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7話

 魔道士は自分の家に戻ると安堵の息を漏らした。

(スペサルディン王子がこちらの方便を信じてくれて助かった…。)

全てを脚色したわけではない。

ただ魔道士は、奴隷市で見つけた時点で同郷の王族であることが分かった。

己の印形がちりちりと威圧を感じたからだ。

スピネル妃には”第3王子の失脚用に”と話して買付け、まず古代魔術の情報を引き出そうとして拒まれ、傀儡にして知識を引出し、更には神国を再び興し、意のままに操る女王に据えるつもりだった。

しかし暗示をかける際に逃げられてしまい、実際のところ第3王子の監視も暗殺も成せない状態だったのだ。

こうなると生きていられても困るため、殺されたようだ と言うことにしたが―。

「さて、急いで荷を片付けなくては…。」

第2王子は第1王子に言わないと言ってくれたが、どのみち第3王子暗殺に絡んだ自分に追手がかかるのは明白だ。

必要な本や道具だけ持ってすぐ逃げるつもりだ。


 ふと、家の中に自分以外の気配を感じた。

ゾワリと総毛立った。

家の結界が破られている!? 誰だ?誰の放った刺客だ?

今回の計画を漏らされては困る第1王子か。

亡国の要人を渡した失態を知る第2王子か。

こちらも何も用意していないわけではない。

結界は破られたようだがこの身にも―。

トッ と軽い音で左胸に打ち込まれる短剣。

口元は塞がれ、声を上げることも出来なかった。

ただ短剣の柄に、防御魔法を破る青い宝石―第3王子の瞳の色と同じ色の石があることを見、そのまま絶命した。

黒装束の男は短剣を抜き取り、相手のローブで血を拭うと懐にしまい、代わりに小さな石を取り出した。

石は小さく輝くと黒装束の男は消えた。


「―ハァッ。…さすがに応えるな。」

荒い呼吸をして、アウインはソファにもたれかかった。

他者の中に入り込んで、長い時の記憶を探るのは体力も魔力も根こそぎ削られる。

離宮に張った結界もおろそかになるため、易々とは使えない術だ。

腕の中のコーラル…アンデシン姫もぐったりしているため、アウインは下着とブラウスを整え、ベッドに横たえる。

 部屋を出るとジェイドを呼び、ルチルを手配するよう指示する。

「アウイン様、先ほど影から連絡が。向こうは終わったようです。」

「そうか。」

そのままジェイドと自室に向かう。


 「兄上達には手を出せないが(後々面倒という意味で)、そろそろ警告せねば増長するからな。」

机の上に置かれている砂のケーキを手にする。

「別の意味でコーラルを利用しようとしていた可能性も出てきたから丁度良かった。」

一口食べると口の中で生地がほどけていく。

多分この時のアウインの表情をコーラルは見たかったのだろうが。

疲れた体に沁みる甘味だ。

「丁度良い、とは?」

ジェイドがアウインが口にした不穏な言葉の先を促した。


 「スフェーン神国の王族の末裔ですか…。」

「魔道士が取り戻そうとする可能性はあったな。出自探りを早めに進めておいて良かった。」

「彼女の足の怪我は魔道士に逆らった際に…?」

「魔道士から逃れようとして魔術を行使した結果だな。…彼女は洗脳はされていなかった。」

ジェイドは顔を顰めた。

彼女に襲った痛ましい過去、そして自分の振る舞いに胸が痛む。


 「それでコーラル…アンデシン姫と結婚することにした。」

「……は? 何故そんな話になるのです?」

一瞬思考停止したジェイドがアウインを睨む。

「亡国の王女などを外に出しても火種にしかならない。魔道士のように多少力がある神国所縁の者に渡ると、いいように利用されるだろう。ならば限られた人間しか出入りできない離宮で人知れずひっそりと暮らした方が良い。」

「体のいい幽閉と言うわけですね。」

「聞こえは悪いがそうだ。それから私が目の怪我を負った際、どこぞの姫からは婚約破棄されていて、義母上の思惑だろうが以降代わりを宛がわれていない。彼女の血筋も問題ないから義母上も出し抜いて、私の結婚問題も片付いて万々歳だな。…まぁまずは姫が了承するかどうかだが。」

「ずいぶんと弱気ですね。ここで世話になっている以上、断れないと思いますが。」

確かに新たな婚約者の話が出ないのは懸念していた点だ。

スピネル妃が利用する上で都合の良い娘がいなかったか、正妃の血を絶やすつもりだったのだろうが。

「滅びた国とは言え、スフェーン神国の代表だしな…。それにこの傷では無理強いは出来まい。」

アウインは目元に触れる。

「傍から見た感じでは、彼女が殿下の目の傷を気にしている様子はありませんが。殿下自身も今まであまり気に掛けてはいなかったでしょうに。惚れたのですか。」

「ああ、そうだ。」

ストレートな物言いにジェイドも呆気にとられる。

なるほど、最初に並べたのは周囲を納得させるための建て前か。

ジェイドは笑いが込み上げてきた。

「彼女が起きたら聞いてみては?」

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