聖者
『そこまでの魂の叫びを上げるほどのことですか』
『当たり前だ、俺は失敗したときの責任とか取れないぞ』
『ヴァイス様のときと同じではないですか』
『すこし違う、ヴァイスには魔封石を渡したことに責任を感じるが実際に動いたのはあいつ自身。今回のはマーニさんが自分でやるんじゃなく俺が直々にやるからな、失敗したら俺の責任だろうが』
ちいせぇなぁとか細かいヤツだとかいいたきゃ言え、失敗したときの落ち込んだ姿とか恨みがましい目で見られたことを体験したら軽々しく言えるかっ!
『ましてここはゲームじゃないんだリアルなんだ絶対成功なんてありえん!そういった失敗のリスクを理解し納得してからだ!』
「マーニさん、軽々しく言ってくれますが失敗することもここで終わる可能性もあると理解してますか?」
「もちろんよ」
さも当然と言った顔をしてあっさり言い切る。
『逃げ道無くなりましたね?』
チクショウメ!まだだ!まだ・・・
「付き人さん、あなたもなにか・・・」
最後の希望付き人さんあなたからなにか言ってくれ!
「マーニ様の決意されたことを尊重いたします、どうかよろしくお願いしたします」
お、オイイイィイィイィィイ!?!しまったこの人も信者かっ!?
「もうどうなっても知らんぞぉ!?」
実際はワイズの補佐もあるしミスする可能性はほぼ無いのだが・・・加減だけは手探りでやるしかないためマーニさんへの麻痺治療にメドが立つまで5日を費やした。
「つ、疲れた・・・」
マーニさんの足は一応動くようにはなった、麻痺の原因が毒による神経へのダメージなのでマナによる細胞の活性化からはじめ、ある程度のマナが自然に流れるようになったからあとはリハビリをしていくことになる。
「何度もいいますが神経の再生はヴァイスの『祝福』もありなんとかなりましたが足の筋肉はとても衰えています。ちゃんとリハビリをこなす事で歩けるようになるでしょう」
「ありがとうホルスさん!」
抱きついてくるマーニさん、それを引き剥がそうとする付き人さん。やっぱ天然だこの人・・・
「じゃあ、残りの患者を診てきます」
そういって部屋から出て詰め所へ向かい護衛としてのアンサムほか2名と街の重篤者が集められているヴァイスの倉庫へ向かう。治療をはじめて見込みがあると分かるや否や街の人もお願いできないかと言い出してきたマーニさん、失敗のリスクなどを確認させ治療費をすこし頂く事で了承したが全員の治療はさすがに無理なので重篤者限定としたら軽い暴動が起きた為、教会の敷地内なのに団員たちの護衛が必要になってしまった。撃退は出来ますよ?過剰防衛になるのでやらないだけ・・・
「おはようヴァイス」
俺は朝食と思われる果実が盛られた皿から器用にひとつひとつ口に運ぶヴァイスに声をかける。
「おはよう、今日も治療だな?」
「マーニさんのほうは今日でメドが立った、今日明日でここの重篤患者もメドが立つだろうよ」
簡素なベッドで治療を待っている患者たちの顔が緩み高齢の患者は涙すら流している。
「じゃ、さっさとやっちまおう」
重篤者33名の治療を行い、家族から感謝の言葉とわずかな治療費を頂き長かった『銀の水汚染事件』は一応終わりとなる。
その夜、治療も終わり打ち上げと言わんばかりにヴァイスの倉庫で宴会騒ぎが起きる。その酒の席でデリムからほかの顛末も聞けた。
「錬金ギルドは上の大半が拘束、次のトップは王都のギルドから来るがまともなやつらしい。賠償金はぜんぶ街の水道整備に使われることになったよ、あの若いやつがその辺の責任者になっている」
「そっか」
「街の代表たち、一応5人いるんだが面倒はごめんだと全部こっちに押し付けてきたから事後処理は楽だったけどな!」
「そいつらは錬金ギルドとのつながりはなかったのか?」
「普通のつながりはあったぞ?あくどいことを考えてたのは錬金ギルド側だけだ・・・」
向こうと同じで従業員への賃金を少なくしてギルドの支出を抑えようとしたり、王都での需要が高くなり儲けようと増産したことで汚染や道具への管理がおざなりになったのが原因だった、複雑な背後関係などなく単なる金の亡者がやらかしただけ・・・いかんなぁ向こうの刑事モノや推理モノの悪い影響が出てるわ。
『いえ怪しんでいいと思いますよ、なにせリアルな世界ですし』
『勘弁してください・・・』
「ホルス、俺からも改めて感謝する。司祭と街と人を助けてくれてありがとう」
デリムは酔っているはずなのにしっかりと頭を下げそう俺に告げた。
「俺はそんな上等な人間じゃない」
急に何を言い出すのかとデリムは顔を上げる。
「水の汚染解決までは付き合おうと考えてたがほかのことをする気はなかったんだ、なぜか分かるか?」
黙って聞いているデリム。
「今回の治療行為は手探りのぶっつけ本番、確かにマーニさんの治療は自分の意思だが取り返しのつかない失敗すら有り得たのにそうなったときの責任とかあっさり無視だ、背負わされる身にもなれ」
マーニさんは自分が実験台になることで街の人も治せる可能性を見たんだろうが・・・
「強引な治療を引き受けたのは受け入れてもらえた恩の分を返しただけ、街の住人に施したのはマーニさん自身が実験台になったことでほぼ安全だという結果があったからだ。ちなみに治療費を貰ったのは住人がもってない恩の代わりさ」
「お前は恩を返しただけと言うのか」
「俺はそういう人間だ、善人ぶって軽い気持ちで手を出して失敗したときの絶望した顔を見たことがあるか?俺がやったわけじゃないがそんなのを間近で見ちまったら軽々しくできねぇよ」
ああいかんなにを喋ってんだ酒に酔ってるな俺・・・
「悪い忘れてくれ、酒に酔って愚痴っちまった」
席を立ち宴会の場から離れる。
「どこいくんだ」
「酔い覚まし、その後は部屋に戻って寝る」
そう言って俺は教会の礼拝堂へ入り長椅子に座ると深いため息をする。
「なさけねぇな、あんなこと言ったらヘタレに見えちまう」
「マスターは先ほどのような事例を見たことがあるのですか」
「ああ・・・思い出しただけでも胸糞悪いことがな」
あれは30歳の頃かちょいと高い山に登山をしに行った時、山頂についたらなにやら騒がしくて様子を見たら医者の卵だと自負したアホが居た。何かしらあって昏倒してた子供の診察をそいつがしていたが問題ないと言い切り両親を安心させてた。後で報道を見て知ったが見えない部分である内臓に損傷があり自称医者の卵はそれに気付けず子供の容態は悪化、パニックになる両親を尻目に自称医者の卵は逃げ出し当然というのはあまりにもアレだが子供は死んだ。
「免許もないのに診察をするのは違法では?」
「場所が場所だったからな、流石に険しい山の上じゃ救急車も来れないし当時は携帯電話も普及しきってなかった、何よりドクターヘリも無い時代だった。医者の卵って言われたら違法であってもド素人が見るより安心できちまったんだろう」
結果が最低だったのはどうしようもない・・・
「絶望した親の顔ってのを間近で見てこんな結末はイヤだって心底思った」
逃げたクソったれはざまぁなことに人が集まる山の上で目立つことをしたためカメラをもっていた数人に写真を取られていてあっけなく捕まった。
「だから今回のようなのは精神的にきつかった、マーニさんの治療が失敗したらと考えたらどんどんマイナス思考になってたんだぞ」
「ですが問題なく治療できました」
「おまえのおかげだ、俺だけだったなら治療すら出来ず見殺しにするしかなかった」
居てくれて感謝している。
「私も今持ってる能力でこのようなことが出来たことを確認できました、なによりマスターの役に立てて満足しています」
「そっか、ありがとうよ」
だが今後は自重しないといけない。
「なぜです?」
「こっちの治療技術、特に治癒術に関して何も分かってない」
なにより今回やったのはこちらの世界では高位の医療行為だという。
「医者を名乗る気はないからな」
「それに関してはどうでもいいです、私も今回のことは自分の存在意義のためにやったことですし」
「一応確認だが治癒術ってのはどういう術式なのか分かるか?」
「残念ながら・・・どこかで治癒術を直に見る機会があるか術式を確認できれば分かりますけど」
「まぁ機会があればでいいさ、僅かながら金銭も稼げたし5日間もあればこっちの常識も多少は学べた・・・」
「では?」
「ああ、準備が出来次第ここを立つ」
ホルスが旅立つことを考えていた頃・・・マーニは部屋で横になりながら今回のことを振り返る。
「ちょっと強引だったかしら・・・」
いつもと違う悪いことをしちゃったかも的な雰囲気で言葉を漏らす。
「しかしあの人のおかげで司祭様も重い症状だった街の住人も希望が見えました」
付き人はマーニが寝るためのお手伝いをしながら返す。
「あなたには話したけれど彼はこっちの世界の常識や知識を知らないの、それなのに私は強引に治療をねだり自分が安全だとわかったら街の人もお願いってかなりの無茶振りで責任を負わせちゃったのよね」
「善人なのでは?」
「ないわね、おそらく自分だけの独自な価値観で物事を決めるタイプだと思うわ」
それゆえに自身が納得できないことがあれば首を突っ込み、無関心なことには徹底的に無視するはず・・・だが悪人にはなりきれない人の良さも持ち合わせているから屁理屈を言って助けてくれた。
「非常にメンドクサイ性格してると思うわ」
「はぁ・・・」
「考えるのはやめましょ、眠くなってきたし私もそろそろ寝るわ」
「はい、おやすみなさいませ」
付き人はそういうと部屋を出て行く。
「・・・彼は自分が関わったことで納得できないなにかがあれば立ち向かい解決しようとする、本人は自覚も無くやってしまうのでしょうけど・・・その行為は勇者と呼ばれてもおかしくない・・・本人は納得しないでしょうねぇ」
勇者ってガラじゃないとなれば・・・
「聖者かしらね?」
すこしひねくれた聖者様・・・そんなところねと結論付けるとマーニは睡魔に身をゆだねた。