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2話

 三か月前、離宮周辺の領地から王都への物流の報告を受けていた時に、アウインが話を遮り指示したのだ。

「ここより北へ3km。直轄領の森の道沿いで人が倒れているから保護するよう森番か兵に言ってくれ。」

 兵達が山狩りに行くと、赤髪の小柄な少女が確かに倒れており、左足には大きな裂傷があった。

三日三晩熱に浮かされ苦しんでいたが、四日目には目を覚ました。

目覚めた時には自分が誰か、覚えてなかった。


 「兄上達は上級魔道士を雇ったようだね。」

眠る少女の額に触れたアウインが呟いた。

「どういうことです?」

すぐさまジェイドが反応した。

「この少女の記憶を塗り潰して強力な暗示をかけているよ。私の動向を探るよう、あわよくば死体にするよう…悟られないよう念入りに術を掛けているが、私から見れば魔術の残滓がそこかしこに残る、お粗末な術だよ…。」

アウインは額に当てていた手を離した。

「…暗示は解いたが、潰された記憶を戻してあげることは出来ないな。」

「親も帰る家も分からない、と言うことですか。まだ子供なのに…。」

ジェイドが辛そうに目を伏せる。

「特徴を挙げれば親兄弟は探し出せるかもしれないが、肝心の本人が思い出せないのではな…。この子はここで面倒を見よう。」

「は!? 何を言うのです! 殿下の命を狙うよう術を掛けられた輩ですぞ!」

「ジェイド、声を落とせ。術を解いたから私を襲うことはない。私の魔術の腕が信じられぬか?」

「いえ、殿下は稀代の魔法使いです。…遠く離れた場所の人間を感知できるほどの…。ですが働き口を世話してやる ぐらいで…。」

尚も言い募るジェイドにアウインは言葉を被せる。

「それに兄上と私の確執に何の関係もない子供が巻き込まれたのだ。我らが責任を取るべきだろう?」


 少女は名前も思い出せないため、女官のルチルが彼女の赤髪から”コーラル”を提案し、採用となった。

そして”思い出すまで”と偽り、離宮の客人として扱うことになった。

何も知らないコーラルは助けてくれたことに感謝し、お礼がしたい と申し出た。

アウインが戯れに甘いものが好きなので作ってほしい と言うと、離宮の図書館で作り方を学んで、離宮の料理人に手ほどきを受けながら、お茶の時間に合わせて菓子を作るようになった。

ジェイドは毒を混入されるかもしれない と反対したが、解呪も解毒も呼吸をするようにやってのけるアウインには無用の心配であると突っ撥ねられた。


 コーラルは実際、目が見えないアウインを気遣いこそすれ、傷つけるようなことはなかった。

アウインやジェイドは身分が高いため、2人の前では遠慮があるようだが、女官や厨房にいる使用人達とは打ち解けて快活な面を見せているようであった。


 「殿下は時々、物が見えているような気がします。」

「何故?」

「今私の手を正確に掴んだからです。」

 アウインはある日ルチルに、女性は髪を結ったり化粧したりするのだから頭や顔はなるべく触れないでほしいとお願いされたので、以降手を掴むようになったんだ。

「生物は魔力を纏っているからおぼろげに形は分かるんだ。」

ものは見えないが、魔力なら瞼を通して感じられるらしい。

「報告書の文字も書いたばかりなら魔力を纏っているので指先に魔術を展開すると読めるし、コーラルのお菓子もぼんやりと魔力を持っているね。」

「そうなんですか…。」

それで羊皮紙に指を這わせているんだ とコーラルは思った。

「室内は慣れたけど、始めは家具類は魔力が感じられないから何処に何があるか分からなくてよくぶつかっていたよ。…作ってからしばらく時間が経つと、作り手の魔力が霧散してしまうんだろうな。報告書は読めても、本は読めないからね。」

魔術師だからこそカバー出来る箇所もあるようだが、光を失うということは多大な苦労を伴うだろう。

コーラルは何と言っていいのか分からず俯く。


 「…今度本を読んでもらえるかな?」

アウインの提案にコーラルは顔を上げた。

「ハ…ハイ! あ…でも離宮の蔵書は全て読破されていると侍従長さんが言ってましたよ?」

「新たに貴族年鑑や他国の産業をまとめた本を取り寄せているんだ。届いたら読んでくれるね?」

柔らかく微笑んでいるが、否と言う答えは許されない問である。

気さくに話しかけてきてはいるが、王となるべく教育を受けてきた者なのだ。

「はい…。分かりました。」

コーラルはジェイドの気持ちが少しだけ分かった気がしたのでした。

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