるような感覚がコーラルを襲った。

ああ、これが殿下の魔力を繋ぐということ…。

懐かしいが、ちょっと違う…。

かつて大きくて爽やかな風に包まれていた気がした。

「コーラル、そのまま足の傷に触れられる?」

自分の腕が届くようにと、コーラルを抱え上げ、定位置の膝の上に乗せてしまう。

アウインの手が重ねられた状態で、足の傷に自らの掌を押し当てる。

手が触れた場所から光が入ってくるような感触がある。

アウインが力を誘導してくれる感触に、懐かしい力の巡りに、コーラルは無意識に祈った。

『生命の雫よ…聖なる樹の中に…脈々と…。』

アウインには、力の代償も流れ込んでくる。

しかし魔術を組んで上手く変換させ、害のない力にすると再びコーラルの中へと流す。

「…! 傷が消えました! あ、ああ…。」

コーラルの感激ぶりにアウインは微笑んだ。

「思い出せたかな? これがコーラルの力だ。現存の魔術では失われてしまっている治癒の力…。」

アウインは繋いでいる時、コーラルの奔流するような力が押し寄せ、混ざり合った部分が異なる力になっていくのを感じた。

あれが治癒の力の要素となるのだろう。

繋がる側が大きな器でないとコーラルの力に食い尽くされそうだ。


 「あの…殿下。お願いがあります。」

「離してくれ、ということなら当分聞けそうもないけれど。」

「う…っ。そ、そうではなくて、もう一度魔力を繋いでもらえますか? 殿下の目を治したいのです。」

見えない状態に慣れてしまっていたので、アウイン自身はコーラルから申し出があるまで頓着してなかった。

「私の目?」

「殿下の視力が取り戻せるならやってみたいのです。」

「見えるようになったら、コーラルは私と結婚してくれる?」

「えっ?」

唐突過ぎる求婚に固まるコーラル。

確かに昨日もそんなことを言っていたが…何よりもその交換条件はおかしくはないか。

「嫌?」

「嫌なんてそんな…。殿下はお優しいですし、目が見えていなくても素敵ですから…。逆に何で私なのかが分かりません。」

「そう、良かった。…普通の貴婦人はね、この目の傷を怖がったり、見たくないような素振りをするものなんだよね。コーラルはそういうのが全くないし、素直で可愛い。」

幼い頃から神殿で清貧生活を送っていたため陰謀詭計からは遠いところにいるのがコーラルだ。

詐謀偽計に長けていないと相手に騙されやすいわけだが、純粋な分信頼出来るし、籠の中の鳥とするつもりだから問題はない。

甘く微笑むアウインは体をずらして長椅子の上で馬乗りにさせる。

淑女にあるまじき格好でコーラルの羞恥心はMAXだが、2人は身長差があるので立ち並んで治癒するには姿勢上負担が大きい。


 再び魔力を繋げ、アウインの目を覆うように掌を軽く押し当てた。

(体の中の光を…手に送るように…。)

その感覚が退くと、アウインの癒着していた瞼が開き、青い瞳が現れた。

コーラルは、傷が消えたアウインの美貌に思わず見とれた。

「…眩しいな。少しこのまま…影になってくれ。」

久しぶりに眼を使うことに慣れてないのだろうと、日除けするように覆い被さっていたが、アウインがじっと見つめてくるので次いで馬乗りになっていることが恥ずかしくなり急いで降りようとした。

「何故降りようとするのだ。折角見えるようになったのだから顔を良く見せて。」

「顔を見るだけなら向かいの席に座った方が良いですし、こんな恰好ルチルに怒られます!」

「ルチルは私が呼ぶまでここに来ないよ。顔を赤くしているコーラルも髪や瞳とお揃いで可愛いな。」

髪に、顔に触れる。

「…ありがとう。まさかまた見えるようになるとは思っていなかったよ。」

アウインとコーラルがじゃれているところに、ジェイドが仕事を片付けてほしいと呼びに来て―目が治ったことを大喜びはしたものの、婚前に乱れ過ぎた と2人とも怒られることとなった。

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