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遺書  作者: あくた はいじ
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今となっては思い出せない

目を閉じたら今でも思い出す。


止みかけの雨。

黄色いテープ。

白黒の赤サイレン。

膝をついて泣いている女の子。


私の時間はそこで止まっている。

だからといって前に進むつもりはない。


私の人生はそこで、止まったままでいいのだからーー。



⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎



私は幼少のころからカラッポであった。


おぼろげな記憶の中の父や母は優しかった。

だけど、今ではどんな顔かも思い出せない。

妹もひとり居た。

妹もしかり、どんな声だったかも忘れてしまった。


カラッポなまま生き、他人に指図されるがまま生きた。

人の言う事を聞いて動くことは楽だった。

何も考えなくていい、何も感じなくていい。

ただ、お利口にしていれば怒られなくて済むのだから。


幼少の私には友達はいたと思う。

今となっては誰一人、顔も声も、名前すらも覚えていない。

確かに学校の放課後、誰かと一緒に過ごしていた気がする。

だけど、すぐにその友達らと関わることすらなくなった。

私から離れたのか、その友達らが離れていったのかは覚えていない。


幼い頃は、よく笑っていたと思う。

楽しかったと思う。

幸せだったと思う。

記憶は朧気だが、幼い私と父と母と妹と、休みの日にはたくさんお出かけをした記憶がある。

周りの不幸な人達より幸せな人生を歩んでいたと思う。

今ではもうどこにお出かけしたかは覚えていないが、確かに私は愛されていたと思う。


だけど、そんな幸せすら私は実感できない。


ただカラッポな私は、誰かに手を引かれ、その手について行ったに過ぎない。

与えられた幸せを、その手を引いてくれる家族や友がいなければ、私の伸ばした手は虚空を切って、私自身が前に進むことはない。


私はだれ?


そんなことを思いながら生きてきた。

そんな幼い私は、自分が何者かもわからない。


何も感じない。

人やモノに感動もなにもない。


心は空虚で。

何事にも心は動かず。

世界は白黒に見えていた。


でも。

そんな私にも人生の転機はあった。


あれは、10歳。

小学5年生の秋の頃の記憶。


あれが。

私の人生に色を与えてくれた出会い。


あの人との出会いこそ。

私の"原点"。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


季節は秋。

10歳の記憶。


学校からの帰り道。

私は田んぼに落ちていた。


コンクリートの壁は高く、落ちた時に壁に足を擦りむき、膝からは出血をしていた。

使われていない田んぼで、足元はぬかるんではいないが、怪我をした足では自身の背より高いコンクリートによじ登ることはできなかった。


壁の上には同じく学校から帰っていくランドセル姿の子らの姿。

ジロジロと落ちている自分を眺めては過ぎ去っていく。

誰も助けようとはしない。


自分は落とされた。

一緒に帰っていた同級生の子らにお巫山戯で田んぼにつき落とされた。

ただ、面白半分で落とされ、助けられることなく、そのまま放置をして帰って行った。


故に一人。

誰に助けられることもなく、私は落ちていた。


どうやって上がろうか。

膝の出血は凄いが、痛みは感じない。

昔から自分は痛みには鈍感な方であった。

ただ自分は痛みを気にすることなく、空虚にどう上がろうかと壁の上を眺めていた。


「大丈夫?」


そんな時。

一人の制服姿のお姉さんが声をかけてくれた。


手を伸ばして、自分を引っぱりあげてくれた。

その出会いこそが、私の"原点"ーー。

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